第33話

「あれは泉殿でございます。対するあちら側は釣殿でございます。池には魚が泳いでおります」


 寝殿造りの特徴で、寝殿を中心に対象的に泉殿と釣殿が、池に浮かぶ形で造られている。

 そんな豪華な屋敷を構えられる様な朱明ではないが、先祖のお陰で二つの殿は存在している。


「魚とな?なんと、魚の精とはよう遊んだものよ」


 瑞獣様は大喜びで、池に突き出る泉殿に渡ろうとする。


「あーその前に瑞獣様」


 朱明が制止するので、焦れた様に瑞獣様は足元を数回踏んだ。


「もう!何をグチグチと……」


「現世の男子たる者頭髪を見せてはなりませぬゆえ、烏帽子をおつけくださいませ」


「えぼしぃ?」


 それは不服顔をいっぱいにして、朱明を睨みつけた。

 朱明は満面の笑みを浮かべて、自分の烏帽子を指差して見せる。


「ほう?」


 瑞獣様は上から下まで朱明を、値踏みするように幾度も見つめる。

 帰宅した直後は、参内していたから束帯姿に冠を被っていたが、今は普段着の直衣に烏帽子を被っている。


「これは嫌いだ」


 瑞獣様はあっさりと、却下の意を表した。


「へっ?」


「それは嫌いだ。長兄あに君様も、お被りになられなかった」


「あ、長兄あに君様でございますか?」


「おうよ。次兄あに君様がご存命のうちは、ずっと現世でお過ごしであられたが、はお被りではなかった……ゆえに私も被ぬ」


「しかしながら、その垂れ髪のままでは……」


「はあ?グダグダと申さず、さっさとに連れて参れ」


 プンプンと怒っているが、可愛くもありめんどくさくもある。

 朱明は諦めを持って、透渡殿すきわたどのを渡って泉殿へと向かった。

 碧色の狩衣姿に、それは美しい黒髪がユラユラと揺れている。

 美しくもあり滑稽でもある……と、朱明は思った。


 泉殿に到着すると、瑞獣様は身を乗り出して池を覗き込む。


「ほう?なかなかのがおるの。そなたの祖先はなかなかのであったと見える」


「さようにございますか?」


 とか言われても、朱明に解るはずもない。


「おっ?これは……」


 瑞獣様は瞳を輝かせて身をもたげた。

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