第364話 山奥の村
飛竜の襲撃によって墜落した魔導飛行船は、幸運にも山林への軟着陸に成功していた。
背の高い木々に衝突した際、大きな揺れに見舞われたが、頑丈な客室部の壁は健在で乗客にも大きな怪我をした者はいなかった。
俺とレリィは魔導飛行船の操縦士と船員に近くに集落があることを伝えると、先行して村へ向かうことにした。
村まで乗客の護衛を頼めないか、と操縦士に乞われたが、緊急時とはいえ一級術士に仕事を頼むと高くつくことと俺達にも都合があると言って断った。ただでさえ飛竜の撃退に力を貸しているのだ。これ以上の義理はないといえば、操縦士達もそれ以上は食い下がってこなかった。
もっとも、その飛竜に狙われていたのが俺達だったなら、巻き込まれたのは魔導飛行船の方になるわけだが、現時点では確証もないことだし俺が遠慮することではない。
そもそも村は視認できるくらいの距離にあるのだ。今は飛行船の墜落という事態で皆が混乱しているが、落ち着けばそれほど苦労なく村まで辿り着けるはずだ。魔導飛行船の警備に当たっていた術士もいるのだし、野生の獣程度なら追い払えるだろう。
「レリィ、村までの道案内は任せていいな?」
「大丈夫。というより、あたしじゃなくても迷わず村まで辿り着けるよ、この距離なら」
「そうか、しばらく周囲の警戒も頼む。俺は歩きながらでも、ビーチェとメルヴィに連絡を入れておく」
「いくら迷うことないって言っても……足元は自分で気を付けてよ?」
俺は魔導飛行船が飛竜に襲われて墜落したこと。国境付近にある小さな集落に身を寄せるので、その付近で全員合流する方針を手紙に書き記し、送還術でビーチェとメルヴィに送った。
この合流は時間との勝負だ。なるべく早く全員で集まって、国境越えに動き出したい。逸る気持ちとしては俺とレリィの二人でも国境越えをしたいところだが、飛竜の襲撃が『竜宮の魔女』よるものであれば、ちょうど国境の辺りに網を張っている恐れがある。
(……この辺りは野生の
ビーチェ達が合流するまでにどれくらいかかるだろうか。
魔導飛行船でだいぶ先に来てしまったのが悔やまれる。魔人二人組がどんなに早くても、目立たないように潜伏しながら陸路の移動では数日かかってしまう。
メルヴィにいたっては更に合流まで時間がかかるはずだ。
(……最悪、メルヴィだけは国外で合流にするか。魔導飛行船が正常運航するようになってから……)
魔導飛行船が飛竜に襲われたことは、各地の飛行場に伝えられるだろう。そうなれば安全が確認されるまで運行は停止する。飛竜の行動範囲などを考えれば、広範囲で数週間は観測を続けないと安全を確認できない。メルヴィはかなり出遅れるはずだ。
ビーチェとセイリスが合流したら、すぐに国境越えに動いた方がいいかもしれない。既に『竜宮』が動いているのであれば、山奥の村に長く留まるのは危険である。
情報が少ないうえに不確定要素が多くて、最善策を決め切れないのは嫌な感じだが……。
結局、山奥の村付近で再集合する方針は変えず、メルヴィには追加で「なるべく身を潜めながら国外での合流を推奨」と手紙を送り、本人の判断に任せることにする。
「連絡は終わった?」
「ああ。ビーチェ達と合流したところで国境越えをする。メルヴィは状況次第だが置いていく」
「……それ酷くない?」
「あいつの場合は一人で別行動した方が安全なんだよ。どうせ次の魔導飛行船が飛ぶのは早くても数週間後になる。合流は無理だ」
「村で待っていてあげればいいのに」
「そこまで悠長にしていたら、『竜宮の魔女』が竜の群れを村にけしかけてくるかもしれないぞ?」
「それはだいぶ困るかも……」
「滞在期間は最長で明後日の朝までだ。それまでにはビーチェ達とも合流できるだろう」
「実質、二日だけかぁ~。まあ、父さんと母さんのお墓参りくらいしか、やることないし別にいいけど」
レリィは故郷の村にあまりいい思い出はなかったはずだ。
それでも二度と故郷に戻れないかもしれないとなれば、自分が生まれ育った場所でしばらく滞在したくもなるのだろうか。
魔導飛行船の墜落現場からしばらく歩くとレリィの故郷である山奥の村が見えてきた。
相変わらずというか、以前にも増して寂れた雰囲気が漂っている。
村の入口にある案内所の小屋は植物の蔓に覆われて、廃墟と見間違えそうなほどであった。そんな状態であるから案内所の中にも人はおらず、村への立ち入りに断りを入れることもないまま、なんとなく気まずい思いで閑静な集落の奥へと俺達は進んでいった。
「なんだか人……少ないね……。どうしてだろ?」
「俺に聞くな。お前の村だぞ」
まだ日も高い時間だというのに、人の姿がほとんど見かけられない。遠くで畑仕事をしている人影がちらちら見える程度だ。
村からそう遠くない場所に魔導飛行船が墜落したというのに、それにも気が付いていないのだろうか。
村の奥へと進んでいき、畑仕事をしている村人に距離が近づくと、彼らはようやく俺達の存在に気が付いて顔を上げる。しばらくは眉をしかめてこちらの姿格好を窺っていたが、不意に何かに気が付いたのか、一緒に畑仕事をしていた村人同士でこそこそと話し出す。
「……ねえ、ちょっと。ほらあれ、何年か前に村を出てった……レリィじゃないの?」
「ああ……本当だぁ! 戻ってきたのか……」
村人の口からレリィの名前が辛うじて聞こえてくる。彼らは、少し前までこの村に住んでいたレリィに今更ながら気が付いたようだ。村人達は畑仕事を途中で放り出して走り去る。
「逃げられちゃったね」
「お前、この村では走って逃げられるほどの事をしていたのか?」
「そんなわけ……。うーん……別に悪いことはしてないはずだけど……」
どうも思い当たることはあるようだ。こいつのことだから、どうせ人並外れた力を見せつけて村人を驚かしたとか、精々そんなところだろうが。
なんとなく、走り去った村人達の向かう方向へ俺達も歩いていた。中途半端に地面を押し固めて作られた田舎道を二人で歩きながら、静かな集落の風景を眺める。
古い家屋がろくに修繕もされないまま、それでもどうやら使い続けられている様子がある。建物の改築に回す金も人手も足りてないようだ。
「……寂れた村だ」
「返す言葉もないかな……」
つい漏れた本音にレリィが苦笑いで返す。
「それで? 村の顔役はどこにいるんだ? 飛行船のことは伝えておかないとまずいぞ」
「あー……。じゃあ、村長さんのところに行こうか。村長さん、まだ村長やってるかな……」
レリィは村長が苦手なのか、あるいは村の人間誰に対してもそういう関係なのか、会いに行くのが億劫な感じで足取りは重かった。
レリィの案内で村長の元へ向かうと、村の中では比較的大きめの民家に辿り着いた。その玄関前でレリィは立ち止まり、なにやらもじもじと足踏みしている。
「おい。ここが村長の家なのか? なんで、玄関前で立ち止まる?」
「えぇ……!? だって、緊張するよ。あたし、村長の家とか自分から行くことなんて滅多になかったんだもん。そもそも飛び出すように出ていった手前、どう挨拶したものかなって……」
「くだらん。さっさと用を済ますぞ」
「あっ! 待って! まだ心の準備が……」
俺はレリィを押し退けて、村長の家の戸を強めに叩く。呼び鈴の一つもないのか、と呆れていると、家の中からどたばたと慌ただしい音が聞こえてくる。やがてゆっくりと戸が開かれて、中から若い女性が顔を覗かせた。
「ど、どちらさまで……?」
「ここは村長の家で間違いないか?」
「はっ……はい!」
やや高圧的な態度で話しかけると若い女は怯えた様子で俺と、レリィの顔を見て驚いた表情を見せる。まじまじと見つめてくる若い女の視線にレリィは困ったような表情で見返すばかりだが、若い女の反応からして彼女の方はレリィを見知っているのかもしれない。ただ、どこか確信が持てないといったところか。
「魔導技術連盟の一級術士、クレストフ・フォン・ベルヌウェレとその騎士、レリィ・フスカだ。この集落の代表に話があって来た」
「レリィ……やっぱり……」
ここまではっきり言ってやれば確信も持てたことだろう。だが、元村民の来訪に対してこの若い女が見せたのは緊張感であり、とても同年代の友達の帰郷に対してみせるような態度ではなかった。
「すぐに取り次いでくれ。人命のかかった重大な話がある」
「あ、すいませんっ! すぐに……」
そう言うと玄関の戸を閉じて、若い女は鍵まで閉めた。そうしてかなりの時間を待たされる。
客の来訪に慣れてないようで、どうにも雑な応対だが田舎の人間と思えば仕方ない。
客が来たのを忘れているのではなかろうか? と思い始めた頃、ようやく玄関の戸が開いて一人の老いた男性が姿を現す。田舎住まいの割には良い仕立ての服を着ている。
「お待たせしてすみません、お客人。魔導技術連盟の術士様と……レリィ……。いや、今は騎士様という話でしたか。どうも緊急のお話があるとのこと。中へお入りください」
頷いて、迷わず村長の家に入ろうとする俺の腕をくいくいとレリィが引っ張る。何だ? と振り返ると、レリィが小声で耳打ちしてくる。
「その人が村長さんだよ」
何故か自信満々な表情でそんな他愛のない情報を伝えてくる。老人は自分のことをまだ何も語っていないが、状況からしてこの人物が村長だろうとは普通に思った。
なんだってレリィはそんなことを自慢げに伝えてくるのか。
(……もしかして、村に入ってから初めてなのか……? 確信を持って知人だ、と言える相手に会ったのが……。この狭い集落で……?)
村人の態度とレリィの言動、そのどこかちぐはぐで噛み合わない具合に俺は言い知れぬ気持ちの悪さを感じていた。
以前に訪れたときには見えていなかった、この村とレリィの関係性。
それを今になって俺は垣間見ているのかもしれない。
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