第379話 騎士の起源
魔導技術連盟本部が
あまりにも衝撃的な情報だった。
『風来の才媛』、アウラのやつが抵抗活動をしているという話だが、都市郊外まで追い出されているなら不利なのは明白だ。フェロー伯爵が貴族議会をまとめ直して貴族同盟を組んだのは、なんとか踏みとどまった感はある。
だが、問題なの魔導技術連盟側が王国の君主である
(……影屏王が連盟に協力というのもおかしな話だ。元々、貴族達の傀儡だったものが、連盟の傀儡に取って代わられたか……)
初めから実態のない君主だったのかもしれない。それならば、連盟は影屏王という国家機能の奪取に成功したと見るべきか。
連盟が首都の都市機能も掌握したということだから、これからは魔導技術連盟が国家運営に直接手を出す体制になる。
術士の地位は向上するだろう。
実力もなく、世襲で土地や民の管理者として幅を利かせていた貴族は追い落とされる。
領地を隅々まで管理できている貴族ならば独立自治も可能だろうが、
(……術士の地位が向上すること自体は悪いことじゃない。だが、俺がこうして魔女共に襲われていて、『風来の才媛』が抵抗しているということは……)
術士のための王国ではなく、古参魔女達にとって都合のいい王国になるということかもしれない。
当然、これまで貴族との仲を深めて資産を増やしてきた俺のような人間は気に食わないはずだ。体制が変わった今の機会に目障りな人物は排除しておこうという腹か。
だとすると、やはり俺はあの古参魔女共に屈するわけにはいかない。そもそも『王水の魔女』が敵意剥きだし過ぎて、殺し合い以外の選択肢もないように思う。
ひとまず俺はメルヴィに向けて返事の手紙を送還術で送った。
指示としては、これまで通り潜伏して情報収集に努めるように、とだけ。くれぐれも『風来の才媛』には手を貸すなと伝えた。
冷たいようだが、もう既に敗北の恐れがある陣営にメルヴィを送り込むことはできない。
続けて、ビーチェとセイリスにも召喚手帳を介して指示を送る。こちらには俺が今いる遺跡の座標を報せて、速やかに合流するようにと伝えた。
国家情勢が混乱にある最中であれば、魔人の存在がばれる危険性は無視してでも、単純に戦力集中を優先した方がいいからだ。
「……さて、出すべき指示は出した。後はレリィの方か……」
古代魔導装置の棺に横たわるレリィは相も変わらず魔導回路の青い光に包まれている。レリィ自身の魔導回路の発光も弱まる気配はない。
実のところ、レリィの身に何が起きているのかはわかっていた。ただ、この古代魔導回路が起動する条件だけわかっていなかったから、突然の起動に俺も困惑していたのだ。
だが、動いてしまったなら後はどう使うべきかの判断しかない。
使い方については、たぶんこの遺跡の中にそれを説明するものが残されている可能性が高い。
俺は改めて遺跡を隈なく調べることにした。
──見つけた。
見つけてしまった。全く都合のいいことに。都合が良すぎて気持ち悪いくらいだ。
遺跡の中を注意深く探し回って半刻ほど。レリィが横たわっている棺とは別の棺の中。積もった埃の中に分厚い一冊の手記が見つかった。
古い手記だ。うずたかく積もった埃に埋もれていたので、以前に調査へ来た時には見逃してしまったのだろう。
そこに記された内容を見てすぐに理解した。レリィの体に刻まれた特殊な魔導回路と、この遺跡の古代魔導装置に関する情報の書かれた手記である。それはレリィの母親である考古学士の二級術士デニッサが遺したものだった。デニッサの研究記録はほぼ地下室に残されていたが、この一冊だけは本人が持ち歩いていたのだろう。ここへ持ち込んだまま、デニッサは遺跡の守護者と戦って死んだのだ。
この手記には古代魔導装置の操作方法が事細かに書かれている。
そして、レリィの実家の地下室で見つけた日記と照らし合わせると、過去ここで何が行われたのかが明らかになった。
レリィがまだ幼い子供の頃、この古代遺跡をレリィの両親は見つけた。
考古学士のデニッサはそれが何の施設であるか調べ、知ることになった。
調査の結果そこは、人間の肉体に魔導回路を刻み込み、人工的に『騎士』を創り出す古代の施設だとわかったのである。
騎士の起源を語るにあたっては、この世界の歴史を振り返る必要がある。
現代から約二五〇〇年前に遡る、世界に魔導の概念が初めて誕生したとされる
今でこそ自然科学と機械技術の基礎は一種の教養として知識を受け継がれてはいるが、それよりも単純で圧倒的に効率がいい魔導技術が世界を動かす法則となっていた。
世界の主流となった魔導技術も、その力が発見された当初は各所で混乱を引き起こす災いの種でしかなかった。
約二五〇〇年前の魔導開闢の時から五〇〇年の期間は魔導開闢期と呼ばれる混乱の時代だ。
魔導開闢期の黎明にはそれまでの常識が通用しない魔導技術によって法外の悪事が横行し、魔導の悪意に対して人々が自衛の手段を得た頃には、人間社会の秩序は壊滅的なまでに乱されていた。同時に、現世に幻想種という未知の存在が現出を始めたのもこの頃からであった。
魔導開闢期の中頃には、魔導によって現世に召喚された異界の力をその身に取り込んだ魔人が闊歩し、一部の者は人としての形を完全に失って超越種という化け物に成り果てた。
やがて彼らは人を超えた存在、如何なる生物よりも優れた種族として生態系の頂点に君臨し、八百万の神々と称されるようになる。彼らは圧倒的な魔力と高い知能でもって、それまで世界を統御していた人間に成り代わり国々を治めるようにもなっていった。
神々は自らの血と肉を分かち、眷族を生み出した。現代で言うところの魔獣である。
それまで食物連鎖の頂点にいた人間は、一転して神々とその眷族に搾取され、食われる立場へと追いやられた。
人間の中でもとりわけ戦う能力に秀でた英雄達は神々とその眷族に立ち向かい、ある者は敵を討ち果たし、ある者は敵に討ち滅ぼされた。
人と神々の争いが長引くにつれ、次々に力ある英雄が
神々に対抗する為には戦力が必要だった。
そこで当時の人類が知恵を結集して編み出したのが、人間の体に緻密な魔導回路を刻み込んで身体能力を極限まで引き上げるわざ。すなわち『人造魔人』を生み出す技術である。
英雄の誕生と成育を待つのではなく、少しでも素質のある者を強制的に英雄へと仕立て上げる方法。
天然の魔人に比べれば粗悪な魔導能力であったが、『闘気』と呼ばれる単純にして強大な破壊力を引き出すだけの『人造魔人』は、数を頼みに神々とその眷属を次々に討ち取っていった。
しかも、人類にとっては都合のいいことに『人造魔人』は短命であった。
超越種という化け物にぶつけて刺し違えるにはちょうどいい塩梅の戦士に仕上がったのである。
永く生き続けて、狂った神々のようになる心配もない。
魔導開闢期の末期、長い生を送るうちに神々は狂い始め、ただの超越種という化け物として暴れ回るようになった。
神々の衰退期とも呼ばれる時代。
実存する神を崇める者は人類の敵、邪教集団と見なされ迫害された。
人の手によって生み出された『人造魔人』はついに神々を生態系の頂点から追い落としたのである。
人類の生存圏がそれなりに確保される頃には、いつしか『人造魔人』も姿を消していた。代わりに、『闘気』を操る術だけはごく一部の人間に受け継がれて、それが現代の『騎士』の血筋となっている。人造魔人の『生命の設計図』が一部だけ受け継がれたのか、詳細は定かではないが。
この辺りのことがうやむやになってしまったのには理由がある。
神々が討伐対象となって次々に討ち取られていくなか、ある超越種を絶対神と崇める魔人の国において、地球規模の大災厄が引き起こされたのだ。
地球大気の対流圏境界から地殻最下層までを含む空間領域で、都市規模の強制転移が各地で一斉に起きた未曾有の大災害である。
その原因は定かではないが、一説によれば異界そのものを現世に呼び込もうとした儀式呪法の暴走によって、無秩序な召喚と送還が引き起こされたのだという。
人類は魔導という力を手にして、未来永劫に渡って異界から無尽蔵のエネルギーを得られるはずだった。
だが、流れ込んだ無尽蔵のエネルギーが暴走すればどうなるか、災厄はそのことを人類の身にしかと刻みつけ、全世界に恐るべき爪痕を残した。
大災厄による魔導開闢期の終わりは神々の支配からの脱却でもあった。
一方でこの大災害によって、多くの優れた魔導技術が失われた。
地域単位に分断された世界は、各地が独自の治世によって発展と衰退を続けていく。
魔導開闢期より以前を太古と称し、魔導開闢期は古代と呼ばれ、魔導開闢期から以降は近代とされる。
魔導という新たな法則を現世に導く技術は世に絶大な混乱をもたらした末に、不都合な部分だけを古代という過去に封じ込めて今の世界に受け入れられた。
大災害から二〇〇〇年もの長い年月を経て、ようやく人類は安定期に入ったと言えよう。
そのような歴史の中で『人造魔人』の生成方法とは、災厄の闇に呑み込まれていった古代魔導技術の一つなのである。
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