第57話

 中宮は弘徽殿の西廂に在る局で、微かに女房達の衣擦れの音を聞いた。

 内裏は女達の園だ。そして暇を持て余すもの達の、格好の暇潰しが天子の寵愛を競い合う后妃達の動向だ。

 天子の寵愛を得られれば、仮令下賤のものでも崇められ、寵愛を得られねば、高貴な姫であろうと見下される。

 そういう世界が、内裏という世界だ。

 その寵愛を得る為に、乳母日傘で育てられるのが貴族の姫だ。

 その一族の全てを背負って入内する。

 未来永劫を築く為に……次期の天子を我が子として誕生させる為に……。

 その先の権力を手中とする為に。

 この国の天子は賢くも畏れ多くも、かの天孫の子孫だから、決してその血筋を変える事はできない。

 つまり他の国の帝王や国王の様に、力のある者運のよい者がその座につけるものではない。

 ただ一つ、天孫の血を引いていなくてはならないのだ。

 かの大神であり最高神の血だ。神でなくてはならないのだ。

 だからこの国の高貴な者達は、姫を多く得て権力を狙う。

 決して己が手にできない座に、己が操る事が可能な神を据える為に……。

 そしての為に育てられた姫は、その頂点の母の座を狙う。その為に産まれその為に育つのだから、当然の様に夢を見る。

 一族の頂点となり国の頂点と君臨し、決して己には得られない〝神の域〟を得るのだ。神として君臨した我が子を通して……。


 ……確かに大人となられた……


 中宮は年下の夫を思って呟く。


「確かに大人となられた……あの幼気ない幼帝では、もはやなくなられた……」


 見た目も大きく逞しく、そして天孫の血ゆえか、日に日に近寄り難い高貴な気品が備わり漂い始めておられる。

 不思議な事に、かの血筋の一族は皆そうだ。

 臣下に降りた者すら、その気品は損なわれない。

 この気品で、天に座される最高神様の御目に留まり、加護を受けているのかもしれない。

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