「おうよ、会いたかったぞ。そなたは私の言葉を全て聞かずに、天に還ったかと思ったからな」

「天に？……還れるわけがなかろう？言うたであろう？私はお母君様の命で参ったのだ、そなたの側に居れと命じられたのだ。そんな私が、痩躯な形（なり）の雛であるから、追い返されたで済むと思うか？あのお母君様であるぞ！」

　雛はそれは真顔を作って、今上帝を見つめる。

　その瞳はウルウルと潤んで、それは綺麗だ。

　側から見ている、朱明や伊織ですら魅了されるのであるから、見入られている今上帝が魅力されぬはずはない。はずはないが、今上帝は何食わぬ様子で雛を一瞥して盃に手を置いた。

「分かった分かった……ゆえにそなたを側に置く術もある、と言おうとした矢先にそなたは消えたのだ」

「えっ？その様な妙案が存在致したのか？おおっ！なんたる失態であろう」

　雛は大仰に悔恨の念を露わにする。

　その様子が愛らしい。

　今上帝が魅了される理由が解ると、伊織は思った。

「そなたを私の側近と致す」

　今上帝が思いっきり、幼い頃に悪戯をする時に伊織に見せた、あの表情で伊織を見つめて言った。

「は？はい？」

「ゆえに伊織よ、雛をそなたの下に置け」

「いや、いやいやいや……主上」

　急に命ぜられて無理難題を押し付けられて、びっくり仰天の伊織だ。

　何時も冷静沈着とか言われているが、さすがにそんな場合じゃない。

　大慌てである。

「今上帝よ。側近とは、后妃よりも近くにおれるのか？」

　……こ、后妃ぃぃぃ？？？……

　雛の呆けた質問すらも、伊織には気が何処かに行きそうだ。

「おうよ。よいか？雛よ。后妃とは大概が夜に共におる者なのだ」

　雛は物凄ーく真剣に今上帝の言葉を聞いているが、どう見たって今上帝はヘラヘラと笑っている。

　あれはアカンヤツだ。

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