第十章 アルベール・オダン

 ルイス警部が、月曜日にデンマークに到着してから五日経った、六日目の土曜日のお昼前だ。空港に向かわせた特別捜査官たちが、作戦室に息を切らせながら、走り込んで来た。空港に向かった特別捜査官の一人は、ルイス警部に「ジョナサン警部、分かりましたよ、空港でデンマーク紙幣からフランス紙幣とドイツ紙幣に交換した人物が分かったんです。空港の職員が顔を覚えていたんです、それから空港で紙幣交換をした時に身分証明書として、紙幣交換をした人物が、職員にパスポートを提示していたんです。その時に職員は、コピーを取っていたんです、それなので顔も身元もはっきりと分かる筈です、ジョナサン警部」といった。ルイス警部は、疲れた顔に、嬉しさから来る明るい微笑みを浮かべて、空港に向かった特別捜査官たちに「そうか、とても良い知らせだ、良く頑張ってくれたね。それではその空港で、紙幣交換を行った人物の緊急手配をして、その人物をここ作戦本部に連れて来るんだ、良いね、分かったね」といった。空港に向かった特別捜査官たちは、捜査官である自信を取り戻した様子で、ルイス警部に「了解です、ジョナサン警部、直ぐに手配をして必ず空港に居た人物を探し出します」といった。暫くして特別捜査官たちとデンマーク警察官たちとNCAの捜査官たちによる捜索によって、デンマーク市内である一人の男が拘束された。その男の名はアルベール・オダンで、旅行会社に勤めているのであった。アルベール・オダンは、仕事場の旅行会社から警察車両に乗せられて、ここ作戦本部に連れて来られたのである。会社で同行をお願いされた時も、警察車両の中でも、彼は素直に捜査官たちの指示に従い、沈黙を保ったままであった。そんな中デンマーク市内を警察車両が走り抜けて行き、作戦本部に到着したのだ。作戦本部に到着すると間も無く、正面ゲートで、荷物チェックを行い、アルベール・オダンの所持品の確認を済ませてから、彼の話しを聴く為に、一つ小さな机と四つの小さな椅子のある、薄暗い小さな部屋に、彼を通した。彼は捜査官たちに言われた通りに小さな椅子に腰を下ろした。少しばかり時間が経ち、その小さな部屋にルイス警部とルイス警部の上司の部下が入って来た。そしてルイス警部は、椅子に座っている男の前の席にどっかりと座り、持っている書類のファイルを開いてから、アルベールに「今日ここに呼ばれた理由は、分かっているかな?アルベールさん」といった。アルベールは、平然とした面持ちで、ルイス警部に「いいえ、全く見当が付きませんね、私をここに連れて来た訳が、全く分かりません。もし宜しければ教えて下さい」と低い声でいって、頭を後ろに反り返した。ルイス警部は、手元にあるファイルを見ながら、アルベールに「まず始めに、あなたは外国人ですね、アルベールさん、あなたはフランス人だ。なぜデンマークに住もうと考えたのです?」といった。アルベールは、一呼吸間をおいてから、ルイス警部に「あなた方は、もう知っていると思いますがね、私は旅行会社に勤務していますので、それで仕事の関係上デンマークに住んで仕事をした方がとても効率が良いと、会社側が提案して、私もその提案に乗ったので、私はデンマークに住んでいるんです」といって、にこやかに歯を見せて笑った。ルイス警部は質問相手の顔をじっと見つめてから、アルベールに「そうですか、なるほど、それでいつから、ここデンマークに住んでいるのですか?」といった。アルベールは、目を細めて、ルイス警部に「そうですね、三年前になりますかね、デンマークの土を踏む事になったのは」といって、頭を後ろに反り返した。ルイス警部は、相手の事を観察している様子で、アルベールに「では、今回ここにあなたを僕たちが、呼んだ大きな理由について話したいと思います。あなたは、デンマーク紙幣をフランス紙幣とドイツ紙幣に最近交換しましたね、それはいったいなぜなんですか?教えて貰えますか?」といって、相手に鋭い視線を投げた。アルベールは、冷静沈着といった様子で、ルイス警部に「そうでしたか?私は全然記憶に無いのですが、それがいったいどの様な罪になるのですか?もし紙幣交換をしたのなら、それは仕事の上で行った、お客様の為のサービスの一環でしょう」といった。ルイス警部は、溜め息をつきながら、アルベールに「うむ、そうですか、その紙幣交換サービスを、行ってあげる事はいつもの事なのですか?それとも稀なのですか?それと、もし紙幣交換のサービスを行う時にお客さんの個人情報を書類に記入するといった事は無いですか?それらの事を教えて下さい」といって、じっと相手を見た。アルベールは、微笑んで、ルイス警部に「紙幣交換を行うのは、お客様のご意向次第ですので、はっきりとした事は言えませんね、お客様に毎回紙幣交換サービスのお知らせはする事にはなっていますがね。紙幣交換サービスを行う際に記入して貰う書類などは一切ありません」といって、頭を後ろに反り返した。ルイス警部は、難しい顔をしながら、アルベールに「実は、アルベールさん、あなたが空港で紙幣交換を行って、デンマーク紙幣からフランスとドイツの紙幣に換えた紙幣の製造番号が、ある工場で起きた事件の犯人たちがスーツケースに入れて持っていたんですよ。何か心当たりはありませんか?何でも良いんです、普段と違うなと思った事を教えてくれませんか?」といった。アルベールは、目を閉じて、ルイス警部に「んん、そうですね、普段と変わった所ねぇ、んん、そうですね、特に思い当たる事はありませんね。全くと言って良い程、普段通りでしたよ」といって、目の前の小さな机に手を載せた。ルイス警部は、机に左腕で片肘をついて、アルベールに「うむ、そうですか、それから、正面ゲートでの所持品のチェックの時にあなたが持っていた物なのですが、何やら宝石の様な物をあなたはポケットに持っていたのですが、それは何であり、何故ですか?」といった。アルベールは、いままでの平静な表情に、薄っすらと緊張が走り、ルイス警部に「ああ、あれですか、あれはダイヤモンドですよ、私は外国人な者ですからね、私が居るのはデンマークでフランスに居るのでは無いので、親戚や頼れる人が多く無いのです。それなので、もしもの時にお金を引き出せる様に、持ち歩いているんです、大金を運ぶのは重いし、良からぬ者が目を付けやすいですからね」といった。少しだけの間、アルベールとルイス警部の間に沈黙が生まれた。ルイス警部は、気を取り直して、椅子に座り直し、腕を組み険しい顔で、アルベールに「そうでしたか、それとですね、もし宜しければアルベールさんの指紋とDNAを採取したいのですが、ご協力お願い出来ますか?」といった。アルベールは、ルイス警部からのお願いに対して、二つ返事で了解した。アルベールが指紋とDNAの採取に協力をすると決まって、直ぐに科学捜査班の人々が小さい部屋にぞろぞろと入って来た、科学捜査班の一人の男は、指紋採り用のインクを小さな机に置き、その横に書類を置いて、アルベールの指を摘み、用意したインクを付けて書類に押し付けて十本の指全ての指紋を採取し終えた。その後に科学捜査班の一人の男は、今度は綿棒を手に持って、アルベールの口の中の頬の内側をなでる様にしてDNAを採取したのだ。科学捜査班の人々の仕事が終わると、ルイス警部は、真剣な目つきで、アルベールに「アルベールさん、個人情報の提出ありがとうございます、それから今日の質問は以上です、捜査協力ありごとうございました。それからですね、アルベールさん、あなたは事件の重要参考人ですので、遠くには行かない様にして下さい、それからこちらからの連絡には必ず応答して下さい、良いですか?お願いしますね」といった。アルベールは、ルイス警部の言葉を聞いて、又しても落ち着いた低い声で、ルイス警部に「ええ、分かりました、それでは私は、これで失礼します、捜査の方、頑張って下さい。では」といって、小さな机に両手をついて立ち上がり、ゆっくりとした足取りで、特別捜査官の立つ、開かれているドアに向かい、消えて行った。

 ルイス警部の上司の部下は、ルイス警部にそそくさと近づいて、小さな机にパシッと音を立てて、左手を付け、ルイス警部に「先程の男の言っている事は、本当ですかね?ジョナサン警部、どうも怪しいと私は思います、だって紙幣の製造番号が一致しているのですよ、そう簡単に一致しますかね?それと、これは私の個人的意見なんですがね、旅行会社に勤務というのが、あまりにも犯人たちにとって、都合の良い隠れ蓑の様な気がするんです。だって旅行会社の社員が海外に行く事は、自然ですからね、その旅行先か何かで盗んだ代物の取引を行っているんですよ、絶対そうですよジョナサン警部」といった。ルイス警部は、思案顔で、ルイス警部の上司の部下に「そうだな、その線も無いとは言い切れないな、んん、アルベールさんはフランス人か、又フランスか、あのフランス紙幣に書かれている数字は、もしかしたら分かったかも知れないなぁ、確かめてみよう」といって、科学捜査班の一人の男に向き直った。ルイス警部の上司の部下は、大きく頷き、ルイス警部に「分かりました、直ぐに取り掛かりましょう」といった。ルイス警部は、科学捜査班の一人の男に「直ぐに、今回採取したアルベールさんの指紋とDNAを今回の事件の手掛かりとして押収した物と照合してくれ、急いで行って欲しい。頼んだぞ」といった。科学捜査班の一人の男は、口をキュッと結んで、頷いてから、ルイス警部に「了解しました、大至急で取り組みます、任せて下さい」といって、書類やアルベールの指紋やDNAを入れた容器を持ってその場から急いで立ち去った。

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