第3話
「いつもこれに助けられる……」
朱明は、額に微かに存在する朱い痣を摩った。
「かつての御神様が授けし、証しでございますね」
「はぁ……俺の曾祖父さんか曾曾祖父さんか……かの伝説のお妃様の御子様に、それはご寵愛頂いたからな……なにせ何の後ろ盾すら持たない身で、最後は従二位迄上り詰めたんだぞ」
朱明が不恰好に形を変えた烏帽子を、頭の上でどうにか正しながら、ガタゴトと揺れる牛車の中で孤銀に言った。
「……それは違います。かのお方は、当時の天子様が叔父の摂政を追い遣り、親政を行う手助けをされたのです……最後の最後迄在位され、次なる天子様に天子たるものの全てをお遺しになられ、
「……何故だかお前は、かの人を知っている様に、いつも言うよなぁ……」
朱明はどうやっても形が付かない烏帽子を、気にかけて溜め息を吐く。
「正二位って言ったら大臣だぜ……」
「まっ……それ以降、〝かの方〟程に上り詰める者は存在致しませんし、重臣を固めるはあちらの家系で、こちらではありませんから……。ただ陰陽寮では幅をきかせる家柄ですから、陰陽頭にはなって頂かねば……」
〝あちらの家系〟というのは、古よりの公卿の家系で、系統を変えながらも摂関の地位に君臨する〝者達〟で、不思議な力を要するだけのポッと出の、一代限りの大臣に上り詰めた様な家系の者とは大違いで、
朱明の祖先の〝かの方〟は正二位まで頂いた方だが、上り詰めたのは〝かの方〟だけだった。
先帝に排除された〝あちらの一族〟は、結局内裏において権力を握る母后が存在したから、先帝より教えを受けられた天子様の、後の天子様が早く
幼帝を立しての摂政関白政治が、再び行われる事となったのだ。
そっち方面に能力の無い我が一族は、政の場から弾かれてしまうのは仕方のない事だ。
だが以前よりは天子のお力が強く、全盛期の様な〝この世の春〟は得られなかった。
「……っと言ってもだねぇ……今迄は天文や暦などができりゃ良かったが、これからは鬼や物の怪の相手もしなきゃなんない……勉強ができるだけじゃ駄目なんだぞ」
「朱明様には、私とその印がございます」
「はぁ……そうだが……たぶん期待されてる〝物〟は、持ち合わせてないと思う……」
「さようでしょうか?」
孤銀はその綺麗な瞳を向けたが、牛車が止まったと知ると静かに身を屈めた。
「着いたか?」
朱明は銀でできた狐の根付を握ると、徐に体を動かして車から降りた。
見上げれば満天に輝く月が、大きく地上を照らしていた。
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