第29話

「のお、木霊よ……そんなに厭か?えっ?こんなせせこましい畳の上?……のお、そう申すな。乙女のたしなみであるぞ」


 先程から押し入れた几帳の奥で、グチグチグチグチと、瑞獣様が愚痴っている。

 それも何かものでも在るように言うから、気味も悪い。


「瑞獣様……」


「なんだ?」


「お一人で愚痴るのは致し方ないと致しまして、その誰か居る様にするはおやめください」


「はっ?私が一人で、喋っておるわけがなかろう?」


「はい?」


 朱明は思わず声を出して立ち上がった。


「な、何かおるので?」


「おうよ、それもいかぬのか?」


「いえ、そうは申しませぬが……な、何をお呼びで?瑞獣様のお仲間でございますか?」


 朱明は瑞獣の種類を頭に浮かべる。

 確か五色の霊鳥の鳳凰に、諸獣を生んだという麒麟に、権力者にめちゃくちゃ人気のある神獣・霊獣の龍、水神の象徴の霊亀に、一角の羊の獬豸かいち、それと九尾の狐と瑞獣様のらんだ。

 思いっ切りドヤ顔を作ったが、几帳の瑞獣様は何も返事をしてくれない。


「瑞獣様?」


 すると几帳の端から、それは美しい裳の端が覗いた。

 瑞獣様が巻いていた裳とは違う色合いだし、柄も違う様に思える。


「ず、瑞獣様……どなたとご一緒で?それは美しい衣が、覗いておりますが?」


「気になるか?」


「あー、はい……」


「木霊だ」


「木霊?」


「精霊だ……」


「あー、樹木の?山に響くはその精霊の仕業と言われておる?」


「お?そうだ、それよ。木霊はお喋りだからな、暇な時には相手によいのだ。……がしかし、こう狭くては厭だと申す。山や谷は広いからな……そうだろう?」


「本当においでなのですか?」


 つい朱明は瑞獣様が姫だという事を忘れて、几帳の中を覗いてしまった。

 するとそれは美しい乙女が、一瞬吃驚したかと思ったら、スッと姿を消してしまった。


「あっ」


 朱明はしくじったという顔を、満面に浮かべた。

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