第381話 目覚めのとき

 棺のような古代遺跡の魔導装置。そこに横たわるのは、深緑色の長い髪を大きく広げたレリィ。

 彼女の傷は癒え、半ばまで赤く枯れ果てていた髪は元の濃い緑色を取り戻している。

「う……ん?」

「起きたか」


 小さなうめき声を上げながら、レリィはゆっくりと上体を起こしてこちらを見る。まだ意識が覚醒しきっていないのか、ぼんやりとした表情で目も虚ろだ。普段は八つ結いにしてある髪がばらけていることに気が付き、いつも使っている髪留めが近くにないか探している。

「髪留めはこれを使え。新しいやつだ」

「新しい、髪留め……。そっか。約束、覚えていてくれたんだね」

「作ってやると言ったからな。ほら、さっさと受け取れ」

 差し出した髪留めをいつまでも眺めているので、半ば押し付けるようにしてレリィに渡す。

「これ……。母さんが編んでくれた髪留めにそっくり……。いつの間に作ったの?」

 紋様のような、一般的なものとはだいぶ構成が異なる魔導回路を布地に銀糸で編み込んである。


「お前の実家にいる間も時間があったんだ。先程の戦いには間に合わなかったが今しがた完成させた。お前の母親が作った髪留めは、お前の魔導因子収奪能力を抑制するものだったが、能力をある程度は制御できるようになった今、むしろその特性を利用しやすいように補助する機能にした。これまでは闘気が空っぽになるまで使い切らないと発動しなかった能力だが、自分の意思で闘気の発露と魔導因子収奪を切り替えられるようになるはずだ。一々、髪留めを付けたり外したりする必要もない」

「ええっ!? なにそれ、めちゃくちゃ便利じゃない? よくそんなもの作れたね」

 翡翠色の瞳がくりくりと目まぐるしく動き、興味深そうに髪留めを観察している。頭上に掲げて光を透かすと、精緻な魔導回路がきらきらと銀色に輝く。

「俺は魔蔵結晶を開発した一級術士だぞ。魔導具の類を作るのはお手のものだ。構想自体はだいぶ前からあったし、参考になる情報も手に入れられたからな。設計図さえできてしまえば、作るのはそう時間もかからん」

 少し見栄を張った。

 結晶に魔導回路を刻む方法なら俺は得意としているが、布や糸を魔導回路として編み込む方式はそこまで得意ではない。それでもどうにかここで作りあげたのだ。


 レリィは長い髪をかき上げながら、髪留めを使って普段と同じく髪を八つ結いにしていく。

「ねぇ、そういえばこの髪留め、八つにしたのって何か呪術的な意味合いでもあるの?」

「あぁ? それか……。分散させた方が、魔導的な制御がしやすいんだ。以前の髪留めはそういう構成になっていた。新しく作り直す際に一つにまとめても良かったんだが、変な手を加えて失敗するのも嫌だったから、これまで通り八つにしただけだ」

「なんだ。できそうなら一つにまとめてくれて良かったのに。結構、手間なんだよね、八つに分けて髪まとめるのも」

「…………。そこを面倒くさがっていたとは思わなかったな……」

 確かに以前の髪留めは機能として八つに分けた方がいいという必要性があり、レリィも髪留めを律儀に八つ使っていたのだが、てっきり本人は気に入っている髪型なのかと思っていた。

「まあ、慣れているからいいんだけど。ありがとね、クレス」

 そう言いながら手慣れた様子で髪を八つ結いに仕上げる。


「よく似合っているな」

「んんっ!? クレスが褒めた!?」

 レリィが意外そうな顔で驚く。まあ、普段から容姿についてわざわざ褒めるようなことはあまりしていない。そういう反応をするのもわからなくはないが。

「やはり俺が意匠を凝らしただけある」

「あー、そういうこと。結局、自分の作品のできがいいって自慢かー」

「お前に合わせて作った髪留めを褒めているんだから、お前を褒めているも同然だろ。素直に喜んでおけ」

「はいはい。嬉しい嬉しい」

 雑な返事ではあったが、レリィの口の端がにやけているのを俺は見逃していなかった。やっぱり嬉しいんじゃないか。


 そんなやりとりをしていたところ、ふとレリィの表情が曇る。所々、破れた胴着を見下ろして溜め息を吐いた。

「あたし足手まといになっちゃったね。クレスを守る騎士なのに……」

「そんなことを気にするな。今回は相手が悪すぎた。出会い頭の奇襲で押し切られることなく、こうして逃げられたのもお前が『竜宮』を抑えていてくれたからだ。あそこで三人の魔女が襲ってくるとは思いもしなかったからな。だが、もう迎え撃つ態勢は整った」

「反撃ってこと? 作戦でもあるの? あたしだって今度は負けない!」

「いや、レリィはここへ居てくれ。ビーチェとセイリスも合流することになっている」

「……? もしかして皆がそろってから反撃するの?」

「それはなしだ。ビーチェ達の参戦も考えたが魔人の存在をさらすのは極力避けたい」


 そこまで俺が言いきって、レリィはしばらく難しそうな顔で考え込んでいたが、ようやく俺が何をしようとしているのか理解して身を乗り出してきた。

「ちょっと待って!! まさか一人で戦うつもり!? 馬鹿でしょ!!」

「馬鹿ってお前、そう言い切るか……?」

「馬鹿馬鹿!! 馬鹿だよ! いくらビーチェちゃん達を守りたいからって無謀でしょ! しかもあたしを置いていくってなに!? あたしは本当に足手まといだった? さっきの『相手が悪かった』とかなんとかは気遣いで言っただけ? ねぇ……。どうなの……。君にとってあたしは必要ない……?」

 翡翠色の瞳を潤ませて、捨てられた子犬のような顔で見られては俺も立場がない。

「……お前が今、感傷的になっていることはわかった。とりあえず落ち着け。何も無謀な戦いを一人でやりに行こうなんて考えていない」


 ただ一つ、考えていたことがあるのだ。

 地の精ノームの力を借りて山を崩したとき、一級術士である三人の魔女を倒す方法について思い至ったのだ。

 なんてことはない、作戦とも言えない方法だが、おそらく勝てるだろう。

 こちらには切り札があるのだから。


「何も難しい話じゃない」

 翡翠色の目に涙を浮かべるレリィに声をかける。

「俺はそもそも──あの三人の魔女より強い」

 かなり長い沈黙の後、疑わしげな表情でレリィが呟いた。

「強がり……?」

 彼女を納得させるにはどう説明したらいいか、俺もまた長い沈黙をもって返すのだった。

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