ふたりはしあわせにくらしていました。

今福シノ

短編

「にぃ! 遊びにきたよ!」


 夕方、自室のベッドで横になっていると、快活な声ともに自室のドアが開かれた。

 俺――新山にいやま壮介そうすけをそう呼ぶのは、ただひとり。


「おう、ユイ」


 隣に住む年下の幼なじみ。小さいころからずっと一緒に育ってきて、お互い知らないことはないほどの仲だ。


「はいこれお土産ー」

「さんきゅ」


 放り投げてきたペットボトル――カフェオレをキャッチして、ひと口飲む。俺の好きな飲みものも、彼女は当然のように知っている。


「しっかし、毎日よく来るな。夏休み返上で学校なんだろ?」

「そーなんだよねー」


 ユイは唇をとがらせる。


「せっかく高校最初の夏休みになるはずだったのに、授業ばーっかり」


 新学期早々、休校になったシワ寄せで、世間の学校のほとんどは夏休みがなくなってしまっていた。


「なら、無理して俺のとこ来る必要はないんだぞ?」

「あー、そーゆーこと言っちゃうんだー?」


 と、ユイは声の中に不機嫌な色をにじませて、


「せっかく今日もごはん、作ってあげよーと思ってたのになー」

「悪い、お願いします」

「わかればよろしー」


 両親が不在の俺にとって、甲斐かい甲斐がいしく世話を焼いてくれる幼なじみの存在には感謝しかない。昔からの付き合いもあって、ユイは家族同然だ。


「で、今日はなにして遊ぶ?」


 俺がくと、ユイは待ってましたとばかりに息巻く。


「今日はねー、友だちに教えてもらったゲームをやろうかなーって」

「ほうほう」


「『ウミガメのスープ』って知ってる?」

「ウミガメのスープ?」


 名前は聞いたことあるけど、中身やルールまではよく知らない。


「ウミガメのスープっていうのはねー、出題者が問題を出して、回答者は質問することができるの。ただし、イエスかノーかで答えられる質問だけね」

「なるほど」

「回答者は、返ってきた質問の答えを聞いて問題を解いていく。こんなかんじのルールかな」

「へーおもしろそうだな」


 問題のバリエーションは無限にありそうだし、なにより用意するものが必要ないのがいい。


「でしょでしょ? にぃは気に入ると思ったんだー」


 にまー、と笑う。


「それで、提案してきたってことは、ユイが問題を出すんだな?」

「さすがにぃ! よくわかってる!」


 そりゃそうだ、何年付き合いがあると思ってるのか。


「それじゃー、いくね?」

「よしこい。俺の頭脳で解いてやる」


 両腕りょううででファイティングポーズをとると、ユイはにやりと笑う。

 そして、こほん、と咳払いをして、


「あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。


 おじいさんは足が悪く、物忘れも多くなってきていましたが、ふたりは仲良くしあわせに暮らしていました。


 ある日、おばあさんが買い物に出かけているときに、おじいさんの娘が訪ねてきました。娘が来てくれたことを喜んだおじいさんは、楽しくおしゃべりをしていました。


 そこへ、おばあさんが帰ってきました。すると、その様子を見たおばあさんは激怒して、娘を追い返してしまいました。


 さて、それはなぜでしょう?」


 まるで何度も練習をしてきたみたいにスラスラと問題文を述べると、得意げにこちらを見る。


「さ、質問タイムだよ! ちゃんとイエスかノーで答えられるやつにしてね」

「うーん」


 正直、油断していた。ユイのことだから、もっとわかりやすくて簡単な質問しかこないと高をくくっていた。


「ヒントはないのか?」

「もー、それを質問するんでしょ」


 たしかにユイの言うとおりだ。


「あ、ちなみに質問は5つまでね? あと答えを言うチャンスは3回までだから」

「ちょ、おい。そのルール初耳だぞ」

「今わたしが決めたもーん」

「ったく」


 俺はあごに手をあてて考える。脳みそをひねってみるけど、さっき聞いた問題文だけでは答えが全然想像できない。

 仕方ない、回数制限があるとはいえ、思いついた質問でヒントを得ていくしかない、か。


「質問はイエスかノーで答えられるやつなら、なんでもいいんだよな?」

「そーだよー」


 確認をして、俺はとりあえず訊いてみることにする。


「おじいさんとおばあさんは、ケンカをしていたのか?」

「NO。ふたりはとっても仲良しで、ケンカなんてしていません」


「訪ねてきた娘っていうのは、ほんものか? 娘の名をかたる詐欺師とかではないのか?」

「YES。本物です」


「娘、もしくはおじいさんかおばあさんには、借金があった?」

「NO。全員、借金は抱えていません」


 ……ううむ。


「質問はあと2回だよー」


 ユイがVサインを出してくる。


「あ、それから答えられなかったらにぃはばつゲームだからね?」

「だから後出しで変な条件出すなって。そっちがその気なら……俺が正解したらユイに罰ゲームするぞ?」

「いいよー」

「いいのかよ」


 即答してくるから、こっちが遠慮してしまいそうになる。


「もちろんエッチな罰ゲームでもいいからね?」

「するか!」


 俺のツッコミにくすくす笑う。


 ともあれ、残された質問回数はあと2回。最初にした3回では答えにたどりつけそうな情報は得られなかった。何を訊くか、慎重に考えないと。


「うーん」

「ほらほらー、早くしないとめきっちゃうよー?」


 かしてくるので、


「その……娘はよく訪ねてくるのか? それとも、今日やって来たのは珍しいのか?」

「NO。今日訪ねてきたのはかなり珍しいです」


 なるほど。つまり娘がやって来たのには、理由がありそうだな。答えにたどりつくヒントは、そのあたりにあるのかもしれない。


「なんかわかりそうな気もするんだけどなあ」

「おっ、がんばれー。でもあと1回だけだよー?」


 そのとおり。だが、まだ答えの候補をしぼるには情報が足りないのも事実。

 俺は今までの情報を整理しながら、考える。


 おばあさんが怒った理由。

 ケンカはしていない。

 めったに来ない娘。

 おばあさんは、出かけていた。どうして?


 ……もしかして。


「よし、じゃあいくぞ」

「どんとこーい」


 ひとつの可能性が頭をよぎった俺は、最後の質問をした。


「おばあさんは、おじいさんに何か秘密がある、のか……?」


 と、ユイは目を丸くした。

 それから少しだけ黙り込むと、


「……YES」


 小さく答える。最後にして、ようやく予想したとおりの答えが返ってきた。

 そして、ユイの答えのおかげで、俺の予想は確信へと変わる。


「さっ、質問タイム終わり!」


 ぱん、と身体の前で手をたたく。


「今からは回答タイムだから。3回までね」

「ようし」

「にぃ、正解を言えるかなー?」

「ふっふっふ、そう言ってられるのも今のうちだぞー?」


 俺は息を吸い込むと、


「今日がおじいさんの誕生日で、おばあさんはサプライズをしようと思ってたのに娘に先をされたから……か?」


 考えていた答えを、言った。


「……」


 無言のままのユイ。


「ぶっぶー」

「えっ?」


 なんと、不正解を告げてきたのだ。


「違うのか?」

「違うよー」


 両手で×印をつくってくる。

 いやいや、仲良し夫婦に娘がやってきたのに怒る理由なんて、それくらいしかないだろ。


「じゃ、じゃあ誕生日じゃなくて結婚記念日とか?」

「ぶっぶー」


 が、またも不正解。


「それなら、誕生日なのは娘の方! そうだろ?」

「ざんねーん、違いまーす」

「えー?」


 俺の予想は、完全に違っていたということなのか。

 そして、あっという間に回答権を失ってしまったわけで、


「はい、回答タイムおしまーい!」


 ユイが両手を挙げてバンザイをする。

 つまりは、俺の負けの確定だ。


「じゃー、答えられなかったので、にぃは罰ゲームでーす」

「まじか」


 にやり、と悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべたユイが、じりじりと近づいてくる。


「あんま無茶苦茶なのはやめてくれよ?」

「だいじょーぶだよ。これが罰ゲームだもーん」


 むぎゅ。


 気がつけば、俺の身体はあたたかい感触に包まれていた。


「ぎゅーっ」

「むぐぐ」


 鼻いっぱいにひろがる、ユイのにおいと、俺の服から香るのと同じ柔軟剤のにおい。


「えへへー。にぃには、わたしにぎゅーってされるの刑でーす」

「おまえなあ……」


 もしかして、このゲームをやったのも単にこうしたかったからじゃないのか。

 まわりくどいことをするやつだ。これくらい、罰ゲームなんかにしなくてもいつでもしてくれていいのに。

 ま、ゲーム自体はおもしろかったし、別にいいか。負けてしまったけど。


 ……あれ。


 じゃあなんで、おばあさんは怒ったんだろう。

 俺の答えが不正解だとすれば、そこにどんな理由があったというのだろう。


 ピンポーン。


 と、遠くで機械音。玄関のインターホンだ。

 宅配便も頼んでいない今、インターホンを鳴らすのはひとりしかいない。


 幼なじみの、結衣ユイだ。


 ……あれ?


 じゃあ、今俺を抱きしめているのは――


 誰だ?


「あ……れ……?」


 なんだか、急に意識が遠くなっていく気が、する。さっきカフェオレを飲んでカフェインをとったはずなのに、おかしいな……。


「にぃ、だいじょうぶだよ」


 まぶたが重い。視界がぼんやりとしていく俺の背中を、やわらかな手がさする。


「眠ってしまえば、やなことぜーんぶ忘れてるから」


 やなこと……なんだっけ?

 足を怪我けがして、ベッドから離れられない生活になったこと?

 家族がいないこと? 父親と母親と、それから妹。妹?


 そうだ。俺には妹がいたはずだ。

 名前は――優以ユイ


「ユ……イ……」


 薄れていく意識の中、名前を呼ぶ。俺が一緒にいるのは、結衣? それとも優以?


 それに……どうして俺は優以のことを、忘れて……?


 だめだ……考えることが、できない……。


「にぃは私と、しあわせに暮らすの」

「……」

「それで、いいの」


 沈み込む身体を、ベッドがやさしく受け止める。

 同時に、俺も深い深い海の底へと落ちる。


「……おばあさんが怒ったのはね、ふたりがしあわせに暮らすため、なんだよ?」


 優以のつぶやきは、誰にも聞こえない。


 そして、彼女が耳元でささやく言葉も、俺が聞くことはない。


「大好きだよ、おにいちゃん」


 俺のことをそう呼ぶのは、ただひとり。

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ふたりはしあわせにくらしていました。 今福シノ @Shinoimafuku

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