第314話 夫婦巨人

「おーい! クレス~!」

 白銀巨人を隷属化して間もなく、レリィ達が俺の元へと追いついてきた。気絶から意識を取り戻したメグと、復活したらしいムンディ教授の姿も見える。それと、周囲には何故か大人しくなった黒鉄巨人が付いてきている。

「……この巨人連中はどうしたんだ?」

「クレスが何かしたんじゃないの? 急に大人しくなって、ここまで誘導してくれたんだけど」

「何かしたか、と言われれば心当たりはあるが……。魔獣の群れにまで『眷顧隷属』の効力が発揮されるとは思わなかったな」


 『眷顧隷属』の術式は、群れのボスを従属させることで、その配下にまで支配の影響力を及ぼす呪詛ではあるのだが、呪術抵抗の強い魔獣にここまで浸透するとは考えもしなかった。あるいは、白銀巨人と黒鉄巨人には呪術的な繋がりが初めから存在したのだろうか。白銀巨人が魔力でもって黒鉄巨人を従えていたなら、その繋がりを伝わって俺の支配が及んだのかもしれない。

 強靭な肉体と破壊的な腕力を有する黒鉄巨人が一斉に襲い掛かってくる、恐るべき第六階層。

 その攻略法の一つは、詰まるところ司令塔の封殺。すなわち、階層主『白銀巨人』の隷属化であったのだ。


「白銀巨人も大人しくなったものだね。もしかして、クレストフ君が呪術で完全に隷従させたのかい?」

「うそぉ~……。お兄さんってば魔獣を隷従させちゃったの~? どれだけエグい呪詛かけたのかしらぁ。それ人間相手にやったら犯罪よぉ~。あぁ、知らぬ間に服従の呪詛をかけられて、お兄さんの言いなりになっちゃうレリィお姉さんとか……興奮するわ~」

「あたし、そんな呪詛かけられてないからね!? クレスも、そんな呪詛かけようとしたら許さないから!」

「鬼畜か、俺は。使わん、使わん!」

 人間相手に『服従の呪詛』が使われるのは、犯罪者を従わせるときぐらいである。真っ当な人間相手に『服従の呪詛』を使おうとするのは人の道から外れた、いわゆる外法術士だ。


「とりあえずこれで第六階層は攻略したも同然なんだが、問題はヨモサがどこに連れ去られたか、だな。ミラが追いかけたから無事だとは思うが……。さて、白銀巨人よ。ヨモサをどこへ連れ去ったか。その場所まで案内してもらおうか」

「ホッ? ホッホッ!」

 理解した、と言わんばかりに首肯を繰り返しながら、白銀巨人が先頭に立って森を進み始める。周囲の黒鉄巨人も一斉に連れ立って動き始めたので、俺達はその後ろからついていくことにした。いくら隷属しているとはいえ、魔獣の群れに囲まれたままでは落ち着かないからだ。

 合流したレリィ達は少し疲れている様子だったが、目立った怪我は負っていなかった。もっともムンディ教授については一度死んですらいるのだが、現状が無事ならば問題ない。


 メグは服が土で汚れていて、あちこちに擦り傷を負っているが大怪我ではない。ただ、ここ最近の戦闘で活躍できていないことを気にしているのか、項垂れてすっかりしょげた様子である。

「メグ、また活躍できなかったです……ダメダメです……」

「お前は動きに無駄がなく、単調すぎるんだよ。少しは冗長性を持たせろ。敵が予想できない行動も混ぜるんだ」

「うぅぅっ……。教会の糞司祭みたいなお説教はやめてほしいのです……」

 助言をしたつもりが嫌味な説教と取られてしまった。しかもメグの言う糞司祭とは、水の都カナリスで俺を抹殺しようと画策した奴のことではないか。つくづく口の悪い修道女である。これだけの悪態を吐く気概が残っているなら、勝手に気分を持ち直すだろう。



 眷属とした白銀巨人は森の奥にある棲み処まで俺達を案内してくれた。

 第六階層の名称『巨人の寝所』の元になったのではないかと思わせる、大樹を柱にして太い枝葉と蔓で組まれた巨大な家らしきものが、森の最奥にひっそりと建てられていた。

 保護色になっていて今まで気が付かなかったが、辺りには何十軒と似たような家が建てられていて、一緒にここまで来た黒鉄巨人達が各々の家へと散っていく。奴らの中には、どうやらつがいと思われる巨人に出迎えられているものもいた。

「まさか巨人の集落になっているのか、ここは……」

「なんか生活感があって、魔獣とは思えないんだけど……」

「魔獣は生殖能力を持たないがゆえに、特別な理由なく番にはならないのが定説だが……例外というやつなのか……?」

 先ほどまで殺し合いをしていた魔獣達に、ほのぼのとした家庭の営みを見せつけられて俺もレリィも毒気を抜かれてしまった。


「お兄さんとお姉さん、仲良く呆けてないでこっちこっち! ヨモサちゃんも無事みたいよぉ」

「魔獣が住居を築いて、家庭まで持つとは面白いね! 魔窟は新しいことの発見ばかりだ!」

 一足先に白銀巨人の家にお邪魔していたらしいメルヴィが、枝葉に囲われた家の入口からこちらに手を振っている。すぐ傍では無遠慮に巨人の家を見て回っているムンディ教授がいた。

「メルヴィ、いつの間に……。物怖じしない奴だな」

「ムンディ教授も早速、上がり込んでいるみたいだけど」

 もう少し警戒心は持った方がいいと思うのだが、あの二人には何を言っても無駄な気がした。


 俺とレリィも遅れて白銀巨人の棲み処に入ると、中ではヨモサとミラが白銀巨人と大岩のテーブルを囲んで、のんびりと果物など食べながらくつろいでいた。この白銀巨人は先ほど俺達と戦闘した巨人とは別個体のようで体が一回り小さく、何故かヨモサの装備であった黄金魔熊の毛皮の外套を肩にかけていた。ちなみに俺と戦った白銀巨人は家の奥にある藁敷きの寝床で横になっている。背中に埋め込まれた緑柱石の結晶が、寝返りを打つときにきらりと輝く。


 一方の小柄な方の白銀巨人は大人しく足を曲げて座っていた。おそらく夫婦の巨人なのだろう。小柄な方がたぶん雌巨人だ。確証はないがそんな気がした。

 しかし、雌巨人の方は隷従させていないのだが、近づいても大丈夫なのだろうか。と、そんな不安をよそにミラがその雌巨人の傍らにあった小さな岩に腰かけて、落ち着いた様子で声をかけてくる。

「あら、遅かったわね。でもまあ、うまく巨人を手懐けたようだから安心したわ」

「あっ、クレスさん。お手間をおかけしました」

 召喚術で取り寄せたのか優雅に紅茶など飲んでいるミラと、果物を頬張っていて慌てて飲み込んで俺に向き直るヨモサ。どちらも、気を抜いてくつろぎ過ぎだ。


「それで、これはいったいどういう状況だ? 俺達が戦っている間にお前たちは何をしていたんだ?」

「見てわからないかしら? お茶会よ」

 さも当然のように話すミラに、同意するように頷く雌巨人。お前が同意するのか。

 よく見ればこの雌巨人も粗雑にくりぬかれた木の器に茶色い液体を入れて飲んでいる。本当にお茶会をしていたらしい。

「気楽なものだな。さらわれはしたものの、待遇は良かったのか?」

「はい。まあ、なんと言いますか……。たぶん私がさらわれたのも、私をさらったつもりはなくて、ただあれを手に入れたかったみたいで……」

 そう言いながらヨモサが指さしたのは、雌巨人が肩にかけた黄金魔熊の毛皮の外套である。

 よく辺りを見回せば、枝葉で作られた家の中には赤銅魔熊の毛皮が敷物になっていて、奥にいる白銀巨人は白銀魔熊の毛皮を体にかけて寝ている。毛皮を集めるのが趣味なのだろうか、この巨人達は。

 だとすると、ヨモサがさらわれたのは黄金魔熊の毛皮が目当てか。


「それで、黄金魔熊の毛皮をくれてやったのか? もったいないだろう」

「……巨人に囲まれて、抵抗できると思います?」

「それはまあ仕方がないが。今なら取り返してやることもできるぞ」

「えっ……あ、で、でも……」

 ヨモサは一瞬、黄金魔熊の毛皮に未練がましい視線を向けるが、心底機嫌が良さそうにお茶を飲んでいる雌巨人を見て言葉を飲み込んでいた。

「いいんです! あれはもう、あげたのですから!」

 どうやらこの短時間で奇妙な情が湧いたらしい。あれだけ上機嫌な雌巨人から黄金魔熊の毛皮を取り上げるのは気が引けたのだろう。

(……ヨモサは未練を断ち切るつもりのようだが、そう簡単に手放していいものじゃないぞ、あれは……)

 強力な魔獣から得られた極上の素材で作った毛皮の外套だ。魔導的な加護も付与されており、非戦闘員のヨモサが身を守る術として最高の防具といえる。


 いまだに涙を呑んで諦めようとしているヨモサを横目に、どうにか取り戻せないものかと俺は隷属した白銀巨人に思念を送ってみる。

 寝転がっていた白銀巨人は俺の命令を受けるとのそのそと起き上がって、雌巨人に何やら手振り身振りを加えながら、説得らしきことを行っている。すると雌巨人は無言でいきなり白銀巨人を殴り倒し、ずかずかとヨモサの前までやってくる。

 これは大丈夫なのか? というか、白銀巨人の奴は完全に尻に敷かれているんじゃないか。

 俺の不安をよそに、雌巨人はヨモサへ黄金魔熊の毛皮を差し出す。


「え? 返してくれるのですか?」

 ヨモサの言葉を理解しているのか、それとも雰囲気で察したのか、雌巨人は何回も頷いたあとでヨモサに毛皮の外套をかぶせてやる。

「あ、ありがとう……」

 困惑しながらも黄金魔熊の外套を受け取るヨモサは自然と顔をほころばせた。

 雌巨人も満足そうに頷くとヨモサの頭を撫でている。情が移ったのはヨモサだけではなかったということか。


 雌巨人はその後、何故か俺の方へとやってきて、ぶん殴られて床に転がされている白銀巨人の背中を指さして「ホゥ、ホゥ」と訴えかけてくる。

「な、なんだ? 俺は巨人の言葉などわからないぞ?」

 どうやら俺が白銀巨人の背中に埋め込んだ緑柱石の結晶が気になっているようだ。

「外してほしいんじゃないでしょうか?」

「あぁ……呪詛を解けって? 交換条件ってわけか」

 意図をくみ取ったヨモサの話に、もっともなことかもしれないと俺も納得してしまう。


「レリィ、白銀巨人の隷属を解いた後、最悪は戦闘になるかもしれん。警戒してくれ。ミラはいい加減、茶器を片付けろ。休憩は終わりだ」

「仕方ないなぁ~。気をつけてよ、クレス。呪詛が解けた途端の不意討ちとかまで守り切れないからね」

「大丈夫なのかしら? もう一匹の巨人も隷属させてしまった方が確実でしょうに」

 なんだかんだ言いながら協力するレリィに対して、ミラは冷徹な提案をする。客観的に見てどちらがこの場における正しい反応かといえば後者だろう。

 ただ、俺はなんとなく大丈夫なような気がしていた。一度、白銀巨人と意思の導通経路パスを繋げたからわかるのだ。

 この巨人達は魔獣となり果ててさえ、元の素体の自我を持ち合わせている。ふと、隷属を解いた瞬間襲い掛かってきた小鬼の姿が脳裏を過ぎったが、俺はそんな不安を無視して今現在の直感を信じることにした。


 俺は白銀巨人の背中に埋め込まれた緑柱石の結晶に指先を触れさせて、魔導因子を流し込みながら解呪の術式を発動する。

(――戒めの呪詛から解き放たれ、汝の自由を取り戻せ――)

『解呪、眷顧隷属けんこれいぞく!』

 緑柱石の魔蔵結晶が一瞬だけ光を放ち、直後に白銀巨人の背中から力なく脱落する。まだ取り付けて間もないこともあり、耐久度が十分に残っていたのか緑柱石は砕けることなく床に落ちた。大抵は解呪のときの負荷で砕け散るのだが、小さな罅が入っただけで形はしっかり残っている。ただ、魔導基板として再利用するのは難しいだろう。


「これはもう使えないな。欲しければくれてやるが」

 雌巨人に緑柱石を放り投げると、それなりに興味があったのか素早く空中で掴み取り、角度を変えながら熱心に結晶を覗き込んでいた。ひとしきり観察したら満足したのか、緑柱石を机に置くと代わりに空いた手で俺と強引に握手しながら背をばんばんと叩いてくる。

 表情を見るに喜んでいるようだが、そろそろ力加減を弱めてもらわないと本気で防衛術式が自動発動しかねない。巨人にしてみれば軽い戯れのつもりでも、普通の人間にとってはぶん殴られているのと大差ないのだ。

「ほぉほぉ……これはまた、珍しい光景だ。人と魔獣が呪術契約なしに友好関係を築くなんて」

 俺と巨人のやり取りを見て的外れな感想を漏らすムンディ教授。見てないで俺を助けてほしい。



 無事、ヨモサを助け出して、俺達は巨人達に見送られながら次の階層を目指す。

 ちらと後ろを振り返ってみれば、第六階層『巨人の寝所』の風景が穏やかな空気漂う森に隠れて、段々と見えなくなっていった。

 魔窟とは思えないほど穏やかな空気の漂う領域だった。

 この階層は、果たして俺に何を伝えようとしていたのだろうか?

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