第34話

 クイクイっと平手を裏表と繰り返すと、池の上に掌をかざす様にして念を送る。すると垂れ髪や狩衣の袖が、ボアーと天空に向けて逆立った。

 と共に、池の水面もポコポコと音を立て始めた。

 そして微かな水泡が立ち昇ったと思った矢先に、飛沫をあげて大きな水泡が宙に浮かび上がって来た。

 鞠の様な、否それ以上の大きさの水泡が、瑞獣様の翳す掌の上に浮かび、その水の円の中でクルクルと金色の魚が回って泳いでいる。そしてその黒々とした目が、朱明の驚愕の眼差しと交差した。


「誰じゃ、心静かに休んでおるものを……」


 金の魚は、恨めしげに朱明を見つめる。


 ……いや……いやいや俺じゃないし……


 めいっぱい首を振って、朱明は否定をした。


「金魚。長兄あに君様の気に入りであろう?」


「き、金魚とな?その名は嫌いじゃやめよ!」


 未だ水泡の中の金の魚は、怒りを露わにする。


「しかし金の魚で金魚であろう?」


「何を……金鱗きんりんという名を持っておるわ」


 金鱗はグイグイっと跳ね上がると、ポンと水泡を割って飛び出して来て、それは美しい水干姿の美青年が現れた。


「金鱗とな?的を得た名であるな」


「ふん」


 一瞬金鱗は瑞獣を一瞥したものの、瑞獣に近付いてクンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。


「そなた、朱の身内の者か?」


「おお!やはりそうか?そなた長兄君様の知己のものか?」


「おうよ。以前此処に住もうておった陰陽師に、いろいろと世話になったと申してのぉ、陰陽師亡き後も、此処を護って欲しいと頼まれたのだ。私も此方に興をそそられ、ついつい居着いてしもうたのだ」


 なぜか美しいもの同士意気投合して、手を取り合わんばかりだ。


「ならば丁度よい。私も暫し此処に厄介となるゆえ、いろいろと助けてくれぬか?」


「まぁ、朱のならば致し方ない……」


 金鱗は和かに笑って言った。

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