第330話 鉱泉のひととき3

 男達が湯に浸かって静かに話し込む隣では、女達が騒がしく温泉を満喫していた。そんな男湯と女湯を隔てる壁にぴったりと体を寄せて、怪しく息を荒げる娘が一人。

「はぁはぁ……クレスお兄さん達、何を話しているのかしらぁ? やっぱり気になるわ~。ちょっと向こうへ偵察しに行ってくる……」

「よしなさい……」

 紫色の長髪をしっとりと濡らしたメルヴィを、深緑色の髪を全身に貼りつけたレリィが肩を捕まえて止める。メルヴィの方はまだ常識的な髪の長さだが、レリィの髪は水に濡れてなお豊かに茂り、まるで緑色の蔓を服の代わりに着ているかのようだ。体の線に沿って流れる深緑の髪に、振り返ったメルヴィは「あらぁ……?」といやらしい笑みを浮かべる。

「んん~! レリィお姉さん引き留めてくれるの!? それならメルヴィも、レリィお姉さんと一緒がいいわ!」

「え? うわわっ! ちょっと、抱きつかないで!」

 男湯への興味を放り出し、一転してレリィに抱きついてくるメルヴィ。そういえばこの娘はどっちもいけるのだった、と思い出してレリィは後悔するが時すでに遅し。しっかりと絡みつかれて逃げられなくなっていた。


 笑いながら二人の様子を見ている風来の才媛。

「はははっ。二人とも仲がいいね。私も仲間に入れてくれないかな?」

「ダメです!」

「そうよぉ! レリィお姉さんは私のものなんだから~」

「それも違うから!」

 すりすりとレリィの腰の辺りへ執拗に肌を擦り付けるなど、メルヴィの行為が徐々に大胆になっていく。


「ほどほどにしておきなさいよ。私達は体を休めるため、ここにいるのだから」

「はいはーい。私達はぁ、体を温め合うためにここにいるのよねぇ~」

 ミラがすまし顔でメルヴィをたしなめたが、注意された当の本人はどこ吹く風だ。

 ミラにしても魔導人形の体で温泉に浸かることに意味があるのか疑問だが、この人形の中には最小化されたミラの『本体』も入っているらしいので、人形の表面に付いた汚れを落とす以外にも内臓を温めるような効果はあるのかもしれない。

「ふんふん……。それにしてもミラの体はとても人形とは思えないな? 少し触ってみてもいいかい? 魔導技術的な好奇心なんだが……」

「好きにしなさいな。私は一々、取り合わないわよ」

「ほほう。そういうことならば……」

 魔導人形の体ながら人間の皮膚と見た目が変わらないことに、風来の才媛が感心しながらミラの身体を過剰にまさぐる。好き勝手されているミラの方はと言えば、触覚を遮断しているためか、まるで気にした様子もなく湯船で横になりながら、風来の成すがままになっている。


「皆さん、不潔です……」

 周囲でおっぱじまった絡み合いを見て、ヨモサは顔を真っ赤にしていた。その隣ではいい具合に血色のよくなったメグが気分よさげに鼻歌を歌っている。

「仲が良いですねぇ~。友愛を育むのはいいことですよー」

 温泉にご満悦な様子のメグだった。


「それでそれで? レリィお姉さんとクレスお兄さんはぁ……どこまで進んだのぉ? もう、口づけくらいは済ませているわよねぇ? 一緒の部屋で寝泊まりすることも普通みたいだしぃ……ひょっとしてもう――」

「し……してないし! そんなことしてないから!」

「……口づけも?」

「してないよ……」

「えー……。嘘ぉ~……。もう、なにしてるの?」

「だから、何もしてないってば!」

 執拗にクレストフとの関係を問い質してくるメルヴィに、レリィは真っ赤になりながら妙な勘繰りを否定する。顔が赤くなっているのは温泉でのぼせたからというわけでもあるまい。少なからず意識はしているのだ。男女の関係というものを。


「そっかぁ~。でもまあそれなら、レリィお姉さんはもういいんだよね? だったら、メルヴィがクレスお兄さんを貰っちゃおうかな? 性的に」

「だっ……ダメ!」

「え? あらあら~ん? 何がダメなのぉ? レリィお姉さん、どうしてぇ~?」

「あ、う……いや、別にどうっていうわけじゃなくて……。メルヴィはまだ小さいんだし、クレスの毒牙にかけるわけには……」

「ふふーん? クレスお兄さんの毒牙ってどんなのかしら。レリィお姉さんはやっぱり知っているのかな~? ねー教えてー?」

「ううぅ……知りません……」

 結局、何も言えなくなってしまったレリィを見て、メルヴィは呆れたように大きく息を吐いた。

「ねえ、レリィお姉さん……。さすがにどうかと思うわ。結局、レリィお姉さんはクレスお兄さんとどういう関係になりたいの? まさか今のままでずっと現状維持のつもりぃ? お姉さんだってもういい年頃なんだから、いつまでも子供ではいられないでしょう?」

「は……はい……」

 何故か逆にメルヴィによる説教をレリィが受けることになってしまった。


「メルヴィだってね、別に清い独身が悪いってわけじゃないと思うの! あるいは気楽な独り身で遊び回りたいって気持ちもわかるわ。でもね、二人は違うでしょ? 少なからず好ましい関係だってわかるものぉ。クレスお兄さんにしろ、レリィお姉さんにしろ、これだけ近くにいる男女が一緒にならないのは、周りにとってもいい迷惑よ? もしかしたら可能性があるかも~なんて、私みたいにお兄さんに突撃しちゃう女の子がいてもおかしくない。レリィお姉さんも態度をはっきりさせないと、言い寄る男の人が出て来ても不思議じゃないんだから。それなのに当人達は進展がないように見えて鉄壁の関係……。もー! 面倒くさいから、早く結婚しちゃいなさい! 振り回される周囲のことも考えてぇ!」

「けっ、結婚て、そんな……。わ、私はクレスと騎士の専属契約があるだけで……。それだけの関係で……」

「そんなの今の対等な二人の関係だったら、騎士協会に訴え出れば解消できるのよぉ? そういうのなしだとして、レリィお姉さんはどうしたいの? 騎士として独り立ちしたかったとか? 今のお兄さんなら、旅が終わった後に申し出ればきっと認めてくれるわよぉ? で? レリィお姉さんは、クレスお兄さんと別れたいの? そうじゃないの?」

「ううぅ~っ! そんなに追い詰めないでよ! あたしだって別にクレスと一緒が嫌だってわけじゃなくて。ただ、それ以上の関係が考えられなかっただけで……」

「――つまり君は、今の関係で満足だということかな?」


 レリィとメルヴィの会話に、冷や水を浴びせるような声が割って入った。風来の才媛はレリィのことをちゃかすわけではなく、ただ真剣にレリィとクレストフの関係を見極めようという感じで問い質していた。

 ごまかすことを許さないような雰囲気。気が付けばメルヴィも先ほどの剣幕のまま、レリィの次の言葉を真剣に待っているし、ヨモサとメグもいつの間にかこちらを注視していた。ただ一人、ミラは風来の才媛から受けたマッサージで極楽浄土に旅立っていた。魔導人形の体が温泉の湯にぷかぷかと浮いている。風来によって言葉巧みに誘導されたのか、触覚を回復した状態でマッサージを受けたようだ。我関せずといった様子で、魔導人形の顔を緩み切った表情にして湯船を漂っている。

「私は……今のままの関係がずっと続くならそれで――」

 その後の言葉が続かない。今のままの関係が一番、心地よいのではないか? その考えに嘘偽りはない。だが本当にそうか、と尋ねられて断言できない自分がいるのもレリィは確かに感じていた。

「……ああ、わかるよ。わかるとも、君の気持ちは。私もかつてはそうだったからね」

 言葉に詰まるレリィの代わりに風来がその後を引き継いだ。

「私もね、ゴルディアと結婚するまでは、特定の伴侶を決めず自由気ままに過ごす毎日をいつまでも続けるのだと思っていたよ。正直、彼に結婚を切り出されたときは戸惑った。この心地よい関係性も終わりか、と」


 どこか自嘲気味に、しかし照れくさそうな笑いを浮かべながら風来の才媛は話し始めた。

「即座に断ろうと思ったが、あの堅物は今の関係性のままでもいいと、何も特別なことはなく、ただ、自分達が夫婦の関係であることだけを認めて欲しいと言ってくれた。引く手あまたの一流騎士がこの卑屈過ぎる申し出はどうしたことかと、最初はその意図がよくわからなかったけれども……。ゴルディアは初めからわかっていたのだろうね。普通に結婚を申し込めば、私が断ることは。ふふっ……見事に行動を読まれていたというわけだ。しかし、それも悪い気はしない」

 ちゃぷん、と温泉の湯を両手ですくうと、風来は自身の顔に湯をかけて頬を叩く。これも照れ隠しなのだろうか。惚気ではなく、恥を耐えての告白なのかもしれない。レリィに伝えるべきことを伝えるための。

「私も少なからずね、ゴルディアに対して好意は持っていたんだ。だから、今までと同じと言われれば結婚を断る理由もなかった。ただ、結婚したという事実だけがあって、付き合い方は今までと変わらない。それぞれ別々の場所に住んでいるし、顔を合わせるのは仕事で組むときぐらいだ」

「ふぇぇ~? それって別居生活してるですか? とても良好な夫婦関係とは思えないので――」

「静かにしていましょう、メグさん?」

 余計なことを口走るメグの口をヨモサがすかさず塞いでいる。そんな二人に風来は苦笑しながらも話を続けた。


「そんな関係をしばらく続けて……。何度か仕事で会うなか、それでも夫婦なのだ、と。それだけは変わらない関係なのだ、と。意識するようになったんだ。それは確かに、今までと変わらない付き合い方だった。けれどね、不意にあの堅物騎士が見せてくれる好意が、たまらなく愛おしく感じるようになった。夫婦という枠組みを設けたことで自然に受け入れることができたんだ。自由の為に、その好意を拒絶することもないのだと気がついたとき、本当の意味でゴルディアに対して自分が抱く好意を自覚できたんだ」

「……素敵ですね」

「もがもが……がぼぼっ!」

 うっとりとした表情で聞き入るヨモサによって口を塞がれたまま湯船に沈められかけているメグ。ヨモサはどうやら風来の才媛と騎士ゴルディアのロマンスに魅せられて、手元のメグのことを忘れているようだ。溺死寸前のメグを、この場においては一番冷静だったメルヴィがヨモサの手から救い出す。そうしてメルヴィは意識朦朧としているメグを抱きかかえて、その体へ手足を蛇のように絡ませている。どうやら間抜けな獲物が一匹、メルヴィの毒牙にかかっただけらしい。救いはなかった。


「まっ。騎士と術士にはそんな関係もある、ということさ。要するにレリィ、君がどうなりたいか、それをまず考えるべきだ。そして、その希望をどう実現するかは……クレストフの甲斐性次第だがね」

 にやりと笑いながらも、クレストフとの関係性に悩むレリィに風来の才媛は一つの可能性を示してくれた。

「でも、あたしが我がまま言ったらクレスも嫌になるんじゃないかな? そもそもクレスって人に指図を受けたり、縛られたりするのが嫌で、これまで騎士と組んでこなかったんでしょ?」

「まあ、そうなのだけど……。君たち二人の関係性では問題ないと思うよ。私の見立てではクレストフ自ら君を手放すことはしないはずだ。それは明確に打算的な話になるけれど、君の騎士としての価値を考えたら、クレストフが君を捨て去る選択肢はないからね。特に今となっては、かなりの我がままでも呑み込んでくれるはずさ。ひどく合理主義的な判断だが、クレストフは本質的にそういう人間なのだよ」

「……それはちょっと言い過ぎなんじゃ……」

「ああいや、誤解しないでくれ。別にクレストフが人として冷たいとかそういうことではなく、自らの激情さえ冷静に分析する彼の性格なのだ、と言いたくてね。多少の我がままを言われたところで、打算的に考えてクレストフは君を手放さない。その保証はあるということさ」

「それはつまり……好きとか嫌いとか関係なくってことですか?」

「さすがに嫌いだったら専属騎士にはしないだろうが……。ま、おおむねそういった意味合いだね。人情に欠けているように見えるかもしれない。でもね、クレストフと一緒にいようと思ったら、君はそれを理解して、受け入れなければいけない。そしてもう一つ、クレストフが最優先にするだろう存在を忘れてはいけない」


 指を一本立てて、風来はその名を口にする。

「ビーチェ。この旅路の目標となっている少女の存在は知っているね? 合理主義のクレストフが利益を捨てて感情を取った相手だ。私も一度だけ会ったきりだが……。どういうわけかクレストフの彼女への執着には並々ならぬものがある。まったく、嫉妬してしまうね。あの男にそこまで行動させるとは大したお姫様だよ。……ともあれ、クレストフがビーチェを無事に取り戻した時、彼はずっと凍り付かせていた人間性も同時に取り戻すことだろう。その時、クレストフの愛情はビーチェ一人に注がれるかもしれない」

 クレストフが命を懸けて救い出そうとしている少女。レリィにしても会ったことはないし、それほど詳しく知っているわけでもない。だが、あのクレストフがその少女の為だけに、この危険な冒険に打って出たことは理解している。その旅のお供となったレリィはあくまでも協力者の立場であり、クレストフに求められ救い出される対象ではない。

「君はそのとき、どうする?」

 問われる相手にとっては、ひどく残酷な問いかけだ。詰まるところ、心に決めた人がいるクレストフに愛してほしいと願っても振り向いてはくれないのだと、そういうことなのだろう。それでも一緒にいられるのか。その問いかけにレリィは自問自答しながら、ぼんやりとしながらも己の答えを掴みかけている気がしていた。自分の心を整理するように、言葉にしてクレストフへの自分の想いを形にする。


「あたしは……。クレスが幸せになってくれることが……一番嬉しい、と思う。だから、クレスとビーチェちゃんには必ず再会してほしい。その後で……クレスとビーチェちゃんがいる場所に、そこに自分も笑顔でいられたら……それがいいかなって思っている……」

「それは本心かい? 彼の心が別の誰かのものになってしまって、そんな状態でも一緒にいられればいいと?」

「クレスには色々と心を乱されることもあるけど、それはまあ、一時の気の迷いかなって。よく考えたけど、別にあたしはどうしてもクレスと男女の関係になりたいとか、そういうのじゃないよ。あたしはもう十分なほど彼に救われた。そんな今のあたしの望みはクレスがきちんと幸せになれること。クレスの気持ちが救われるまで……最後まで、あたしはその手助けをしたいと思ってる」

 最後は、迷いなく言いきれた。周りが色々と気を回して煽るものだから自分の本心がわからなくなっていたが、レリィ・フスカはクレストフ・フォン・ベルヌウェレの専属騎士である。それこそが、今のレリィが望む最高の関係に他ならない。


 レリィの迷いない返答に、風来の才媛は天を仰いで感嘆のため息を吐いた。

「まいった……。まいったよ、君の覚悟には。そして……クレストフの女たらしめ。いや、これはもう男女の問題ではないな。人たらしか。あんな粗雑な人付き合いしかできない男が、よくもこれほどの絆を手にしたものさ」

「レリィさん……格好いいです。これが騎士の忠義なんですね……。私、お二人の関係を誤解していたかもしれません」

 近くで話を聞いていたヨモサは感動で目を潤ませていた。そこまで言われるとさすがに気恥ずかしいが、言い切ったレリィ本人は清々しい気分であった。


「そう……つまりレリィお姉さんは……」

 それまで静かに話を聞いていたメルヴィが、ぐったりしたままのメグを胸元に抱きながらおもむろに口を開く。

「クレスお兄さんの、愛人になるわけねぇ!」

「なんでそうなるの!?」

 相変わらず突拍子もない発想に飛ぶメルヴィに全力で突っ込みを入れる。だが、メルヴィの妄想は止まらない。

「だぁってぇ、クレスお兄さんがビーチェちゃんに御執心なのは揺るがぬ事実でしょう? それでも一緒に居たいってことわぁ、専属騎士兼愛人、でしょ?」

「いやいやいや! 専属騎士は変わらないかもしれないけど、どうして愛人になるの!?」

「ふむ……まあ、よくある話ではあるな」

「よくあるわけ!?」

 メルヴィのぶっ飛んだ発想を風来の才媛は冷静に受け止めている。それは冗談という雰囲気ではなく、ありのままの事実を述べている様子だった。


「大抵は、男の騎士の場合だがな」

 風来は一言、断りを入れてから説明する。

「騎士と術士の男女比率を考えると、一人の男性騎士に対して、複数の女性術士が組んで仕事をすることは多いんだ。騎士は絶対数が少ないし、術士は女性が八割を占めているからね。戦力のバランスとしても必然と言える」

「は、はぁ……。まあ、そういう男女比率だって話はあたしもクレスから聞いたことあるけど」

 それで、魔導技術連盟では男性術士が肩身の狭い思いをすることもあるとかなんとか、クレストフが愚痴をこぼしていたことがある。

「……で、騎士というのは仕事で付き合いのあった女性術士と関係を持つことも多い。それも複数と。そうするとまあ、誰が正妻で、誰が愛人だとか一悶着はあるだろうが……結局のところ、騎士の甲斐性次第では愛人を何人も抱えることはそう珍しくないんだよ。クレストフの立場を男性騎士に置き換えれば、愛人の一人や二人抱えることは不思議でもないだろうね」

「つまりぃ、クレスお兄さんがビーチェちゃんを正妻に迎えても、レリィお姉さんは愛人として……。逆にレリィお姉さんを正妻に迎えたら、ビーチェちゃんを愛人に囲うことも考えられるわけねぇ。そこへ私も愛人二号として潜り込んじゃえば、皆で楽しくクレスお兄さんと一緒に居られるってことよぉ!」

 どさくさに紛れて自分の身を愛人枠に潜り込ませるメルヴィ。

「いやだから待って、何でメルヴィまで愛人になるの?」

「えぇ~!? お姉さん、私だけ除け者にするのぉ~? ひどいわぁ……。そんなこと言うなら、レリィお姉さんは私の愛人にしちゃうんだからぁ!」

「待って! 本当に待って! どうしてそうなるの! もうあたし、どうなるのか全然わからないよ!」

 もはや謎の人間関係がメルヴィの妄想の中ではできあがっていた。


「あはは……すまない。色々と脅かしはしたけれど、そう難しく考えることはないんだよ。君とクレストフの関係性では、まず君はクレストフの専属騎士としての契約を交わしているから、他の男性術士と組むことはないだろう。逆にクレストフとしては既に優秀な専属騎士が一人いるところに追加の騎士を雇うことができない。騎士の方にも誇りプライドがあるから、術士に使われる、それも専属騎士とは別の予備としてなど、絶対に認められない。君たちの関係性は互いに完結しているんだ。女性騎士など男性騎士よりさらに希少な存在だし、君の代わりもまずいないだろう。だから後は……」

「お姉さんがぁ、男女の関係を望むかどうか、ってことね!」

「それと、あの合理主義者が少ない愛情を複数の女性に割り振れる甲斐性を持っているかだね」

「うぅん、大丈夫よぉ。その点は、お兄さんもレリィお姉さんのこと、満更でもないと思うの!」

「そ、そうかな……。って、あたしさっき専属騎士としての関係で十分なんだって、言ったよね!? どうして無理やり愛人関係にしようとするの!?」

「不潔です……。結局、皆さん爛れた関係だったんですね……」

 先程まで憧れの視線をレリィに向けていたヨモサは、いつの間にかメルヴィの思想に影響されて軽蔑の眼差しを浮かべていた。ヨモサはヨモサで潔癖すぎる気もするが、今回はメルヴィの妄想と風来の後押しが悪い。

「しかしまあ、メルヴィはもう少し頑張らないと、相手にされそうもないがね」

「えぇっ!?  風来のお姉さんってば、ひどいわぁ~」

「もう、好きにして……」


 クレストフ周りの男女関係で話を盛り上げるメルヴィ達を横目に見ながら、温泉の湯船に浮かぶミラはぼそりと誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。

「あー……そもそもビーチェのことなら、杞憂だと思うのだけどね、私は……」

 残念ながら、年長者の経験豊かな意見をまともに聞く者はこの場にいなかった。

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