第6話 雨と青空、茶碗に花瓶
結果的に言えば、李さんの依頼は満足のいく形に終わったと言える。
俺の予想していた人物のひとりが、
ただひとつ問題があるとすれば……
「支払いは現金でするから、
ということくらいだ。
俺は俺の仕事をしたし、後は本人と李さんに任せることにしよう。
触らぬ神に祟りなし。と言うからな。
俺達は耀子さんに礼を言って『雪』を後にした。
「またいらしてくださいね、藍澤さん」
「はいっ!ご馳走様でした!」
「ふふっでは雨宮さんもご機嫌よう」
「ええ、じゃあまた」
何か含み笑いの耀子さんが気になったが、俺達は『雪』を出て帰路についた。
…………
「千景さん、コーヒー置いておきますね」
「ああ、サンキューな」
「…………」
「ん?どうした?」
「え!?いえ何でもないですっ!はい!」
赤くなって、ぱたぱたと部屋を出て行く
何だったんだ?
店番に戻っていく青空を見送り、俺は作業の続きに取り掛かる。
作業台の上にはいくつかの破片と茶碗がある。
井戸茶碗、高麗茶碗のひとつで「一井戸、二楽、三唐津」と呼ばれた名器だ。
先日、『雪』に行った時に常連客から修復を依頼されたものだ。
銘無しではあるものの大井戸茶碗としてかなりの逸品で、こいつを普段使いしていたのには驚かされた。
「茶碗は使われるために作られたのだから、使ってあげないと」
とは、その常連客の言葉だ。
それが出来る財力と心は称賛に値する。
「さて……いっちょ気合い入れてやりますか」
「疲れた……」
「お疲れ様です。千景さん」
「ああ、ありがとう」
部屋から出てきた俺にコーヒーを淹れていれる青空。
うん、いいもんだな。
こうやって労ってくれる誰かがいるってのは。
「終わったんですか?」
「いいや、もうしばらくかかるな。中々に手強くて厄介な代物だからな」
「そうなんですか?お茶碗ですよね?」
「ああ。大井戸茶碗っていって李朝時代に作られた茶碗でなぁ、よくもまぁあれを普段から使う気になると思うよ」
「えと?高いんですか?」
「うん、そうだな。値段は聞かない方がいいやつだ」
「……うわっ!やめときます」
隣にちょこんと座って、ふぅふぅとコーヒーを飲む青空。
青空の使っているピンクのそれも大概なんだけど、とは言わない出来た俺だ。
平日な上に何の催しもやっていないので、客は全く来ない。近所の爺さんと婆さんが散歩の途中に顔を見せるくらいだ。
「こんなにお客さん来なくてもやっていけるんですか?」
「画廊だけだったらまず無理だな。あっという間に潰れてただろうよ」
「画廊だけだったら?あ!だから千景さんはお茶碗を直してるんですね」
「そういうことだ。自慢……だから言うけど俺は修復技術には自信がある。だから問題なしだ」
「うわぁ……ものすごいドヤ顔ですね」
修復家の父に幼い頃から技術を叩き込まれて育ったから、その辺の奴らに劣ることはないと自負している。
別段そういった学校に通った訳でもなく、父が師であり教師だった。
「お父さんが修復家さんだったんですね」
「ああ、本当に優れた偉大な修復家だったよ」
「あ……すみません……」
「ん?ああ、違うぞ。親父は今も無駄に絶好調で元気なはずだ。ただどこにいるかは俺も知らん」
「はい?」
「俺が20歳になってすぐにお袋と2人で海外に移住しちまったからな。以来10年近く音沙汰なしだ。海外に行くってだけで行先も言わなかったし、まぁ元気にしてるとは思うけどな」
「……変わったご両親なんですね」
青空は何ともいえない顔をして俺を見ている。
確かに親父もそうだがお袋も変わり者だったからなぁ。
「まぁ、そのうちひょっこりと帰ってくるんじゃないかと思ってる」
「千景さんは兄弟とかいないんですか?」
「いるぞ、8歳離れた兄が。と言っても親父と一緒で出て行ったら帰ってこない様な人だからなぁ……自由人だよな、ホントにうちの家族ってのは」
「大好きなんですね、家族が」
「それなりにな。機会があったら青空にも紹介するよ、機会があればだけどな」
「……千景さんのご両親に……紹介……へへっ」
青空は何を想像したのか、にへらっと笑う。
最近の傾向からして大体予想はつくが、ここはそっとしておくことにしよう。
結局この日はここで閉店することにした。
だって全く客が来ねえんだからな。
…………
翌日、例によって青空が中々起きてこないので俺はリビングでPCに向かい掘り出し物はないかと探していた。
ネットオークションもたまに覗いてみると案外面白いものがあったりする。
中には普通ならお目にかかれない様な物が、びっくりするような安価で売られていることだってある。
物の価値は人それぞれ、千差万別。
一通り目を通したがこれといったものはなく、今度は各地のオークション会場の出品予定リストに目を通すことにした。
カチャ。
「おふぁようござ……まふ」
「おはよう、青空。もうすぐ昼だぞ?」
「ふえ?」
「はいはい、顔洗ってこいよ」
「ふぁ……い」
すっかり毎日の日課になったやりとりをして、俺は再度予定リストのチェックに戻る。
確か『雪』の常連客が関西の方面の会場で面白い出品があるとか言っていたのを思い出したのだ。
「雨宮くんなら間違いなく欲しがると思うがね」
彼はそう言って悪戯っ子の様な笑みを浮かべていた。ただ、それが何処の会場で何なのかは笑うだけで教えてはくれなかった。
相変わらずあの店の客は勿体ぶった言い方をする人ばかりだ。だがそれもまた一興、探す楽しみがあると言うものだ。
「ふうぅ。さっぱりしました」
「青空はホント、起きれない子だな」
「低血圧なんです〜でも起きようとは思うんですよ。全然無理ですけど」
「よくそれで学校行ってたな」
「へへへ。2時間目から行ってました」
「不良学生かっ!?」
フローリングをぺたぺたと歩いて青空は隣に来て、俺が見ていたPCの画面を覗きこむ。
「何を見てるんですか?えっちなやつですか?」
「あのなぁ、何で朝っぱらからんなもん見るよ?こいつは地方のオークション会場のサイトで、何処で何が出品されるかを調べてたんだよ」
「なんだ……えっちなやつじゃないんですか」
「何故にそこにこだわる!?」
「え〜だってせっかく新しい下着を買ったんですよ?なのに千景さん全然遊んでくれないし、わたしは準備おっけーなのに」
「そうは言いつつも、実際俺が襲い掛かったら逃げるだろ?」
「え?ははは……」
だって初めては、こう、なんて言うか……ムードとか大事じゃありません?なんて言いながら、指をくにくにさせもじもじとしている青空。
夜景が綺麗なホテルとか……海が見えるとか……ごにょごにょと。
可愛いなぁ、この子は。
「青空が俺とそうなりたいって思ったら、その時でいいさ。襲う機会ならいくらでもあったしあるわけだからな」
「……ありがとうございます」
「じゃあついでだ。夜景が綺麗で海が見えるホテルに連れてってやるよ」
「え?ええ〜っ!?」
「ちょっとこれを見てみ」
俺はPCの画面を青空に見せる。
「何です?これ?つぼ……ですか?これが何か……?」
「つぼじゃなくて花瓶な、花瓶。それでだ、こいつが出品されてるのが……ここだ」
「えっと……神戸?関西の方ですよね?……あっ!」
「そう。言っただろ?オークションに連れて行ってやるって。ちょうど来月末くらいだし、息抜きも兼ねて小旅行といかないか?」
「……はいっ!えへへ、覚えてくれてたんですね。千景さん」
「当たり前だろ?俺が言ったんだからな」
オークションが開かれるのは来月9月の末だ。幸いな事に会場となるホテルのオーナーとは懇意の仲だし部屋の手配も問題ないだろう。
こうして俺は久しぶりに関西の方のオークションに参加することにした。
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