第58話
今上帝は冠直衣姿という、ちょっと身をやつした格好で伊織の牛車に乗り込んだ。
御所から少し離れた伊織の屋敷に、人知れず行く為だ。
参内の公服は束帯だが、高貴な者の中には、直衣参内を許させている特権階級の者が存在するから、伊織が上手くやればお忍びで出られない事もない。
なんと言ってもこの国の天子だから、ちょっと出かけるにしても大変だ。乗り物さえ格が違うし、警護の者とかお付きの者とか、とにかく今上帝にくっ付いてくるものが半端ないから、早々勝手にあっちこっちと移動もできない。
以前の今上帝なら、こんな事すら考えるお方ではなかったが、何があったのかある日何かが〝ピン〟と弾け飛んでしまって、奇行と言えば聞こえが悪いが、今迄の摂政と法皇によって育まれた、天子としてのそれが変わってしまわれた。
羽目を外した……否々箍が外れた……大御所二人が決して望まない天子となってしまった事は確かだ。
「昨夜は危なかった……」
今上帝は牛車の物見から、御簾越しに外を眺めながら、宮中でただ一人と言っても過言でない、本心で語れる伊織に言われた。
「やはり御心は動かされますか?」
すると今上帝は、フッと笑みを浮かべて俯いた。
「心かどうか……体は動かされる……」
「さようでございますか……」
「致し方あるまい?長の思い
「……されば、幼きゆえの思いとも言えませぬか?」
すると今上帝は、下げていた視線を伊織に向けた。
「主上はもはや、幼子ではございませぬ。立派な大人の男でございます。ゆえに思う
伊織がほくそ笑む。
今上帝はそれから、直様視線を物見の外に向けた。
「果たして如何であろうか……」
伊織は物憂げに見やる、そのお姿を見つめ続ける。
果たしてこの血筋のお方の中には、お側に在って呆れる程に一途なお方がご誕生になられる。
それを世間では偏愛とか溺愛とか過剰愛とか言うのだろうが、とにかく盲目となってそれしか目に入らない状態と化すのだ。
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