第4話 

それから数か月経った。

この箱庭は、かなり住み心地が良い。

必要な物、必要な事は魔法で済ませばいい。

見える範囲は自然に溢れている。

でも、散歩をすれば果てはすぐそこだ。

そこから先は、見慣れたコルベラ山の姿が有った。

決して閉じ込められている訳では無かった。

私が出たいと思えば、簡単に出る事が出来る。

だけど私はここから出て行く気にはならなかった。


ガルダは毎日のように出掛ける。

コルベラの主としての仕事をしているのだろう。


「仕事、仕事かぁ。」


今までいろいろな事が有ったから、すっかり忘れていたけど、

あちらでの私の扱いはどうなっているのかな。

多分行方不明で処理されているだろう。

バイト先には迷惑かけちゃったな。

いい人ばかりだったから、多分親類よりは心配してくれているだろう。


「そう言えば、宝物も置いたままだったな。」


初めてお給料で買った、記念の指輪。

ただの銀メッキだったけれど、いつも磨いて大切にしていたんだ。


「今の私なら界を渡る事が出来る筈。

かなり魔力を消費するだろうけど。

暇だし、あの指輪だけでも取りに行こうかな。」


「指輪?宝物が欲しいの?」


いつの間にかガルダが帰っていた。


「宝物なら、いくらでもあげるよ。」


「違うよガルダ。

欲しいのは宝じゃない。

思い出の品だよ。」


「そうか。

マイリはそれを取りに、また遠くに行くの?」


心配しているのだろう。


「行かない。」


私は首をゆっくりと振った。

今はガルダの方が大事だ。


「それなら、代わりに今の思い出をあげる。」


ガルダは右の手の平を開き、緑の石の指輪を出現させた。


「マイリは自然が好きだから。

葉のような色の指輪をあげる。」


「嬉しい、ありがとうガルダ。」


私は早々にそれを指にはめた。

箱庭に差し込む日にキラキラと反射して、とても綺麗だ。


そんな私が嬉しかったのか、ガルダは毎日違った指輪をくれた。

海の色の指輪。

空気の色の指輪。

カラの花を模った指輪。


「ガルダ、こんなに要らない。

これを全部つけると、指の自由が利かなくなる。」


それなら一つずつ、毎日変えればいいだろう。

ガルダはそう言う。


「ガルダ、大切な物は少しの方がいいんだよ。

沢山になると、人は欲に支配されるから。」


「そうか。なるほどな。」


どうやら思い当たる事が有るらしい。


「ふもとの村で、争いが絶えなくなった。

もしかすると俺のせいかもしれない。」


「ガルダのせい?」


「あぁ、俺はこの付近の主だからな。

民の面倒を見るのも俺の務めだ。

だから民を豊かにしやろうと思った。

だが、それが争いの種になったかもしれない。」


そうかもしれないね。

欲に取りつかれたものは、もっともっとと際限なく欲しがるから。


「ちょっと行ってくる。

その欲を全部燃やしてくるよ。」


「全部?」


「全部。」


「それは止めた方がいいよ。

貧困は辛いもの。」


それならどうすればいいのだろう。

ガルダが困っている。

私はガルダを引き寄せ、膝枕をしてやる。


「ガルダはそれを魔法で出したの?

それともどこかで掘り出したの?」


「両方。魔法の方が多かったかな?」


「それなら、その魔法の方を土くれに返しな。

残った物は、きっと欲ではなく宝物になる。

その人の貯えになると思うよ。」


「そうか。」


ガルダは宙に指を走らせ、何かを呟いた後ニッコリと笑った。

あぁ、子供のガルダの顔だ。

私は背を丸め、ガルダの頬にキスを落とす。

あの頃の様に。





それはある日の午後、突然に起こった。

大きな爆発音と、大量の粉塵が舞い上がる。

あぁ、とうとうミンミが業を煮やしたか。


ガルダはいつもの様にお仕事に行っている。

さてミンミは姿の変わった私の事が分かるかな。

分かるだろうな。


今の私の風体は、佐藤美穂だ。

マイリの欠片もない。

だが、ガルダにはすぐに私が私だと分かった。

まぁ、分かってもらえなかったら、きっと私は切れていただろう。

母親が分からないとは何事かと。

何とも理不尽な話だな。

だけどミンミに切れるつもりは無い。

怖いから。

ヒスを起こしたミンミはアラル以上に怖い。


隠れるつもりも無いから、音がした方にのんびりと歩く。

でも良くここが分かったな。

ガルダの結界がうまく私を隠していたのに。


「分からいでか!

魔力を張り巡らして長い事結界を維持した、

こんな異様な物がここに有るんだよ。

警戒するに決まってるでしょ。」


ミンミがいつも通りに怒鳴り散らす。

これはそんなにすごい物なんだ。



「早く出て来なさいよ。

アラルにはうまく言ってあげるから。」


「その前に、再会の感動って無いの?」


「感動?

どの口が言う。

勝手にいなくなって、

ようやく帰って来たのに雲隠れ。

私がどんだけ苦労して、あんたをここまで引き戻したと思ってるの!」


「いなくなったのでは無くて死んだんですけど。」


「同じ事よ!」


人は輪廻の輪から抜ける事は出来ない。

例え過去の記憶が失われようとも。

ただ私の場合、遠くで迷子になっていたけれど。


だけど考えてみれば、今の私は外見は完璧に日本人。

以前のバーリア人の特徴は皆無と言っていいだろう。

こんな私を見たら、アラルはどう思うだろう。

想像するのも怖い。


「やっぱり帰るのよすわ。」


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