第6話
「それはダメだ。
マイリも、マイリの好きな物も無くなってはいけない。」
「それなら一緒に来な、
あんたが一緒じゃなきゃマイリは動きそうも無いから。」
「………分かった。
一緒に行こう。」
いともあっさり決まったな。
私の決心は尊重されないんだ。
旅支度はこれと言ってない。
いざとなったら身軽なものだ。
そしてミンミは私の魂を、
こちらの世界に呼び寄せることが出来るほどだ。
アラルの所への転移などお手の物だろう。
ミンミに連れて来られたのは、まさに白亜の城だった。
「ここに住んでいるの?
でもこれってあなた達の趣味じゃ無いわよね。」
「ある訳ないでしょ、こんな家。
押し付けられたのよ。
この国の代表者は、何が何でも自分が優位に立ちたいらしくて、
あの一件の褒美として、私達にこれを渡し、恩を売った気でいるのよ。
バカみたい。
私達がその気になったなら、
こんな国はあっという間に滅ぼして、焦土にだってできるのに。」
知恵の無いお山の大将ですか。
本当に愚かだ。
「城だけじゃなくて、家具、財宝、使用人付。
まあこの使用人もほとんどがスパイだけどね。」
それもこの国のスパイだけじゃ無いのよ。
呆れるでしょう?
「あの日から王も6代ぐらい変わったわね。
使用人は何人目になるかしら。
それでも私達はじっと動かないんだもの。
いつまでも見張っていないで、いい加減悟ってほしいものだわ。」
「そんなに嫌なら、他の所で暮らせばよかったのに。」
「あんたがそれを言うか!
私達は同じ場所にいる必要が有ったの。
あんたがいつこちらに戻ってきても、すぐに私達を探し出せるように。
それをあんたときたら、ブツブツブッ………。」
ごっめぇ~ん。
「まあいい、とにかくアラルの事よ。
今はかなりやばい状態ね。
ホントぎりぎりでマイリが見つかってよかった。」
カツ、カツ、カツ。
硬い石畳を私達は歩く。
そしてだんだんアラルの気配が濃くなっていく。
でもおかしい。
その気配は、まるで石のように動かない。
普通であれば、生き物のその生命力は、流れ、渦巻き、漂うように動く。
そう、まるで海の様に。
だけどアラルのそれは動きを止めている。
「アラル………、
生きているよね。」
「私がここを出た時は、
まだ生きていたけど……。」
まずい、絶対にまずい。
まだ引き戻せるだろうか。
わたしはあわててその部屋に飛び込んだ。
久しぶりに会うアラルは、私の方を見ず、
椅子に座ったまま、床の一点をじっと見つめ微動だにしない。
固まった生命力も、徐々に硬度を増している。
「ミンミはアラルに私の事を話さなかったの?」
「いや、その、サップラ~イズなんちゃって………。」
「ばか‼」
私は慌ててアラルに駆け寄る。
「アラル、私よ、マイリよ。
帰って来たの。
遅くなってごめんね。
心配かけてごめんなさい。」
私は必死に話しかける。
だがアラルからは、何の反応も無かった。
それどころか、彼の顔色は悪くなる一方だ。
悪くではない、どす黒く変わっていく。首も手も足も。
おそらく全身が黒に染まっていくのだろう。
「一体どうすればいいの。」
徐々に変わりゆくアラルを前に、
私は途方に暮れる。
「ミンミ、どうしたらいいの?」
「分からないわ。
私は何でも屋だからね。知識は広ーく浅いの。
マイリの方が知識はあるでしょう?」
「分からないわ。」
こんな状況に、陥った事など無い。
「取り合えず叱ってみる?」
「なぜ?」
「だって、アラルはマイリが本気で怒ると、
大人しく従っていたじゃない。
もしくはチューをするとか。」
「なぜ今そんな冗談を言うの!」
だって一般的なおまじないでしょ。
そう言って笑うけど、
今はそれに付き合っている暇はない。
いや、おまじないか。
確かどこかで聞いた覚えがある。
”清く強い魔術師の血は、どんな病にも効く薬となる。”
そう言われて、誰かに切り掛かられた事が有ったな。
きっとその人の思い込みだろうけど、
強い魔力が入った血ならば病を治せると信じたのだろう。
でも、もしかすると私の血でシッタルダが助かるかもしれない。
たとえそれがタダの御呪いだとしても。
あの時の人の思い込みと同じ、私のただの自己満足かも知れない。
でも今は何でもやってみようと思うんだ。
「ミンミ、無茶をしないと誓うから、お願いだから黙って見ていて。
ガルダもよ。」
「分かった、マイリを信じる。
でもあなたが危険と判断した時は、遠慮なく手を出させてもらうからね。」
お節介で心配性なミンミ。
それから私はナイフを取り出し、白い皿の上に手をかざした。
どのくらい血は必要なのか分からないが、
死に至るほどの量は必要では無いだろう。
手の甲にスッとナイフを走らせ、そこに赤い筋が入ったことを確認した。
「何してるのマイリ!」
「大丈夫。」
やがてその筋から赤い血が盛り上る。
それが微かな流れとなり一滴、また一滴と白い皿に花を咲かせていく。
するとその傷を覆うように、大きな手の平が重なった。
なつかしい手だ。
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