第325話 結晶樹

 十分な休息を取った俺達は拠点を出て、魔窟の探索を再開した。

 小さな泉が散見されるやや広めの洞窟。その奥へと進んでいった俺達はやがて大きな地底湖へと行き着いた。

 無数の植物の根と蔓が垂れ下がり、湖面の上には寒々しい霧が漂っている。

「ここが第十階層『餓骨湖がこつこ』で間違いなさそうだな。ギルドの派遣した調査隊が情報を発信し続けて、最後に消息を絶った階層でもある」

「消息を絶ったって……死んじゃったの?」

「さあな。連絡が途絶えたのはごく最近らしいから、全滅したとは限らない。単に連絡手段を失ったか、送還術を封じるような結界に入り込んだという可能性もある」

 レリィの考えは短絡的過ぎるが、結局のところはそれが一番ありえる話だと思う。しかし、状況からそれ以外の可能性を想定しておくのも必要なことだ。万が一、起こる可能性の低い出来事が起きていたとしたら、次にその事態に巻き込まれるのは俺達なのだから。


 第十階層にはいかなる魔獣が巣くい、どれほど強力な階層主が待ち構えているのか。ここから先はギルドの情報もないため、俺にとっても未知の領域だ。もはや『底なしの洞窟』の時代がどうであったかは参考になるか怪しい。

 一方で、かつての洞窟と酷似する場所、あるいはまったくそのまま同じ場所というのが存在するのもわかっている。魔窟に巣くう魔獣や階層主もまた、同じことが言えるかもしれない。ただ、今回に限っては『底なしの洞窟』を再現されるのは遠慮したかった。できることなら、第二拠点にあった『幻惑の呪詛』を簡単に解呪したように、階層主との戦闘も楽に回避できないものかと考える。

(……実際のところ、アイツが出てきたら非常に厄介なんだが……)

 そんな俺の杞憂を嘲笑うかのように、第十階層で初めて遭遇した魔獣は凶兆とも思える存在だった。


 地底湖へと近づいた俺達を迎え撃つように、ざわざわと蠢く無数の木の根が水中から鎌首をもたげるように伸び上がってくる。

「この根と蔓は……『絞殺菩提樹こうさつぼだいじゅ』だな」

 俺の呟きにムンディが「げっ!?」と、らしからぬ声を上げた。

「……絞殺菩提樹って、もしかして『深緑の魔女』が創り出した殺人植物だったかな?」

「『底なしの洞窟』のあった山麓付近に侵入者撃退用として撒いた種。紛れもなく深緑の魔女から渡されたものだ。今は魔窟に取り込まれて、どんなふうに変質しているか想像もつかないが……」

「あー……。参ったね。楔の名キーネームは設定していたんだろう? それはどうだい?」

「先ほどから何度か命令信号を送ってみたが効果はない。今は魔窟に取り込まれた植物型の魔獣と化しているからな。俺の命令が通るわけもないか」


 複雑に絡み合った蔓と根。それらが大きな塊となって湖の中心に盛り上がってくる。

「見て! あの木の根の塊、中に何かある!」

 レリィが指さす先に、青く透き通った丸っこい物体が絞殺菩提樹の蔓と根に囲われて輝いているのが見えた。

「人間の、頭蓋骨でしょうか……?」

 目を細めたヨモサが素直な感想を漏らすが、俺にはそれが人の頭蓋などではないと断言できた。

「『餓骨兵』!! お前が俺に創られたものならば、主が命に従い、この場を退いて湖に沈め!!」

 それは魔導人形の素体として、かつて俺が造形した餓骨兵の水晶髑髏。ただ、暗い眼窩に宿る青黒い炎は、俺の命令を耳にしても揺らぐことのない禍々しさを湛えている。

 餓骨兵は俺の命令に対する返答なのか、湖から数本の太い蔓をずるりと引き上げて見せた。先端には鋭いやじりのような水晶の破片が輝き、蔓の根元にはローブに身を包んだ女術士、また別の蔓には全身鎧の男性騎士が胸や腹を貫かれた状態で吊るされている。他にも数本、冒険者と思われる人間の遺体が体のあちこちを串刺しにされたまま湖面に引きずり出されてきた。


「クレスさん!! あれ、ギルドの調査隊ではないですか!?」

「どうも、それっぽいな……」

 叫ぶヨモサに、俺は顔をしかめて答えるほかなかった。魔窟のここまで深い階層に入り込んだ人間など、先行していたギルドの調査隊以外にあり得ないだろう。そしておそらく、彼らはここで全滅したのだ。

「そうか……。つまり、それが答えということか」

「ねえ、お兄さ~ん。つまり、どういうことなのぉ? あれってお兄さんの創った魔導人形じゃないわけぇ?」

「愚問なのですよ。あれほどに禍々しい存在、人類の敵以外の何者でもないと断言できるのです」

 疑問を口にしながらも、メルヴィはメグと同様に武器を構えて戦闘態勢に入っている。

 無論、俺もレリィも目の前の『敵』に注意して、すぐさま攻撃に移れる構えを取っている。ミラも戦闘用の魔導人形を何体も召喚していた。目の前の敵が尋常な存在でないことを察したのか、普段は戦闘に参加しないムンディ教授まで魔導書を開いて戦う姿勢だ。


「お前を生み出した者の責任として、引導を渡してやるよ」

 藍晶石カイヤナイトの魔蔵結晶を両の手に強く握りしめ、立ちはだかる敵を切り裂く武器を創造する。

(──組み成せ──)

三斜藍晶刃さんしゃらんしょうじん!!』

 平たい藍色の結晶が長く伸びて身の丈ほどまで成長する。握り手を中心に上下へ伸びた結晶は、荒々しく削り出された刃を形作った。両手に携えた三斜藍晶刃は力の解放を待ち望むかのように、仄かな藍色の光を放っている。


 餓骨兵の操る絞殺菩提樹の動きが一瞬止まる。そして蔓の先端にある水晶の鏃を全て一斉に俺へと向けた。この場における一番の敵が誰か、本能的に理解しているのだろう。単純に戦闘能力の高いレリィよりも、己を滅ぼす可能性を有した俺を警戒している。

(……先ほどの楔の名キーネームによる俺からの命令。従うことはなくても、命令されたことは理解しているのかもな……)

 餓骨兵に対して命令できる立場にあった人間、その存在に対して魔獣化したこいつがどう反応するか。その答えは敵対、即抹殺。己の自由を脅かすものに対する攻撃行動、これは魔獣化した餓骨兵のものか、あるいは絞殺菩提樹に宿る殺意といったところか。


 ずんっ……! と地底洞窟が脈動するように揺れると、地底湖の上に陣取っていた絞殺菩提樹の蔓と根がその全容を湖上へと曝け出す。凪いだ湖面を荒々しく突き破り、複雑に蠢き絡まり合いながら姿を現した絞殺菩提樹は、まさに地底湖全域を覆うほどの巨大な広がりを見せつけてきた。

「あわわわわっ!? また何ですかこれ、何ですか!? やばいですよ、本当にもうこの魔窟、どうかしているのですよ!!」

「これは確かに……魔窟の階層主、という次元を超えている気はするねぇ」

 半ばやけくそ気味に叫ぶメグに、思わず同意の言葉を漏らすムンディ教授。

 そう、こいつは階層主に過ぎない。『魔窟の主』ですらないのにこの規模なのである。


 ざわざわと蠢く蔓が、絡まった毛糸の玉を解くように一本一本広く展開されていく。蔓の先端に付いた水晶の鏃が獲物を物色でもするように、左右に首を振って揺れている。また、地底湖の縁からはぞろりぞろりと絞殺菩提樹の根が無数に這い出してきていた。

 しばしの睨み合いの後、蔓の動きが突然ぴたりと静止した。先端の水晶は四割程度が俺の方を向いて、三割がレリィ、残り三割がミラとメルヴィ、そしてメグに向けられて、ムンディとヨモサは無視されていた。戦力判断を終えた、ということか?


「レリィは俺の横に来い!! ミラは魔導人形で全体防衛、メルヴィは攻撃に特化! メグは自衛優先、余裕があれば『水晶髑髏』への攻撃を仕掛けろ! ムンディ教授はメグが倒れたときの補助! ヨモサは背後を取られない岩壁の隙間にでも隠れて──」

 俺の指示が終わる前に、絞殺菩提樹の蔓と根が一斉に動き出した。

 即座に俺の横へと移動してきたレリィの動きを追って、およそ七割の蔓が俺とレリィの二人へ向けて殺到する。鞭のようにしなりながら打ち据えようと振るわれる蔓を、レリィが片っ端から真鉄杖で叩き落としていく。その背後へ回ろうと動く絞殺菩提樹の根を俺が三斜藍晶刃で切り捨てた。

 しなる蔓と真鉄杖が衝突するたびに翠色の闘気が火花のように飛散し、二本の藍晶刃が放つ斬撃が藍色の残光を宙に描いて迫りくる蔓と根を散々に切り飛ばす。俺とレリィは背中合わせで立つと、その場から一歩も動かずにただひたすら迫りくる蔓と根を弾き返す作業に集中する。


「クレス! 防戦一方だけど、これでいいの!?」

「今はこれでいい!! 手を緩めるな! できるだけ俺達のところに、敵の攻撃を惹きつけろ!」

 敵の判断基準はわからないが、極端に攻撃対象への配分が偏っている。それならば俺とレリィの二人で敵の攻撃の七割を惹き付け、負担の軽いミラ達に本体への攻撃を任せてしまった方がいい。ミラが攻撃班の守りを担当して、メルヴィは広範囲攻撃役、メグには一点突破を狙ってもらう。


(──世界座標、『傀儡の人形館』より召喚──)

『急襲の指人形ギニョール!! 私にあだなす敵を滅ぼしなさい!』

 数にして十体、斧や鎌などの刃物を持った小さな魔導人形が召喚された。本来は対人間用の暗殺魔導人形だが、無数に迫りくる絞殺菩提樹の蔓を断ち切るには打って付けの戦力である。

 ミラはさらに魔導人形を召喚して数を増やし、自動迎撃の命令を与えることで次第に絞殺菩提樹の攻勢を押し返していく。

「ああ、メルヴィ。ちょっと地面の太い根っこが邪魔だから、焼き払ってくれるかしら?」

「わかったわ~。メグちゃん、まだ前には出ないでね~」

 今にも飛び出しそうなメグを押し止めてから、メルヴィは大きな宝石の埋め込まれた紫檀の杖を股に挟むような恰好で抱え込み、意識の集中を始める。


 杖と、太腿に刻まれた魔導回路が淡い光を放って、周囲に召喚前兆の黄色い光の粒が漂い始める。

(──世界座標『エルタアレの溶岩湖』より召喚──)

『舐め尽くせ、炎のさざなみ!!』

 ざあぁっ、と光の粒が地面を流れるように拡散し、そのすぐ後を追うように真っ赤に輝く溶岩が漣の如く広がっていく。足元から静かに距離を詰めていた絞殺菩提樹の根。その姑息な目論見を潰すべく、粘性低く水のように流れる炎の波が、地を這う根を飲み込み灰となるまで焼き尽くしていく。炎の漣は地底湖の湖面にまで達して、水蒸気爆発を引き起こしながら水晶髑髏の本体へと迫る。

 溶岩流の勢いを止めようと絞殺菩提樹の蔓と根が集中して湖面を覆い、半ば燃えて灰と化しながら炎の漣をき止めた。

「あららぁ~。自分から灰になってまで窒息消火するなんて強引ねぇ。でも、そんなに蔓を消費してよかったのかしらぁ?」

 妖艶な笑みを浮かべて次なる術式を発動するメルヴィ。


(──世界座標『大寒地獄』より召喚──)

『命よ凍れ! 白魔の息吹!』

 ただ純粋な凍気によって、あらゆるものを凍り付かせる氷結呪法。白い霧が湖面を漂った一瞬後、まだ熱を持っていた溶岩、燃え続けていた蔓と根、ついでに湖面の水までもが一息に凍りつく。

「はい、もう止めないわ、メグちゃぁ~ん! 行ってらっしゃぁーい」

「足場の確保までありがたいのです!」

 ここまで出番を待ち続けていたメグが、弾丸の如く飛び出していく。

「こらっ、ちょっと待ちなさい! 魔導人形も護衛に付けるから、連れて行きなさいよ!」

 慌ててメグの後を魔導人形十体が追っていく。ミラが自ら指先で指令を与えて操作する人形達だ。いくらメルヴィによって蔓と根が焼き払われたといっても、水晶髑髏の周囲はいまだ健在な絞殺菩提樹がひしめいている。突っ込んでいくメグの露払いとして必要な戦力である。


(──世界座標、『聖者の蔵』より我が手元へ──)

『聖なる篝火をここに!』

 メグの持つ戦棍に聖火が灯る。神々しく燃えたつ戦棍は散発的に襲い掛かる蔓を弾くと同時に焼き切り、引火した炎は蔓の根元まで灰と化した。

「あふっ!?」

 一本の根が、一人で突出していたメグの足首を払う。体勢を崩したメグに向けて、水晶の鏃がここぞとばかりに鋭い切っ先を向けて殺到していく。

「だから、言ったでしょうに」

 澄んだ音と橙色の火花が散る。冷静な声と共に、メグへ飛んできた水晶の鏃はミラの魔導人形達によって弾かれた。ミラ本人もメグの傍に駆け寄ってきていた。片手に、ムンディを引っ提げて。

「今が攻め時だっていうのはわかるよ。でも、僕らの補助も忘れないでね」

 金枠と鋲で補強された、茶色い革表紙の魔導書を見せながら、ムンディはメグへ激励の言葉をかける。

「大丈夫。君が死んでも僕が蘇らせるから。遠慮なく突っ込んで構わないよ」

「……理を捻じ曲げて死者を蘇らせるのは、主の御心に反するのです。なので、メグはここで死んだりしないのです。でも怪我したらそれは、治してほしいのです」

 強い意志と、気弱な本音。まだ年若いメグであったが、悪魔祓いエクソシストとしては既に完成した精神と技を持っている。


 ミラの魔導人形に守られながら、メグは聖霊教会の悪魔祓いエクソシストが行使する秘奥の奇跡を祈る。

『……庇護を退け、罪深き咎人を弾劾だんがいせよ……!』

 メグの周囲に空気の渦が生じる。風の力で敵の攻撃を掻い潜りながら高速移動する術式だ。表向きは神官戦士が神敵との戦闘で使う標準的な奇跡とされている。一方で、悪魔祓いが護衛付きの目標を狙うとき、護衛を退けながら単独で目標に接近して暗殺に使う呪術でもある。

「行ってくるです」

 音もなく走り出すメグ。ミラの操る魔導人形がこれに並走していく。

 メグの接近を受けて、これまでレリィと俺に攻撃を集中していた蔓の幾らかが防衛に回ろうとする。だが、俺達は蔓の攻勢が弱まればここぞとばかりに攻撃の手を強めて、隙あらばこちらが水晶髑髏を破壊しに行く主力となりうることを意識させる。再び、俺とレリィへの攻撃が苛烈さを増した。残りの蔓でメグは撃退可能と判断したか。

 だが、その判断はメグのことを舐め過ぎている。


「…………ふっ!!」

 ぼっ、ぼぉっ! と蔓を焼き散らしながら、メグは水晶髑髏との距離を急速に詰めていく。

 水晶髑髏へと近づくほどに絞殺菩提樹の蔓の密度は高まり、迎撃の数も増えていった。それでも、メグの突撃速度が落ちることはない。蔓の攻撃の半分以上は風の防衛術式をうまく使って回避しながら、ミラの魔導人形に処理させている。たまに死角から襲い掛かってきた水晶の鏃が風の防御を破って攻撃を通してくるが、それも俺が事前に渡していた自動防衛の術式が込められた魔蔵結晶によって弾かれる。

 体力を温存しながら、最低限の手数で水晶髑髏へと接近していく。全ては止めの一撃に力を集中させるため。


『……主の御心を知らず、力に溺れし悪しき存在よ……あがなえぬ罪の重さに打ちひしがれよ……!』

 聖火を灯した戦棍に、さらに『重撃』の呪詛が上乗せされる。対魔獣特効、神敵必殺の一撃を放つであろう力が、メグの手に握られている。標的との間合いを詰め切る一歩を踏みしめ、聖なる炎を宿した戦棍が掲げられる。

『滅びよ、悪しきもの!!』

 絞殺菩提樹の蔓と根に守られた水晶髑髏。その眼窩に宿る青黒い炎が強く燃え立ち、眼前に迫るメグを睨み据えた。

 刹那、凍れる湖面を突き破って水晶の鏃が伸び上がり、メグの足裏から腿、腹、肩まで貫き、絶命必至の集中攻撃を浴びせかける。湖の水面下に潜んでいた蔓と根が、どすっ、どすっ、と執拗なまでに水晶の鏃をメグの小さな体に突き立てていく。


「メグさん!!」

 岩陰で見ていたヨモサから悲痛な叫びが上がる。

 メグは戦棍を掲げた姿勢のまま硬直している。戦棍を振り下ろせば、そこに水晶髑髏がある。暗い眼窩に灯る一対の青黒い炎と、メグは真っ直ぐ視線を交わしていた。

「何が……そんなに恨めしいのですか……? あなたは何を……何を信じて、戦ってきたのです……?」

 青黒い炎が一瞬、小さく萎んで揺れる。

 水晶の鏃が一つ、メグの胸を貫く。心臓こそ避けているが、肺は片方、完全に潰された。

「悔しい、のですか……? そのような姿になって、使命を果たせなかったと……?」

 メグの口から血が垂れ落ちる。思わず魔導書『反転世界インベルサスムンディ』を起動させようとしたムンディ教授だったが、それをミラが手で制して止める。まだ、メグの戦いは終わっていない。ごほごほと咳き込み、血を吐き出しながらもメグは問答を続ける。


「……違うでしょう? あなたは使命を、果たしました。あなたの主人は……そこにいるではありませんか? もう役目を終えて眠りにつきなさい」

 水晶髑髏の青黒い炎がこれまでになく小さく萎み、俺やレリィに対する攻撃が止まって、メグの体を貫いていた蔓から力が失われる。

『さまよえる魂に──安寧を!!』

 血を吐きながらメグが唱えたその言葉、それ自体が楔の名キーネームとなって戦棍に込められた『聖火』の奇跡と『重撃』の呪詛が炸裂する。頭頂から叩き込まれた戦棍が、水晶髑髏を粉々に割り砕いた。青黒い炎が霧散して、絞殺菩提樹の蔓と根が完全に力を失い垂れ下がる。


 蔓の支えを失ったメグの体が湖面へと投げ出された。すかさずミラの魔導人形達がメグを引き上げて、ムンディの元へと運んでくる。

「最後まで、よくやったものだわ、この子。ほらほらっ!! さっさと蘇生させなさいな! 失敗なんて許さないわよ」

「心配しなくても余裕はあるよ。すぐに元に戻すから、ちょっと集中させてくれないかな……」

 ミラは涙ぐみながらメグの体を小さな腕で抱き留めている。復活できるとわかっていても、満身創痍で瀕死のメグに感情移入せずにはいられなかったのだろう。それにしてもミラの魔導人形の体、涙を流す機能まで付いていたのか。奇妙なほど人間っぽい人形の体だと思っていたが、ここまでとは。


 急き立てるミラに溜息を吐きながらも、ムンディが魔導書『反転世界インベルサスムンディ』を発動させる。

(──異界座標、『逆転の渦』に接続開始──)

 ムンディの魔導書が黄金色に光輝き、青白く血の気を失ったメグの顔を温かく照らし出す。

『異界法則、日還りの──』

 唐突にムンディの声が途切れる。

 ごきり、と奇妙な音が続いて響いた。


『た、……』

「ムンディあんた!?」

 ミラが慌てた様子でムンディの背後へと回る。そして、彼の首に巻き付いた絞殺菩提樹の蔓を強引に引き剥がす。

「ムンディのお爺ちゃま!? 大丈夫なのぉ!?」

「ダメよ。死んだわ。首の骨を折られた」

 慌てて駆け寄るメルヴィに、ミラは冷静に事実を伝えた。その一方で──


「なんで!? 『こいつら』まだ動いているよ、クレス!!」

 ミラ達がメグの復活に手間取っているとき、俺とレリィは再び絞殺菩提樹からの攻勢にさらされていた。

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