それでもあたしはギターをひっかくよっ!

花井たま

それでもあたしはギターをひっかくよっ!

 誰もいないストリートは自粛要請下のとうきょー。

 あたしはありったけの声を振り絞り叫ぶ。

 不要不急? あたしにとっては必要なコト。

「こんな世界! うざい! 未来! いらない! あたしに力を頂戴!」

 ──ギュギュキュイィィン!

 6年の年季を積んだ相棒のファントムギターを掻きむしる。

 繋がれたアンプが悲鳴を上げて、あたしの悲痛なソウルを解き放つ。

 ウイルスが出回っているとか、せいじ政治が不安定だとか、今年が大学受験の年だとかはまぁったく関係ない。

 今日もあたしはギターをひっかく。声を枯らして歌う。

「今こそ革命の~時! せい! いえー!」

 ……しーん。

 合いの手パートなんか作らなければよかった。

 ──。

「……よし今日はこの辺にしておいてやるか」

 パワーコートをかき鳴らし締めると余韻の後に、こんな状況でも自粛しない蝉の鳴き声が遠くから聞こえてくる。

「お前もソウルを開放しに来たのか」

 なんたって7日で死んでしまうらしいし。

 あたしもその心意気を見習いたいと思う。なむさん。



「あたしはっ! がんばるよっ!」

 ローラがついた充電式のアンプは死ぬほど重い。

 下り坂は重力がmgでサインコサインタンジェント。

 とにかく気を緩めれば2万5千円がおじゃんなのだ。

 意気揚々とライブ会場へ向かう朝、死屍累々と家へ帰る昼。

 額にこびりついた嫌な汗をで拭えば──当然アンプを持つ手が離れる。

 人の掌は2つしかないのだ。

「──アホじゃん。あたし」

 どんぐりころころ、どんぐりこ。

 ごぉーと歪んだ音を鳴らしてアンプは坂を一直線に駆けていく。

 ──割といいサウンド出すじゃん。お前。

 なんて余裕こいたって止まってくれない。

「ちょい! まてぇー! うわっ! 危ない!」

 あたしは自慢のシャウトで注意を促すが、アンプに狙われた人は気づかない。

「ごめんなさいごめんなさい」

 直視できなくて目を背ける。そして。

 ──ガッシャーン。……とはならなかった。

 その人はマントを翻し、アンプのスピードを吸収してしまったのだ。

「……あのぉ?」

 あたしは恐る恐る声を掛ける。

 だってその人、足がないし。

 片足とかじゃなく

 ……これが本当のゴーストタウンってか? ヘヘッ。

「──オリンピック」

 フードの中──からそれは呟かれた。

「えぇと。どちら様……っすか?」

 あたしは幽霊が嫌いなのでおっかなびっくり伺う。

 オリンピック?

「おいらは、こういう者でさ」

 2メーターをゆうに超えた長身がかがみ、マントからにゅっと手が出てきたかと思うと、それはあたしに名刺を渡した。

「……特等交渉官? コーライ?」

 なんだー。幽霊じゃなくて宇宙人だったのか。

「おっす。あんたは?」

 ずいぶんフランクな日本語だ。そんなに仲良くなったつもりはないよ。

「あたしはマリ。ただのミュージシャンだよ」

「ミュージシャンか。それはいいところに」

 コーライは目の奥を光らせた。

 実際は目なんてないのだけれど。

 ……なんだかヤな予感がする。

 例えばUFOがあたしに光を浴びせて、遠くの星に攫われてしまうような。

「ライブの予約ならいつでも歓迎だけど、それ以外はNGだよ」

「……うんにゃ。ちょい、違う」

 フードが勝手に傾げて、どうやらコーライはどう伝えるか困っているみたい。


「──簡単に言やー。つまりっつことよ」

 

「……は? ……どゆこと?」

 あたしが、ちきゅーのうんめー? うんめー。うんめー?

「詳しい話は。あんたの家でしましょーや」



 3度は同じ質問をコーライにぶつけた。

 どうやら東京オリンピックに代わる娯楽を提供しろ、らしい。

 でなければ地球はヴァエニア星の最終兵器で粉々。

「結局どういうことなの。それ」

 あたしは宙に浮いたマントに再度問う。

「もう4度目になるっぜ」

 どうやら宇宙では”地球ドラマ”が娯楽として人気だということ。

 中でも定期的に行われる”オリンピック”が一番の人気で、固定ファンも多くついているということ。

 それが延期される地球には価値がないので消してしまおう、ということ。


 そしてなくなった娯楽オリンピックの代わりが……らしい。


 もしあたしのサウンドが地球の存在する意味になれたなら、この星は救われる。

 ……何度聞いてもやっぱりわけがわからない。

「それで、なんであたしなのさ」

 確かにあたしの才能はナンバーワン。

 だけどさ、地球を救うには。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ足りていない。

 ……気がする。

「なんでかわからん。たまたま」

「たまたまかぁ」

 たまたまなら仕方がない。

 この世界は死ぬほど嫌いだし、地球が消えてもらう分にはいいのだけれど。

 ……あたしはまだ死にたくないなあ。

 世界だけ消滅してあたしだけ生き残らせてくれないかな。

 ──いつの間にか地球が消える前提で考えていて、あたしは首を横に振る。

「……やっぱ。実感わかねー」

 ”ワレワレハ、ウチュウジンダ”。風を送り出す扇風機に向けてそう言ってみる。

 あたしと宇宙人の関係なんて、今までこのセリフだけだったのに。

 扇風機の回るこの部屋が、銃声の聞こえないこの国があたしの日常なのだ。

 『地球が存在する意味』だとか『消滅する』だとか。

 そんなん学校の授業並みにわかんないよ。

流行りゅうこうか? その遊び」

 まだ「あ”あ”ぁぁぁ」と扇風機に私が溜息を発散させていると、コーライが不思議そうに問う。

「……やってみる?」

 誘うと、マントがそのまま平行移動して扇風機の前へ。

「ワレワレハ、ウチュウジンダ」

「ププ……」

 思わず笑ってしまった。

 多分有史初めてだよ。宇宙人がウチュウジンダ。

「むむ。あんた、そんな遊ぶ暇ないぜ。7日あとに地球はないさ」

 コーライはスススーと扇風機の前をあたしに譲り言う。

「……って言われてもねえ。宇宙まで届くマイクなんて持ってないし」

「いらねえ。『ようつべ』にUpすれば上手くいくぜ」

 『ようつべ』は世界一の動画サイト。

 宇宙人も見てるんだ、ようつべ。

「一体どういうシステムだい」

「っす。宇宙にも動画サイトがある。そこにもう一度Upされるさ」

「はあ、なるほど」

 ……それって違法ダウンロード&アップロードじゃん。



 明日世界はきえてなくなってしまうらしい。

 あたしの評価は宇宙でも低かった。とコーライは言った。

 『ようつべ』も10回再生がマックス。そんな曲が宇宙で認められるわけない。

「はあー。もう地球なんてしらねっ」

 あたしは地球を助けるためにポップなメロディとキャッチーな歌詞の曲を作り、そうやって初めてを狙いに行ったのに。

 もう今日にでも消えてしまえ。こんな世界は。

「──おや。あんた悩んでるね」

「コーライは気楽でいいね。明日死ななくていいし」

 どこかからコーライに私はそう皮肉る。

 コーライだけに腹が立っているわけじゃない、その他の人間も結局同じだ。

 TVもお隣さんも誰も地球が消えることなどつゆ知らず、気楽に「今日も暑いね」なんて言っているのだ。

 あたしは今気楽に生きている生きとし生けるもの全てが許せなかった。

「ホントにしーらね」

 今日も”キャッチーでポップな曲”をUpしようかと思ったが、やめた。

 ──だってそんな音楽楽しくないし。

 1日になんども拭いている、自慢のファントムギターを肩にかける。

 録音ボタンを押してから大きく深呼吸。

 ──キーン、キュキュキュルル。

「あたしより幸せな、70億の皆様へ!」

 いつも通りあたしのソウルを全て声に込める。

「世界の命運を背負ったあたしからのアドバイス!」

「……死ね! あたしの代わりに死んでくれ!」

 ──キューキュルキュル、ジャーン!

「あたしだけ知っている、宇宙人の皆様へ!」

 ──。

 あたしは唄った。叫んだ。

 ここ数日、ポップな”曲擬き”を作らされた鬱憤を晴らすように。

 扇風機も消し窓も締め切ったこの部屋は天然サウナ。

 汗が滴り、ギターに落ちる。

 そのギターをかき鳴らすから飛沫が飛ぶ。

 ピックが滑り精度が落ちる。

 でもあたしにとっちゃそれが音楽だ。サウンドだ。

 心の奥底の言いにくいことを全てメロディに乗せてっ!

 ──ジャーンジャーンジャーンジャーンッ。キュキュッ。

「……はぁ……はぁ」

 あたしは録音を止め、このきょくをアップロードした。

 そして気絶するように眠りに就いた。

 


 果たして朝はやってきた。

「……再生回数いちぃ?」

 昨日ようつべに上げた曲の再生回数は”1”。

 ここ数日で一番低かった。

 うわっ。もうおしまいだー。死ぬしかない。

「──おめでとう」

 にゅっと生えてきたのはコーライ。

 あたしはしかめっ面で睨む。

「地球が消えておめでたいか。コーライもいい皮肉を言うようになったね」

「『スペコン』1位だ」

「すぺこん?」

 聞きなれない単語にあたしはオウム返しする。

「要はの元だ。あんた宇宙総数183923947204232892獲得」

「……18京票?」

 宇宙人って多いんだなー。

「──んでっ。地球は生き残るっすわ」

 ようつべでは再生数1なのに?

 宇宙では18京?

 いやいやどんなスケールよ。

 ……でも。地球だったらドンケツだけど、実は宇宙だったら。

 ──あたしが一番?

「あたしが一番!」

 無理やり喜ぼうと両手でガッツポーズを作った。

 ……実感湧かんな。

 ──。

 しーん。

 部屋にもうコーライはいなかった。

 影に沈むように、あたしの目の前から急にいなくなった。

 ──元からいなかったかのように。

 でもでも! 『あたしの音楽は宇宙に認められ、この地球をすくった』のだー!

 ──うん。そういうことにしよう。

「よし、今日も行くかっ」

 そうと決まれば2万5千円のアンプをガラガラ引っ張る。

 なんたってあたしは宇宙で一番のミュージシャンなのだから。

 ポップでキャッチーな歌を歌えば、確かに地球一番にはなれるかもしれない。

「……でも、宇宙は広いぜ?」

 キメ声で言う。

 今日もあたしは誰もいないストリートでライブをする。

 なんたって『スペコン』1位だからね。18京人があたしの味方。

 地球人はあたしのサウンドを何1つ理解しないけれど。


 ──それでもあたしはギターをひっかくよっ!

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