第359話 手心を加えて
(……戦うと決めたものの、さてどうする?)
『様子見をしている暇があるのかい?』
アウラが暴風に乗せて声を飛ばしてくる。何気ない一言一言が、息を吸って吐く、声を乗せる、ただそれだけで圧力を伴った衝撃波として押し寄せてくる。
びしびしと空気が震え、衝撃波で体の表層に生えた黒紫色の結晶が振動する。濃い紫色の光が結晶の奥に灯り、魔力でもって空気の圧を打ち消した。ただ一言の問いかけが、常人には致命傷になりうる力を秘めている。
『戦意がないなら、そこで見ているといい』
アウラが軽く左手を横に振ると、どぉっ、と地を揺るがすような重低音が鳴り、抗いようのない風圧が俺の体を足元から掬い上げて吹き飛ばした。
(――『金剛黒化』で固めた俺の体を吹き飛ばした!? 風圧の問題じゃない! これは魔力による直接干渉か!!)
アウラが放ったのはおそらく共有呪術の『
一手遅れて俺も『金剛黒化』の力を解放する。黒紫結晶が禍々しく光輝き、洞窟の壁に叩きつけられる寸前で全身を魔力で包み硬化する。魔力によって発生した斥力が風圧によって吹き飛ばされた俺の体を制動して、その場の空間に縫い付けた。
だが、そのわずか一手の遅れの合間に、アウラが動いていた。
衝撃波を放ったときとは真逆に完全なる無音で風のように地を滑り、ゴルディアと向かい合っていたセイリスの目前へとアウラは飛びかかっていた。
『君が素直に死ねば無駄な争いはなくなる』
それが敵を呪い殺す呪詛のように、上から下へ振り下ろした右手が風の力を解放し、セイリスを一瞬で洞窟の地面へと叩きつけた。さらに左、右と拳を突き出せば、地面に磔にされたセイリスに向かって高密度の『
「セイリスを狙ったの!?」
慌ててレリィがセイリスの加勢に入ろうとするが、行く手を騎士ゴルディアが阻む。
「どいて!!」
「退かぬ!!」
爆発的に迸る翠と金の闘気が、真鉄杖と大剣を介して激しくぶつかり合う。せめぎ合いは互角。レリィ一人でゴルディアが抑えられるなら大健闘だが、今はそれゆえにセイリスへの加勢が間に合わない。そうこうしている内にアウラによる猛攻は魔窟の地面を大きく抉り取って一方的にセイリスを追い詰めていた。
『
(……風の防衛結界でも張っているのか!? ならば、逸らしようがない質量と速度で――)
結晶弾が効かないと判断した俺は即座に撃ち出す術式を切り替える。
『輝く
先鋭化された巨大な
ここまで攻撃を弾かれれば次に打てる手はもう決まっている。
絶対に攻撃を逸らせないように、直接攻撃しかない。
『
大斧を変質させながらも俺は既に地を蹴りアウラに向けて飛びかかっていた。振りかぶりの予備動作すら必要なく、腕の結晶に込められた魔力で瞬時に最高速の一撃を繰り出す。俺には目もくれずセイリスを攻め立てていたアウラが初めてこちらに向き直り、右手の爪に高密度の魔力を込めて迎撃してくる。両者の攻撃が衝突した瞬間に、褐石断頭斧の刃が欠けて焦げ茶色の閃光が視界を埋めた。爆圧の衝撃がアウラの右腕を大きく弾いて体勢を崩す。直後に、アウラのすぐ足元から群青色の闘気が奔流となって襲い掛かる。
大蛇のようにうねりながら禍々しい群青の光がアウラを押し込んでいくが、少しばかり距離が延びたところでアウラが今度は左手の爪に膨大な魔力を込め、不可視の刃で群青の闘気を切り裂いた。
その隙に陥没した地面の穴からセイリスが飛び出してくる。宝石の鎧に所々、小さな罅が入っているようだが、大きく損壊したような箇所は見あたらない。
「平気か、セイリス?」
「だいぶ叩かれました。鎧に少し歪みが」
「あれだけやられてその程度なら上々だ」
陥没した地面を見ればどれほどの威力の攻撃が浴びせかけられていたか想像できる。一つ一つの陥没痕が両腕で輪を作ったくらいの大きさで、半球状の凹みを魔窟の地面に穿っているのだ。間違いなく一流の騎士でも無事では済まない破壊力だ。これに耐えうる人間離れした防御力の高さは、まさに魔人ならではの特徴であろう。
それにしたってアウラが宿した
アウラが使った
さらに風の力で行動速度が劇的に上昇し、風圧でもってあらゆる敵を抑えつける。双子の精霊を屈服させた風来の才媛アウラが持つ切り札。半神憑依の大術式である。
加えて、強力な風の結界を鎧として、遠距離から撃たれたあらゆる攻勢術式の軌道を逸らす。それが実のところ威力の弱い弓矢だろうが、強力な砲弾であろうが、飛び道具であれば軌道を逸らすという物理法則を超越した性能だった。たぶん、威力に関係なく『飛んでくるものの軌道を逸らす』という異界法則を取り込んだ加護なのだろう。遠距離、中距離戦を得意とする術士にとっては、相手するには悪夢のような加護である。
「遠距離からの攻勢術式を回避する加護か? それで……。まさか、近接戦闘で俺に勝てると思っているんじゃないだろうな?」
『別にそんなつもりじゃないよ。これは『矢避けの加護』だ。精々、敵の手数を減らす程度のもの。
おまけの加護か。まあ、ここまでの力を宿した存在からすれば、飛んでくる攻撃を防ぐ程度の加護はおまけでしかないのかもしれない。実のところ、俺の予想が正しければこの加護は飛翔体にのみ効力を発揮するものだと考えられる。
だとすれば、必ずしも接近戦だけが有効というわけじゃない。
『無数に生え、踊り、薙ぎ払え――
桃色に光る人の腕ほどの触手が俺の周囲の地面から無数に生えて伸びる。元々の術式は、よく伸びてしなる光の鞭を敵に巻き付けて焼き切る攻勢術式だが、金剛黒化で強化されたことによってそれは無数の触手となり意思を持って目標に襲い掛かっていく呪詛となった。
アウラはこれら光の触手を両手に形成した不可視の爪で切り裂く。今度は『矢避けの加護』とやらで軌道を逸らされることはなかった。しかし、常にアウラの周囲を取り巻いている暴風に煽られて、勢いは削がれてしまっていた。これは加護ではなく単純に風圧によるものだが、どうもこの風の鎧というか空気の壁はアウラに近づくほどに密度が高く、まるで鉄の塊を殴っているかのような感触を覚える。
『血塗れの棘、赤き茨の森!!』
銀の蔓が地を這って、
銀と茨の結晶が濁流となってアウラを包み、その上から長い尖晶石の棘を無数に突き刺した。並みの相手なら確実に殺しているところだが、寸前にその場でとどまったアウラの様子からほぼ効果を上げていないことは予想がついていた。
セイリスが油断なく群青の光を漲らせて、茨の毬玉と化したアウラに向かって駆けていく。茨の結晶棘が刺さる毬の中を確認することもなく、セイリスは霊剣・寒風に群青色の莫大な闘気をまとわせて一刀両断にした。
刹那、セイリスの一太刀が入る前に、銀の蔓が引き裂かれ尖晶石の結晶が砕かれた。
セイリスの接近を察知して、さすがに魔人の一撃をまともに受けようとは思わなかったのか、自ら銀の束縛から逃れて飛び出してくるアウラ。全力でセイリスが放った一太刀はアウラの見えない空気の爪で弾かれる。アウラは全身無傷でかすり傷一つさえなかった。
(……遠距離攻撃でなくても、ほとんど効果なしかよ……)
こちらにしたって金剛黒化で術式の威力は強化しているのだ。それにも関わらず無傷というのだから尋常ではない防御性能だ。
『
浅はかな選択はしない。何のために俺はここまで来たのか。
失ったものを取り戻すために来たのであって、そのために二度と大切なものを失ってはいけない。
アウラと切り結ぶセイリスを見て、彼女を二度死なせることがあってはならないと改めて決意する。
そしてアウラ、お前もまた失われてはいけないものなのだ、と。
なればこそ、俺にできる戦い方は一つしかない。
「代われ、セイリス。それとアウラ、魔人のセイリスだけを先に排除しようってのは無理があるぞ。魔人の頑丈さは非常識だからな。本気でどうにかするつもりなら、まずは俺を動けなくなるまで叩きのめしてみせろ。できないなら、俺がお前を捻じ伏せるだけだ」
『クレストフ……酷い男だな君は。私にそれを強いるのかい?』
いつも自信満々で、飄々としていて、どんな困難だって笑って乗り越えていくアウラが、悲し気に眉根を寄せて俺を見返している。冷淡に、すっかり覚悟を決めているものと思っていたアウラでさえ、旧知の相手にはこの甘さだ。
――仕方ないよな。それが人間の弱さであって、失ってはいけない感情でもあるんだから。
「すべてわかったうえで、決着をつけようか。お互いさまってことだ。本気でなんか戦ってやらないからな。お前も精々、手加減しやがれ。アウラ!!」
『そうだね、私も君を殺したくはないよ。だから、お願いだから、死なないでくれよ、クレストフ……!!』
不可視の空気が、あまりにも高い圧力ゆえに光を歪めて陽炎を発生させる。あれがセイリスの渾身の一撃すら弾き返した絶対防御の正体。半神憑依のアウラが作り出す『暴風結界』は、まさに鉄壁の防御力であった。あれを突破するには本来、手加減など考えていられないのだが、この状況に至ってさえ俺は勝利条件を全員無事の帰還と考えている。
互いに手加減を宣言しながら、全力でのぶつかり合いが始まった。
『
金剛黒化で結晶化した腕から諸刃の剣が生えだす。
もはや遠距離からの攻撃は無意味。生半可な術式が通用しない以上、最も威力がある攻撃方法は金剛黒化によって生み出された黒紫結晶による直接攻撃のほかない。
『
アウラもまた俺と同じく接近戦での直接攻撃を選び、神々が扱うとされる金剛石で創られし法具『
だがその形状は一本の武器ではなく、大きい爪を備えた五本指のような形状をしていた。ちょうどアウラの手の動きと連動するように被さっている。
アウラが暴風と共に飛び出してくる。俺は地面に結晶の根を生やしてこれを迎え撃つ。
衝突の余波だけで魔窟の地面がめくれ上がり、壁や天井に大きな罅を走らせる。
「ちょっと、ちょっとぉ~!! あれで手加減しているとかー! もう馬鹿じゃないのかしら~!?」
離れた場所にいたメルヴィ達の元まで衝撃の余波が伝わっていて、体重の軽いムンディやミラが吹き飛ばされてひっくり返っている。
「死にたくなければ離れていろよ!! 俺が手加減しているのは、アウラに対してだからな!!」
あくまで半神憑依のアウラが死なない程度の手加減だ。それは結局のところ、並みの人間にとっては即死級の攻撃に他ならないわけである。
『よそ見をしている余裕があるのかい、クレストフ?』
アウラが
『殺さないまでも、手足を折り砕いて動けなくするぐらいのことは考えているんだ。痛いだろうけど我慢してくれたまえ』
びしり、と黒紫結晶に罅が入って、割れ目から紫紺の光が粒となって弾け出る。
「手足をね……。考えることは一緒か。お互いに甘いな」
『――――まさか!?』
黒紫結晶が圧壊し、両腕の骨が砕ける。刹那、結晶の中から溢れ出した紫紺の光が暴風結界を透過してアウラの両腕を貫いた。物理的な抵抗を無視して、不透過の物体にのみ干渉する呪いの光だ。紫紺の光は色を持った物体に当たると、そこに極めて高い熱を発生させる。
空気が爆ぜ、アウラはその勢いで俺から距離を取った。彼女の両腕には真っ黒な痣のような痕が浮き上がり、脱力したようにだらりと両腕を垂らしている。
一方、俺の方も結晶ごと両腕の骨を砕かれて、割れた結晶片が腕に突き刺さり血が滴り落ちている。しかし、結晶はすぐに溶けた飴のように形を変えると、再結晶化によって元の形状へと戻った。紫色の光が明々と両腕に灯ると、結晶の内部で俺の腕もまた再生を始める。
『とんでもない再生力だね。羨ましいよ』
「お前の方は回復できないようだな。まあ、そういう呪詛が込められているから当然だが。しかし安心しろ、呪いの効果は短い。回復不能の焼け付く痛みを三日三晩味わった後はただの火傷として自然回復を始める。三日後なら治癒術式も効果が出るだろうさ」
『全く、優しいね君は。これほど悪辣な罠を用意しているくせに――』
どんっ、と音を立ててアウラの体が真上に飛び、天井が凹むほどの爆圧で急降下すると、すらりと伸びた長い脚で頭部を狙い蹴りつけてくる。俺は咄嗟に全身の黒紫結晶を大きく成長させた。アウラの足が顔面の結晶に触れる瞬間、高密度に圧縮されていた空気が解放される。
衝撃と同時に紫電が辺りに迸り、地面に根を張った結晶が根こそぎ掘り返される。その上さらに爆風による圧力で俺は盛大にぶっ飛ばされた。
魔窟の壁に激突してめり込むが、分厚い結晶に守られた俺に痛みはない。アウラによる蹴り足の一撃も、衝突の瞬間に成長させた結晶に阻まれて俺の頭部に損傷を与えることはなかった。おそらくアウラとしては脳震盪でも起こして気絶させようと考えたのだろうが。
「甘いな」
『甘かったね……』
アウラの足には半ばから折れた金剛黒剣の刃が深々と突き刺さっていた。依然として、アウラの周りには暴風結界が吹き荒れているが、その効果があってなお金剛黒剣はアウラの暴風結界を貫いていた。腕を焼いたときのような紫紺の光線による小細工などではない。アウラ自身が積極的な攻勢に出たうえでの蹴りは、攻撃の瞬間に暴風結界が弱まる。爆風の解放後、その一瞬の隙を突いて金剛黒剣を額から生やして反撃としたのだ。
「まだやるのか?」
『手足は動かなくとも、戦える限りはね』
旋風が一巻き周囲を駆け巡ると、アウラの体が力強く浮き上がる。術式が行使できて、風の力で移動も可能。
「アウラ! もうよすのだ! 十分であろう!」
騎士ゴルディアがたまらず声を上げた。ゴルディアとレリィの戦いは、ゴルディアがこちらの様子を気にできるほどには彼の方が優勢で、しかしセイリスが牽制しているためレリィを完全に振り切ってアウラに加勢できるほどではない。そしてレリィもまた必死に食らいついていた。
常に翠色の闘気を爆発させてどうにか対抗しているレリィの髪は、半分が赤く枯れかけていた。それでも魔導因子収奪能力が発現して、近くにいたセイリスの魔力と、俺の黒紫結晶からも強制的に魔導因子を吸い出して己が闘気へと変換していく。
「クレスの邪魔はさせない。ビーチェもあたしが守る。それが、専属騎士としてあたしがやるべきこと!」
透き通った翡翠色の瞳が闘気に燃えて輝く。体はボロボロでも心は折れていない。魔人を庇っているという後ろめたさなどレリィにはない。やるべきことをなす、ただ純粋にその想いだけで立っていた。
対してゴルディアはアウラに協力こそすれ乗り気ではない様子だった。騎士にとってもまた、人類の敵である魔人討伐は最優先事項であるはずだが、ゴルディアにとっての一番はなによりもアウラの身のことだ。
ただ、それと同じくらいアウラの想いも無視できなかったのだろう。
まったく、俺としては申し訳がない。
ゴルディアには迷惑をかける。
恨まれても仕方のない状況だが、俺も今更引くことはできなかった。頑固なアウラが諦めるまでは、徹底的に叩きのめさないといけない。
『行くよ、クレストフ。これが全身全霊、最後の一撃になるだろう。耐えられたなら君の勝ちだ』
「来いよ、受け止めてやる」
黒紫結晶をさらに成長させて防御の構えを取る。いかなる攻撃が来ようとも耐えきる自信が俺にはある。
アウラの言う通り耐えきるだけでいい。反撃の必要はもうないはずだ。俺の『金剛黒化』は持続力がある代わりに解呪が難しい類の禁じ手だが、アウラの『半神憑依』は逆に制限時間のある術式だろう。あるいは長時間の使用によって代償が積み上がっていく類のものか。どちらにせよあれほどの力を発揮する術式、長くは行使できまい。
受けきれば俺の勝ちだ。
『……
ビシビシと黒紫結晶に罅が入り、端から細かく砕けていく。だが、砕けたところから再び新しい結晶を生やして強度を高めていく。僅かでも圧力に負けたら終わりだ。圧壊は瞬時に、そして連鎖的に起こる。アウラのやつ、俺を生かして止めるだけの手加減を本気で考えているのか怪しいところだ。もし、俺が抵抗しきれなければ全身の骨と内臓が潰れてお終いだ。
それでも俺が耐え切ると信じて、全力の攻撃を仕掛けてきているのかもしれない。力を出し切った後、立っているのがどちらか。アウラ達は俺を退けたあとで魔人の討伐という仕事が残っているわけだが、もはやそんなことは考慮していないだろう。
重要なのは今、この我慢比べにどちらが勝って意地を通すか。
――きっと、どちらが勝っても悪いようにはならない。
アウラは、魔人を連れ帰ろうとする俺を立場上は止めねばならない。それを実行したという事実が必要だ。そして俺は、アウラの全力に対抗してこれを退けられる力を示さなければいけない。一級術士同士の戦いだ。立場上の責任で結果がどうのというよりも、できるのにやらなかったということの方が許されない。だが、やったけれど本当に力が及ばなかったというのであれば、誰もアウラを責められはしない。
もし愚かにも責める者がいたとするなら、「次はお前が『結晶』の一級術士と魔人二匹を相手にしてこい」と言われるだけなのだから。
戦ったが、力及ばなかった。ただその事実があればいい。
これはその為だけの盛大な茶番劇だ。命懸けで行う本気のやらせである。
それでも、この儀式を終えたなら『風来の才媛』としては、それ以上は無理に俺を追う必要がなくなる。言い訳は立つのだ。
ここで俺が力尽きても、アウラも既に戦闘継続は不可能だ。
ゴルディア一人では、レリィとセイリスを相手に場を繋ぐのが精一杯だろう。時間が経てばもう一人の魔人、ビーチェが目覚める。
こうしてみるとアウラ達にとっては本当に無謀ともいえる戦いであったはずだ。それでも止めようと動いたのは、本気で俺の行く末を案じてのことに違いない。そこまでの覚悟をさせてしまった。
(……そりゃそうか。茶番劇のためだけに、ここまで命を張れるわけもない……)
ビーチェは一時的に体力が低下しているだけで、一日もすれば復調するだろう。それまでにアウラの体が回復することはない。例えアウラほどの術士であっても、黒紫結晶の呪詛が切れる三日後までは治癒することはできない。
そうなれば異界の狭間で戦って、双方共に痛み分けで魔人達は逃走して行方不明。俺が倒れていたとして、アウラと魔人どちら側に回収されるかはわからないが、それでもビーチェとセイリスの安全は既に確保できたといえる。
(……それにしてもアウラめ、粘りやがる。本気で俺を殺すつもりじゃないだろうな? 俺としては勝利条件をほぼ満たした。このまま痛み分けでもいいんだが……)
なんだかそれは
『……どうしたんだい? こんなときに笑っているのかい、クレストフ』
「よくよく考えたら……お前と本気でやり合うのはこれが初めてだったかもしれない、と思ってな。そうしたら、負けも引き分けもなしだな、と。そう考えた」
『この状況で、勝ち負けの話だって? それに何の意味が?』
「俺がお前に勝つ。事実、それだけのことだ!!」
ずっと目の上のたん瘤みたいな女だった。その関係性も今日限りで終わる。もうつまらない意地で拘ることもない。この時をもって決着をつける。
――きききんっ!! と、澄んだ高音が響き、黒紫結晶が連鎖的に崩壊していく。結晶は砕けると同時に紫色の閃光を幾度も放って、光の密度を増していった。
光は高密度の空気を打ち破る斥力へと変じて、俺を圧し潰そうとしていた
「アウラァあああっ!! ぬぅうおおお――っ!!」
金色の闘気を迸らせ、ゴルディアが吠え猛った。レリィとの戦闘を放棄して、背中を見せてアウラの元へと走り、その盾となっていた。黄金色の闘気が黒紫色の光に呑まれて消えていく。
ゴルディアの献身。
ふと似たような光景を思い出して、レリィの方に視線を向けてしまう。結晶崩壊を続けながら黒紫色の光を放っている俺の姿を、レリィは不安そうに見ていた。レリィもボロボロの姿だが、俺も割れた結晶に埋もれて相当に酷い状態なのだろう。
俺がここまで辿り着けたのもレリィのおかげだ。
それに俺がアウラと決着をつけるまで、ゴルディアを抑えてくれていた。
魔人化したビーチェとセイリスを連れ帰ると言った時も、迷わず味方になってくれた。
後でしっかりと労ってやらなければならないだろう。
真に尊き、俺の騎士だ。
(……アウラ。俺も、お前も、共に歩んでくれる者を見つけた。ここから先は、互いの道を進もう――)
黒紫色の光が収まったあと、そこには弱々しくも確かな黄金色の闘気を湛えたゴルディアの背と、自らの騎士に抱かれて無事なアウラの姿があった。
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