第323話 巨岩兵
飢えた亡者の造形、
肥えた亡者の姿形、
そして、鉱石の岩塊を寄せ集めて人型を成した
「はぅわわわあわっ!? こ、これは主への冒涜なのですぅ。魂の安寧を否定する邪教の遣いぃっ……!!」
あまりに
ずしん、ずしん……と、三体の
「あ、あの……クレスさん。通路は安全地帯、なんですよね?」
「さて、どうだろうな。このまま俺達全員が通路にいたら、この狭い通路ごと破壊されるかもな」
正直、限られた広さの闘技場であの巨体と真っ向勝負というのは気が引ける。だが、いつまでも引っ込んではいられないだろう。逃げるなら逃げるで第八階層を逆走して距離を取るべきだろうが……。
(……逃げる? 先へ進む以外の選択肢がない俺達が?)
撤退の考えはすぐに捨てた。幻想種が憑依しているとはいえ、たかだか
身体強化の術式と、肩に担いだ『
「真ん中のでかぶつ、巨岩兵は後回しだ。奴の動きには注意しつつ、他の二体を先に潰す。俺とメルヴィが鉄人形の相手だ。レリィは銅人形を倒せ。ミラは無理のない範囲で巨岩兵の注意を引いてくれ。できるなら動きを阻害してもらいたい。メグも巨岩兵の相手を。攻撃は仕掛けなくていい。動きを見極めることに専念しろ」
「全く、無茶を言ってくれるわ。私の攻撃で動きを止めるかはわからないわよ?」
「やるだけやってくれ。すぐに俺達も加勢する」
「クレストフお兄様がそういうなら、メグはひとまず安全な立ち回りを心がけるのです~」
「あたしはあのおデブの相手ってことね。クレスとメルヴィはそっち二人で大丈夫?」
「メルヴィの補助は俺がやる。レリィは最速で銅人形を倒せ。倒したらミラに加勢して、巨岩兵の動きを止めろ」
「了解。ま、なんとなかなるでしょ」
「う~ん、私は自信ないんだけどぉ。クレスお兄さんが守ってくれるのよね?」
「最低限、戦闘に巻き込まれないだけの距離は取っておけよ」
「それだけぇ? ちょっと心配なんだけどぉ」
「無駄口はそこまでだ。もう、通路に引っ込んでいる時間はないぞ。戦闘開始だ」
俺の一言を合図に、まずレリィが飛び出していった。
八つ結いの髪留めを四つ解き、髪に溜め込んだ翠色の闘気を棚引かせながら、魔導人形の一体、銅人形に向かって果敢に攻撃をしかけていく。
「俺達も行くぞ!」
「はいは~い!」
「やれやれだわ……」
「い、行くのです!」
巨岩兵が通路に近づき過ぎる前に俺も飛び出した。鉄人形に向かって駆け出した俺の後を、メルヴィが距離を保って追ってくる。同時にミラもまた、己の操る魔導人形達と共に巨岩兵へと接近していった。ミラの魔導人形達に紛れるように、メグもまた巨岩兵へと慎重に向かっていく。
レリィの接近に気が付いた銅人形は大きく跳び上がった。あの重量で飛び上がるなど尋常ではないが、憑りついた幻想種が力を与えているのだろう。
落下の勢いと共に、振り上げた巨大な金棒をレリィに打ち付ける。
ごぅん……!! と大空洞に地響きが伝わる。打ち付けられた金棒は地面を大きく陥没させたが、そこにレリィの姿はなかった。
翠色の閃光が一筋、銅人形の腹から背中へと突き抜けた。銅人形の攻撃をかわしたレリィは懐へと入り込み、真鉄杖による突きで敵の胴体に風穴を開けたのだった。金属の塊に大穴を開けるだけでも並大抵のことではないのに、幻想種による魔導的な防御も貫いての一撃だ。
(……レリィのやつ、どこまで強くなったんだか……)
驚愕、称賛、嫉妬、畏怖などその強さに対して湧き上がるであろう様々な感情を置き去りにする、呆れるほどの強さとしか言いようがない。
俺もまたレリィに後れを取ってはいられない。
鬼蔦の葉を模した銀の首飾り、そこに刻まれた魔導回路を起動して俺は鉄人形への先手を打つ。
(──
『銀鎖の長縄!』
先ほどの銅人形と同様に跳躍の気配を見せた鉄人形を、銀の縄で大地に縛り付け、異様に長い腕と鉄棒まで全て絡め取る。
幻想種の赤い靄がジワリと滲み出すように蠢き、銀の縄を黒く腐蝕させていく。腐蝕されてしまえば、例え銀の縄でも鉄人形の剛力に引き千切られてしまうだろう。
だから、その前に倒す。速攻で。
足止めは一瞬で事足りるのだ。
鉄人形の動きを封じたわずか数秒のうちに俺は距離を詰め、太く張り詰めた銀の縄に足をかけて跳び上がり、焦げ茶色の光を放つ『
魔導人形は首を落としたところで活動を停止したりはしない。稼働部を徹底的に破壊して、動かなくなるまで壊すのだ。褐石断頭斧に追加の魔導因子を流し込み、最大の破壊力を発揮させて鉄人形の残った片腕へ投げつける。褐石断頭斧の刃が鉄人形の肩へと食い込み、焦げ茶の光を放ちながら爆散して鉄人形の半身を吹き飛ばした。
「念押しでこれもくらっておけ!」
紅水晶の魔蔵結晶を取り出して、魔導回路に込められた術式を発動する。
(──薙ぎ払え──)
『
強く煌々と輝く桃色の光の鞭。両腕を失い、銀の縄に捕縛されて身動きできない鉄人形に光の鞭が絡みつき、ゆっくりと高熱で焼き溶かしていく。光の鞭が鉄人形の体の半ばまで食い込んだところで、自重に耐えられなくなった鉄の体が崩れ落ちた。
「元々、自分が作った
体がバラバラになったときに、光の鞭によって赤い靄の幻想種も分断されて掻き消えた。鉄人形にかなり深く憑依していたらしい。
おそらくこの魔窟に生み出された魔導人形達の原動力は、召喚された幻想種を岩や鉄に深く憑依させることで得ている。言い換えれば鉱物の魔獣と表現してもいい。力は強大だが、純粋な幻想種と違って物理的な攻撃だけでも倒すことができる。
「えぇ~……なにそれぇ。私の出番なかったじゃないのぉ。心配して損したわ~」
出番のなかったメルヴィが不満を口にする。確かにあっさりと倒してみせたが、それも俺やレリィだから可能なだけだ。おそらく、幻想種によって能力を底上げされた鉄人形と銅人形の二体は、三流騎士と互角に戦えるくらいの力を有していた。それは言い換えれば、闘気の力に胡坐をかいたような新米騎士相手なら、瞬殺できるだけの力が俺にも備わったということだ。
「ふて腐れるなよ。まだ一番大きな敵が残っているんだからな」
戦いはまだ終わっていない。これからが本番だ。残る敵は……。
──
だが、その脅威は尋常ならざる巨躯と重量で容易に想像できる。ミラとメグが注意を引き付けてくれていたが、巨岩兵が一歩動くたびに魔窟の地面が揺れるのだ。地殻変動でもないのに、巨大な足が地面を叩くだけで周囲が揺れる。これだけでも恐るべき運動量であり警戒に値する。
巨岩兵が大きく片腕をぶん回して辺りを薙ぎ払えば、避け損ねたミラの魔導人形の一体が地面との間に圧し潰されて粉々になる。
「げ、限界! 限界なのです!!」
メグが、ぜぇはぁと息を切らすほどに全力疾走しながら巨岩兵の攻撃を避けている。戦いが始まってまだ一分ほどしか経ってないはずだが、メグがここまで疲弊しているのは驚きだ。おそらく本気の全力疾走を一分間続けていたのだろう。そうまでしなければ巨岩兵の攻撃を避けられないのだ。ミラは平気そうな顔をしているが、あれは魔導人形の体だから疲労が表に出にくいだけだ。限界を迎えれば崩れるのは一瞬だ。
「メグ! ミラ! 引け! 俺とレリィが交代で前に出る!」
「正直、そうしてくれると助かるわ……」
ミラが大きく後退して俺のすぐ隣までやってきた。横目に見ればどうも膝のあたりがガタついている。既に限界間近だったようだ。ミラでさえもこの消耗。巨岩兵を相手に防戦は愚策か。
「急所がわかれば苦労もないんだが……」
あれだけの巨大な岩塊を動かすには相当に格の高い幻想種か、あるいは精霊機関や魔窟の特性を利用して力を増幅しているに違いない。どこかに隠された原動力となっている精霊機関、あるいはこの大空洞に仕掛けられているかもしれない呪術を破壊できれば一発で片付くが、この大きな巨岩兵の急所を探すのも、大空洞のどこにあるかもわからない術式を探すのも、巨岩兵を相手にしながらでは無理がある。
(……『天の慧眼』の術式でも、濃密な魔導因子が空間全域に漂っていて『起点』が読めない……)
こうなればもう先手を取って、高火力で攻め立てるしかない。
「レリィ! メルヴィ! 短期決戦だ! 全力で潰せ!!」
「全力だね! わかった!」
「はいは~い」
レリィが俺の指示通り、八つ結いの髪留めを全て外して闘気を全力解放する。これまでに見たこともない程の闘気が一瞬迸り、すぐさまレリィの周囲へと翠色の光が収束した。研ぎ澄まされた闘気の流れが、ごうごうと音を立てながらレリィの全身を巡っている。これが今のレリィの全力。
空気が翠色に染まって、爆ぜた。
刹那の間に巨岩兵との距離を詰めたレリィは、闘気に包まれた真鉄杖で岩の頭をどつく。翠の閃光が弾けて、巨岩兵の巨体が仰向けに倒れ込んだ。あの質量を打突で転倒させるというのは信じ難い力だが、今のレリィにはこれだけのことができるのだ。
先手は取ることができた。巨岩兵には何もさせず、このまま畳みかける。それがこの戦いの勝利条件だ。巨岩兵に反撃を許せば、一転して不利に陥るのはこちらなのだから。
(──世界座標『トルクメニスの地獄門』より召喚──)
『噴きだせ、
両足の太腿に刻まれた魔導回路が淡く光り輝き、メルヴィが前方にかざした紫檀の杖より光の粒が舞い飛ぶ。召喚された白いガスが倒れ込んだ巨岩兵の周囲を包み込んだ。
「レリィお姉さん、どいて~!」
精一杯の声を張り上げて、巨岩兵の近くにいたレリィに注意を促すメルヴィ。その声が届いたかどうかという一瞬で、レリィは素早く離脱を済ませていた。この連係速度を活かさない手はない。
(──撃て──)
『焦圧雷火!!』
「ちょぉっとぉ~!? お兄さん、手が早すぎぃ!!」
メルヴィも引火のタイミングを計っていたのだろう。俺に先を越されて泡を食っている。申し訳ないが悠長な戦いはしていられない。俺は続けて大規模な儀式呪法の発動に移る。
縦横に幾何学的な筋の走った銀色の金属片、
遠く、
(──星界座標、『天の架け橋』に指定完了──)
『廻れ。
星界座標召喚術式、『
光の粒と共に出現した隕石群が、音を置き去りにする速度で巨岩兵へと突き刺さる。単純な運動量と衝撃波の威力で巨岩兵の体に無数の穴が穿たれた。どこに急所があるのかわからない以上、手当たり次第に撃ち込んで破壊してしまうのが手っ取り早い。そう考えたのだが──。
巨岩兵の体に開いた穴や罅割れが時間の経過と共に塞がっていく。衝突した隕石も巨岩兵の体内に残ったまま、取り込まれてしまった。
「あれだけの威力で、この数を撃ち込んでも急所に届かないのか……?」
あるいはこの巨岩兵に急所など存在しないのか。そんな不安と戸惑いが生じた一瞬に、巨岩兵が半身を起こして巨腕を振るった。
(──まずいっ!?)
わずか一歩で距離を詰めてきた巨岩兵の一撃は、慌てて飛び退こうにも避けきれない範囲に及んでいた。覚悟を決めて防御態勢を取った俺の前にレリィが飛び出してきて、片手で俺を抱えて庇うと、もう片手で真鉄杖を地面に突き立て支えながら巨岩兵の腕を真っ向から受け止める。
しかし、いくら強力な闘気に守られているといっても質量の違いは明らかだった。体勢こそ崩されないものの巨岩兵の腕に巻き込まれ、大空洞の壁際へと一気に押しやられる。踏ん張るレリィの足元で魔窟の地面が砕け散っていく。このまま押し込まれては二人まとめて壁に叩きつけられてしまうだろう。
(……ここで守りに徹するのは愚か。押し切られる前に断ち切る……!!)
巨岩兵の腕を受け止めるのはレリィに任せ、術式による反撃を試みる。
先ほど使ったのと同じ種類の魔蔵結晶、
「少しばかり危険を冒すが……巻き込まれるなよ、レリィ」
「えっ!? なに!? なんでもいいから、どうにかして!! これ、あたしでも止めきれないから!!」
巨岩兵の攻撃を受け止めるのに精一杯のレリィには、俺の注意に返す余裕はないようだった。不安は残るが、現状ですぐに思い浮かぶ巨岩兵に有効な術式はこれしかない。例え制御に不安がある術式であったとしても。
(──星界座標『RXJ1856353754』。赤経赤緯自動補正、現在座標指定完了──)
全領域のほとんどが真空である広大な星界において常に移動し続ける星々の力を引き出すには、複雑な計算と緻密な意識制御が求められる。また、ものによっては禁呪指定されるほどの恐るべき力を引き込む恐れがある。それゆえに使い手は少ないが、威力だけは他の呪術の追随を許さない星界座標召喚術式。
『
星界の力を引き込む物力召喚、その
「ちょっ……!? なにこれ、踏ん張れない!?」
巨岩兵の上半身が消失し、残された腕も『点』に吸い込まれるようにして圧壊するなか、レリィの体まで浮き上がって巨岩兵と一緒に吸い込まれそうになる。
『解!! 解!! 解除だ、解除!!』
力の発現はわずか一瞬。それだけで巨岩兵の半身が消失して、今この瞬間にも俺達まで引き込まれそうになっている。術式の効力を断ち切るために俺は慌てて解呪の
己の術式によって自爆しかけたことに寒気がして、全身からどっと冷や汗が滲み出してくる。
「ねえ~? あのデカブツはやったのかしら~?」
離れた場所に下がっていたメルヴィから確認の声が届く。
半身を失った巨岩兵は大空洞の真ん中で倒れ、立ち上がる気配はない。
「どうやら、核を潰せたみたいだな」
巨岩兵を動かしていたものが精霊機関なのか、それとも幻想種であったのか、原動力の正体は不明だったものの『
「ふむふむ……星界の力を利用した重力攻撃かい? いやはや無理を押し通すね、クレストフ君は」
避難していたムンディ教授が呆れた様子で、大空洞の惨状を見ながら呟いた。
「全くだわ。制御に失敗したら、この階層ごと潰れていたでしょうね」
「そんななのです……? クレストフお兄様、やっぱイカれてるのです。いえ、イカしていると思うのですよ、メグは」
「悪かったな……。余裕がなくて……」
ミラに苦言を吐かれた上に、メグからもイカれ野郎判定されてしまう。正直、自分でも馬鹿げていると思う。
「もう二度と使いたくない術式だな……」
魔導とは、使い方を誤れば冥府魔道に堕ちるとはよく言ったものである。こんな呪術、人間が扱っていい代物ではない。強力な術にしても、もっと使い勝手のいいやつがあるだろう、と反省した。
危険な戦いではあったが、こうして俺達は第九階層『岩窟闘技場』を制覇したのだった。
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