2.
次の魔女を指名して、彼女たちはどんどん入れ替わっていく。指名されたものはどんな立場であってもその命を必ず受けなくてはならない。
―― 「星詠みの魔女たち」 イヴァン・リーヴス著
次の日からミモザはどんどん出発に向けての準備を始めた。まずは学校の知り合いたちに別れの挨拶をしなくてはならなかった。とはいえ退学することは黙っていなければならないので、休学ということで挨拶をした。ただの休学だというのに酷く悲しい顔をするミモザに友人たちは不思議そうな顔をしていたがミモザにそれぞれ励ましの言葉を送ってくれた。みな彼女がフランシスの最近の動向を気に病み、休学すると思ってくれているのは非常に都合が良かったので乗っかることにした。ミモザが仲のいい友人たち、教師、そうでもないが形式上挨拶をしなくてはいけない人に別れを告げていると、意外な人物が話しかけてきた。
リーシャ・ハルス嬢。ミモザは彼女が話しかけてきた瞬間に顔をしかめたが、リーシャは気にせず話しかけてきた。身分の高いものに対して相変わらず失礼な。フランシスは一体何をしているのか。イラつくミモザの心中を知る由もない彼女は暢気に質問してくる。
「ミモザ様、学校をやめると聞いたのですけれどそうなのですか?学校辞められると困るんです!」
なぜ彼女が困るのか。ミモザが困惑していると、そこに思いもよらない助け舟が来た。
「ハルスさん、ミモザ様は辞めるのではなく休学、学校をお休みするのですよ」
「あっ、そうなんですね。良かったー!!これでイベントが・・・すいません。ありがとうございました。ローズ様」
「良くってよ。次はわたくしがミモザ様とお話があるからいいかしら」
「はーい、失礼します!」
彼女はスキップするように意気揚々と帰っていった。ミモザが彼女を目だけで見送ると、改めて助け舟を出してくれた令嬢にお礼を言った。
「ありがとうございました。ローズ・ブラッシャー様」
「いいのよ、あなたも変なのに絡まれて大変ね。ミモザ・エルフェンリート様」
彼女はこの国最高位の令嬢にして、皇太子の婚約者であるローズ・ブラッシャー公爵令嬢。将来的はミモザとは家族になる予定だった彼女だが、二人は敵対派閥。ほとんど話したこともなかった。しかし、同じ皇族の婚約者として二人はライバルとされていた。二人ともかなり優秀で類稀な美貌の持ち主、それも全く反対のタイプの美女ということで外野はますます盛り上がった。そんな彼女が一体何のようなのだろうか。ミモザは身構えた。
「そう、怖がらないで欲しいわ。ミモザさん。あちらのベンチにでも座りましょう」
そう促され、二人は庭のベンチに並んで座った。
「ミモザさん。私貴方に起こったことを聞いているの」
「起こったことって?」
「大丈夫よ、とぼけなくても。・・・『星詠みの魔女』のことよ」
少し声を小さくしてローズは告げた。ミモザは驚いた。皇帝と一部の高位貴族は知っていると聞いていたが、まさか彼女が知っているとは思っていなかった。
「ど、どうしてそれを」
「ええ、皇帝陛下から直接お話を聞いたの・・・。他の令嬢には言えないから私から色々話を聞いて上げて欲しいって。」
「大丈夫?貴方、昨日寝ていないのではない?クマが化粧で隠れていないわよ」
皇帝陛下とローズの関係がかなりいいことにも驚いたが、彼女が心から自分を心配してくれる様子にミモザは更に衝撃を受けていた。ミモザは話したことはなかったが、勝手にローズに苦手意識を持っていた。自分とは真逆の性格も見た目も威圧的な姿勢も同じ皇族の婚約者という立場にあっても彼女の方が格上という気持ちになっていたのだ。自分は彼女の本質が全然見えていなかったのだな、そう感じた。
話してみるとローズは意外と話しやすい女性だった。ミモザの愚痴も不安も全部聞いてくれたし、彼女が暗い気分になりすぎないよう所々で共通の話題も振ってくれた。以前から社交の腕は彼女の方が上だと思っていたが、実際に自分が体験してみると、なるほどこれは叶わないとミモザはうなった。もっと早く話せていたら良かったのに。そんなことを思うぐらいにはお互い気を許し始めていた。
「夕方だし、そろそろ帰りましょうか」
「そうですね、今日はありがとうございました。少し気が楽になりました」
「いいのよ・・・学校は今日で終わりですけれど良かったら明日、お宅に伺ってもいいかしら」
「?!本当ですか。嬉しいです。是非いらしてください」
「学園の帰りになりますけれど、必ず伺いますわ」
「ありがとう。ローズさん」
そう二人が話しているところにずんずんと向ってくる人影があった。
「ミモザ!」
大声を上げてこちらにやって来たのはフランシスだった。怒った顔をしてミモザの腕を取ってベンチから立たせた。
「大丈夫か、ブラッシャーに何かされていないか」
「失礼ですわね、ただおしゃべりをしていただけですわ。それではミモザさん、ごきげんよう」
わざとフランシスには挨拶をせず、ミモザにだけ笑顔を向けて彼女は帰っていった。
「殿下、痛いです。離してください」
「ああ、すまない」
バツが悪そうにフランシスは彼女の腕を離した。彼はミモザを途中まで送りたいと申し出てきた。彼女はもう婚約者でもないのだけどなと思ったが、彼が仲が悪いと思われているローズから自分を守ろうとしてくれたことが少しだけ嬉しかったため、受け入れた。
馬車に乗り込むと、ミモザの前では普段とても静かなはずのフランシスは、今日はなぜかやたら饒舌であった。しかし、ミモザはいつ星詠みの魔女の話を切り出そうかということで頭がいっぱいで、全く話を聞いていなかった。彼から切り出してきてもいいぐらいなのになぜ何も言ってこないのか、そしてこのテンションの高さは何なのか。そんなに自分との婚約が無くなったことが嬉しいのか。もやもやした気持ちが邪魔をして、全く頭に入らない。全部適当に相槌を打つだけ。そうしているうちに家に着いてしまった。しまった、話をすることを忘れていた。ミモザが口を開こうとすると、先に外に出て彼女が降りてくるのを待っていたフランシスが先にこう問いかけた。
「なぁ、ミモザ。子どもの頃の約束覚えているか?」
「約束ですか?」
「あー・・・、覚えてないならいいよ。どうせすぐ思い出す」
今日のフランシスは子供の頃の彼みたいだ。幼き日の彼のような少しだけ砕けた口調とはにかんだ笑みがまた彼との別れを惜しませた。ミモザは結局、何も言うことが出来なかった。まあ、さすがにどこかしらでまた会うことになるだろう。ミモザはそう楽観していた。
そこからの一週間は怒涛だった。大量の荷物をまとめ、知り合いに手紙を大量に書いた。大して思い入れのない相手には同じような文章になったが、急いでいるのだ、許して欲しい。それぐらい大人数に送った。そして、一人暮らしを始めるために彼女は料理や掃除を学ばなくてはならなくなった。彼女の一週間はほとんどここに費やされたと言っても過言ではない。使用人たちが丁寧に教えてくれたので、かなり詰め込み教育にはなったが目玉焼きとスープぐらいは作れるようになった。後は本を見ながら独学でやっていくしかない。それでも一度も包丁を持ったことのない侯爵令嬢にしては、彼女は頑張った方だろう。
ローズはなんと毎日家に来た。彼女が笑わせてくれるおかげでミモザは一週間乗り切ったと言っても過言ではない。初めの頃は対立するブラッシャー家の娘が来ることに抵抗があった家族も後半はすっかり慣れて、また来てねーなんて言っていた。妹はすっかりローズになついて、ローズお姉さまと呼びだすほどだった。兄に至ってはもし婚約が流れたら結婚しようなどと口説いていた。
一度城にも呼び出され、皇族たちにも挨拶をした。皇帝は勝手に婚約を解消したことを謝ってくれたが、ミモザはどうしようもないことだと自分の意志を伝え、謝る必要はないと言った。皇帝はミモザが『星詠みの魔女』の魔女になることを大々的に国民にも発表しても構わないかというので、どうせ自分には何を言われようが最果ての地には聞こえてこないので、了承した。『星詠みの魔女』は大聖女にも劣らない名誉なこととされるため、国内から出たことを自慢にしたいのだろう。ミモザは皇族たちがいい思いをするのは少し引っかかるものがあったが、家のために最後に自分が出来ることだろうと考えることにした。皇族はほぼ全員その場に来ていたが、フランシスだけは来ておらずまたしても彼女は彼に別れを告げることが出来なかった。
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