第7話 青空と潮風、雨に甘物




「千景さん……ヒマですね」

「ああ、ヒマだな」

「お客さん来ませんね」

「ああ、来ないな」


 青空はるがうちに来て1ヶ月程が過ぎたある日の昼下がり。

 外はぽかぽかの陽気で9月も半ばとは思えないくらいの暖かさだ。

 店の椅子に座って足をぷらぷらさせて青空が呟く。


「……店閉めて遊びにいくか?」

「いいんですか?」

「誰もこねぇし、いいだろ」


 あまりのヒマさ加減に嫌気がさした俺は、とっとと店を閉めて遊びに行くことにした。

 こんな日はどこかにドライブするに限る。


 がらがらピシャ。っと。


「さてと、とりあえず適当に走らすか」

「はい!やった!千景さんとデートですっ」


 助手席に青空を乗せ、俺は我が愛車ロータスエリーゼのハンドルを握った。

 高速を抜けて湾岸線を走る。

 オープンカーなので潮の香りと海風が気持ちいい。


「この車ってカッコいいですよね!みんな見ていきますよ!」

「そりゃな、車くらいにしか金使うとこないからな」

「千景さん、趣味とかないんですか?」

「趣味ねえ……」


 画廊は確かに趣味の延長ではあるが、今は仕事になってしまったので純粋に趣味とは言い難い。

 元来、俺は興味があることに夢中になるタイプらしく料理が好きで調理師も取ったし、酒好きが高じてソムリエなんてのも取った。


 一時期馬にハマって乗馬のライセンスも取りに行ったし今の店だって当時釣りにハマってたから海が近いところに出したんだっけ。


「……もう趣味の域を超えてますよ」

「そうか?下手の横好きってやつだ。ああ、そうだ。こいつをいじるのに必要だったから車の整備士の資格も持ってるぞ」

「もう何でもありなんですね……」


 ちょっと青空に呆れられてしまった気がしないではないがどうだろう。


「それより青空はどこか行きたいところないのか?」

「行きたいところですか?う〜ん……」


 風になびく綺麗な黒髪をかきあげながら青空は形のいい眉毛をへの字型にして悩んでいる。


「そんなに悩むことか?」

「悩むことです!だってデートですよ!デート!」

「あ、そう?ま、とりあえずはパーキングにでも寄るんで考えてくれ」

「はいっ!」


 俺は海に面したパーキングエリアへと入る。

 ここは湾岸線のパーキングの中でもかなり規模で、出来た当初はデートスポットとして雑誌などに頻繁に取り上げられていた。


 簡単な食事が出来るだけの様なパーキングではなく、飲食店は都内でも有名な店の姉妹店が入っていたり映画館やカラオケ、ちょっとしたカプセルホテルすらある。

 何でもパーキングエリアのイメージを変えようとあれこれ思索した結果だそうだ。


 海際には海にそって遊歩道が作られていて、家族連れや恋人達で賑わっている。


「わぁっ!気持ちいいところですね!」

「パーキングって感じのところじゃないからなぁ、ここは」

「へへへっ」


 そう笑いながら青空は俺の手を握る。

 華奢で細い指が遠慮がちに。

 俺が少し驚いて見てみると、青空は向こうをむいて吹けもしない口笛でごまかしていた。


「あそこのソフトクリームは美味いんだ。行こうか、青空」

「は、はいっ!あ……」

「ん?」

「いえ……えへへ、きゅって出来ます」


 始めに繋いだり手は所謂握手繋ぎで、俺はあまり好きじゃない繋ぎ方だったのたで繋ぎなおしたのだ。


 俗に言うところの恋人繋ぎってやつに。


 隣で嬉しそうな青空を見ていると俺も自然と笑みが溢れる。

 売店でソフトクリームを買い、2人並んで遊歩道を歩く。


「う〜ん、何だかこれだけで満足しちゃいそうです」

「ははは、安上がりだな」

「はい!安上がりな女です」


 繋いだ手にキュッと力を入れて微笑む青空。

 遊歩道を歩いてパーキングをぐるりと一周して、さあどうするってことになった。


 とりあえず海に面したベンチに腰掛けて潮風と潮騒を聞きながら、青空と色んな話をする。


 青空が学校に行ってた時の事、俺の若い頃の話、青空がしたい事やこれからのこと。


「わたしは今が一番幸せだと思います」

「そ、そうか?」

「はい。あの日、叔母さんの家を飛び出したわたしを褒めてあげたいです」

「じゃあ真っ直ぐに家に帰った俺も褒めてやらないとな」

「へへへ、そうですね」


 そう言って肩にこつんと頭を乗せる。

 潮風が長い黒髪を運んでいく。さらさらと絹糸のようなそれは太陽に煌めいて一種の芸術品に見えた。


 それから俺達は何をするでもなく、他愛のない話をしたりその辺をぶらついたりと休日──正確には無理やり休みにした──を楽しんだのだった。



 …………



「結局、パーキングエリアだけで1日が終わっちまったな」

「わたしは楽しかったですよ。千景さんが甘いものが好きなのも分かりましたし、収穫です」

「なんだ?意外だったか?」

「はい。ソフトクリームとかチョコレートとかってイメージがなかったので新鮮でした」


 帰りの車の中、青空とそんな話をする。

 何を隠そう、俺は甘いものが好きだ。いや、大好きだ。

 ソフトクリームもチョコレートも大好物である。

 ケーキだって自分で焼くくらいにだ。


 ただ。


 ひとりでケーキを焼いてもどうするって話で、悲しいだけだからそんなことはしない。

 そうだな……今度青空に焼いてやるか。


「ええっ!?千景さん、ケーキも作れちゃうんですか?」

「当然だ。ただ自分で焼いて自分で食うってのがあまりに悲しくてな。最近は作ってないぞ」

「あはは、確かにそうですね。想像すると可笑しいです」

「だろ?」

「……誰かに焼いてあげてたんですか?」

「うん?まぁそりゃあな、そんな事もあったかもしれないしなかったかもしれないな」

「あ〜っ!はぐらかさないでくださいよっ!」

「ははは、今度は青空の為に焼いてやるよ」

「はうっ!?こ、殺し文句的なやつです……それ」


 ぷしゅうと頭から湯気が出てるみたいに赤くなった青空の頭を撫でて俺はハンドルをきった。




「「ただいま」」


 声を揃えて帰宅の挨拶をして部屋に入る。


 実にいいものだとつくづく思う。

 冷蔵庫から缶ビールを出してリビングのソファに座って一息つく。


「ぷはぁっ!美味いっ!」

「そういうところはおじさんなんですよね」

「悪かったな。青空も20歳になったら分かるようになるさ」

「そうかなぁ?あまりお酒って飲んでみたいと思わないんですけど」

「美味いんだがなぁ」


 仕事終わりのビールはサラリーマンには必須だと思うぞ。

 あ、サラリーマンじゃないか。


「仕事もほとんどしてませんよ」


 くすくすと笑いながら青空は自分のマグカップにコーヒーを淹れて向いに座る。

 早いもので青空がここに来てもう1ヶ月も経つ。

 あれから俺なりに気になって青空がやっかいになっていた親戚とやらを伝手を使って調べてみたが、捜索願はやはり出ていなかった。


 ちょっと悲しく寂しい気もしたが、当の本人はすっかり忘れたかの様に我が家に馴染んでいるので蒸し返すつもりはない。


「ここって最上階なのに虫の声が聞こえてくるんですね」


 りーんりーんと秋を知らせる声が聞こえる。

 ベランダも夏にバーベキューが出来るくらいの広さがあるから、そこに置いてある植物に虫が飛んできているのだろう。


「風が気持ちいいです……」


 窓から入ってくる風に身を任せ、羽虫の声に耳を傾けて俺と青空は心地よい時間を過ごした。


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雨のち青空。時々雷が鳴り、ところにより雪が降るでしょう。 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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