第321話 妖猫影絵芝居
不可思議な現象により手元の光源が弱まったと同時、俺達が各自で持つ
宙に浮く二つの火の玉。ゆらゆらと揺れる炎の光が逆光となって、馬鹿みたいにでかい猫の
がしゃり、と真っ暗な天井からミラの魔導人形が落ちてきた。
バラバラに引き裂かれて床に転がされている。
──にゃにゃぁ~ん……。
次はお前たちがこうなる番だ、とでも言いたげに猫が鳴き声を上げた。
ふっ、と火の玉が消えて猫の姿が見えなくなる。途端に光を失って平衡感覚が乱れたのか、足元がふらついた。火の玉の光に目を慣らされた俺達は、光が突然消えたことで目が闇についていかず、暗闇の中で第八階層の階層主との戦闘を強いられてしまう。
「第八階層の主、『
これは間違いなく、階層主『妖猫』の戦術の一手。
ギルドの情報でも闇に乗じて攻撃を仕掛けてくるとあった。ギルドの調査隊は全方位に攻撃を仕掛けた結果、運よく『妖猫』を返り討ちにできたという情報を上げている。だが、その戦法は仲間への同士討ちも頻発して多大な被害を出してしまったそうだ。とても真似できるものではない。
(……厄介なのは、光源がどういうわけか光量をしぼられてしまうこと。それに、透視系の術式も効果を発揮しない……)
実は先ほどから、『天の慧眼』の術式を発動しているのだが、目の前は真っ黒な霧に包まれたかのように見通すことができない。他の仲間の姿も辛うじて体の一部が見えるくらいだ。わずかな光が残されているのが逆にいやらしい。どうしたって、そちらへばかり注意が向いてしまうのだから。
目を凝らし、その他の五感も総動員して『妖猫』の気配を探るなか、視界の隅で石壁に映った『妖猫』の影らしきものがちらつく。
──にゃぁ~ん……。
ちょうど影の反対方向から猫の鳴き声がした。そちらに目をやれば火の玉を両脇に従えた『妖猫』が今にも襲い掛かろうと爪を振り上げていた。
(──貫け──)
『双晶の剣!!』
素早く双子水晶の魔蔵結晶を起動させて、二本の鋭い水晶を『妖猫』に向けて解き放つ。
撃ち出された二本の水晶は『妖猫』の黒い体に吸い込まれ、その瞬間に『妖猫』は姿を消した。
「きゃぁあっ!?」
ぎぎぃんっ!! と水晶の砕ける音とレリィの悲鳴が上がった。
「ちょっと今のクレスでしょ!? どこに向かって撃っているの!!」
「レリィか!? なんでお前がそんなところにいる!? 不用意に元の場所を動くな!」
「動いてないよ! その場で様子見していたのに!」
馬鹿な。『妖猫』が襲ってきた方向には誰もいなかったと確信して撃った攻撃だというのに。
いつの間にか俺達の立ち位置が変わっていた。
「全員、迂闊に攻撃を仕掛けるな! 同士討ちになるぞ!」
「そんなこと言ったって……わっ!?」
ぶおんっ、と俺の鼻先を何か重々しい物体がかすめていった。
「おい……。今、真鉄杖を振っただろ?」
「いやだって……猫の影が迫ってきたからつい反射的に……」
冗談ではない。絶好調なレリィの一撃なんぞをまともに食らったら、防衛術式が全て吹っ飛んでしまう。
「レリィ! お前は攻撃禁止だ! 防御に専念しろ!」
「えぇ~っ!! そんな!」
「レリィお姉さんてば、ほんと頼むわぁ~。メルヴィ、お姉さんの一撃を受けたら即死だと思うの~」
「それ、別にメルヴィさんに限らないと思います……」
「僕はまあ、死んでも復活するけど。今ここでやられると、皆とはぐれそうで怖いね」
「あわわわ……メグもどうしたらいいのでしょうか……!」
「あんた達、落ち着きなさい。とにかく自分の防御を固めることに集中するのだわ。クレストフの坊や、このままではまずいのよ。何か対策を考えてくれるかしら?」
無茶を言う。だが、打開策を考えねばこの窮地を脱することはできない。何とか『妖猫』の仕掛けてきた呪詛だか魔導現象だかを暴いて、打ち破らねばならない。でなければ……。
ぎゃりりっ!! と耳障りな金属音がすぐ近くから聞こえてくる。
「くぅっ! 反撃できないのがもどかしい!」
どうやらレリィが『妖猫』の攻撃を受けたらしい。今の攻撃対象がヨモサやメルヴィだったらと思うとぞっとする。防衛術式の込められた魔蔵結晶は幾つか渡してあるが、それを切らしたらあの二人が『妖猫』の攻撃を受けきれるとは思えない。なるべく早く、対策を考え出さなければいけない。
今のところ厄介なのは、あらゆる視覚情報を遮る暗闇と、いつの間にか移動させられた立ち位置、それと襲い掛かってくる『妖猫』が瞬時に消える謎。
(……『妖猫』の能力。視界を遮る特殊な
いくら魔窟の階層主といえども、結界石など他者の魔導抵抗を無視して空間干渉するような飛びぬけた能力を持っているとは思えない。もし、魔導回路を全身に身に着けている俺や体内に回路を刻んでいるレリィに対して、魔導干渉を無視して空間転移できるような相手だったなら、為す術もなく一方的に倒されていたはずだ。
「きゃんっ!? あら、ヨモサちゃ~ん、脅かさないで」
「メルヴィさん!? ごめんなさい、私──わっ!!」
ぎゃりりっ!! と耳障りな音が再び響き、ばんっ、ばんっ!! と立て続けに破裂音が鳴る。この音は、俺が渡した防衛術式が発動した音だ。メルヴィとヨモサが攻撃を受けたのだろう。恐れていた事態へと追い込まれ始めている。急げ、急げ。急がないと、誰かが死ぬ。
(……いくつか複数の呪詛を組み合わせて、錯覚させているだけか……?)
一番考えられるのは『幻惑の呪詛』だ。第四階層の『魔熊林道』に現れた影踏熊も巧みな『幻惑の呪詛』で、俺達の意識を惑わしてきた。
「可能性は高い。やるだけやってみるか」
うだうだ考えている間にも俺達は追い詰められていく。できることがあるなら、次々に試してみるべきだろう。
俺は
(──
『
金色の筋が入り混じる漆黒の石が強い輝きを放ち、振幅の大きく乱れた魔導因子の波動を周辺に撒き散らす。魔導因子の奔流が辺りに広がっていた暗闇を押し流して、周囲に光を取り戻した。
「急に明るくなった!?」
「やはりか!! 光を遮る浮遊粒子を発生させる呪詛。これでまずは一つ、化けの皮を剥がしたぞ」
『妖猫』の仕掛けた呪詛の一つは解除できた。そして、もう一つの謎の能力も直ちに氷解する。
「洞窟がっ! 広くなっているです!?」
メグが叫んだ通り、狭い通路だったはずの白亜の洞窟は、いつの間にか一つの大部屋になって俺達の立ち位置も大きく変えられていた。
「もしかしてこれは床や壁を移動させたのかな? こちらの視覚を絶った上で、気付かれないぐらい繊細な動きで僕たちごと? 魔窟の地形を操るなんて、階層主ならではの能力だね」
ムンディ教授の解説で俺も瞬時に状況を理解した。光源が封じられ、周囲が闇に包まれたとき平衡感覚を失ったようにふらついたのだが、あれは俺の感覚が狂ったのではなく、床が動いていたのだ。
仕掛けの種は割れた。後は『妖猫』を倒すだけだ。
「奴はどこだっ!?」
狭い通路が大部屋に変わったと言っても、不規則に半端な壁が立ち並び、『妖猫』が隠れ潜むにはうってつけの環境になっている。闇が晴れても戦闘の優位は依然として『妖猫』にあった。
──にゃぁ~ん……。
視界の隅、洞窟の壁に『妖猫』の影が走る。即座に反対側へ向けて『
狙い違わず、結晶弾が撃ち抜いた場所には火の玉を浮かべた『妖猫』がいた。しかし、『結晶弾』はグネグネと体を動かした『妖猫』に回避されてしまう。
「おかしいだろ、あの動きは!!」
悪態を吐いても『妖猫』に攻撃は当たらない。他の皆も同じように、異様な動きをする『妖猫』に翻弄されて、攻撃を一切当てることができないでいる。
「こんなのは倒しようがないのです~!!」
「う~ん、妙だね。僕の術式も効果なしか……」
ぶんぶんと戦棍を振り回しながら騒ぐメグと、なにやら術式による反撃を試みたらしいムンディ教授。しかし、二人とも『妖猫』に引っかき回されるばかりで、ついには──ぎゃりりっ!! と耳障りな音がして、ばんっ、ばんっ、と防衛術式の弾ける音が聞こえてくる。『妖猫』の動きが不規則すぎてどの位置から攻撃を食らったのかもわからないが、完全に死角からの攻撃であったようだ。メグでさえ全く反応できていない。
「おいっ!? 迂闊すぎるぞ! 防衛術式なしで奴の攻撃をくらったら死ぬからな!」
闇が立ち込めていた先ほどまでとは状況が違う。それにもかかわらず俺達は『妖猫』を捉えきれずにいた。ここまで、ただの一撃すら与えられていない。
「これは明らかにおかしいわね……。こちらの攻撃は当たらず、向こうの攻撃は一方的に当たる。それも常に死角からの攻撃というのは都合がよすぎるわ」
「おかしい、か……。そして攻撃は常に死角から……」
ミラのぼやきに引っかかるものを感じて俺も思考を巡らす。理不尽なほどに当たらないこちらの攻撃、毎度毎度都合よく死角から飛んでくる『妖猫』の爪。
「試してみるか」
(──見透かせ──)
『虎の観察眼!』
金色と茶色の横縞模様が入った虎目石の魔蔵結晶を俺は自分の足元に転がす。地面から全方位を見渡せるように自身の視覚情報を操作する。
「さあ……かかってこい。俺は無防備だぞ?」
わざとらしく両手を上げて『妖猫』の注意を引き付けてみる。
「クレス! 自殺行為だよ!?」
「レリィ! 俺をよく見ていろ!!」
既に『妖猫』は俺に向かって正面から迫りつつあった。二つの火の玉を背に従えて、真っ黒な容貌の化け猫が爪を振り上げて今まさに俺を切り裂こうとしている。
だが、俺は視覚を足元に転がした虎目石の方に集中させ、理性でもって恐怖を押し付けながら目の前の『妖猫』を徹底して無視した。
不意に俺の背後の壁で揺れ動くものが出現する。黒い影。『妖猫』が自ら掲げる火の玉に照らし出されて壁に投影された影。
──ああ、だがどうだよ、これは?
猫の形の影が洞窟の壁にくっきりと出ているにも関わらず、何故か俺の影は壁に映っていなかった。
(──焼き尽くせ──)
『十二劫火!!』
右手薬指の指輪に嵌められた
──ぎぃにゃぁあああっ!!
苦悶の声を上げながら壁に投影された猫の影がのたうち回る。いつの間にか正面に迫ってきていた『妖猫』の姿は消えている。
「そっちが本体ってこと!?」
音もなく、黒い影が俺から距離を取ろうとするように、すぅうっと滑るように移動していった。そこへ、猛然と飛び込んできたレリィの渾身の一撃が魔窟の壁ごと『妖猫』の影を、いや、『妖猫』そのものを打ち砕いた。
──にゃぁ~ん……!!
頭の欠けた猫の影が壁から床へと移動して、するすると俺達の合間を縫って逃げ出していく。ここまでくればもう皆、『妖猫』の正体を看破していた。レリィに続いて『妖猫』の正体に気付いたらしいヨモサが大声を張り上げる。
「メグさん! その、猫の『影』を叩いてください!! それがたぶん! 本体です!!」
「モグラ叩きなら得意なのですよ! だてに教会菜園で畑仕事やっていたわけじゃないのです!」
がんがぁんっ!! と床を砕きながらメグが『妖猫』を追い立てる。
そこへ、一足飛びに跳ねてきたレリィが真鉄棍を体重かけながら下向きに突きこみ、『妖猫』を床に縫い留める。
(──世界座標、『聖者の蔵』より我が手元へ──)
『聖なる篝火をここに!』
神々しい聖なる炎がメグの戦棍に宿り、その一撃が床に叩き込まれる。
──にゃぁ……あ……
黒い煙が影から立ち昇り、第八階層の階層主『妖猫』はゆっくりと灰になって消滅していく。『妖猫』の消滅と同時に、周囲にあった幾らかの床と壁が消えてなくなっていく。おそらくあれらは『妖猫』が創り出していたものだったのだろう。主が滅びて共に消え去るのだ。
ごとり、と、どこから出て来たのかわからないような大きさの魔石が床に転がる。
両手で抱え上げねばならないほどに大きい、輝くように透き通った青緑色の結晶。
第八階層の不気味な階層主は、見事に討伐されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます