第336話 石像魔獣の回廊
ぐるりと
一瞬で迫りくる水の奔流に対し、誰よりも前に立つゴルディアが金色の闘気をまとった大剣で水流を切り裂く。
「効かぬ。そして、退かぬ!!」
なおも射出され続ける高圧水流を大剣が断ち割り、剣を振るった軌跡が闘気の刃となって飛翔した。そのままアスラゴーレムの顔面を切り裂くかと思われた闘気の刃は、しかし正面に掲げられた盾にあっさりと防がれる。盾は割れ砕けて飛び散ったように見えたが、どうも表面の被覆が剥げただけのようであった。薄い金属の薄片が辺りに落ちている。
あれは魔導兵装だ。そうでなければ一流騎士の放った闘気の刃を受けて無傷ということはありえまい。表層の剥げた盾が、見る間に元の色合いと厚みを取り戻していく。本体となる盾の表面を使い捨ての金属被覆で覆う魔導回路が刻まれた盾か。少しずつ削って防御力を削ぐといった手が通用しない、自動修復とは厄介な機能である。
(……待てよ。あの防御機構、作った覚えがある。確か、
元々の機能は長期間の運用に耐えるよう表面装甲の劣化による剥離を、自動的に時間をかけて修復するといった程度のものだった。あそこまで高速で表層を元通りにするには、
(……ああ! くそっ! 魔窟の影響か。相当に強力な幻想種が憑依したか。
俺が一人で納得している間にも戦況は動く。アスラゴーレムは高圧水流が通用しないとなると、今度は気味の悪い笑い顔に切り替えて岩石弾を撃ってきた。術士の使う
ゴルディアはこの岩石弾を大剣で斬り飛ばし闘気の刃を放って空中で迎撃しつつ、隙を見てアスラゴーレムにも闘気の刃を浴びせかけるが、そのことごとくをアスラゴーレムは盾で正確に弾き返していた。一度、盾の表層を剥がしても、次の闘気の刃が当たる前には表面の金属被覆が回復している。盾の破壊は簡単にはいかなそうだ。
「良い盾だ! なれば、我が剣を直に受け止めてみるか!?」
ゴルディアが金色の闘気を燃え上がらせて、大きく踏み込んでいく。対するアスラゴーレムはまるで岩の塊のように巨大な斧を振りかざし、ゴルディアの振るう輝く刃と打ち合った。
瞬間、大斧から茶褐色の光が迸り、金色の闘気と激突して小爆発を起こした。僅かにゴルディアの攻撃が勝ったか大斧の破片が飛散して煌めく。茶褐色の結晶がばらばらと周囲に撒き散らされて俺の足元まで転がってくる。この結晶は――『
「あれもこれも俺の武器ってわけか――」
よく見れば盾と斧だけではない。他の武器も俺が扱うような結晶武器に似たものだった。アスラゴーレムの持つ全ての装備が一級品の魔導兵装なのである。それも魔獣の強大な魔力に支えられることで、並みの術士が扱ったときとは比較にならないほど強力な武器と化している。真似をされた上に、威力で勝る結果を見せられて気分が悪くなる。
なんとなく嫌な責任感を覚えながら、俺はゴルディアの援護で術式を放つ。近接戦闘は避けて、中距離からアスラゴーレムに対して効果のある攻撃を選んだ。
(――足枷となれ――)
『硬質群晶!!』
(――
『銀鎖の長縄!』
魔導因子を予め内蔵した魔蔵銀の鋳造棒、その表面に刻まれた呪縛の魔導回路が遅延なく発動する。宙に放り投げられたそれが核となり、瞬時に十数本もの銀の縄を形成してアスラゴーレムの手足に絡みついた。
「ゴルディア!! 重い一撃をくれてやれ!!」
「任された!!」
この絶好の機会を一流騎士であるゴルディアが逃すはずもない。勝負どころを理解しているゴルディアはすぐさま闘気の出力を最大に上げてくる。高々と掲げた大剣に黄金の闘気が
「滅びよ! 阿修羅の魔獣!!」
ゴルディアの大剣が振り下ろされる直前、アスラゴーレムが銀鎖の束縛を一部引き千切り、槍を前方へ突き出し、棍棒を自らの足元に叩きつけた。槍の先端には緑柱石の宝玉が嵌め込まれ、周囲に強い気流を作り出している。
ほんの少しの抵抗、突き出された槍がゴルディアの太刀筋をずらして、頭部を断ち割るはずだった一撃は斧を持つ腕一本の切断に止まった。同時に叩きつけた棍棒が足元の黄玉群晶を打ち砕いていた。水晶よりも固く堅牢な結晶群だが、圧倒的な質量と速度で衝撃を与えて破砕したのだ。棍棒もまた単なる石木ではない。鉛のような鈍い金属光沢の棍棒には、所々に混じりけのない透明な宝石が埋め込まれている。妙にぎらついた煌めきを持つ宝石だ。あれはまさか、一粒一粒が
密度の高い金属棍棒に金剛石を埋め込むことで、重量で殴りつけながら、点接触で硬質のものさえ破壊する。衝突の瞬間、埋め込まれた金剛石が赤く閃いていた。魔導的な力が発生していたのだろう。金剛石が真っ赤に燃え尽きるのと引き換えに、俺が作り出した黄玉群晶の足枷は粉々に打ち砕かれたのだ。
不利を悟ったのか、アスラゴーレムは悲痛な泣き顔を正面に向けると口から濃い霧を吐き出し、大きな体を隠しながら後退を始めていた。あの泣き顔は水に関わる呪術を使いこなす特徴があるのかもしれない。
「逃がさないわよぉ~!」
後方にいたメルヴィが杖を前方に突き出し、凄まじい魔導因子の波動を撒き散らしながら何か大きな術式を放とうとしている。
(――世界座標『大寒地獄』より召喚――)
『貫き
光の粒が周囲を舞い飛び、氷柱が地面から突き上がるように出現した。さらに氷柱の先端が幾重にも枝分かれして、無数の鋭く尖った氷柱が霧中のアスラゴーレムへ襲い掛かる。
一振り、アスラゴーレムが体格に見合わぬ短めの剣を動かした。
ただそれだけで視界を覆うほどの砂煙が発生し、伸びかかろうとしていた氷柱を石化させ押し止めてしまった。
「うそぉ~!? えぇーっ、ずるい、ずるいわぁ!」
自信満々で放った術式が不発に終わって不満を漏らすメルヴィ。しかし、今のは仕方がなかった。むしろ、深追いして反撃を食らった者がいないだけましと思うほかない。
(――今のは『石変の剣』による石化呪術――)
実態は細かな砂の粒であらゆるものを覆い尽くし固めるに過ぎない呪術なのだが、魔力の豊富なアスラゴーレムが術式行使すれば、石化を引き起こすのとほぼ変わらない威力となる攻勢術式だ。呪術の規模から連発できるとは思えないが、ここぞというときに使われれば厄介な術式に違いない。
砂嵐に紛れて姿を消したアスラゴーレム。ゴルディアは深追いせず、ただ油断なく戦闘の構えを取ったままでいた。敵がどこまで逃げていったのか、俺は敵の位置を捕捉しているであろう風来の才媛に視線を送る。彼女もまた心得ていると言わんばかりに大きく頷いて応えた。
「抜かりなく、アスラゴーレムに
そこまで言って風来の言葉が途切れる。眉をしかめて何か考え込んでいる。
「どうした? 何かあったのか?」
「おかしいね……。動きが止まった。うん、それだけなら別におかしくはないんだが、奴の存在が完全に消えている。
「あのデカブツがお前の探知から逃れたっていうのか? ありえないだろう」
風来の才媛の探知能力をよく知っている俺からすれば、一度、捕捉した敵を取り逃がすとは思えなかった。とはいえ、警戒が必要となれば俺も周囲を探った方がいいか。
そう思って後ろ振りむいたとき、いつの間にか砂煙が漂って視界の悪くなっていた後方にゆらりと大きな影が出現するのを見た。俺が注意の声を上げる間もなく、砂煙の中から鋭い鎌の先端が飛び出して後方にいたレリィ達を襲う。
がぁん!! と空気が震える音を立てて、鎌の柄に体を寄せたレリィが真鉄杖で間一髪アスラゴーレムの攻撃の手を止めていた。鎌の先端はヨモサの鼻先まで迫っており、レリィが止めていなければそのまま首下に引っ掛けて切り飛ばされていただろう。
「は……はひっ」
思わず尻もちをつくヨモサ。慌てて這いずりながら鎌の刃から逃れてくる。その間もレリィが鎌を押さえているが、アスラゴーレムの持つ槍の切っ先が今にもレリィに向けられようとしていた。
(――押し潰せ――)
『立方晶弾!!』
黄鉄鉱の魔蔵結晶で瞬時に巨大な金属立方体を出現させ、召喚ついでに運動エネルギーを乗せてアスラゴーレムに向けて撃ち出す。純粋な質量攻撃によってアスラゴーレムのレリィに対する追撃を許さず、その巨体を力押しで後方に追いやった。
「助かったよ、クレス!」
「お前こそ、よく反応した!」
鎌を弾き上げて、床を滑るようにレリィがこちらへと逃げてくる。
「どういうこと? あのゴーレムさっきまで前の方にいたよね? なんでいきなり、あたしの後ろに現れたの?」
レリィの疑問はもっともなことだった。彼女が背後から不意打ちを受けたのは、前方にいたアスラゴーレムが姿を消した直後のことだった。回り込む時間的な余裕などなかったはずだ。それでも、アスラゴーレムは一瞬で背後に回り込み、レリィ達に攻撃を仕掛けてきた。
「どうなってる、風来!? 奴はどんな経路で動いてきた!?」
俺は答えを風来の才媛へ求める。風来は困惑したような表情をしているが、冷静に全員に指示を出していた。
「ゴルディア、後ろは心配しなくていい。引き続き前方を警戒してくれ。ミラも前方の警戒を。メルヴィは少し下がって中央に来て。ヨモサとムンディもこっちへ。メグは三人の護衛を頼んだよ。……クレストフ! レリィ! すまない、どうも想定外の事態が起きたようだ。君たちは後方の警戒に当たってくれ。背後からの攻撃に要注意だ」
これまでは、もし背後から何か迫ってきたときにはレリィが対処するという最後尾の警戒程度だったが、風来は俺とレリィで後方の警戒に当たってくれ、と言い切った。つまり、前も後ろも同程度に警戒する必要があると風来が判断したのだ。索敵に絶対の信頼がある風来の才媛がそう判断する意味は重い。
「まさか、察知できなかった? お前でも」
「悔しいがその通りだよ。気が付いたのはまさに、出現した瞬間だった」
「出現した瞬間……まさか、瞬間移動でもしたっていうのか」
「前方にいたはずのアスラゴーレムが姿を隠した後、大した距離を移動する前に索敵から外れた。まるで急にそこからいなくなったように。その後のこれだ。確かに瞬間移動でもしたのかと思ってしまうが……」
「ありえないだろ」
「ありえないとも」
アスラゴーレムが瞬間移動することはありえない。少なくとも召喚術や送還術を使った方法では無理だ。なにしろあれだけの数、複雑高度な魔導具を抱え込んでいるのだ。召喚に干渉してしまって、魔導具類を空間転移させることはできない。それこそ、固定式の送還の門でも用意されていない限りは。
「先の様子を見てみるか。そこに送還の門でもあれば種は割れるが、そうでなかった場合……」
「未知の移動方法で敵が襲ってくる、と考えるほかないね」
ゴルディアを先頭にして俺達は慎重に迷宮を進んだ。最初にアスラゴーレムが姿を隠した方向だ。もし、奴が瞬間的に迷宮内を移動する手段を持っているとしたら、今また俺達の目の前、あるいは俺達の背後に現れたとしてもおかしくない。後方の警戒は俺とレリィで厳にする。
「風来、先の様子はどうだ?」
「ごらんよ、何の変哲もない」
先へ進んでみてみれば、そこにあったのはただ綺麗な白亜の回廊のみ。送還の門があるわけでもない、ひたすら迷宮の壁が続いているだけだった。
「厄介なことになったな……」
「ああ……これはどうも後手に回るしかなさそうだ」
俺達は未知の移動手段を持つ強敵と戦うことになるようだった。
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