第5話 疲れるなら

「連絡は……以上だな。はい、挨拶。」

 昨日と同じように、梅雨の陰鬱さにてられた心もとない声が部屋の中でこだまする。


「やっと終わったね、いろたん。」

「うん……なんか疲れた、心が。」

 それもそのはず、授業中も休み時間も関係なく頭の中にテレパスしてくるのだから……。

『家、行っていい?』やら『帰る前に、目に焼き付けとこう。』やら、言われると恥ずかしくなるような事ばかりを、本人の心に直通で伝えてくる。


「あっ、羽野崎。この荷物を理科室に運んどいてくれ。」

 担任が、なんの前触れもなくそう言った。

 自分を含めて誰も驚くことはなく、教室では帰っていく生徒たちが楽しそうに談笑している。


「あー、はいはい。持っていきますよ。」

 理科担当の渡野先生と仲がいいという事で、いつも理科室に荷物を運ぶ事を強いられていた。

 まぁ、仲がいいだけマシかな。


 私は、教卓に生まれた理科の課題を持ち上げた……が、何か地味に思い。


「重っ……。」

いろたん、わたしが持つから大丈夫だよ。」

 その華奢な体のどこに力があるのかわからないが、たゆは軽々と課題を持ちあげた。

「重くない?大丈夫?」

「大丈夫だよ、いろたんの事を考えると力が湧いてくるんだ〜。……主に上腕二頭筋に。」

 そういうと、彼女は髪を揺らしながらスタスタと歩き始めた。

 何だか、申し訳なくなってしまうタイプの善意だった。


「何かごめんね、持ってもらっちゃって。」

「良いよ、こんな紙の束の為に疲れるくらいなら、わたしの為に疲れて欲しいもん。」

「イケメンかよ。」

 語尾の"もん"にも少しだけ、グッと来てしまった。

 乙女でイケメン……乙メン。

 今度から乙メンって言うことにしよう。


 ***


「はぁ〜、疲れた。」

 たゆは、理科室の独特な椅子に腰掛けて、太ももと太ももの間に手を置いている。

「やっぱり、重かったんでしょ?」

「うん、重かったぁ……むゅ。」

 近くに立っていた私に座ったまま、熱烈なハグをしてきた。

 傍から見れば、別に何のことは無い少女同士の触れ合いだろう。


「うむむむー。」

 突っ立ったまま動かない私の制服に顔をうずめた彼女は何かを言っているようだった。

 ……可愛い。


「ぷはっ、いろたんの匂いがする。」

「どうしたの、急に?」

「……帰っちゃったら、いろたんにこうやって、セクハラできないじゃん。」

「セクハラの自覚はあったんだ……。」

 でも確かに、好きな人と居るのは楽しいって言うし、帰りたくないのも分からないことは無いかも。


「セクハラって言っても、こんなことしかうむむむむー……。」

 言ってる途中で、彼女はまた顔を埋める。


 手伝ったことを労ってあげるために、たゆが満足するまで一緒に居よう。

 とはいえ、ずっと立っておくのも辛いし近くの椅子に座ることにした。

「荷物、運んであげたからさ。代わりに、1回でいいからゲームしようよ。」

「ゲーム?」

「そー、その名も椅子取りゲームさ。」

 椅子取りゲームって、二人でやるもんじゃない気もするけど……まぁたゆ自身が言ってるんだし、乗ってあげよう。


「分かった、その代わり1回だけだよ?」

「本当に?本当に一緒にしてくれるの?」

 何だかただの椅子取りゲームとは思えない位の喜び様だな……。

 もしや、何か裏があるのか?

 そんな事が気になってしまったけど、目の前に居る麗しい少女の為に出来ることなら何でもしてあげようと思えた。

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