第40話:暗雲を運ぶ隼。


 冷静に考えて見れば、奇遇でもなんでもない邂逅だ。

 あれから何事もなくクソッタレ王に従っていたなら、この国内で活動しているのは当然。俺たちも国内に留まった以上、出くわす可能性は十分あったのだ。


 正直こうして再会するまで存在自体忘れかけていたから、やっぱり驚いたが。


「ところで、ギルガメッシュはどうした? なにが目的か知らないが、『そんな些事は下郎の役目だ』とか言ってどっか行っちまったか?」


 女帝ギルガメッシュが治めた帝国は古代に滅んでいる。今は国を治める職務もないせいか……あるいは国を治めていた頃からああなのか、彼女はとにかくフリーダムでフットワークが軽い。イベントなどで登場してもすぐどっか行ってしまうのだ。


 この場にいないなら有難いが、後から参戦されても非常に厄介となる。

 警戒を含んだ俺の問いかけに、しかしクソッタレ二号は予想外の言葉を返した。


「ギルガメッシュ……あの裏切り者の高慢ちき女なら、もういねえよ! ご主人様である俺に口答えした挙句、契約を切ってとんずらしやがったんだ!」

「契約を切られた? ミラージュ側から、一方的に?」

「そうだよ! 『貴様はつまらん。なぜ今まで契約してやっていたのか不思議でならないぞ。なんの面白味もない、ただ矮小で愚かなだけの小物。他の二人も大差なし。これなら同じ石ころでも、追放されたあの小僧の方が余程愉しみようがあったな』なんてほざきやがって! 【強制マニュアルモード】も通じなかったし、どうなってんだよ運営!」


 事細かに台詞を覚えているのは、それだけ屈辱的だったからか。


 しかし、システム的な拘束力があると思われる【強制マニュアルモード】を破ったのか。あの女帝ならそれくらいやっても不思議じゃない、と思わせる辺り、流石は最強格のチート級ミラージュ《ギルガメッシュ》だな。


「しかもギルガメッシュばかりか、一緒に契約を切られた他のミラージュまで逃げ出しやがった! 俺のハーレムがなに俺の許可もなく俺から離れてんだよ! 俺を持て囃して気持ちよくさせるのが存在意義のペットが、飼い主様に噛みついてんじゃねえぞ! 俺があいつら揃えるのにいくら課金したと思ってやがる、クソが!」

「そんな調子だから自分のミラージュに見限られるんだろ。ざまあ」

「黙れ低レアばっかの雑魚ミカガミが! てめえのゴミカスパーティーなんか、当てたばっかでレベルも最大じゃないSRのこいつでも瞬殺なんだよ! やれ、閃光娘々! ……オイどうした、さっさと焼き殺せよ!」


 クソッタレ二号が唾を飛ばして命令するが、虚ろな目の閃光娘々は微動だにしない。

 なぜなら、その全身を糸で拘束されているからだ。雷撃を放っても糸を伝って壁や地面に逃げてしまい、拘束を破ることができない。


「妖魔忍術【女郎蜘蛛】――喚いている間に縛りつけさせていただきました。その娘が正気であれば、即座に気づいたでしょうが。操り人形にされるなど、憐れな」

「は、はああああ!? なんだそれ、知らないぞ聞いてないぞ! そんな技ゲームになかっただろ、チートかインチキ野郎! 主人公の俺に楯突いてんじゃねえよ、このハズレ枠SSRのシコネタくノ一が「うるさい」ひぃぃ!?」


 不快な口を《アームガトリング》で黙らせる。

 クソッタレ二号には頬をかすめただけだが、閃光娘々に大量の弾丸が命中する。ダメージは皆無、しかし【黒き呪炎】によって【呪詛】が多重付与された。


「一撃で楽にしてやれ」

「御意。【鎌威太刀】」


 風の刃の一太刀にて、閃光娘々の首が胴から落ちる。

 足下まで転がってきた首に、クソッタレ二号は顔を青褪めさせて腰を抜かした。


 こっちに召喚されて以降も人死にを間近で見てこなかったのか、失禁して股間を濡らしてさえいる。むしろ真っ当な反応かもしれないが、無様だ。


「殺す? 挽き肉にしちゃう?」

「待て、ベル。こいつには色々と訊き出さなきゃならない」


 デュランと一緒に出て来てたものの出番がなく、暇そうに鎖付き鉄球をガチャガチャ鳴らすベルを宥める。まだ挽き肉にしちゃ駄目だから、まだ。


 孤児たちは『あいつらの仲間か』と言っていた。クソッタレ二号には心当たりがない様子だったが、他のミカガミが関わっているのかもしれない。他のミカガミの動向についてなら、なにかしら情報を持っているだろう。


 俺がクソッタレ二号を問い詰めようとした、そのときだった。


「クケェェェェ!」

「おわっぷ!?」

「ぎゃ!?」

「ああ! カツラがあ!」


 突然の砂塵と、鳥の鳴き声。あっけない断末魔の叫びと悲鳴。

 砂嵐が吹いて消えるまでの、あっという間に全てが終わっていた。


 クソッタレ二号は喉を切り裂かれて絶命。孤児リーダーの視線を追って見上げれば、包みを掴んだ『ガラス製の鳥』が彼方へ飛び去っていく。目視困難の上に尋常じゃない飛行速度で、もうアームガトリングや管狐クナイでも届かない距離だ。


「アレはエジプト神話の神《アメン=ラー》を象徴する、不可視の体を持つ隼……ファラオのミラージュ《ツタンカーメン》の使い魔か!」


 エジプトの太陽神なら《ラー》の方が知名度が高いだろうが、ツタンカーメンの代では《アメン》という古い神と一体化して《アメン=ラー》と呼ばれていたらしい。そもそもツタンカーメンは厳密な表記で「トゥト・アンク・アメン」と読む。「神アメンの生ける似姿」という意味合いなんだとか。


 って、そんなファラオ豆知識はどうでもよくて!


「どうしよう! 悪いヤツにカツラが持って行かれちゃった!」

「落ち着いて。よければ、事情を聞かせてくれないか? というか、なぜにカツラ?」

「――アレは雷神トールの妻シヴが身につけていた、小人イーヴァルディの造りしカツラである。そして敵の狙いはおそらくそれを触媒に、雷神の鉄鎚《ミョルニル》の製作者をエネミーとして召喚することであろう」


 問いに答えたのは孤児たちではなく、鋼のごとく硬質で凛とした女性の声。


 暗がりから新たに姿を見せたのは、声の印象に違わず鎧で身を固めた女戦士。サーカスで団員たちが着ていたドレスによく似た意匠の鎧。しかし、こちらの華やかさには不吉さが同居している。死者を迎える天使の美しさだ。


 それも然り。彼女は死した英雄の魂を天界に導く、ワルキューレなのだから。

 しかも俺が知る限り、シャドミラで最も頭が固くて同時にチョロいワルキューレ!


「ヴァルトラウテ!」

「うむ、久しいな。ハクメン、デュラン、ベル。そして……初めましてと言うべきか、異界の客人。私を運命の呪縛から解き放ってくれた人の子よ」


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シャドウミラージュ~ゲームの最推しキャラで固めた最弱パーティー、異世界では最強でした~ 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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