あとがき(2017+2023)


あとがき


 この度は『探偵王子とフォルトゥーネ』をお求めいただきありがとうございます。

 セシルとパーシィの小さな大冒険は、お楽しみいただけましたでしょうか。


 今回は、はじめてのスチームパンク風ということで、いろいろな資料研究と試行錯誤がありました。特に、十九世紀後半から二〇世紀初頭の英国について重点的に研究した結果、さほどスチームでもパンクでもない、便利な文明と失われた魔法とが共存するマイルドなかたちに落ち付いてしまいました。でも、わたしはこれぐらいが好きです。

 また、少しへんてこなギミックとして〈女装をさせられている少年〉を主人公のひとりに採用しました。ちょっとの困難がないと、ローティーンの男の子は反発してくれないのではないかと思ったからです。というのに、女装少年というジャンルが一大派閥と支持層を持つと知ったのも付け加えますね。受けたいという下心、ありありです。嘘は言いません。実際、こんなのどう、と言わんばかりにコンセプトアートをちらちらとツイッターに載せていました。皆さんがお優しい反応を下さるので、調子に乗ってここまできました。

 戻ります。それから、その相棒としてどうしても逆らいにくい食えない美青年探偵を置いてみました。彼はなぜか、セシルに女装を強いるわけですから、セシルとしては反発しがいがありますね。ですが、パーシィはのらりくらりとマイペースを貫くものだから、思ったように噛み合わない。育ちと年齢差の妙ですね。そんな感じで、まっさらな少年も、心にしこりある青年も、ひとしく悩める少年なのではないか、という考えに収束しました。

 パーシィがセシルに女装をさせたい理由を設定するために、セシルと瓜二つの少女リアが生まれました。唯一のヒロインである彼女は〈運命の女〉として数多の男に愛され、求められることとなったのです。そしてその恋模様を成立させてゆくと、面白い事に、セシルが主人公の物語は、どんどんとパーシィの物語になっていきました。だから、二人はバディとして作中の視点を共にわけあっているのです。

〈運命の女〉とは、物語や現実世界にて、男を魅了し、その魅力のあまり男の人生を変えてしまう女性の呼称であります。美術に造詣をお持ちの方なら、耳にしたことがおありでしょう。聖書だとリリスかイヴが値するでしょう。あと、シューマンでいうところのクララ。

 女性という観点でひとつ。今回、実は徹底的に性愛表現を控え、全年齢向けの表現を心がけました。前作『純白の抒情詩』(2016)では魔術師のゆがんだ愛情が肌のぬくもりを求めたというような描写をし、お子様には全然おすすめできない状況になったからです。『抒情詩』の物語は大人向けなのでいいのですが、ちょっぴりあざといとも反省もしました。イベントで少女に立ち止まってもらう事が多くなったのもあります。すこしおませで想像力豊かな、思慮深い少女たちにも読んでもらいたい。わたしが描きたい物語は、幻想世界における青少年の成長とミステリであって、性的描写ではないと思い至りました。なので、どきどき成分は少なめです。どきどきしかない本は、それはそれで書きたい気持ちはあります。きっちり線引きをしよう、という話です。

 人間を配置する以前に、歴史を構築するのが常なのですが、『フォルトゥーネ』はその名のとおり〈運命〉と〈夢〉いう言葉のモチーフを多用しております。音楽を知る方ならもうお気づきですね。あの超有名な作曲家の、超名台詞と超有名曲の各章のテンポ指示だと。日本語にするとニュアンスが消えてしまうので、そのままにしました。一章だけがやたらと長い? それは作曲家に言ってください。わたしは種をまいただけです。

〈六つのマナの歌〉も、楽語で構成しました。アパショナータ(情熱的に)はコン・フォーコ(燃え盛るように)と、レクイエム(鎮魂歌)をスターバト・マーテル(嘆きの聖母)にするかで迷ったりしましたが、あのように落ち着きました。

 幻想物語のエンディングが幻想即興曲で締めくくられるだなんて、最高にロマンチックなラストになりました。わたしの大好きな作曲家フィリップ・ゴーベールPhilippe Gaubert(1879-1941)のフルートの名曲を添えてあげたいです。

 ちなみに、パーシィの言っていた「大好きな作曲家」、パーシィ・グレインジャーPercy Aldridge Grainger(1882-1961)は実在しています。オーストラリア出身の近現代のピアニスト・作曲家で、自身の血統を求めるように渡英。古いイギリスの歌を収集、モティーフにして素朴でユーモラスな音楽を作っていた男です。

 架空言語は私が作りました。フィンランド語の原初の単語と文法、英語の文法、ロシア語の格をミックスしてあります。語幹はラテン語です。だいたい三〇〇〇単語あれば会話は成立するということで、空港行きのバスの中で必要なだけの日常単語をでっちあげました。

 夢のなかったセシルが図らずも運命を手にした。けれども運命というのは、そのときが訪れたらば一瞬だけ現れる選択肢に他ならないと思います。その選択を繰り返してきた道しるべをなぞって一本道とし、あとから運命と名付けるのですから。

 運命が過去という仮定をするならば、夢は未来です。夢という方向性が無ければ望んだ運命はつくりだすことができません。運命に縛り付けられていたパーシィもある意味で夢を叶えてしまいました。彼にも新たな夢が必要です。

 わたくし事にはなりますが、私も夢を持っています。それを叶えられる選択肢が生まれるかはわかりません。けれども物語を書いて誰かに手渡すものにするという子どものころの夢を、私はいま叶えています。もちろん、背中を押してくれる人がいました。その人との出会いもまた私の選択のひとつです。

 年端もいかない頃、原稿用紙に鉛筆で綴っていた拙い物語は私の本懐ではありませんでした。なにせ面白くない。膨らみもない。その理由は明白でした。私自身の人生経験が圧倒的に足りなかったのです。欠点は使用する漢字や語彙の問題ではありません。すぐにわかりました。面白い人間がどんなふうに話し、魅力的な人間がどんなふうに振る舞うか。または憎らしい相手がなぜ憎らしいのか。自分はそういうものを知らないと気付きました。

 そうして原稿用紙を捨て、ペンをしまい、楽器を手にしたわたしが再びこのモノクロの世界に戻ってくるとは、誰が想像したでしょうか。ちなみに、小学校六年生のタイムカプセルにははじめてGペンを使って描いたイラストをぶちこみましたし、「みらいのわたしへ」レターも、現在のレベルのままでは大層なことはできないと理解していたのでさほど夢も抱かず「幸せになってね」と書きました。それ、三歳のわたしが未来にあてて同じこと書いてたから。

 こう思うと、いま、途方もない夢を抱えているわたしが、夢のない状況というのを知っていたんだなあ、とある意味で感慨深いです。

「せまい町を出て、世界中を飛び越えて、色んな人と知り合って、話して。夢があって。君が書きたかった物語も、描きたかった絵も作れる。それ以上のことだってできるようになった。独りで全部やるのはしんどいけど、幸せだよ」

 と、小さい彼女たちに伝えてあげたいです。絶望の檻はやがて終わると。いけない、これ、十年後ぐらいに読んでしみじみするやつだ!

 最後に、丁寧に下読みをしてくれたKe‐iくん、先行版から続きを待って下さった皆さん、孤独な執筆を支えてくださったフォロワーの皆さん、そして、手に取ってくださり、ここまでたどり着いて下さったあなたに、愛と感謝を。奥付に感想用のQRコードをご用意しましたので、そちらから、またはメールから生の声をどうぞお聞かせください。励みになります。

 わたしの夢にお付き合いいただき、ありがとうございました。

平成二九年 エゾヤマザクラの咲くころに  黒井ここあ


第二版に寄せて


 二〇二二年末、第二弾『シルフィード』の好評を受けて『フォルトゥーネ』も第二版を出せました。セシルとパーシィ、そしてリアの世界が変わる物語はお楽しみいただけましたか。

 国を取り戻す群像戦記『黒獅子物語』を最初に手にした読者さんは戸惑われたでしょうか。

 私は、戦記物は世界を、ジュヴナイルは自分の世界観を変革していく、どちらも等しい成長アークを持つ物語だと考えています。世界は主観でいくらでも色と姿を変えるものですから。自分が不平不満を抱いたとき、その座標を少し離れて俯瞰してみると全く異なる視点を得られたりしますよね。それか本当に孤独で理解者などこの世のどこにもいないと思うとき、たった一冊の本に慰められたりもする。存在の死に等しい孤独に寄り添ってくれたその本を愛読しているのが自分だけではないと気付いたとき、地球上の何億というそれぞれの孤独を発見できるかもしれない。あなたの世界を変えられるのは、あなたのイマジネーションだけなんです。

 これが優しさであり想像力、これこそがファンタジーの力だと信じてやみません、

 さて『フォルトゥーネ』は『黒獅子物語』シリーズを単行本化しよう、その為には完結させる経験値と力をつけよう、と意欲的に取り組んだ読切でした。このように続いたのは、続編を望んでくださった方、これまで買い支え応援してくださった方のお陰です。本当にありがとうございます。

 再販にあたりブラッシュアップしていますと『黒獅子物語』全七巻の執筆を経た分、稚拙で粗削りな部分がたくさん見当たりました。言い回しや視点も探り探りという様子でたどたどしく、恥ずかしさと申し訳なさで顔面をくちゃくちゃにしながら直しました。ですが、物語の軸や骨はそのままに言い回しなどを細かに変えています。当時の味わいは、変わらぬストーリーにてそのまま楽しんでいただけるはず。実を言えば、この数年で解像度の上がった人物もいて、描写が緻密になっているかもしれません。『黒獅子物語』の再販でも読み比べて違いを楽しむ方もいらっしゃるとのこと。悪化はしていないはずです、確認よろしくお願いします。

 今後は本懐である群像戦記『黒獅子物語』と気軽に読める幻想冒険ミステリ『探偵王子』の二本立てでおすすめしてまいります。その裏で長編戦記を練りこんでいけたら。

 おこがましくも、コナン・ドイルと同じ道を歩んでいるような気がしてなりません。

 彼は本当はヒストリカルを愛していましたが『名探偵ホームズ』で名と本を売りました。

『探偵王子』が私にとっての『ホームズ』になるかどうかはまだ未知数ですけれども。

 これからも、魅力的な登場人物たちが織り成す目くるめく展開にわくわくする物語、あるいは新しく懐かしい友だちとしてそっと孤独に寄り添える本をお届けできるよう、精進してまいります。

 二〇一七年のあとがきにありましたQRコードはございません。当時は、ご感想窓口としてQRコードを奥付に貼り付けるのが流行で、それを取り入れたのでした。今後はどうぞEメールアドレスへお送りください。大切に拝読いたします。


【黒井吟遊堂既刊リスト】


『怒れる獅子の旅立ち〈黒獅子物語1〉(2018,2023)』

 ヴァニアス王国の若き主グラジルアスは、宰相に家族と実権を奪われた〈傀儡の少年王〉。復讐に燃える彼が十八歳になったとき、美しい娘テュミルが現れ、グレイを革命の旅へ導く。それが遥か古なる薔薇の魔法に運命づけられたものとも知らずに。少年王たちの数奇な運命を追う群像戦記。はじまりの第一巻。


『清らなる神子姫〈黒獅子物語2〉(2018,2022)』

 隣国ロフケシアで同士を得たグレイは帰国し立ち寄った聖都ピュハルタで妹たちと五年ぶりの再会を果たした。喜びも束の間、彼とテュミルは夜のパブで〈ヴァニアスの神子〉リシュナ姫を女王に推す第三勢力〈神聖女王党〉の会合を目撃。一方で魔法使いルヴァと、神子姫が運命的に出会い、騎士セルゲイが闇の魔術の生贄に。波乱が波乱を呼ぶ、第二巻。


『昏黒の魔術師〈黒獅子物語3〉(2019,2023)』

 魔術師ラミナスに狙われるグレイたち。北へと亡命した彼らはサンデル公爵に協力を仰ぐ。公爵は囚われの公女ヴィルヘルミナの奪還を条件に承諾。グレイは要塞城アマネセール落城に挑む。一方王城に一人残った騎士ミラーはある日を境に記憶の不整合に悩まされ。戦場に剣戟と悲鳴がこだまする第三巻。血を血で洗う戦争の顛末やいかに。第一部終焉。


『海の瞳の娘〈黒獅子物語4〉(2019)』

 アマネセール紛争から二年後。記憶喪失の少年ヴァルトは兄を探す少女リリィと出会う。惹かれあう二人の旅路には〈三本の薔薇〉の魔術と〈星〉の輝きがつきまとう。一方、神子姫の侍女は闇に魅入られ、呪われたフィナ姫の魂は遥か異界を彷徨い――。伝説の剣と切なる願いの第四巻。新たな黒獅子伝説のはじまり。第二部の開幕。


『呪われし薔薇の花嫁〈黒獅子物語5〉(2020)』

 旅の末ついにリリィの兄を見つけだしたヴァルトたち。だがその裏で〈白銀の乙女〉テュミルが浚われてしまう。二人の黒獅子が救出作戦に乗り出す一方、イデアン城に滞在中の騎士ミラーは姉と再会し……。昼の国リュオス、魔法の夏至に龍の娘が涙するとき、黒獅子は再び戦旗を掲げる。古の薔薇の魔法、千年の呪縛にあらがう第五巻。


『永き願いの果て〈黒獅子物語6〉(2021)』

 ヴァルトたちは〈闇の種〉の悪夢から、テュミルを奪還した。しかし彼女はシャラーラと名乗り……。混乱を極める城にもたらされる〈御山〉の長老の危篤。リディに偽姫の魔手が迫るとき、ヴァルトの素性が明らかに。眠り姫と魔女、東洋の騎士、そしてテュミルの命に残された時間はあと僅か。〈薔薇の魔術〉に終止符を。決戦の最終巻。


『追憶の組曲パルティータ〈黒獅子物語短編集〉(2021)』

 過酷な過去、騎士を志すきっかけ、望まぬ縁談、自我を育んだ温かな過去の王室のすがた。少年王たちの子ども時代。這い寄る〈薔薇〉の魔手、暗く立ち上る陰謀の臭いに、少年少女たちは知恵と勇気で立ち向かう。個性豊かな追憶の調べは革命のエチュード。一冊でも読めます。

『薔薇の王子、幸運の翼(2020)』

 結婚式の真っ最中、花嫁マルティータ姫を海賊に攫われたヴァニアス王子グラスタン。姫を救うべく王子とともに騎士セルゲイは旅立つ。しかし乗り込んだ島は炎の海と化し、城で保護されていたはずの姫はドラゴンの背に乗って飛び立ち――。舞台はファーラシュ海はペローラ諸島。海賊の闊歩する危険な海を小心者と三枚目が行く! 愛と真実の宝を探す、海洋冒険ロマン! 一冊読切。黒獅子物語の関連作品。


『魔女の煌めき屋(2017)』

 常闇の国ミュルクルと常春の国リュオス、その境である〈異界〉に魔女のランプ屋〈煌めき屋〉はあった。ランプを求めるフェオドット青年は、ひょんなことから魔女の眷属である精霊ルドゥーシュカと旅することになり……。旅人の心に夢と希望を灯す、光をのぞむ物語。一冊読切。黒獅子物語の関連作品。


『探偵王子とフォルトゥーネ〈探偵王子1〉(2017,2023)』

 セシルは訳あって女装している探偵助手。パトロン・探偵紳士パーシィとモルフェシア公国で発生する不可思議事件を解きながら鏡の乙女リアがいるという天空城ヘオフォニアを目指し駆け抜ける!やんごとなき子女の学園、蒸気都市、〈運命の女神〉、そしてパーシィの秘密と真の目的とは。魔法×スチームパンクな青春ファンタジー長編! 一冊読切。


『探偵王子とシルフィード〈探偵王子2〉(2022)』

 天空城とその〈運命〉から少女リアを奪還した探偵パーシィと助手セシル。目覚めぬ彼女を巡り、再びわだかまる二人の元へ探偵の妹の電撃婚約宣言が。急ぎ帰国した二人に舞い込む新たな事件。王女の婚約者、シルフィード、犯人の真なる目的とは。〈星〉の指輪に込めた愛は、彼女に届くのか。魔法×スチームパンクの青春ファンタジー長編、第二弾。


『純白の抒情詩リューリカ〈上・下〉(2016)』

 魔法に守られたヴィスタ王国で幼き女王が動き出した。〈ギフト〉無き彼女は、魔術師に神の娘を求めた。一方、王都の南エルレイ領主ボーマン伯爵家の次男・アルフレッドは義姉と喧嘩し出かけた森で白銀の妖精娘と出会い……。破れた恋を引きずる男、愛と憎しみだけで生きる魔術師、冤罪に苦しむ青年。不器用な男たちを、惹きつけ導くのは白銀の髪もつあどけない少女……。神話と現代、過去と現在があやなす、恋と魔法の物語。

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〈完結済〉探偵王子とフォルトゥーネ〈分割作業中〉 黒井ここあ @961_Cocoanna

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