6
「どうして!!助けてください!!フランシス様ァ!!」
少女の金切り声が城内に響き渡った。男爵令嬢は両腕を衛兵にがっつりと捕まれ、ぶら下がるような形になっていた。フランシスの側近であるサレンは、自分の主の前に立ち、少女の視界に皇子が入らないようにした。
「どいてよ!サレン!あたしは今、フランシスと話してんのよ」
「どく必要などありません。リーシャ・ハルス男爵令嬢、貴女と貴女の家族の罪はもうわかっているのです」
「横領に、人身売買、違法薬物の密造、恐喝まがいの商売は茶飯事とはな。家族全員虫も殺さないような顔しているくせによくやるぜ」
近衛騎士のアドルが鼻で笑う。リーシャの可愛らしかった顔は見る影もないほど、歪んでいる。
「わ、私は何も知らなかったの・・・全部他の家族がやったことよ」
「まだ白を切るおつもりで?貴女が薬物を生徒に流していたことはもう分かっています。あんなにも不自然に心身を病んだ生徒がたくさんいれば、足が着くとは思わなかったのですか?」
「何より殿下にも薬物を渡していた時はすげー笑えたぜ?おかげでより証拠が集まって本当助かったわー!」
リーシャは、フランシスの方を見た。この悪魔どもの言葉からか弱い自分を早く守って欲しい。その一心で崩れた顔に、飛び切りの上目遣いをしてフランシスを見上げた。
「フランシス様!何か言ってください!皆勘違いしているのだわ!だって・・・」
「勘違いをしているのはお前だけだろう、リーシャ・ハルス。お前は罪を犯した、だから裁かれる。何も間違ってはいないだろう?」
「そんな・・・」
フランシスから出た厳しい言葉に目を向いた。一体どういうことなのか。私に心底惚れていたはずの男たちはみな、自分をまるでその辺の石を見るよりも冷たい目で見てくるではないか。確かに今サレンが言ったことは全て当てはまる。しかし、だから何だというのか。私は―、私は―――。
「もうよい。話は牢の中でしろ。早く連れていけ」
「待って!!」
少女の悲鳴に近い呼び止めに、ぴたりと一同が止まった。
「なんだ?まだ悪あがきか?」
「罪と、罪というならば、私よりミモザ様の方が牢に入るべき人間だわッツ」
「なんだと?」
リーシャは、その瞬間場の空気が凍り付くように冷たくなったのに気が付かない。いつもの彼女ならば場の空気を読むことなど一番の得意分野のはずであった。彼女はぺらぺらと得意げに語った。
「今まで黙っていましたけれど、私ずっとミモザ様からの嫌がらせにあっていました!物を隠されたり、服を汚されたり、階段から突き落とされたこともあったんです!そ、そのうえ私に暴漢を放ってきたこともありました。彼女こそ、牢に、いいえ処刑されてもおかしくないわ!」
「言いたいことはそれだけか?」
「それだけですって?!何を・・・」
リーシャは反論しかけて、すっと飲み込んだ。フランシスと目が合ってしまったからだ。フランシスはこちらを見ているのに、まるで何も見ていないかのような目をしていた。
死ぬ。本能がそう言っていた。
「ミモザがやったのか?」
「私は・・・」
「ミモザがやったのか?」
「・・・・」
「ミモザがやったのか?」
「・・・いいえ・・・」
ぐったりとリーシャは肩を落とした。反抗しなくなった彼女を引きずるように運ぶ。ぶつぶつと、「私がヒロインなのに・・・所詮スピンオフのいっつもワゴンに積まれているような作品だし・・・ああ、本編ならもっと・・・」と何やら訳の分からないことをぼやいていた。
「虚言癖まであったようですね、呆れたものです」
「殿下にミモザ嬢の話をするなんて自殺行為にもほどがあるぜ」
フランシスは彼らの様子をぼんやり見ながら、ため息をついた。やっとあの甘ったる過ぎて臭い女から解放されると思うとせいせいした。彼女の実家の不正を暴くためとはいえ、皇子自ら色仕掛けとは自分でも馬鹿な策だと思ったが、彼女の面食いは世間に知れ渡っていたので一番の最短での摘発になるのがこの策であった。本当に彼女は、どうにも隙が多かった。普通、皇子がこんなに接近した時点で気付かないものだろうか?まあ、もうどうでもいい。これが最後の仕事と言っても過言ではないのだから。そんなこと思いながら、フランシスが立ち上がろうとすると、突然何かが目の前に立ちはだかった。
「どうしてですか」
目の前に立ったのは、ローズ・ブラッシャーであった。フランシスの弟の婚約者。ほとんど話したこともない彼女が一体何の用か。
「どうして・・・どうして今日いらっしゃらなかったのですか」
よく見ると、ローズの目は真っ赤に腫れていた。淑女の鏡である彼女が、人前で涙を見せるとは何事か。フランシスは思わず動揺した。よく見ると、彼女の後ろにも見覚えのある少女たちが控えていた。―――ミモザの友人たち?そう気付いたフランシスよりも先に再びローズのイラついた声が聞こえた。
「こんなこと今日でなくとも良かったのではないのですか?貴方は何年も自分に尽くした婚約者へ何も思うことがないのですか?」
後ろの少女たちのすすり泣きが聞こえる。
「一体何の話だ、まさかミモザに何かあったというのか」
「何かですって?貴方が知らないわけがないでしょう?!」
「ミモザが星詠みの魔女として今日旅立ったことを!!」
星詠みの魔女?フランシスの思考はそこで一時停止した。もちろん、知識としては知っている。巫女とも呼ばれる世界と神を繋ぐ役職の女たち。なぜミモザがそこに出てくる?
「・・・もしかして本当に知らなかったのですか?」
呆然とした顔の彼に、ローズは恐る恐る話しかける。彼女は失敗したと感じていた。友人との別れに自分自身が一番動揺していたことに今更ながら気が付いたのだ。もしかして自分は言ってはならないことを言ってしまったのでは。そんな考えが頭をよぎった。
フランシスはふらふらとそのまま、歩き出した。最初はたどたどしい歩みは進むたびにしっかりしたものに変わる。彼はそのまま、全てを知っているであろう自分の父親の元に足を運んだ。
父は机に向かい仕事中だった。突然部屋に入って来た息子を見て、驚いた顔をしたがその目を見て何かを察したようだった。
「父上、ミモザは今どこにいるのですか」
「・・・父上と呼んでくれるのは久しぶりだな」
「父上!」
のんびりと感傷的なことを言う皇帝に、苛立った声をぶつけた。
「ミモザ嬢はそろそろ国境を越えた辺りではないのか。神殿の馬車がどれほど早いかわからないが大体その周辺であろう」
皇帝の言葉を聞いたフランシスは、外に飛び出そうとする。扉の前を騎士たちが塞ぎ、進行を妨げた。
「どけ!今ならまだ追いつく!」
「追いついてどうする」
気が付くと、彼の真後ろに皇帝は立っていた。息子に言い聞かせるように、父親は言葉を並べた。
「ミモザ嬢は、星詠みの魔女の子孫だ。先代が子を持たなかったために、先代の魔女は彼女を後継に指名した。そして、今日彼女は旅立った」
「どうしてミモザが行かないといけないのですか」
「お前の言いたいことは分かる。他にも子孫は確かにいる。しかし魔女が、ミモザ嬢が一番後継に相応しいと判断したのだ。それを覆すことはこの世界の誰にも出来ぬ」
「俺の婚約者なのに?」
「そんなことでは役目は変わらない。王族だろうが、奴隷だろうが従うことになっている。悪いが勝手に解消させてもらった。もうお前の婚約者ではない」
彼はがくりと膝から崩れ落ちる。
「どうして俺には何も言ってくれなかったんですか」
「言えば攫ってでも彼女の出発を阻止しようとするだろうが。お前には悪いとはもちろん思ったが、こればかりは致し方ないことなのだ」
フランシスは言葉を失った。確かに自分ならばそうするだろう。しかし、彼はこれまで必死にミモザに対してあまり干渉し過ぎないことを心掛けていた。自分がミモザに関心を持っていると周りに悟られないように。それなのに気付かれていた。一番気付かれてはいけない人間にだ。もし気が付いていなかったならば、フランシスにきっとミモザが旅立たねばならないことを伝えただろう。
「フランシス、お前には可哀想なことをしたと思う。別れもきっと告げていないのだろう?しかしもう彼女は帰ってこない。本人も納得してくれているのだ。彼女のことはもう忘れろ。代わりの婚約者は近々探そう」
その時、フランシスの中で何かが壊れた音が聞こえた。気が付くと彼は目の前の父を思いっきりその頬を殴っていた。周囲は一瞬で騒然とし、フランシスを取り押さえようとするが、殴られた皇帝が自らそれを制した。
「代わりの婚約者なんていらない・・・!俺は今までミモザのためだけに動いてきたんだ。ミモザがいないならば、何もいらない。俺は今まで何もあんたに望まなかった。あんたの言うことを大人しく聞いてきた。それなのにあんたは奪った。俺にっ、何にも言わないで!母さんだけじゃなくて、ミモザまで!」
口を開き、父を罵倒するたびにフランシスはボロボロと涙を流す。彼が人前で泣いたのは母が亡くなった時以来だった。古くから彼を知る人々は、その痛ましい姿を見て、みな涙を流した。しかし、彼の父だけは冷静に彼にこう問いかけた。
「お前、ミモザ嬢に執着しているのか」
ぴたりと彼の涙は止まった。皇帝は更に続けた。
「もしかしてお前にこそ皇帝の素質があるのではないか」
フランシスは何も答えない。それを肯定と見て、何が何だかわからない様子の周囲に声を掛けた。
「皇后と皇太子を呼べ。今一度継承権について話し合う。フランシスよ、お前への償いは意外と早く出来そうだぞ」
皇帝は高らかにそう言った。慌ただしくなるその場からひっそりとフランシスは抜け出した。
側近と近衛騎士は、ベッドに寝転がる主に何と言葉をかければいいのかわからなかった。2人はフランシスのミモザへの重すぎるぐらいの思いを知っていた。それを周りには隠してることも。2人にもミモザに起きたことは知らされていなかった。知っていたら彼らもまた主に伝えていたからだ。
「お前たちも知らなかったのか」
「はい」
「そうか」
そう言って彼は目を閉じた。側近は彼に問いかけた。
「これからどうするおつもりで?本当に皇帝になるのですか」
「なるわけがない。一生会うことも出来ないミモザ思いながら国を治めるなど地獄だ」
「陛下はそうも思ってないようですが」
サレンの声を耳で受け止め、ふっと鼻で笑いながら、嫌味ったらしく呟いた。
「ああ、散々俺を凡人扱いしてたのにな。だが関係ない。俺はここを出る。揉め事に関わる気は無い」
「ミモザ嬢のことはどうしますか?」
フランシスはまたしても泣きそうな顔になる。
「会いたいさ。俺の彼女への最後の言葉知っているか?『約束を覚えているか』だとよ。馬鹿だよな、守れもしない約束のためにずっとこき使われてたんだから」
「殿下・・・今から彼女に追いつくのは不可能です。けれども、彼女の元に行っても拒絶されることはないと思います」
「・・・?」
「余り知られていませんが、星詠みの魔女が住むアステール島は場所こそ不明ですが立ち入り禁止とはなっていないのです。そこまでして来た相手を追い払う人間はいないでしょう。それに早くした方がいいかもしれません」
「何かあんのか?」
「ええ。少々お待ちを」
そう言ってサレンは外に出た。しばらくすると、一冊の本を抱えて帰って来た。
「星詠みの魔女たち」 イヴァン・リーヴス著
「これは?」
表紙を見て怪訝そうな顔をしているフランシスに、サレンはページをめくった。
「ここを読んで下さい。そうです。『彼女たちには運命の相手がいて、その相手に会う時だけ塔を出ることができる。』早くしないとこの運命の相手とさっさと結婚してしまうかもしれませんよ」
「ハァ?!」
勝手に魔女が独身のままだと思っていたフランシスは焦った。確かに血を繋いでいくならば、相手が必要なことなんて考えればわかることではないか。
「は、早く行こう。一秒でも早く」
「どうどう。落ち着け殿下。今は出れねえよ。そこら中あんたを見張る兵でいっぱいなんだ」
「そうですよ。ああは脅しましたがミモザ嬢もそこまでさっさと次に行ったりしないと思いますよ。ここはしっかり準備をしてから行きましょう」
「・・・お前たちの助けはいらない」
二人は驚いた顔をしたが、見合わせて笑い出した。
「俺たちのことを心配しているんスか?大丈夫ですよ、あんたが一番分かっているでしょ?俺たちは身分があるだけの失うもんがなんもない人間だってよ」
「ええ、安心してお任せなさい。三日後には出発できますから準備をしておいてくださいね。私たちからすれば自分たちの立場より、貴方を失ってしまうことの方がよっぽど辛いですよ」
「ああ、ありがとう。俺はいい友人を持って幸せだな。行くぞ、アステール島」
フランシスはそう声を上げ、ぎこちなくも自信をにじませる微笑みを浮かべるのだった。
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