第338話 置いていかないで
「ねえねえヨモサちゃん? この像って、いったい何なのかしらぁ?」
純粋な好奇心、というか疑問を抱いたらしいメルヴィが、集落の広場に立つ禍々しい魔人の石像を指さしてヨモサに尋ねる。
「これはですね、その昔……といっても私が子供の頃なんですが、古代迷宮に封印されていた
「ヨモサ、やめろ。それ以上はやめろ」
「え? あ! 違うんです。誤解です。魔人ではなくて、そんな危ない人じゃないというか、そもそもその人はク――」
「そんなことよりヨモサ。俺達に集落の案内をする前に、まずは故郷へ戻ったことを家族なり知人なりに知らせるのが先だろう?」
俺は素早くヨモサの口を塞ぐと、矢継ぎ早に言葉を重ねていく。ヨモサもそれ以上、危ういことを口走らないように自分の手で口を押さえながら何度も頷いて無理やりごまかした。
「なにかしらぁ……? クレスお兄さんとヨモサちゃん、怪しいわぁ」
「なーんか、白々しくごまかし始めたのはどういうことなのです? ひょっとしてこの魔人の行方を知っているとか? それならばメグが聖なる炎で成敗してやるのです」
「あー、はいはい。もういいから。早くヨモサの無事を集落の人達に知らせに行こう」
訝しむメルヴィとメグの頭を押さえて、レリィが前に出てくる。
「ようやくさ、故郷に戻って来られたんだから。ヨモサは素直に喜んでいいんだよ」
「レリィさん……」
ここへ来て感極まったのか、ヨモサは改めて集落を見回すと目に涙を溜めながら、集落に響く大きな声で帰還を宣言した。
「みんなー!! 私! 帰ってきたよ! ヨモサだよ! 帰って来たの! 地上から、帰って……来られたんだよーっ!!」
静まり返っていた集落がにわかに騒がしくなり始める。
洞窟の中は薄暗くて昼か夜かもわからないが、ドワーフ達の集落は寝静まっていたというわけでもなかったらしい。あちこちの洞窟住居から紫色の炎を宿した魔導ランプを持って、ドワーフ達がわらわらと出てきた。
突然、集落に響いた大声に驚き、ドワーフ達は困惑した様子で広場へと向かってくる。
「なんだ……? 誰が、叫んでいるんだ……?」
「……誰かが帰ってきたってさ」
「誰かって誰が……? 集落から出た奴なんて最近いたか?」
「魔窟を通って、地上から戻ったのか? ありえんだろ」
「しかし、来訪者がいるのは確かなようだぞ……」
「本当だ! 見慣れない連中がいる! 人だ! 魔獣じゃないぞ!」
こんな魔窟の奥、地の底深くまでやってくる人間など皆無であったのだろう。慣れない来客にどう対応していいものか、ドワーフ達は遠巻きに俺達を観察しながら「お前、声かけて来いよ」「いや、お前が……」など、あれやこれやと仲間内で押し問答している。
「集落まとめて、この人に慣れてない感じ……懐かしいな。以前に来た時も似たような雰囲気だった」
「でも、誰かと話ができなきゃ困るんだけど。ヨモサに気が付いてないのかな? ねえヨモサ。もう一回、呼び掛けてみたら?」
「そうですね、皆少し混乱しているみたいです。ここは集落で素性を確認するための名乗りを上げてみようと思います」
レリィに促されたヨモサは、集まってきたドワーフ達に向かって一歩前へと出て再び帰還の宣言をする。
「生まれ四の段、三の穴! ヨモサ! 地上へと見聞を広めに出て以来、底なしの洞窟が真なる魔窟へと姿を変え、帰還が遅れていました! でも私は今日、無事に帰還を遂げました!」
ヨモサの宣言を受けてドワーフ達から『おおっ……』と大きなどよめきが起こった。そんな中、湧き立つ集団を掻き分けて一人のドワーフが俺達の前へと駆けてきた。
「お前……ヨモサか!? 本当にヨモサなのか!?」
毛むくじゃらで低い背丈。しかし、体の横幅は大きくがっしりとした体型のドワーフが、駆けてきた勢いもそのままにヨモサの肩を掴んで顔から足先まで細かく観察する。何を見て確認を取ろうとしているのかはわからないが、駆け付けてきたドワーフは一通りヨモサのことを確認したら「間違いない」と大きく頷いてヨモサを強く抱きしめた。
「よく帰ってきたぁ! よぉく帰ってきたなぁ!!」
「……ただいま。私、私っ……! 帰ってきたよ!」
二人の様子を見て周囲のドワーフ達からも歓声が上がった。
「おおー! こいつはめでたいな!」
「四の段、三の穴のヨモサっていやぁ、随分前に地上観光行くって飛び出してった娘っ子だろう?」
「そうさな! 洞窟が魔窟になっちまって、地上に取り残されたって」
「もう二度と戻れんと思っていたがなぁ! よく戻って来られたもんだ! 大したもんだで!」
湧き上がる集落の雰囲気にあてられたか、レリィが涙ぐみながら何度も頷いている。
「うん、うん! こうだよね。感動の再会ってこういうものだよね! ヨモサ、故郷に帰って来られて良かったよ……」
「あらあら……レリィお姉さんったら感動して泣いちゃったの? でもまあ、悪い光景じゃないわぁ。ヨモサちゃんよかった、よかった。クレスお兄さんもいい仕事したわ~」
「うっぅっ……!! すばらしいのです! これは感涙止まらないのです! 腐った家族関係ばかりの地上の人間とは違って、ドワーフさん達は家族思いなのですねぇ~。未来永劫、末永く地の底で幸せになってほしいのです!」
メグもまた感動に
「しかしどうやってここまで来たんだ? お前さんが地上へ観光に行ってから、この洞窟は魔窟に呑まれちまったんだぞ。魔獣共がうろついていて、とてもじゃないが地上からここまで戻ってくるのは不可能としか思えん」
「私一人では無理でした。だけど、皆さんが手伝ってくれました。私を連れて来てくれたのはついでですが、たくさん助けてもらったんです!」
そこでようやく俺達の方へドワーフ達の視線が移った。気になるものの雰囲気的に近づき難いといった感じでこちらを窺っていたが、主役であるヨモサの紹介があって場が動き始めたのだった。
わらわらと包囲するように、物珍し気な表情も隠さずにドワーフ達が近づいてくる。
「こりゃ驚いた。どんな屈強な冒険者達と一緒に来たのかと思えば、ほとんど女子供ばかりじゃねぇか? しかし、上層の魔窟を抜けてきたんだ。相当な手練れなんだろうなぁ……兄さん方。何はともあれ、ヨモサをここまで連れて来てくれてありがとう。感謝するよ」
ヨモサと抱擁していたドワーフが一番に俺達の前へと歩み出て礼を口にした。
「もののついでだ。俺達は魔窟のさらに奥へ用事があるからな」
さらに奥。その言葉を聞いたとき、ヨモサの表情がわずかに陰った。そんな表情の変化に気づいた様子もなく、ドワーフはただ目を丸くして驚いていた。
「かぁーっ! この魔窟を更に先へ進もうってのか!? ぶったまげたなぁ……。ここまで来る人間も珍しいが、さらに奥へってのも……。昔、この集落を訪れた
「あぁ、懐かしいな。何年ぶりだ? もうあれから十年くらいは経っていたか?」
「地上の年月の数え方はよくわからんが、幼児が成人するくらいの時間は経ったなぁ。いやぁ……兄さんも変わりなく――?」
ごく自然に昔馴染みと話をするように会話を続けかけて、ドワーフがはたと言葉を止めた。そしてまじまじと俺の顔を覗き込み、しかし覚えがなかったのか首を傾げる。
「顔を見てもわからないだろう。あの時は少しばかり様相が違ったからな。声も……こもっていたかもな。わからないか?」
「あ、あ……あの時の!? 本当に、あの時の純人の兄さんなのか!?」
「そういうあんたは、もしかすると集落の入口で出会った最初のドワーフじゃないか……?」
ドワーフは毛むくじゃらなのでいまいち外見の区別がつきにくい。以前に会ったときから十年近く経過していてはなおさらだ。それでも、このドワーフの雑な口調にはどこか覚えがある。
「おおぉっ!! 皆!! 聞け!! 再び、来たぞ! 俺達の救世主が! 解放者がっ!! この純人の兄さんこそ、かつて
どどぉっ!! と、ヨモサ帰還を喜んだとき以上の歓声が上がる。ドワーフ達が手に持った金物を打ち鳴らし、地面を幾度も踏みつけて、地底の集落が震えるほどに盛大な歓迎が始まった。
ドワーフ達の大騒ぎが一段落してから、俺達はヨモサと一緒にドワーフの洞窟住居へと招かれていた。ちなみに風来の才媛はドワーフの集落をあちこち見てくる、といって風のように集落の奥へと消えていった。ゴルディアも付いていったので特に心配するようなことはないだろう。あいつは自由にさせておいた方が手間もかからなくていい。
案内されたドワーフの住居は、以前とは少し違う雰囲気に感じた。紫色の不気味な炎を宿す魔導ランプで明かりを確保しており、それが集落の印象を陰鬱なものに変えているのだろう。
「ねえちょっと。この魔導ランプ、魔獣の魔核結晶か何かを使っているのかしら? ただならぬ波動を感じるんだけど」
俺も少しばかり気になっていた疑問をミラが遠慮なくドワーフに尋ねた。この紫色の炎、明かりとするには色合いが暗いのだ。わざわざこんな色の明かりを使う意味があるのだろうか。
「そいつはこの近辺で採掘される
「へぇ? 魔獣が忌避する光、というのは興味深いね。一欠けらでいいから試料としてもらえないかな?」
「貴重品だが、一欠けらくらいなら問題ないぞぉ。ほれ、こいつだ」
研究心を刺激されたムンディ教授がドワーフの手から黒紫結晶を受け取る。興味があったので俺もムンディ教授が受け取った黒紫結晶を一緒に観察してみた。
「結晶の専門家としてはどう思う? クレストフ君。魔導ランプのような単純な機構で、魔獣を遠ざける魔力を発するというのは尋常なことではないよ?」
「魔窟の中でしか生じない、特別な結晶かもしれませんね。しかし、この結晶……似ているな」
俺が編み出した禁呪『
「元々は広場にある『解放者の像』にな、偶然混じりこんでいたんだわ。この地底洞窟が魔窟化したとき、奇妙な紫色の光を放射するようになってよ。集落が魔獣に襲われた時も、像の近くには魔獣が寄って来なかったんだ。あの発見がなけりゃ、集落は消滅していたな」
今こうして魔窟の底で穏やかな生活が営まれている紙一重のところで、ドワーフの集落は生き残りを賭けた戦いをしていた。ともすればドワーフの集落は滅びていて、ヨモサの帰る場所すらなかったかもしれないのだ。
「解放者さまさまってわけよ」
「なあ、やめないかそれ? 何であんな像まで建てたんだ?」
「いやぁ~……こんな地底の集落だろ? 娯楽がなくてよ。兄さん方の来訪は衝撃的だったもんで、記録に残しておこうってなってよ。石像もその記録の一つなんだわ」
「やめてくれ……」
感慨深げに話すドワーフに俺は本気で懇願していた。
「いやー、しかし本当に驚かされたもんだ。あのときの魔人……じゃなかった。兄さんが、またこうして現れるとはなぁ」
「実のところ俺も相当に驚いてはいるんだが。まさかヨモサが、あのとき出会ったドワーフの娘だったとは……」
「いや、違うぞ。ヨモサは近所の子供だわな」
違うのかよ!! ヨモサの頭をぽんぽんと撫でているドワーフに思わず心の中で突っ込みを入れていた。だが、その思いが俺の口から出るより前にドワーフが言った。
「だがなぁ。集落の子供は、皆の子供みたいなもんでさぁ。俺らドワーフは集落一つでまとめて家族みたいなもんだからよ」
その一言に、とても言葉では言い表せない親しみが感じられた。
「……そういえば、俺が以前に訪れたときもヨモサはあんたの家に居たんだよな」
「あー……そうだったか。そうかもな。ヨモサが生まれたのは、この穴住居の隣だったから、よく遊びに来ていたんだわ。前の時も部屋にいたかもしれん。うちの子供と思われても仕方ない」
「やっぱり居たのか。あの時は集落のあちこちからドワーフが集まってきていたから、誰も彼も毛むくじゃらでさすがに見分けもつかなかったが……」
「そういやヨモサ。おめえ、なんで髭剃って地上のもんみたいな格好しているんだ? あれか? 都会に出て影響されちまったか?」
「ひ、髭とか言わないでください!! 地上だと毛だらけの方が非常識で、私も恥ずかしい思いを何度もしたんです!」
「だっはっはぁ! まあ、悪くねぇぞ。そこまで垢抜けた格好だと、集落の男どもが放っておかないかもなぁ!」
そこまで話を聞いてから、ふと疑問が生じた。
ヨモサの両親はどうしたのだろうか? あれだけ騒がしく帰ってきたのだから、真っ先にヨモサの元へ来ていてもおかしくないのだが。落ち着いてから姿を現すのかとも思ったが、その気配もない。
「あらぁん? そうするとヨモサちゃんの御両親はどうしているのぉ?」
メルヴィが聞きにくいことをさらりと聞き出す。メルヴィの問いにヨモサはちょっと困ったような反応をして、ドワーフも歯切れ悪く答えた。
「ヨモサの両親はだいぶ昔に落盤事故で死んじまってな。それ以来、集落の皆で面倒見てきたわけだ」
どこかで似たような話を聞いたことがあるな、と思って隣を見れば、そこにはすっかり共感してヨモサに慈しむ目を向けるレリィがいた。まあ、こいつがこうなってしまうのも無理はない。レリィの両親も早くに亡くなっている。それも特殊な事故で突然、行方不明となったのだ。
「ん……しかし、ヨモサ。お前、少し前に父親への土産にいい素材が手に入った、とか何とか言ってなかったか? あれはいったいどういう意味で……」
聞いてしまってから余計なことだったか、と俺は後悔した。
だが、問われたヨモサはもじもじと恥ずかしがるような態度を取っている。これはつまりどんな反応なんだ?
「ええと……。お父さん、っていうのは言葉の綾で。私にとってはそれくらい親しい間柄だったから、クレスさん達の前ではそういうふうに言っていただけで……」
ヨモサはごそごそと自分の荷物を漁りだすと、幾つか魔核結晶を取り出してドワーフの前に広げて見せる。
「どうかな? これ、魔窟を通ってきたときに手に入れた魔石なんだけど。集落で役に立ててよ」
「お? おお! いいのか? こんな立派な魔石。集落の守りのための武器や道具に使えそうだな……」
「ク、クレスさん! すみません。ここで、召喚術を使ってもらっていいですか? 保管庫に置いてある荷物を取り寄せたいんですけど」
――ああ。なるほど、そうだったのか。ヨモサにとっての父とは、血の繋がりは問題でなく、このドワーフも言っていたように集落一つで家族のようなものだと。
それならば、娘としての久しぶりの帰郷だ。ここまでの冒険譚と合わせてたっぷりの土産を、家族に自慢させてやろうじゃないか。
「いいぞ。でも量が結構あるからな。倉庫みたいなところがあれば、そこで出すのがいい」
「おいおい、なんだぁ? 一体何が始まるんだよ?」
「ふふふっ。きっとびっくりするよ」
普段のかしこまった雰囲気とは違う砕けた態度のヨモサが新鮮だった。やはりここは、彼女の故郷なのだ。
(……ここが、ヨモサにとっての旅の終着点……)
感慨深い想いを隠しながら、俺はヨモサの取り分としていた様々な魔窟産の素材を召喚術で取り寄せてやった。
鋼蜘蛛の糸や赤毛狼の毛皮など、いずれも地底では手に入らない素材ばかりで、ヨモサの父代わりであるドワーフは新しい素材が召喚されるたびに目を輝かせていた。
これで行方不明となって心配させた分の親孝行はヨモサも果たせただろう。荷物の分配も完了した。
運搬人ヨモサとの別れの時が近づいていた。
明くる朝。一晩をドワーフの集落で過ごした俺達は、早くも魔窟攻略の準備をして出発しようとしていた。
誰も何も、ヨモサのことに言及はしなかった。それでも妙な緊張感が伝わってくるあたり、皆気が付いているのだろう。当然、ヨモサも。
「それじゃあな。俺達は先へ進む。この集落も魔獣共に囲まれて大変だろうが、どうにか生き残れよ」
「おうよ。ヨモサと兄さん達のおかげで色んな素材も手に入った。これで魔獣に対抗する装備も充実するぜ。俺達はここで生きていく。兄さん達も死ぬんじゃねぇぞ」
「もちろんだ。帰りはもう一人、仲間を増やして立ち寄らせてもらうとも」
「……あのときの嬢ちゃんか。見つけ出してやれよ。俺達も再会を楽しみにしているからな」
最初はろくでもない出会い方をしたドワーフとも、十年越しに再会してみれば、いつの間にか深い友誼を結んだ仲となっていた。別れを惜しみつつも引き留めはしない。俺達も長居はしなかった。
「ヨモサ。元気でな。俺達は行く」
「……あ、あの、クレスさん……」
何かを迷うように、しかし形にできない言葉を呑み込むような、そんな複雑な表情でいるヨモサに俺は背を向けた。これ以上の長居をするとヨモサの心に迷いを生んでしまう。他の連中も一言ずつ別れの挨拶をヨモサと交わし、次々に背を向けていく。
最後にメグが別れの挨拶を済ませた後、俺が一歩を踏み出したところでヨモサが大きな声を上げた。
「クレスさん! やっぱり、私も一緒に――」
「ダメだ。ヨモサ、お前とはここでお別れだ」
「どうしてですか!? ……足手まとい、だからですか? それでも、ここまで一緒に来たのに、最後までお供できないのは辛いです……。せめてビーチェさんを連れ帰って、それからまたこの集落に戻って……お別れはその後でもいいじゃないですか!! ……覚悟はできています。いざとなったら見捨ててもらっても構いません! だから、私を……私を置いていかないでっ!!」
重く、苦しい訴えだ。
ヨモサは地上に取り残されたときの孤独感を思い出しているのかもしれない。けれど今は、ヨモサはもう一人ではない。故郷には身を案じてくれていた家族もいるのだ。決して置いていかれるのではない。彼女は帰るべき場所に帰ってきた。目的地に辿り着いたのである。
かつて同じような訴えを受けて、一度は拒絶し、その後で受け入れたことがある。果たしてどちらが正しい選択だったのか、今となっては明白である。
連れて行くべきではなかった。
本当に大事な物は、なくなりやすい手元に置くより、大切に安全な場所で保管しておくべきだった。例え一時の触れ合いを失ったとしても、それがその時限りの黄金のような時間だったとしても、永久に失ってしまうよりはよかった。
(――いや、まだだ。俺はまだ失ったわけじゃない。そして、これ以上は――)
俺は振り返って、ヨモサに向き直った。
「昔、今のお前と同じように、
「ビーチェさん……そんな経緯が……?」
かつて意に反して連れて行った結果、生き別れになってしまった少女。今回の旅が、その少女を取り戻す旅なのだ。そして二度と親しい者を異界に迷わせはしないと俺は心に決めていた。
「わかるな……? これはビーチェを取り戻すための旅だ。義理や意地で続けるような旅じゃない。ましてやヨモサ、お前の目的地はここのはずだ。無理をして、これ以上の危険に飛び込むことはないんだ。……正直に言おう。俺は今回の旅では、仲間を一人も犠牲にしないと決めている。そうでなければ、俺はまた新たな後悔を抱えることになる。だから、最善を考えるならやはりヨモサとはここまでになる。聞き分けて欲しい。今度こそ、俺が本当の
背の低いヨモサが、目を細めて俺を見上げている。つぅっと目の端から涙が流れ落ち、諦めの表情を浮かべて笑った。
「クレスさん。私から最後のお願いです。少し、目線を合わせて頂けますか」
ヨモサのお願いに従って、俺は片膝を着いて屈んだ。そうして真っ直ぐにヨモサと目線を合わせてみれば、涙に濡れた瞳が紫色の光を反射して煌めいている。
「本当に、ここまでありがとうございました。続くあなたの道行きに、幸運がありますように……」
軽く、小鳥が
「行ってください。私はここで帰りを待ちます。きっと、立ち寄ってくださいよ? 約束です」
「わかった。ビーチェを取り戻して、必ずここへ戻ると約束する」
最後は握手をしてヨモサと別れた。
再会を約束して。
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