第39話:推しを馬鹿にされた恨みだけは忘れてない。

「キャアアアア! 変態よー!」

「下着泥棒の変態だわー!」

「すいません、誤解なんですぅぅ!」


 女性用の下着が積まれた荷車に乗って逃走する、七名の幼い少年少女たち。荷車にはどこからか拝借したと思しき、大砲型の魔道具が括りつけられている。それを推進装置代わりに、荷車を馬なしで自走させているようだ。


 俺とハクメンは、屋根の上から彼らを追跡していた。ちなみに俺の足じゃ追いつけないので、絶賛おんぶされている。


 どうやら俺たちの頭上に降ってきたパンツは、彼らが屋根から屋根へ飛び移った拍子に零れ落ちたものだったらしい。どうやって荷車で屋根に上がったのかは不明だ。


「しかし本当に彼らが、神鏡の予言した災いと関わりがあるのでしょうか?」

「根拠はなにもない。でも、俺たちがやって来た翌日に起こった事件が無関係とは、タイミング的に考え難い。それに……《イーヴァルディ》の名がどうにも引っかかってな」


【イーヴァルディ】といえば北欧神話に登場する小人で、雷神トールの妻シヴがロキの悪戯で髪を刈り取られた際、彼女のためにカツラを作ったなんて逸話がある。そのせいかミラアースでは、《イーヴァルディ》の名を冠した洋服専門の大商会があった。

 なにを隠そう、降ってきた下着こそ《イーヴァルディ》製品だったのである!


 商会は世界が滅びかけた際の騒ぎで潰れてしまったらしい。商会の服は歴史的遺産として博物館に展示されているそうだ。


 つまりどういう経緯があったのやら、あの子供たちは博物館から逃げてきたことになる。荷車で展示していたとは思えないから、荷車で逃げ回る最中に下着の展示に突っ込んだといったところか。屋根に上がってたのは、展示が二階以上にあったからか?


 この都市で起こるという、雷神の鎚を巡る事件との関係性や如何に。

 考えすぎかもしれないが、ちょっと事情を聞き出したい。

 ……子供のやらかした悪戯にしては、物騒な追手が迫っている様子だし。


「殺せ! 息の根を止めてでも止めろ!」

「浮浪児どもの命などどうでもいい! なんとしてもを取り戻せ!」


 通りから子供たちを追走するのは都市の衛兵たち。しかし十歳を過ぎたかどうかという年頃の子供相手に、武器まで抜いておっかない発言だ。切迫した表情からして、どうやら余程の代物が子供たちの手にあるらしい。


 子供たちは途中で荷車を乗り捨てる。無茶な使い方をしたせいだろう、大砲が煙を噴いて爆発。それが衛兵に対する目くらましとなった隙に、狭い裏路地に飛び込んだ。

 彼らにとっては庭のようなものか、迷路のような道を迷いなく走り抜けていく。


「……よし! ここまで来れば」

「ああ、ここまで来ればうるさい衛兵も出しゃばらないだろ。汚いクソガキの割にはよくやってくれたぞ?」


 駆け込んだ先で立ち塞がる男に、子供たちはギョッとした顔になる。その驚いた反応からして仲間ではなさそうだ。実際男はみすぼらしい身なりに対する蔑みを隠そうともしない、嫌な目つきを子供たちに向けている。


 しかし見るからに軟派そうなあの面、そこはかとなく見覚えがあるような?


「な、なんだお前、お前もあいつらの仲間か!?」

「はあ? なんでもいいから、『そいつ』を寄越せ。ソレはてめえらモブが持ってたってなんの意味もないんだよ。ほら、とっとと寄越せよ! それとも痛い目に遭いたいか? てめえらみたいな汚い浮浪児、殺したって誰も困らないだろ。むしろ町の清掃活動に貢献して俺、また善行重ねちゃうか? ギャハハハハ!」

「……そんな酷いこと平気で言うようなヤツに、渡せると思うか? それに俺たちは浮浪児じゃなくて孤児だ! 親がいなくても、綺麗な服が着れなくても、仲間と親切な人たちに助けられて力一杯生きてるんだ! 皆が暮らすこの町で悪いこと企むヤツの思い通りになんか、絶対させないからな!」


 リーダーらしき男の子の啖呵に、そうだそうだと他の子供たちも唱和する。

 対して、男は白けたように舌打ちした。


「うっざ。ガキが粋がるなよ。もう死ね! 《閃光娘々せんこうにゃんにゃん》!」


 男が掲げた腕には《神鏡》が。男は俺と同じミカガミなのだ。


 神鏡が光り輝き、現れたのは中華風の軽装鎧を纏う女性。戦神を思わせる、神秘的かつ猛々しい風貌だ。前方に構えた手甲、その手のひらに嵌め込まれた鏡から、紅白二色の雷光が子供たちへ放たれる!


「デュラン!」

「応っ! よいしょお!」


 俺はハクメンと子供たちの前に降り立つと同時、神鏡からデュランを呼び出す。

 デュランの盾は二条の雷撃を見事に受け止め、子供たちを守り切った。


 しかし……【閃光娘々】とは道教の雷神にして『封神演義』の仙女。前者では《電母》、後者では《金光聖母》とも呼ばれる存在だ。仮にも「母」を冠するミラージュに子供を殺させようとか、なんて悪趣味な真似をしやがる。


「あ、あんたは一体?」

「事情は知らないが、いい啖呵だったぞ。ひとまず、加勢してやるよ」

「て、てめえは!? なんでここにいやがる! 追放されて野垂れ死んだはずだろ!」


 ん? 追放の件を知ってるってことは、もしかして。

 苛立ちも露わに地団駄を踏む男。その顔をしばし見つめ、俺は「ああ!」と手を叩く。


「お前、城で股間潰してやったクソッタレ二号!」

「誰がクソッタレだ! しかも二号ってなに!? あと潰れてねえから!」


 律儀にツッコミを返す男は間違いなく、俺と一緒に召喚されたプレイヤーの一人。

 俺のパーティーを散々馬鹿にしてくれやがった、クソッタレ二号だった。


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