第42話

「何を申すか我が妻よ。以前にも申したが、私が愛でるはそなたのみ。他のものなど水泡にしかならぬもの……それをそなたは誤解をしてだな……」


「誤解?先程のような可愛いらしい声音に、こんなに鼻の下を伸ばされておりながら……」


 妻はそう言うと、金鱗の鼻の下を測るように言った。


「またまた……お前は……」


 思わず腰を抱き寄せて、久しぶりの妻の細腰に腕を回す。


「ほんに久方ぶりであるなぁ……」


「よくもしらじらしく……こんなに長きに渡り居つかれるとは、余程にも、お気に召したものがお出でなのでございましょう?」


「な、何を申す……実にまことに……には、その様な色気のあるものなど、居ようはずもない……何せ大神のお気に入りの朱の住まいであるぞ……不調法なもの達しかおらぬわ……」


 とかなんとか言って、上手いこと妻のその冷たい唇に唇を付ける。

 ああ……なんと香しい妻の香りだろう……。

 あっちの池も神泉の水を湧かせているとはいえ、なんといっても狭いし、色気のあるもの達などいないのが本当で、こういった妻のヤキモチに閉口して赴いたのだから、さほど不便とも思わず、かえって煩わしさがなくのんびりと過ごしたので、ついつい居着いてしまったというのが本当だ。

 だが久しぶりに此処に戻り、沈んで来る途中に煌びやかなる、可憐な妻にかしずく魚の精などを見て来れば、それは久方ぶりの妻の美貌と、その悩ましい女体に目がくらまないわけはない。

 もう、懐かしい細腰を抱いた瞬間に、妻への恋慕がグングンと増して行ってしまう。


「子達も大きくなったであろう?」


「それは当然でございますわ。百年?二百年余りも、あちらに行きっぱなしで……人間の夫などは妻の元に、足繁く通うと言うに……」


 恨み事を言うその姿すら艶かしい。

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