第306話 第五階層『糸網の樹洞』

 第四階層『魔熊林道』を攻略した俺達は、一旦地上へと戻って休息と装備の補充を行うことにした。

「見てください、見てください! この『金熊毛の外套』!! 自信作ですよ! 高い防御性能に加えて、魔導的な加護が働くのか身動きが素早くなるんです!!」

 地上へ戻ってからすぐに素材加工の工房にこもったヨモサは、黄金魔熊の毛皮を加工して熊の頭がフードとなった外套を製作していた。黄金の毛皮がキラキラと日の光を反射し、眩しくて下手な角度では見られない。


「あぁ~! ヨモサちゃん、とってもゴージャスぅ。しかも、かわいいわぁ。かわいい、かわいい!」

 メルヴィが頬を染めて、『金熊毛の外套』を被ったヨモサを撫でくり回している。背の小さいヨモサが大きな熊の毛皮を着ていると、何やらもこもことした毛並みの獣のようで確かに可愛い。魔導的な加護も働くと言っていたが、もしかして魅了の呪詛もおまけで付与されているのではなかろうか。

「しかしまあ、ヨモサも一端の冒険者みたいになったな。超硬合金製のツルハシに赤毛狼の籠手、そして金熊毛の外套。並みの冒険者でもこれだけの装備は揃えてないぞ」

「ふふん。それはドワーフ伝統の加工技術を使いこなす私の特権です」

 いつの間にか超硬合金製のツルハシも柄の握りや石突きなどに手が加えられ、ヨモサの専用武器と化していた。


「ドワーフの加工技術、なかなか大したものだが……。俺も錬金術士として装備の製作技術には自信があるぞ」

「……おやおや、クレストフ君が対抗意識を燃やすとは。ヨモサ君の腕前は本物のようだね」

 異界にしか興味のなさそうなムンディ教授だが、魔窟の魔獣素材で作られた装備となれば興味の範囲に入るらしく、ヨモサの作った外套をしげしげと観察している。

 ムンディ教授が対抗心と言ったが、それはあながち否定できない。実は俺もレリィ用の鎧を作っていたのだ。専門業者に頼んでもいいのだが、細かい注文を付けて作らせるくらいなら自分で作った方が早いし確実だと考えて、久々に腕を振るってみせたのだ。


「見ろ! このレリィ専用、超高純度魔導鉄製、打ち出し鎧の輝きを!! 魔導精製された銀色に輝く超高純度鉄を素材に、体の動きを阻害せずに急所をしっかりと守る構造設計! 水に錆びず、酸にも溶けず、耐熱強度の高い超高純度鉄板をレリィの体に最適な形状で打ち出した至極の一品だ!」

「な、なんかこの鎧、着ている感覚がなくなるほどぴったりで気持ち悪いんだけど……」

「最適設計した結果だ。慣れろ。違和感がなくなれば裸で動き回るのと大差ないくらい動きやすいはずだぞ」

「裸で戦ったことなんかないからね!?」

 胸元は鎧内部にやや余裕をもって衝撃を緩和できる形状とし、腰回りは体の捻りの邪魔にならないよう腹の周囲で滑るように作り込み、足回りは筋肉の躍動を阻害しないよう気を付けながらも十分な防御性能を持たせるだけの面積を確保している。肩と腕も関節の稼働は自由ながら、守備面積を従来よりも増やしていた。


「むむむ……クレスさん、やりますね……。素材も超一級品ながら、それを活かした加工方法と形状になっています。しかも、レリィさんの戦闘中の激しい動きを見越して、最適な構造に作りこんでいるとは。これはレリィさんの体を知り尽くしていないと作れない専用鎧の傑作……!!」

「や~ん、えっちねぇ~」

「だから誤解されるような言い回しはやめて!!」

 興奮気味に語る俺とヨモサから好きなように品評されて、顔を真っ赤にしながらわめくレリィ。メルヴィは面白がってからかっていた。

 ――だが違うぞ、お前じゃない。俺達が品評しているのはお前が着ている鎧だ。


「皆さん、気合い入っているですー。でも、せっかく地上へ戻ってきたんだから休むことも必要だと思うのですよー」

 メグは魔窟で得た収入を街での買い食いに思う存分使っていた。大量の食べ物を抱えて歩き食いしているが、魔窟攻略都市の出店に並ぶ食い物程度ではメグが小遣いを使い切ることはないだろう。彼女もそれがわかっていて好きなだけ買い食いを楽しんでいるようだった。

 今回の魔窟攻略で得た魔石の換金によって、俺とレリィは冒険者レベル52に上がってBランク熟練冒険者に認定された。

「けっ……。なんだよ、なんだよ。どうしちまったんだ、このギルドは? ガキばっかりの冒険者小隊から、二人もBランク冒険者を出しちまうとか、頭おかしいだろぉ~?」

「おい、ジラフ。てめえは少し黙ってろ。奴らもお前も、むかつくんだよ」

 ギルド支部では前代未聞の最速ランクアップと話題になり、Bランク冒険者『酔いどれジラフ』やAランク冒険者『巌のガダル』などは、つまらなそうに粘ついた視線を送ってきていた。


 メグやミラ達は冒険者に興味はないらしく、報酬は分けたものの冒険者レベルへの評価は俺とレリィの二人に絞ったこともランクアップの後押しになった。俺も大して冒険者ランクに興味はなかったのだが、ギルドから情報が仕入れやすくなるという思わぬ収穫はあった。

 Bランク以上の冒険者には、ギルドから積極的に魔窟の情報が回されてくるのだ。それもこれも魔窟調査の促進が理由で、ギルドとしても可能性のある冒険者を優遇することが利益に繋がるからだ。


「それで……ギルドから手に入った情報はどうだったの。次の階層の魔獣について、何か気になる点はあったのかしら?」

 ミラが魔窟の情報共有をしたいと言い出したことから、俺達は個室のある食事処に入って魔窟攻略会議を開いていた。

「俺の知らない獣がかなりいるな。第五階層は蜘蛛系統の魔獣で統一されている。階層主に関しては、底なしの洞窟が魔窟化してからずっと変わらない脅威として今も存在しているらしい」

「知らないって……以前に底なしの洞窟で魔窟主ダンジョンマスターごっこしていた時に召喚したわけではないの?」

「なんだその遊びは。全く関わったことのない種類だ。蜘蛛系の獣なんて使役したことはない」

「そう。だとすると、たまたま住み着いた魔獣ってこともあるわね。クレストフ、あなたが底なしの洞窟の管理を手放してから結構経っているのよね? その間に蜘蛛系統の猛獣が潜り込んでいたんじゃないの?」

「可能性はあるな。ギルドの調査隊が調べたときも第五階層は最初から蜘蛛系統の魔獣で固まっていたらしい。だとすればこの階層は、無理に階層主を倒さないで先へ進んでしまうのも手だな。俺に関わりのある何かがあるとは思えない」

「実際、冒険者さん達もここの階層主には手を出さないのが普通ですよ? 第五階層の『アシナガ』といえば魔窟発生初期の頃には、多くのBランク冒険者の命を奪ってきた強敵ですから」

 ヨモサでも噂には聞いていたらしい。『アシナガ』という第五階層の脅威について。


「そういえばこの階層についてはギルドから強く教えられていたことあったよね。確か……『――決して止まってはいけない。走りぬけろ――』って」

「レリィお前よく覚えていたな。ギルドで講習受けたときは寝ていただろ?」

「あんまり何度も言うもんだから、勝手に耳に入ってきて覚えちゃった」

「まぁ……『アシナガ』『止まってはいけない』、この二つからなんとなく想像はついたわ。早速、第五階層へ行くわよ。時間がないのでしょ?」

「ああ。急ごう。あまりのんびりしていると、他の階層主が復活してまた手間を取らされる」

 俺達は魔窟攻略会議を早々に切り上げ、次なる第五階層への挑戦を始めた。




 ギルドから極めて危険な階層として注意喚起されているのがこの第五階層『糸網の樹洞』である。

 魔熊林道から繋がる新たな階層は奥へと進むに従って徐々に木の影が濃くなっていく。無数の枝葉が蜘蛛の巣で繋がれ巨大な樹洞となった魔窟へと、俺達はいつの間にか踏み込んでいた。

 いたるところに巨大な蜘蛛の巣が張ってあって、時折その巣の主であろう大蜘蛛の魔獣の姿が見え隠れしている。用心深い性格なのか、互いに視界に入る位置に来ても迂闊には近寄ってこなかった。積極的に人や他の生き物を襲う魔獣にしては珍しい習性である。

(……やりにくいな。今はよくても、通り過ぎた後が問題だ。背後から隙を見て狙われたら厄介だぞ、これは……)

 こちらから先制攻撃するには距離があるし、数も多い。対処の難しい魔獣といえるだろう。


「こっちを意識しているくせに、積極的に襲いには来ないんだね」

「いや~な視線を感じるわぁ~。あの辺り、焼き払ってしまってはダメかしらー?」

 魔獣からの視線を敏感に感じ取るレリィは、だいぶ神経質になっているようだった。メルヴィも蜘蛛の魔獣からの熱い視線は生理的に受け付けないのか、今にも炎の呪詛で森を焼き払いかねない精神状態だ。度々、蜘蛛の糸を体に絡ませては、愛らしい顔をくしゃっと歪めている。

「やめてくださいよ、メルヴィさん。ここで炎の呪術なんて使おうものなら、私達も一緒くたに炎に巻かれて死んでしまいます」

「やーねーヨモサったら~。そんなことしないわ~。……炎じゃなくて、氷なら問題ないわよねぇ~?」

 また一つ髪に絡みついてきた蜘蛛の糸を払いながら、メルヴィは冷え切った殺意を漂わせている。かなり苛ついていた。


「あ、痛っ!?」

 先頭を歩いていたレリィが不意に声を上げた。見れば頭の高さ辺りに銀色に光る糸が一本張られている。ぴんっと張り詰めた糸はレリィの額に当たって小刻みに震えた。細くて固い、鋼の糸。

 途端に、樹洞の奥からざわざわと葉擦れの音が聞こえてきた。何かが近づいてきている。

「ふむふむ。どうやら僕らは魔獣の警戒網に引っかかったようだね。この辺りを縄張りとする奴らが来るようだよ」

「結局こうなるのかよ……。どんな魔獣でも好戦的なのは変わらないか!」

「魔獣なんてどいつもこいつも人類の敵なのですー。難しく考えることもなく、ごみ畜生は黙って殴り殺すのが正義なのですよー」

 ぱしぱしと戦棍を手の平の上で弄びながら、メグが戦闘態勢へ移る。

「来ました!!」

 ヨモサが声を上げると同時、樹洞の闇の奥から魔獣が姿を現す。人間の大人と変わらないほど大きい蜘蛛型の魔獣が五体。八本の足を忙しなく動かしながら、樹洞の壁や天井を走り抜けてくる。五匹のうちの一匹などは宙に張られた鋼の糸を器用に渡り歩き、縦横無尽の動きでこちらの視線を惑わしながら距離を詰めてきていた。


「『鋼蜘蛛はがねぐも』だ! 鋼の糸と鋭い牙に注意しろ! レリィは闘気解放、三つだ!」

 迫りくる鋼蜘蛛に向かって走り出したレリィは髪留めの封印を三つ解いて、翠色の闘気を全身から立ち昇らせる。壁を走り抜けて、一番前に出張っていた鋼蜘蛛の一匹を擦れ違いざまに水晶棍で攻撃した。だが、急制動をかけて停止した鋼蜘蛛に間合いを崩されて水晶棍は空振りに終わる。

「一回避けたからって――!!」

 振りぬいた水晶棍の勢いを止めることなく、敵に背中を見せることもいとわずに身を捻り、さらに一歩を踏み込んで上段からの一撃を鋼蜘蛛の脳天に炸裂させた。初撃こそ尻から放出していた鋼の糸を調節して動きを止めた鋼蜘蛛だったが、続く回避行動へ移る前にレリィの水晶棍によって致命打を受けて崩れ落ちる。灰となって滅び去った後には黄色い小魔石と鋼の糸束が地面へばさりと落ちて残された。


 レリィが一匹を仕留める頃には、他の場所でもそれぞれ魔獣との衝突が起こっていた。

『……あがなえぬ罪の重さに打ちひしがれよ……!』

 メグは呪詛による重撃の効果が乗せられた戦棍の一振りで樹上から飛び掛かってきた鋼蜘蛛の前足と牙をへし折り、魔獣の体当たりを大きく跳び上がって避けると、がら空きの背中にもう一撃を叩き込む。ぐしゃり、と背骨から腹までが潰されて鋼蜘蛛は絶命した。


 後方で待機していた俺やメルヴィの元へも鋼蜘蛛が二匹、襲い掛かってきていた。こちらの鋼蜘蛛はやや離れた高さのある場所で動きを止めると、尻を向けて細い鋼の糸を射出してくる。

 俺はメルヴィを庇うように前へと出て、紅水晶の魔蔵結晶を左右に大きく振りながら攻勢術式を発動する。

(――薙ぎ払え――)

桃灯灼爍とうとうしゃくしゃく!!』

 桃色に輝く光の鞭が空中でしなり、斜め上の左右から射出された鋼の糸を細かく焼き切った。ついでに鋼蜘蛛へ向けて光の鞭を放つが、これは脚の二、三本を切り落としたものの鋼蜘蛛は致命傷を避けながら恐れることなく距離を詰めてきた。


(――世界座標『大寒地獄』より召喚――)

 とん、とメルヴィが紫檀の杖で地面を軽く突く。

『貫き穿うがて、白魔の爪牙そうが!!』

 光の粒と共に氷柱が地面から伸び上がり、ぐんぐんと成長すると先の尖った細い氷柱を幾本も形成し、迫りくる鋼蜘蛛に向かって氷の槍が一斉に撃ち出された。

 飛翔する無数の氷の槍が、鋼の糸を辿って空中から襲い掛かろうとしていた鋼蜘蛛二匹を貫き、あっという間に蜂の巣にしてしまった。


「残り一匹だ。どうやらこちらへ来てしまうよ。ヨモサ君」

「え!? あ、あの、どうすれば!?」

「僕が動きを止めるから、その隙に頭部へ強烈なのを頼むよ!」

「ええぇ!? ムンディさんが止めるんですか!? どうやって――」

 ヨモサの疑問に答える時間はなく、迫りくる鋼蜘蛛の魔獣に対してムンディ教授が小脇に抱えていた魔導書を構えて術式の準備を始める。

 茶色い革表紙を金枠と鋲で補強し、本の表紙から中身までびっしりと魔導回路を刻み込んだムンディ謹製の魔導書『反転世界インベルサスムンディ』である。魔導加工を施された金色羊の羊皮紙が使われており、一冊に数百頁の魔導回路基板を備える優れものである。


(――異界座標、『逆転の渦』に接続開始――)

 金羊毛の魔導書がぱらぱらと頁を開きながら黄金色に光輝き、凄まじい魔力がムンディ教授の周囲に集中していく。かつてムンディが自らの体を送り込んだ、魔導の源泉たる別次元・異界。そのうちのごく一部領域、時間の逆転という概念に関わる異界座標『逆転の渦』から、特殊な異界法則そのものを現世へと引っ張り出す。

『異界法則、無限回廊……!!』

 走り寄ってきた鋼蜘蛛の進路が蜃気楼のように揺らぎ、そこへ飛び込んだ鋼蜘蛛の動きがひどく緩慢になってその場に止まる。


「いったい何が……?」

「空間の距離を無限に引き延ばして、対象物の移動を遅らせているんだ!! ヨモサ君、今なら君でもあの魔獣を倒せる!!」

 突然起こった魔獣の不可解な動きに動揺するヨモサへ、ムンディ教授から説明の声が飛ぶ。

「え、ええと……!?」

「ツルハシを振り上げて、魔獣に振り下ろしたまえ! 頭に、全力で! それ以外の場所には触れないように。私の術式に巻き込まれるよ」

「は、はぁいっ!!」

 なおも理解の及ばないヨモサに対して、簡潔な指示が出される。条件反射の如くヨモサは言われるまま動き出した。


 ムンディの時間干渉で動きを遅くした鋼蜘蛛へ、ヨモサはわけもわからず走り寄り、ツルハシの鋭い先端を脳天に突き立てた。

 頭頂から顎下までを貫き通し、それでも一撃では滅ぼし切れずに何度も引き抜いては振り下ろして、その場から動けない鋼蜘蛛を滅多刺しにしてついに魔獣は黒い霧を噴き出しながら灰と化して消え去った。


「やーやーヨモサ君! 上出来だよ!」

「あ……倒せた……?」

 ツルハシをだらりと下げてヨモサは放心していた。まるで実感のない様子だったが、ムンディ教授との協力で魔獣を倒したのは紛れもないヨモサだ。


 これでひとまず魔獣どもは片付いたと安心した直後、今まで静かだったミラから警戒の声が飛ばされる。

「上からまだ来るわよ!」

 ミラの声に反応して頭上を見れば、鋼蜘蛛とはまた違う種類の蜘蛛型魔獣が複数、糸を垂らして襲い掛かろうとしていた。

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