第300話 悪魔祓いメグ

 魔窟の第三階層『虎の穴』より帰還した俺達をギルド支部で待っていたのは、少しだけ予想外の人物だった。

「やあ、クレストフ君。底なしの洞窟の下調べは順調かい?」

 聖霊教会からの手紙を読んで、ギルド支部で派遣人材との待ち合わせをすることになっていたので、そこにムンディ教授がいたのは俺にとって予想外であった。


「ムンディ教授? どうしてあなたがここに?」

「おいおーい、その反応は酷いじゃないか。君が僕に応援を要請しておいてー」

 ムンディ教授は相変わらず幼い少年の姿で、裾を引きずるような白衣を身にまとっている。俺達が来るまで、ギルド支部の受付横で来客用のお茶をすすりながら、ベテラン受付嬢のヴィオラと話し込んでいたようだ。

 ヴィオラは一見して紅顔の美少年であるムンディ教授を横目に、にへらにへらと顔を緩めながら受付の仕事をしている。ムンディ教授のお茶はヴィオラが自主的に出したもののようである。さすがベテラン受付嬢だけあって、敬意を払うべき相手への応対がわかっている。


「あーいや、失礼。実は別の人物とギルド支部で待ち合わせしていまして。ムンディ教授はもう少し合流が遅れるかと思っていたもので……」

「おや、そうなのかい? もしかしてそれは後ろの……」

 ムンディ教授はそこまで言ってから、今までに見たこともないようなしかめ面となって、傀儡の魔女ミラを睨んでいた。

「なんで妖怪人形婆がここにいるのかなぁ……? 家で大人しく人形遊びでもしていればいいのに……」

「あーらあら、奇遇だわねー、異界ボケ爺が。なんで、あんたこそいるわけ? 金にならない研究ばかりしていてアカデメイアを追い出されたのかしら?」

 互いに容赦のない悪口を第一声として、いきなり睨み合いを始めてしまった。まさか、この二人は知り合いでしかも仲が悪いのだろうか。これから魔窟攻略だというのに喧嘩は勘弁してほしい。


「クレスさん、もう驚きませんけど……もしかして、あの男の子も?」

「……準一級術士のムンディ教授だ。ああ見えてご高齢の年長者だからな」

「ええー……純人すみびとですよね? ミラさんといい、このムンディさんといい、どうなっているんですか……」

 ヨモサのそれは疑問というよりは諦めを含んだ言葉だった。確かに、彼女の周りには人間離れした人物が集まり過ぎている。この仲間内ではドワーフという異種族ながら、一番普通なのがヨモサかもしれなかった。


「あーもぉー。ミラおばさまったら、その年で喧嘩とか恥ずかしいわぁ……」

「ムンディ教授もああしてみると年相応? だね……」

 ミラとムンディの喧嘩は、傍目には幼児同士が他愛のない喧嘩をしているようにしか見えない。それはそれで自然な風景なので俺は気にしないことにした。



 ミラとムンディの睨み合いが一段落したところで、互いに改めて近況報告を済ませた。

「……では教授の方は準備が整ったと?」

「ああ、準備万端だよ。身の回りの整理や知り合いへの挨拶も全て済ませてきた。これで心置きなく異界調査に出られるというものだよ」

 ムンディ教授は簡単に身辺整理を済ませてきたと言うが、これは命懸けの旅を前にして、仮に帰還が叶わなかった場合に備えてのことだ。彼自身、生きて帰れるかわからないというのが本音なのだろう。それでも共に来てくれることに深く感謝しなければならない。

「計測機器や録場機の予備に、幻想種避けの呪符でしょ。サンプル回収瓶は別倉庫に保管してあるから、召喚で必要に応じて取り寄せればいいし……」

 とても楽しそうに見えるのが不安ではあるが、やることはやってくれるだろう。目的は忘れていないと思いたい。


 そんな話し合いをギルド支部の一画でしていたところに、ようやく本来の待ち人はやってきた。

 冒険者組合を訪れるには不釣り合いな出で立ちをした女性が一人、扉を開けて入ってきたのだ。

 黒い聖帽を目深に被り十字架の首飾りを胸元に吊るした、見るからに修道女シスターらしき装いの人物。背は低いが、大きく膨らんだ胸元が女らしさを強調している。修道女は俺と目が合うと迷わずこちらへと歩いてくる。

「もしもし、あなたが聖霊教会に派遣依頼を出したクレストフさんですか?」

 意外と若い、というか幼く聞こえる声だ。体格と声帯の問題かもしれないが、二十歳にも達していないのではなかろうか。

「ああ、俺がクレストフだ。よくわかったな」

「ふっふっふっ……わかりますとも。依頼人の容姿的特徴として、宝石の装飾品をたくさん身に着けた成金っぽい悪人面の若い男性だと……」

 ……なんだろうか。人相の説明に明確な悪意を感じる。聖霊教会とはこれまで不仲であったが、こうもあからさまに言ってくるのはどういうことだろう。


 聖霊教会とは宝石の丘への旅路で悪魔祓いエクソシストに襲撃された一件に加えて、運河の都カナリスでの暗殺事件でも裏で絡んでいたことから、最悪の関係性となっていた。俺の方からも魔導技術連盟の幹部として厳重に抗議して、連盟から教会への寄付活動を凍結したり、術士の有能人材の斡旋を規制するなどかなりの締め付けを行った。

 教会の悪魔祓いが連盟幹部を襲撃したという風評は、教会の信用も失墜させかねない事態となり、何度も聖霊教会から和解の申し出が伝えられてきていた。もちろん俺は和解など突っぱねて、謝罪を要求した。当たり前だ。一方的に、二回も暗殺されかけたのだから。

 そこで聖霊教会が謝罪の代わりとして申し入れてきたのが、今回のビーチェ捜索における教会人材の派遣だった。異界の探索においては魔獣や幻想種との戦闘が頻発すると予想された。聖霊教会にはその手の相手に強い武闘術士がそろっており、協力できるだろうという話だった。


 俺としてはまた暗殺者を送り込まれても困るので一度は断ったのだが、『風来の才媛』が責任者として魔導技術連盟の審査を通した人材を派遣するということで俺も納得した。聖霊教会からは、俺とのしがらみがなさそうな若くて優秀な人材を寄越すと聞いていたが……。

「それで、君が聖霊教会から派遣されてきた『若くて優秀な人材』というやつか?」

「ふっ……いかにもその通りです。聖霊教会の悪魔祓いエクソシスト、稀代の新星メグとは私のことなのです!」

 ぐいっ、と深く被っていた聖帽を片手で押し上げ、どや顔で名前を名乗った修道女――もとい悪魔祓いのメグは、そこで初めて俺の顔を正面からまともに見た。


「……ん? あ。あーっ!! あなた! いつぞやの守銭奴……じゃなかった。金貨募金の彼氏さんではないですかー! やだー!」

「は、はぁ? いったい何を言い出すんだ……?」

 最初からどうも口調が怪しいと感じていたが、自称悪魔祓いのメグはいよいよ聖霊教会の関係者かどうかも怪しい言動を始める。そもそも聖霊教会からの派遣人材の選定が既にふざけている。謝罪を受け入れる条件に聖霊教会から神官騎士の二、三人くらい戦力を引き出そうとしたのだが、まさか性懲りもなく悪魔祓いを送ってくるとは思わなかった。しかも見るからに若すぎる。

 いや、年齢だけで判断するのは早計かもしれない。俺を暗殺しようと狙って来た悪魔祓いも年齢はいずれも若かった。おそらく子供のころから暗殺技能を磨いてきたのだろう。だとすれば、このメグもアホ臭い言動とは裏腹に、過酷な訓練を積んできた戦闘員なのかもしれない。


「やー、奇遇ですー。イケてる彼女さんともまた会えるなんて~。これも主の導きですかねー」

「あー……もしかして、カナリスで募金活動していた修道女シスターさん?」

「募金の修道女だと……? 悪魔祓いではなかったのか?」

 なんだか段々と人材の能力水準が落ちていっている気がする。会って数分経たないうちにここまで人間株価が暴落する奴は初めて見た気がする。

「ふふふ、それは世を忍ぶ仮の姿なのですよー。こう見えて子供の頃から、修道女の嗜みと称して折檻紛いの厳しい悪魔祓い訓練を受けてきた身なのですからー。……ああ~ほんと、あの糞司祭の折檻を思い出すだけで今もお股が縮こまるのです。心的外傷トラウマってやつですよ、もー」

「確認したいんだが、今までは実戦に出ないで修道院で働いていたのか?」

「はいー。うちのところの糞司祭がとある事情から引退しましてー。カナリスの教会支部ごとなくなってしまったのですよ。それで居場所を失ったメグは、悪魔祓いとしての訓練経験を見込まれましてー、聖霊教会本部に身柄を移されたのです。数ヶ月ぐらいですかね~、追加訓練を受けてから正式に悪魔祓いとして活動を始めることになったわけでしてー」

「それで最初の任務が、俺達に同行することだと?」

「はいっ! 『結晶』の一級術士、クレストフさんの異界への旅路に同行して、悪しき幻想種を滅ぼすという崇高なる使命を仰せつかったのです! むふーっ!」


 頭が痛くなってきた。こんなことなら聖霊教会など強請ゆするのではなかった。

 大方、聖霊教会としては危険な旅路に神官騎士や熟練の悪魔祓いを派遣して、万が一にも貴重な戦力を失いたくなかったのだろう。加えて、確執のある『結晶』の一級術士としがらみなく付き合える人物として、悪魔祓いになったばかりで思考も性格もおおらかなメグを送り出したのかもしれない。

「ちなみにお前は、悪魔祓いとしてどんな技能を持っているんだ?」

 どうせ期待外れの能力しか有していないのだろうと思ったのだが――。

「神官戦士が扱う棍棒術を人並みにですね、あ、ほらこの戦棍メイス、私のお気に入りなんですけど。あと、亡霊共を浄化する術式も使えますからねー。魔獣でも悪魔でもかかってこい、ってなもんです」

「ほぉ……。意外と……」

 言っていることが本当ならそれなりに使えそうだ。教会関係者の言う悪魔とは幻想種のことだから、はったりでなければ異界の狭間を旅するのに強力な助っ人となりうる。


「ところでですねー。メグのことばかりでなくて、皆さんのことも教えてもらいたいのですがー……。えーと、彼氏さんのお仲間ってもう集まっているのですかー? 何人くらいで向かうのです?」

 キョロキョロと周囲を見回して、俺とレリィの他に少女やら幼女やら少年しかいないのを見て、メグは「ふぅっ……」と天を仰いだ。

「まだ集まっていないみたいですねー。なにしろ恐ろしい異界への旅と聞きましたからー。準備に時間がかかるのはメグもわかるのですよー」

「いや、大体がここにいる人間で向かうわけだが。あともう一人、二人。一級術士と一流の騎士が合流する予定――」

「ふぁあああっ!?」

 俺の言葉を途中まで聞いた時点で、メグが素っ頓狂な声を上げて落ち着きなく周囲を見回す。

「まままっ……まさかこの人員で異界を目指すのです? 美人のお姉さんから、なんかえっちい雰囲気の美少女に、素朴な少女。果ては妖艶な美幼女に、年端のいかぬ少年まで囲いこんで……なんて業の深い奴なのですかっ!? 人の目と世の法が届かない場所でなら何をしてもいいと思っているのですー!? 悪魔より先に、この男を粛正する方が主の御心に沿うのではっ……!?」


 やばい。こいつは話の通じない奴だ。

 メグは手に戦棍を握りしめながら、ぶるぶると体を震わせている。目はぐるぐると回って視点が落ち着かず、今にも殴りかかってきそうな雰囲気である。というか、まずその誤解する思考自体がやばい。どうしてそんな発想に至るのか。

 誤解されるような人員を集めてしまった俺にも多少の非はあるような気もするが、この反応の仕方は異常である。以前に襲ってきた悪魔祓いもそうだが、聖霊教会の悪魔祓いは全員イカれてやがるのだろうか。

「はっ!? まさか、メグもその一人に含めようと!? で、でも、司教様は教会と連盟を和睦させる大切な勤めだと言ってましたし……。え? つまり、そういうことです……?」

 勝手にメグの中で理解が繋がったのか、彼女は俺の方を見ると何やら顔を赤らめながらもじもじとし始めた。

「……で、ですが、あなたには彼女もいて、愛人もいて……。あーでも、そう考えたらメグ一人くらい増えてもいいような気もするし……。よく見たら顔はそう悪くないし、若いのに地位が高くてお金持ち……あれ? すごい優良物件? はっ! ……そ、その、メグもお勤めのためならばですね……」

「おい。おい待て、何を言っている」

「こう見えてメグも、悪魔祓いの先輩お姉さま方に男の篭絡の仕方……じゃなかったです、殿方を喜ばせる手段は少し習っているのですー。えへっ」

 胸を抱え上げるように腕を組み、不器用なウインクをしてみせるメグ。まだ幼さを残す容姿でありながら、胸は結構ある。メルヴィにも似た犯罪の匂いが漂ってきた。

 段々と危険な方へ思考が流れていっている。レリィやヨモサの目も、メグの独り言を聞くに従って冷たくなっていく。メルヴィは面白そうな顔で「あら~」とか言っているし、ミラとムンディは素知らぬ顔でお茶を飲み始めた。誤解だ。大いなる誤解だ。


「それでは、末永くよろしくお願いするです」

「いや、旅が終わるまでの関係だ」

「旅の間だけの関係? 手切れ金は弾んでくれると嬉しいのです……」

「わかった。特別報酬でも何でも個人的に払うから、まずは俺に対する誤解を正せ」

 この後、メグの誤解を解くのに、俺と悪魔祓いの確執から魔導技術連盟と聖霊教会の関係が険悪になった流れを説明するなど、一刻の時を要したのだった。

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