第326話 呪木人形

「絞殺菩提樹! こいつ自体が、単体で魔獣化していたのか!?」

 だが、それにしたって動きが良すぎる。水晶髑髏を砕く前と変わらない動きをしているし、湖の底や魔窟の天井から次々に蔓や根が這い出してくる。魔獣化しているとはいえ、本来、動き回ることに不向きな植物がこれだけ活発に動くには動力源となるものが必要なはずだ。それが水晶髑髏だと俺は考えていたのだが。

「精霊機関……。水晶髑髏を砕いたとき、精霊機関はあったか!?」

「はぁっ!? そんなもの見てないわよ!?」

 俺が大声でミラに問い質すと、最悪の答えが返ってきた。元々『餓骨兵』の動力源となっていた精霊機関。それは今も水晶髑髏の中にあるものとばかり思っていた。だが、違ったのだ。おそらく既に絞殺菩提樹に取り込まれ、どこかわからない場所に隠されていたのである。


「ちくしょうめっ! レリィ、しばらく俺を守れ。俺は精霊機関を探し出す!」

「それが見つかれば、この蔓とか根っこは止まるの!? そういうことなら、どうにか持ちこたえるから早くやって!!」

 既に事態が大きく変わってしまったこの状況では、俺とレリィがいつまでも防御だけに専念しているのは悪手だ。すぐにでも状況を打開する手を打たなければいけない。

 メグの隣に横たわるムンディの死体にはまだ変化がなかった。時間逆行の術式が発動して自動復活するはずなのだが、あれは確か発動までに時間がかかったはずだ。メグに対する術式は途中で失敗しているのか、こちらも一向に起き上がる気配がない。

「ちっ……。メルヴィ! ミラと代わってメグの体を頼む! ヨモサと一緒に自衛を最優先しろ!」

 一瞬、メグの回復を優先するべきかと考えたが、ムンディさえ復活すればメグの完全回復も問題ないはずだ。今はそれよりも魔獣化した絞殺菩提樹の排除が先と判断する。


(──見透かせ──)

『天の慧眼!!』

 左耳に付けている天眼石アイズアゲートの耳飾りに触れて、魔導因子の流れを読み取る術式を発動させた。高密度の魔導因子で構築された魔窟の壁は透かして見えないが、絞殺菩提樹の蔓や地底湖の水は透かして見えるはず。そう思ったのだが、絞殺菩提樹は魔獣化しているせいか完全に透かして見ることはできず、湖の水もぼんやりと淀んでいて、やはり透かして見ることができなかった。

 それでも薄ぼんやりと湖の底の方から高濃度の魔導因子が湧いている様子が辛うじて読み取れた。

「見つけた! 正確な場所はわからないが、湖の中だ!!」

「それでどうするの!」

「探して壊すなんて悠長なことはやってられん。あたりをつけて、丸ごとぶっ潰す!!」


 正攻法で乗り切れる事態ではない。魔窟にどんな影響が出るかわからないが、ここは強力な儀式呪法で押し切る。最悪、この階層が崩壊するかもしれないが、魔窟そのものが消滅することはないだろう。階層が魔窟によって自動修復されるまでの期間は待機になるが仕方ない。

「もうしばらく頼むぞ、レリィ……。これからデカいのを一発放つ。制御に細心の注意が必要だからな」

「何秒!?」

「十五秒もたせろ。すぐに始める!」

「了解! それぐらいなら余裕!!」

 言うが早いか俺は懐から大粒の水柱石アクアマリンを取り出して、地面に突き立てる。しゃがみ込む俺に向かって絞殺菩提樹の蔓と根が迫るが、軽快な足運びで俺の周囲を跳び回るレリィが、近づく絞殺菩提樹のことごとくを真鉄杖で叩き潰した。


(……『脈動星重力場パルサー・グラビティ』の術式は使えない。あれは危険すぎる。この術式で倒しきれればいいが――)

 水柱石アクアマリンの魔蔵結晶に両手の指先を触れさせ、威力の範囲を絞る意識制御を行う。

 これから使う術式は『脈動星重力場パルサー・グラビティ』ほどではないが、かなり威力が過剰な儀式呪法だ。普通は魔導回路一つ、術者一人で使うような規模の呪術ではないのだが、高品質の魔蔵結晶を用いれば『使えてしまう』ことから、手元に二つだけ用意しておいた使い捨ての切り札である。

 『天の慧眼』の術式は継続して使用中だ。狙いを定めるためにもこの術を解くことはできない。そのうえで複雑な儀式呪法を制御しなければならなかった。

 狙いは地底湖の広がる範囲に限定。距離感が怪しいため、あたりをつけた範囲をやや広めに巻き込む。特に深さだ。目で視える湖の想定深さより、ずっと深い場所まで一撃で抉る。


(──呑み尽くせ──)

宝石鯨ほうせきくじら!!』

 水柱石の魔蔵結晶が砕け割れ、水色の光の粒が多数、勢いよく溢れ出す。その光の中から、どぉおおっ、と中空へ飛び出してくる水柱石の塊。それは一匹の巨大な鯨を形作っていた。

 水色の結晶で作られた宝石鯨が巨大な口を開き、全ての水を丸ごと呑み込むように地底湖へと飛び込んでいく。

 地底湖付近に生えていた絞殺菩提樹は湖と共に宝石鯨の大口に呑み込まれて、その端切れは散々に引き千切られていく。

「きゃぁあああっ!? クレスお兄さんてば、馬鹿なの~!? こんな洞窟でそんな大質量の儀式呪法とか、ありえな~い!!」

「ここは魔窟だ!! そう簡単に崩壊するものかよ!」

 抗議の声を上げたメルヴィに怒鳴り返してやったが、正直なところ魔窟だから崩落しないなどという保証は一切ない。これぐらいならば崩壊することはないだろうと、俺が直感で判断した最大規模での術式発動である。


 鯨の尻尾が地底湖へと沈む頃には、湖の水位は底にやや深めの水溜まりを残す程度に枯れ果てた。宝石鯨は湖を呑み込み尽くすと、自重に耐え切れなくなってそのまま崩壊していく。呑み込まれた水は全て結晶化して、二度と湖の水として戻ることはなくなった。代わりに大量の水色をした結晶となって、地底湖跡地に降り注ぐ。

(……この一撃で湖の中にあったものはほぼすべて、結晶化して機能を封じられたはずだ……)

 宝石鯨はただ大量の物を呑み込むだけではない。呑み込んだものを結晶化して封じてしまうという特殊効果を有している。精霊機関もまたその力を完全に封じられたはずだ。宝石鯨に呑み込まれていれば。


「クレストフの坊や!! 湖の端に強い魔導因子の渦があるわよ!?」

「────!?」

 探査能力に長けたミラが異変を察知して、湖の端っこを指さした。そちらに目を向ければ確かに青く光り輝く、精霊機関と思しき物体が絞殺菩提樹の蔓に絡めとられた状態で存在している。

「捉え損ねたか!? だが、こうして見つけたからには逃がさん。レリィ! ぶっ壊してもいい! あれを絞殺菩提樹から取り上げろ!!」

「行っくよぉおおお──っ!!」

 爆発的な屈伸力で翠の光線の如き跳躍をしたレリィが、真鉄杖を腰だめに構えながら青く輝く精霊機関へと飛び掛かる。


 精霊機関を絡め取っていた絞殺菩提樹は、己の原動力たる精霊機関を守ろうと地底湖の空間に存在する蔓と根を集結させる。それは物理的な圧縮率を無視するほどの密度で凝縮されていった。

「──嘘でしょ?」

 レリィが振るった真鉄杖による渾身の一撃が、絞殺菩提樹の蔓によって受け止められていた。

 いや、正確には、もうそれは蔓ではなかったのかもしれない。


 幾重にも凝縮された絞殺菩提樹の蔓と根は、精霊機関を包むようにして奇妙な人型を形成していた。ねじくれた年輪のような模様をした木質の人形は、人間なら腕と形容されるであろう部位で、レリィの一撃を受け止めていたのだ。

木質人形ウッドゴーレム? それにしては呪力が濃密すぎるわね……」

 闘気を纏った真鉄杖の一撃で無傷なはずもなく、木で作られた腕は半ばまで抉られ、折れかかっていた。しかし、単なる木質人形ウッドゴーレムごときに騎士であるレリィの一撃を防ぐことなどできるはずもない。

 こいつは魔獣化した絞殺菩提樹が、精霊機関を核として力を集約し生み出された特殊な魔導人形、『呪木じゅぼく人形』とでもいう存在だった。


 想像でしかないが、絞殺菩提樹はこれまで餓骨兵と同化していたことから、そちらを主とした構成の魔獣となっていたのだろう。それが水晶髑髏の破壊によって、今度は絞殺菩提樹が主となり精霊機関との同化が可能になった、というところだろうか。前者と後者でどちらが強いかはわからないが、レリィの一撃を受け止めたことから、絞殺菩提樹の魔獣がこれまでより弱いと考えるのは危険だった。

「魔獣の生態なんぞ全てが解明されたわけでもないが……無茶苦茶だ……」

「仕方がないわ。こんなもの、誰も予想しなかったでしょう」

 思わず呟いた俺の言葉に、ミラも呆然とした口調で応える。


「──くっ!? こいつ……!!」

 歯を食いしばってレリィが真鉄杖に力を込めると、ギィン!! と、まるで金属の棒が折れたような音を鳴らして、呪木人形の腕がへし折れた。

 追撃をしようか一瞬迷ったレリィは、隙だらけのまま佇む呪木人形から何かを感じ取ったのか、一旦大きく跳び退って俺の隣へと戻ってきた。

「ねぇ、君はどう見る? アレ」

 呪木人形から一瞬たりとて視線を外さないままに、レリィが俺に呪木人形の印象を尋ねてくる。


 呪木人形は折れた腕を見て首を傾げると、鞭のように腕を一度しならせて蔓を編み直し、先ほどよりも太い腕を新たに生やした。

 さらに体から数十本の蔓を生やすと、先端に瘤のような大きな塊を生み出して振り回し始める。

「さっきより凶悪になってやがるな、あの魔獣」

「同感だね!!」

 俺とレリィは素早くその場を飛びのく。ほんの一瞬前まで俺達がいた場所に瘤の塊が打ち下ろされ、地面に浅く陥没跡が残った。

 数十個の瘤の塊が上から横からと次々に襲い掛かってくる。


 両の手に携えた『三斜藍晶刃さんしゃらんしょうじん』で切り払おうとするが、藍色の斬光は瘤に衝突すると火花となって散り、結晶の刃先が一撃ごとに大きく欠けていく。

 絞殺菩提樹の外皮には薄っすらと魔導回路のような光の筋が浮き上がっており、それが瘤の強度と加速度を生み出しているようだった。

 さすがにレリィの真鉄杖が打ち負けることはないようだったが、瘤が多少ひしゃげた程度ではすぐに元に戻るし、粉々に打ち砕いたところで新しい瘤が次々と生み出されてしまうので際限がない。

 このままでは武器の強度がもたないと感じた俺は、藍晶刃の魔力を全解放しながら投げ放ち、迫ってきていた二つの瘤を破砕する。絞殺菩提樹の攻撃に一瞬の間が空いたところで金剛石ダイヤモンドの魔蔵結晶を取り出して、すぐさま術式を発動した。

(──組み成せ──)

『金剛杖!!』

 高価な魔蔵結晶だが仕方がない。今は出し惜しみしていられる状況ではなかった。

 金剛石で形作られた透き通る長尺の杖棒。魔導因子を軽く流してやると杖棒は強く発光して、絞殺菩提樹の振り回す瘤の塊を一撃で粉砕する。

 これが六方水晶棍では、破壊力が足りない上に長くは戦えなかっただろう。


「精霊機関がある限り敵は動き続ける! 長期戦になるほどこちらが不利だ。攻撃を集中させて行くぞ!!」

「わかった! じゃあ、ここは全力でいくよ!」

 力を抑えていた封印の髪留めを全て外して、レリィは研ぎ澄まされた全力の闘気をみなぎらせる。闘気の制御を精緻にできるようになった今のレリィならば、闘気の全力解放を行ってもしばらくは戦えるだろう。何かあったときのために力を温存したい思いもあったが、それでずるずると長期戦になるのは避けたかった。

「レリィはそれでいい、全力だ! ミラも行けるか!?」

「いい加減、魔導人形の消耗が激しいのだけど……仕方ないわね」

 ぶつくさと言いながらミラは新たに魔導人形を召喚する。


(──世界座標、『神々の大陸、原初の入り江』より召喚──)

『来なさい、原初の土よ!! 生まれなさい、神話の三巨人!!』

 黄色い光の粒と共に大量の土砂が呼び出され、その土塊から三体の魔導人形ゴーレムが生み出される。ただの土人形クレイゴーレムではない。妙に生々しい人間の筋骨を模倣して作られた土の巨人。魔導因子を多量に含む、素材となった原初の土があってこそ成せる高性能の魔導人形三体の召喚である。

『青銅の鋳塊インゴット! 剣となり、盾となれ!!』

 立て続けに召喚した青銅の鋳塊を、錬金術系統の術式によって巨大な剣と盾に作り替える。魔導的な効能を持つ武器なのかもしれない。即席で作ったにしては随分と質のよさそうな刀剣と盾だ。それらを三体の魔導人形が装備して、呪木人形へと突撃していく。


 俺とレリィ、魔導人形三体による攻勢に対して、呪木人形は無数の蔓と瘤を振り回して反撃をしてくる。三体の巨人が瘤を盾で受け止め、蔓を剣で斬り払う。その後ろを俺とレリィで追従し、呪木人形との距離を詰めていった。攻撃の間合いに入った瞬間に、翠色の闘気を真鉄杖の先端に込めてレリィが飛び出していく。

 攻撃の機会を見据えた絶妙な一撃とみられたが、真鉄杖が呪木人形を打つ直前で大きく方向転換する。

「──わっ!?」

 レリィの足が、巻き付いた絞殺菩提樹の蔓によって吊り上げられていた。いつの間にか足元へと這い寄っていた蔓が、勢いよく天井へ向けて巻き上げられたのだ。

「くっ……!? あちこちに!」

 レリィと並走して攻撃を仕掛けようと考えていた俺は足を止めると、大きく跳んで後退する。すると、目の前を地面から天井へ向けて、弾かれたように巻き上がる絞殺菩提樹の蔓が通り過ぎた。

(……これは!? いや、これこそが絞殺菩提樹の得意とする攻撃方法だったか。厄介な……!)


 足を吊り上げられたレリィめがけて、瘤の塊が弧を描きながら飛んでいく。レリィは足を吊り上げられながらも器用にこれを真鉄杖で受け止めると、衝突の勢いで伸び切った蔓を真鉄杖で叩き折り、引き千切って拘束から逃れることができた。しかし、その反動で詰めていた呪木人形との距離が広がってしまった。周囲を見渡せば至る所に蔓が這いまわり、瘤の塊が飛び交っていて迂闊に飛び込むことができないでいる。

「ぐぅっ!?」

 背後ではミラが蔓に巻き付かれて、首を括られていた。魔導人形の操作に意識を取られて絞殺菩提樹の不意打ちを避けきれなかったのだろう。だが、それでも三体の魔導人形の動きは鈍っていない。

「私は首を括られても平気なのだから、構わず攻撃に集中しなさい!!」

 魔導人形の体であるミラは首を絞められてもそれで窒息することはない。だが、絞殺菩提樹の蔓の力は強い。瘤の塊で何度も殴られればミラの魔導人形の体であっても破壊されてしまう。それよりも早く、三体の巨人が呪木人形の猛攻を引き受けている間に、俺とレリィで呪木人形を破壊しなければならない。


「仕方ない……。レリィ、ある程度は捨て身で行くぞ。蔓に足を取られるな!」

「あたしは瘤が直撃しても我慢できるけど、クレスこそ無理しないでよ?」

「無理を通さなきゃ、あれは倒しきれないんだよ!」

 俺は捨て身の突撃に備えて、赤鉄鉱ヘマタイトの魔蔵結晶を使用して『鉄砂てっさの鎧』の術式を発動する。あっという間に全身を砂鉄が覆い尽くす。額とうなじに一つずつ付けた虎目石の魔蔵結晶により、『虎の観察眼』の術式を発動して視界を確保した俺は、さらに身体強化の術式を重ね掛けした。


筋力増強ムスクル・ストレンジ!!』

加速アッチェレラティオ!!』

 この二種類の共有呪術シャレ・マギカによる身体強化は定番だが効果的である。金剛杖を握る腕に力が溢れてくる。

「行くぞ!!」

「これで決めよう!!」

 三体の巨人が絞殺菩提樹の瘤で滅多打ちにされ体の形状を徐々に失っていくなか、俺とレリィはその脇を素早く通り抜けて呪木人形へと接近する。蔓を地面から巻き上げて足を取ろうとしてくる絞殺菩提樹の攻撃を、あえてこちらから強く踏み潰して断ち切っていく。レリィは足元に闘気を集中させることで巻き付いてきた蔓を強引に引きずりながら、止まることなく突進を続けていた。飛んできた瘤の塊は真鉄杖で叩き落とし、肩や背中をかすめてくる攻撃は当たっても無視して前進を優先している。

 俺も入れ替わり立ち替わり飛んでくる瘤を、前に突き出した金剛杖で防ぎながら前進を続けた。『鉄砂の鎧』の上からでも衝撃が伝わってくるが、全て無視して呪木人形へと肉薄する。


「潰れろ!!」

 真正面、大上段から呪木人形の頭部に金剛杖を振り下ろす。ぐしゃり、と呪木人形の頭部がひしゃげるが、首をめり込ませながらも胴体がまだこれを支えていた。

 一歩、俺よりも深く踏み込んだレリィがすれ違いざまに、呪木人形の背中を斜め上に向かって殴りつける。闘気を全身から腕へ、そして真鉄杖へと流れるように伝えた一撃は、俺の金剛杖で押さえつけられた呪木人形へと余すところなく威力を爆発させた。

 呪木人形の体が粉々に吹き飛び、金属音にも似た甲高い音を響かせて焦げ茶色の木片が飛散する。


 だが──呪木人形を破壊するも、そこに精霊機関は存在しなかった。

「おい……。おいおい、ふざけんなよ……!? どこに隠しやがった!?」

「落ち着いて、クレス!! たぶん、瘤! 瘤だよ!!」

 レリィの冷静な指摘に俺はすぐさま思考を切り替える。確かに、この戦闘の最中に隠したとすればそれしか考えようがない。絞殺菩提樹はいつの間にか原動力となる精霊機関を呪木人形の体から取り出して、瘤の中に隠しながら安全な場所へと移していたようだ。今更ながら気が付けば絞殺菩提樹の蔓を絡めた瘤は数えきれないほど地面に転がっている。

 『天の慧眼』の術式で必死に精霊機関の行方を探すが、魔窟の岩や壁はもとより密度を増した絞殺菩提樹の瘤も透視できなくなっていた。依然として地底湖のあちこちに張り巡らされた絞殺菩提樹の蔓や根を使えば、隠そうと思ったらどこにでも精霊機関を隠すことができる状況だ。

 『天の慧眼』が通用しないのでは、この中から精霊機関を探し出して破壊するのは不可能に近い。


 手をこまねいている俺を見て、絞殺菩提樹に締め上げられているミラが叫ぶ。

「ちょっと!? 自分が作った魔導人形に苦戦する道理はないんじゃなかったの!!」

「あんなもの! 俺の手から完全に離れている!!」

 言い訳を叫んでみても事態が好転するわけではない。だが、それ以外に何を言えばいいのか。


 手が止まり、足が動かず、思考は完全に停止した。

 メルヴィとヨモサに抱えられたメグは青白い肌となり生きているのか怪しい状態であるし、ムンディはようやく死体が消えて復活の術式が発動したが、彼が戻ってきたところで戦況が覆るものでもない。

 不安そうな表情でこちらを見るレリィに、俺は具体的な指示一つ出すことができないでいる。


 金剛杖を握りしめた手がギシギシと音を鳴らす。

 打つ手がなくなり、俺達の状況は詰んでいた。

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