第3話 幸せ

「なっ、彼女……!?」

 驚きを隠せないのは山田だけでなく、隣に座っていた私の新たな彼女、たゆもだった。


 感極まったような顔をして、嬉嬉とした心がまた、私の心に直接語り掛けてくる。

 少しだけ慣れてきているのも、なんかおかしな話だ。

『私の事、そんなにも思ってくれてるなんて……後ではぐはぐしていい?』

 たゆから適量の愛を感じつつ、これからはこの緩〜い幸せを感じていくことが出来ると思うと、嬉しくなってしまった。


 ***


成程なるほど、2人は幼馴染なんだな。」

 昼休みに、仲直りを兼ねて教室の隅で3人、お弁当を食べていた。

 実際、喧嘩はしてないけど少し危うい関係になりつつあったので、この場を設けることになったのだ。

 ちなみに、たゆの主導です。


「……俺、応援するよ。」

「は?山田……今なんて?」

「オタクにとって、百合は正義なんだ。だから勿論、応援する。」

「ふ〜ん……百合って、そういうものなんだね。」

 よく分からない理論を展開した山田は、1人で満足気に頷いていた。

 百合に対する知識も、関連するメディアも全く知らないから何ともコメントし辛い……。


「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。」

「うん、ごめんね山田。いや……堕天の黒無垢。」

 山田は私の言葉に応えることなく、爽やかに笑いかけた、まるでこの後の残り時間を"2人で仲良くしろ"と言うように……。


 ***


 山田も居なくなり、形だけの平穏が戻ってきた昼休み。

いろたん、まだハグしちゃダメ?」

「もう、まだダメだよ。」

「ふふ……焦らすなぁ。」

 彼女は、独特の雰囲気を崩さないようにしながらも、楽しそうに笑っている。

 私は、さっきの"大切"とか"大好き"と言ったセリフを全部聞かれてしまってる事を考えると、ただただ恥ずかしくなってしまう。


『これからは……いや、これからもいろたんの事を好きでいるから。だからどうか、いろたんも……。』

「そうだね、私も……ずっと好きでいたいかも。」

 まだ始まったばかりのこの恋は、いつか形を変えてあいと呼べる日が来るのだろうか……。

 いや、きっと呼べるようにしてみせる。



「……やっぱり今、ハグしちゃダメ?」

「まだ、ダメだよ。ほら、口開けて。」

 従順な彼女は、指示通り「あ〜ん」と、恥ずかしげに口を開けて、私が箸で運んでいる出汁巻き卵を待っている。

「モグムグ。ふふ、おいひい。」

 私だけに向けられるその好ましい上目遣いは、出来ることならいつまでも私に向けて欲しいと恥ずかしながら思う。


 ***


 片田舎の何の変哲もない帰路で2人、会話をしながら坦々と歩き続けていた。

 昔と同じく、家は近くにあるみたいだ。

「ハグ〜。」

「ちょっ!?」

 午後の授業も無事に終わり、私の濃厚な一日も同時に幕を閉じる。

 たゆの、最初の素っ気ない態度とは180度違う、甘い想いに溢れた行動は、どこか心地よかった。


「ハグはまだダメ。……なんだけどなぁ。」

 もう、諦めていいか。

 そう思えるほどに優しいハグだった、そっと包み込むような優しさと温もり。

 ……行動もイケメンじゃん。


 ハグをやめると、幸せな時間も終わってしまうような気がして辛くなった。

いろたん、もう1回……良い?」

「し、仕方ないなぁ。……良いよ。」

 やっぱり、彼女の心はイケメンなのかもしれない。

 そして私は少しの間、その心に甘えてしまいたいと思ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る