第329話 鉱泉のひととき2

「他人のことを聞いてばかりだが、あんたはどうなんだ? 『風来』とは」

 ゴルディアからの質問攻めが終わって、今度は俺の方も少し興味が湧いてきた。『風来』から惚気話を聞いたところでは、どうもこの騎士ゴルディアの方から熱烈に関係を求めたらしいのだ。あの変人、『風来の才媛』の専属騎士として自分から名乗りを上げるなど正直俺には想像もつかない。

「あいつが伴侶を持ったと聞いた時は何の冗談かと思ったさ。それが本当だと知って、世の中には随分と物好きな男がいるものだと、少しばかり興味はあった」

「うむ? 貴殿が私のことに興味を持つとは意外な話だが」

「少しばかりの興味だよ。俺も根掘り葉掘り、『風来』との関係を問い質されたんだ。そちらの話を聞かせてもらうのが公平じゃないか?」

「……そうか、公平か。貴殿にとっては面白くもない話だろうが、そういうことなら話しておこうか」

 厳つい顔をふと自嘲気味に緩めて、騎士ゴルディアは語った。一級術士『風来の才媛アウラ』と一流騎士『烈光の騎士ゴルディア』の馴れ初めと、生涯の伴侶となるその顛末を。


「初めは本当にただの仕事付き合いだった。アウラが貴殿の手を借りられなかったときなのだろう。私の所に協力の依頼が舞い込んできたのは。そのとき、アウラは二級術士だった。当時の私は中堅の騎士として認められ始めた頃で、騎士の中では若手であった。それゆえ、私と繋がりを持とうとする術士は多かった。特に、男女の関係として取り入ろうとしてくる者が多くて、いささか辟易としていた。そんなときに魔導技術連盟でも急伸中の若い女術士、アウラからの依頼だ。またその手の『依頼』かと思ったよ。私に近づくためだけに、わざと簡単な依頼を出して私との時間を作ろうとする依頼かとね」

 中堅の騎士、俗にいう二流騎士ともなれば世間では貴族と同格に見られるくらいの身分だ。依頼を装えばそんな人物とお近づきになれるとすれば、それだけを目的とした依頼も増えるというものだろう。当然、そうしたことを目的とした依頼を弾くため依頼には高額の対価が求められるし、騎士協会も依頼内容の選別をする。それでも財力と権力のゴリ押しで依頼を通そうとしてくる者は少なからずいる。二級術士からの依頼となれば、中堅騎士の立場からするとその手の依頼と疑うのも無理はなかった。

 二級術士ともなれば魔導技術連盟の中ではかなりの地位であるが、騎士の社会的地位には遠く及ばないからだ。


「だが、違ったのだ。騎士協会が依頼を通したわけは、内容を見てすぐにわかった。依頼内容は『三陸三海トラキアの洞窟』最深部の探索。古代神……いや、今は天災そのものとなり果てた超越種、西司る風精ゼフィロスが眠る魔窟だ。正気ではないと思ったよ」

「あの女が遊びでも簡単な依頼を出すわけがないからな……。というか、その魔窟の話なら確かに俺も協力を頼まれた記憶があるな。あのときはアカデメイアでの研究が忙しい時期だったから、ふざけたことを言うなと一蹴した覚えがある」

「ああ……誰でもそう思うだろう。だが、アウラは本気だった。私が依頼を受諾してから、探索の為の準備に二ヶ月を要した。彼女は徹底していた。『三陸三海トラキアの洞窟』の地形を完全に把握して、最深部に眠るとされる西司る風精ゼフィロスに関する情報を私も叩き込まれた。まかり間違って西司る風精ゼフィロスの眠りを妨げ、怒りを買おうものなら、周囲の村や町を巻き込む規模の暴風で吹き飛ばされる、と散々に脅されたものだ」

「そのふざけた依頼をあんたは断らなかったのか?」

「……久しぶりに手応えのある依頼だと思った。準備をしているときも気持ちが高ぶっていた。アウラと『三陸三海トラキアの洞窟』の探索をしているときも、ただ純粋に冒険を楽しむ彼女の姿が眩しく、私もかつて騎士を目指した日のことを思い出した。私の理想とする騎士は大切な誰かを守るというよりも、勇士と共に肩を並べ大業を成さんとする英雄のそれだ。そのことをはっきりと自覚させられたのだ。私が騎士として共にあるべきなのは、媚びへつらう軟弱な術士などではなく、目標に向かって突き進む探究者であったことに」


 昔を懐かしむゴルディアの表情。それは温泉の湯にあてられただけではない、異様な熱を帯びていた。

「私は騎士としての役割を正しく求められたし、彼女は私の力を信じて任せてくれる。楽しかったよ……。自分が全力で戦って守らねば、この気高い理想を持った人は死ぬのだとわかっていながらだ」

 ――なるほど。妙に納得がいった。この男もまた『風来』に負けず劣らず、いかれていやがる。

「それで、一緒になりたいと思ったわけか?」

「そうだとも。初めて共に仕事をしたときから、私の伴侶は彼女以外に考えられなかった。それから十年以上、彼女との付き合いは続いた。だが、仕事と割り切った付き合いで、彼女の態度は決して変わることなく私に好意を持つことはなかった。貴殿が旅立ち、アウラとの仕事の回数が増えても変わらなかった。そして、貴殿が『宝石の丘ジュエルズヒルズ』より帰還したことを私も知り、彼女との関係に決着をつけようと思ったのだ。おそらく彼女の心は貴殿に向いているのだろうと考えていた私は、それまでの関係が壊れても構わない覚悟で彼女に気持ちを告げた」

 俺が宝石の丘ジュエルズヒルズから帰還して、飲んだくれていた時期のことだろう。俺はついぞ知らぬことであったが、この男とあの女のロマンスは佳境を迎えていたわけだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 騎士ゴルディアはアウラに告げた。

『愛している。人生を共に歩む、伴侶になってほしい』

 アウラは朗らかに笑って、断った。自分は貞淑な騎士の妻にはなれないと。

 それでも構わないとゴルディアは言った。

『愛してくれとは言わない』

『今までと同じでいい。二人の関係は何も変わらない』

『されど一生続く契約を、交わしてほしい』

 不器用な騎士の、不様で精一杯の告白だった。宝石の丘ジュエルズヒルズから帰還したクレストフ・フォン・ベルヌウェレが莫大な財産を手にしたと同時に、世間の評判を悪化させて身を持ち崩していると知りながら、アウラとの付き合いも極端に減ったことをわかったうえでの浅ましく卑怯な告白だった。

 これで駄目ならば諦めもつこう。誇りを捨ててまで伝えた気持ちだ。それが届かなかったのなら――。

 アウラはしばらく困惑した後に、今度は小さく微笑んでこう答えた。

『ずるいな。そんな美味しい契約を提示されたら、私が断れるわけないじゃないか』

 騎士ゴルディアの想いは届いた。

 風のように掴みどころのなかった彼女の心へ、どうにか触れることができたのだった。


 結婚した後も、ゴルディアとアウラの関係は変わらなかった。

 同居するでもなく、休みに二人で旅行へ行くでもなく、特別なことは何もなかった。

 今までと変わらず、仕事の時にだけ落ち合って限られた時間を共有した。

 傍から見たら冷めた関係に見えたかもしれない。だが、騎士ゴルディアは満たされていた。

 何も変わっていないはずなのに、何故だかとても幸せだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「それで? 籍だけ入れて、いまだに仕事上の付き合いを続けているのか? 結婚前後で関係性を変えるでもなく……。あんたは本当にそれでよかったのか?」

「それで良かった。もしも、互いに一緒にいることを強要する関係になれば、彼女は私から離れていっただろう。それこそ、貴殿との関係を深める方向に走ったはず」

「おい、やめろ。俺はその気がないと先ほども言ったぞ。そもそも、基本的に自由が一番の『風来』が、わざわざ俺と関係を深めるなんてありえないだろう?」

「いいや、貴殿がそのような態度だからこそ、彼女は貴殿との関係性を好ましく思っていたのだ。貴殿ならばずっと同じ関係性を死ぬまで保ってくれると、そう考えていたふしがある。無論、貴殿が別の伴侶を見つけてしまえばその関係性も終わろう。ゆえにその時はきっと、裏で手を回して貴殿に近づく女を排除したはずだ」

「そんなことをするか? あの女が?」

 あの女が男女関係についてそんな陰湿だろうか、と俺は驚いた。しかし、俺と同じくらいに長い年月を『風来』と共に過ごしたゴルディアの言うことだ。的外れなことを言っているわけでもないのだろう。少なくとも、あの女の気持ちになど欠片も気が付かなかった俺よりは、まだ理解があるのかもしれない。

「するともさ。彼女は自由だ。自分の心に嘘はつくまい。己の成すことが善行であろうと悪行であろうと、彼女自身が信じる行動を取ったに違いない。それにこれは男女の関係の話ではないのだ。言うなれば、唯一のわかり合える親友を自分一人で独占するため囲い込むようなものだ」

 そこまでするのか。もし本当にそうだとしたら、俺は『風来』のことを全く理解できていなかったのかもしれない。俺はただ気まぐれな風に翻弄されるばかりで、そこに秘められた想いなど考えもしなかった。


「あるいは貴殿とアウラが、今の私達のような関係になっていたのかもしれない。私はそこへ強引に割り込んだに過ぎん。そのことは申し訳なく思っている」

「よせ。馬鹿馬鹿しい。結局はありえなかったことだ」

「うむ……。そうだな。そうかもしれん。アウラは私を選び、貴殿はまた別の誰かを選ぶ。それが結果か」

「…………」

 誰かを選ぶ。それは誰だ? レリィのことか?

 自分もレリィとそのような関係になるのだろうか。

 レリィは何を望むのか。俺自身はどうなりたいのか。

 ビーチェを無事に取り戻したあと、自分の身の回りがどう変わるだろうかと、答えの出ない思考に陥る。けれど、そんなことで悩める未来があるのなら、それはきっと幸せなことだろうと俺は思った。

 その後も奇妙な対話を続ける俺とゴルディアを、ムンディ教授は微笑ましく眺めながら聞き役に徹していた。

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