第299話 第三階層『虎の穴』

 殺意を湛えた無数の『角』に囲まれていた。

「ギルドの情報では、角兎は臆病で単独行動が多い。魔獣となっても元々の性格を強く残しているって話じゃなかったか?」

「あたしもそこだけは聞いた覚えがあるんだけど……情報が古かったのかな?」

 情報が古い。それはあるかもしれない。特に、第一階層の小鬼君侯を討伐してから魔窟には異変が起こっていた。今の状況がその異変の一つだとすれば、ギルドを責めるわけにもいかないか。


「レリィ、お前はヨモサやメルヴィ達の守りに徹して――」

「ちょっとー。この子達は私が守るから、攻撃に専念してくれるかしら?」

 レリィに防衛を任せようとしたところでミラからの提案が差し挟まれる。

「任せていいのか?」

「むしろ、もう少し頼りなさい。宝石の丘への旅路では、あなたもっと他人に頼っていたわよ。自分一人で全て抱えて、守り切れると思わないことね」

 そうだったろうか。頼るというか、利用していただけの気もするが。

 しかし、一人でやり切ろうという考えは確かにあったかもしれない。そんなことは無理な話だというのに。何のために俺は仲間を集めて、宝石の丘への道を再び辿っている? ビーチェを救うため、異界の狭間という未知の領域へ挑むために、信頼できる仲間を集めたのではないのか。


「よし……! ミラ。レリィ以外の連中の守りは任せた。メルヴィ、お前はミラに防御を任せて、魔獣への攻撃を優先しろ。ヨモサは大人しくミラの傍で待機。魔獣が近寄ってきた場合のみ戦って追い返すようにしろ。レリィは闘気の解放を、封印二つまでで持久戦に備えろ」

 手早く全員に指示を送りながら、俺自身は戦闘準備の術式を発動させる。既に幾匹か角兎の魔獣が動き出していた。


(――組み成せ――)

 赤鉄鉱ヘマタイトの魔蔵結晶を体に押し付けて、防衛術式を発動する。

鉄砂てっさの鎧!!』

 黒い砂鉄が全身にまとわりつき、瞬時に手足や顔面まで体表の全てを鉄の粒が覆い尽くす。ざわざわと蠢く砂鉄の鎧。


鉄血造形てっけつぞうけい!!』

 飛び掛かってきた八角大兎を、術式で操作した砂鉄の鉤爪で引き裂き、角を飛ばす前に首を握りつぶして即死させる。


 続けて虎目石タイガーズアイの魔蔵結晶を砂鉄で覆われた額に埋め込んで、術式を発動させた。

(――見透かせ――)

『虎の観察眼!!』

 ぎょろぎょろとした虎目石の疑似眼球が全身のあちこちに貼りつく。肩や胸、背中にも埋め込まれた『虎の観察眼』によって、全方位の状況が見て取れる。これでどこからあの角の矢が飛んできても対処できる。


 俺の背後ではレリィが九角大兎と十角大兎を相手取って、闘気の力によって瞬く間に二匹の頭を叩き潰していた。

 まだ追い込まれてもいない状況であるのに、次に飛び掛かってきた角の本数を数えるのも面倒くさい魔獣共は、初手から自爆攻撃の気配を見せて頭上から襲い掛かってきた。驚異的な跳躍力である。頭上へはどうしても注意が向きにくい。あまり上ばかり見ていては、地上を埋め尽くす無数の角兎達からの攻撃を受けてしまうからだ。

 だが今の俺は全方位に視覚を有している。

(――撃て――)

 電気石トルマリンの魔蔵結晶を鉄砂の鎧の機能によって素早く懐から取り出し、意識制御へと移る。

焦圧雷火しょうあつらいか!!』

 太い雷光が空気を裂いて、頭上の角兎魔獣を貫通する。角兎は自爆するよりも先に雷撃を受けて爆ぜ散った。自慢の角はバラバラに砕けて、勢いなく地面へと落ちてくる。


 一匹が自爆攻撃に失敗したと見るや、次は二匹、三匹と数を増やして突撃してくる。空中から、地上から、俺やレリィだけでなくついにはミラ達の方にまで飛び掛かっていった。

 襲い来る魔獣の群れに臆することなく、傀儡の魔女ミラは銀色の短杖ワンドに魔導因子を込めて意識を集中している。


(――世界座標、『傀儡くぐつの人形館』より召喚――)

『来なさい、破壊の指人形ギニョール!!』

 ミラが召喚術を行使すると、黄色い光の粒が彼女の周囲に舞い上がり、棍棒や槌など打撃力の強い武器を持った人形が同時に十体召喚された。

『我らにあだなす敵を滅ぼせ!』

 ミラの頭上から襲い掛かり自爆攻撃を仕掛けようとしていた角兎が、空を飛ぶように跳ねた人形の一体に棍棒でぶん殴られて地に落とされる。

 ぶん殴られた角兎は地上に激突した瞬間、執念深くも追尾と加速の呪詛を乗せた角の矢を放ちながら爆散した。

 十本以上もある黒い炎に包まれた角が、矢の雨となってミラ達に降り注いだ。


 だが、降りかかる角の矢をミラの人形達が次々に空中で叩き砕き、これら全てを無効化した。

「す……すごい!」

 思わずヨモサの口から歓声が上がった。

「ミラおばさま、久々の戦闘で興奮しちゃってるのかしらぁ。燃えるわね~」

 ミラに守られながら余裕の態度で観戦していたメルヴィも、大人しくしているのに飽きたのかついに攻勢へと動いた。


 紫檀の杖を股に挟み込み、扇情的な動きで艶めかしく体を捩らせながら意識を高めていく。

(――世界座標、『トルクメニスの地獄門』より召喚――)

 紫檀の杖とメルヴィの太腿に刻まれた魔導回路が共振するように赤く光り輝き、杖の先端に魔力が収束していく。

『業火の窪地!!』

 紫檀の杖をくるりと回転させて地面を先端で突いた瞬間、まだ距離のある位置から突撃をかけてきていた角兎の一団が、突如として陥没した地面へと呑み込まれる。角兎達が陥没した穴の中でもがいているところへ、昼間の太陽より眩い光を放つ強烈な火柱が立ち昇った。

 獲物を逃がさず、火炎の檻に閉じ込めて確実に炙り殺す炎の呪詛である。圧倒的な熱量にさしもの魔獣も耐え切れず、次々に黒い煙と化して燃え尽きていく。


 そんな戦闘の様子を間近で見ながらヨモサは興奮していた。

「すごい! すごいっ! この人達は……! 本物だ!!」

 何が本物か、と問うのは無粋だろう。俺の実力を見てきたヨモサとて、ミラやメルヴィのような一見して幼い少女らが魔獣と戦う姿など想像できなかったのだろう。

 だが今、目の前で自分とそう変わらない見た目の少女達が、恐ろしい魔獣の群れを相手にしながら圧倒している。これが興奮せずにいられるだろうか。


 熱に浮かされるような感覚の中で、しかしヨモサの冷静な一面は自分には到底、真似できないことだと理解もしていた。ツルハシを赤毛狼の籠手でぎゅっと握り込みながら、せめて自分にできることとしてミラやメルヴィの死角から近づく魔獣がいないか、それだけは警戒することにしていた。



 激しい戦闘は長時間に渡った。角兎の魔獣は際限がないのかと思わせるほど、辺りの巣穴から這い出してくるのだ。しかも、段々と巨躯の魔獣が増えていく。角の数も今や五十本を下回る個体はいなくなった。ほとんど角だらけの魔獣が、ひっきりなしに押し寄せてくる。

 もうそれらは兎の形を成していなかった。それらはただの角魔獣である。


(――貫け――)

『海魔の氷槍!!』

 荒く削り出された水柱石アクアマリンの槍が雨の如く降り注ぎ、角魔獣の群れを貫いた。何匹かは急所を貫かれたのか、黒い靄を噴き出しながら灰となって崩れていった。

 けれど全体の数を大きく減らすことはできなかった。水柱石の槍が刺さったまま自身の巨体を転がして、棘付きの大玉と化して襲い掛かってくるやつもいる。

 鉄砂の鎧に守られた俺は直撃を受けても平気だ。レリィもまだまだ闘気は尽きておらず、ミラやメルヴィも余力を残しているように見える。

 ミラは魔導人形の召喚をさらに行い、手持ちの魔導人形の数を増やしていた。


(……追い込まれてはいない。だが、押し切れてもいないのか? 小型の個体は随分と減ったようだが、大型個体があと何匹出てくるのか……)

 ふと脳裏に不安がよぎる。ここは魔窟だ。もしかしたらこの角魔獣は無尽蔵に湧いて出てくるのではないか。そんな心配が心の中で徐々に大きくなっていく。


「くそがっ、死ねぇええっ!!」

 地面に突き刺さった海魔の氷槍にたっぷりと魔力を込め直し、全身全霊を込めた投擲を放つ。直線上にいた群れなす角魔獣の体を衝撃波で破壊しながら貫き、数匹の角魔獣が黒い霧となって消滅する。だが続々と湧いて出てくる角魔獣に軽い絶望感を覚え始めた。

 派手に攻撃を加えた俺にめがけて、黒い炎に包まれた角の矢、いや、角の槍といっていい太さの物が、数百本まとめて飛んでくる。これだけの数だと途中で角の槍同士でぶつかり合って、勝手に墜落していくものも少なくなかった。それだけの密度で降り注げば、俺の防御を突破できないにしても衝撃と振動で足止めされてしまう。

 周囲一帯が燃え盛り、塵と砂煙が舞い上がって視界が塞がれる。全方位の視覚もこれでは役に立たない。つい立ち止まってしまった所に、群れの中でも最大級と見られる百角大兎が高速で回転しながら体当たりを仕掛けてきた。


「ぐっ……!!」

 数本の角が砕けながらも、きっちりと衝突による圧を加えてくる。痛みはない。だが、多少の踏ん張りは必要なことから体力を奪われるのだ。疲労感は徐々に溜まってきている。

 百角大兎は回転したまま通り過ぎていき、反撃を与えることはできなかった。こうやって、少しずつこちらの体力を削ってくるつもりなのかもしれない。

(……さすがにこのままではまずい。何か打開策を……儀式呪法で一掃するか?)

 この程度の魔獣に儀式呪法は大げさだが、数が数だ。広範囲を殲滅力のある術式で攻撃したい。

 だが、ひっきりなしに攻撃が仕掛けられてくる現状では、術式の発動はできても制御が難しい。下手をすればレリィ達を巻き込みかねない。

(……どうする。どうすればいい。何が有効だ……?)


 戦闘が手詰まりになり始めた頃、角魔獣達の動きに変化があった。


 ……ゥオオオォン……


 遠くから獣の咆哮が聞こえてきた。角兎の鳴き声ではない。

 この声を聞いた途端に角魔獣達の動きがあからさまに激しくなった。ただそれは、連係が崩れて無秩序になっていく気配だ。

(……何が起きた? 今の声は大兎のものではないな。何か、新手が来たのか!?)

 状況を把握するため、俺は角魔獣の攻撃の隙を見て、『鷹の千里眼』の術式を発動する。今しがた咆哮の聞こえてきた方向に視線を飛ばす。

 すると、そこに視えたのは角魔獣よりもさらに大きな体格をした――。

「あれは……剣歯虎サーベルタイガーの魔獣!?」


 ここは第三階層『虎の穴』だ。この階層における本来の主が姿を現したのだろう。

 ここへきて更なる乱戦になるとは最悪だ。しかもレリィ達とは分断されてしまっている。これでは彼女らに警戒を伝えるのも難しい。

(――もう出し惜しみはしていられない。それに、わずかだが攻撃の狙いが甘くなった今なら儀式呪法を使う余裕もある!)

 この機に特大の儀式呪法を発動させるべく、角魔獣の数が少ない場所へと移動する。幸運なことに移動した場所にはレリィがいた。

「レリィ! このまま戦っていてはいずれ体力が尽きる! 一度、ミラ達と合流するぞ!」

「クレス!! ねえ、あれ、新手の魔獣が出現したんじゃないの!?」

「その通りだ。だから、更なる乱戦になる前に準備が必要だ!」

「わかった! 三人ならあっちの方で戦っているから、まずは合流しよう!」


 幸いなことにミラ達の居場所はレリィが把握していた。俺とレリィが力を合わせれば角魔獣を排除して道を作ることは容易い。さして時間もかからずに俺達はミラと合流することができた。

「あ~ん、クレスお兄さ~ん! もう、どうにかしてー! 兎さん達、数が多すぎ~。どれだけお盛んなのって話よー」

 合流して早々にメルヴィが下品な冗談を飛ばしてくる。まだまだ余裕がありそうだ。

「ちょっと困ったわね。まさかここまで魔獣が湧いて出るとは思わなかったから……。何か打開策はあるのかしら?」

「クレスさん、これは異常事態ですよ! 第一階層で起きた小鬼君侯ゴブリンロードの進軍と同じ感じがします!」

 倒しても倒しても湧いて出てくる魔獣の群れに、さすがのミラも辟易としていた。ヨモサもこの乱戦で少なからず戦ったのか、ツルハシには砕けた角の破片が刺さったままで、汗と土埃で全体に薄汚れていた。


「このままだと埒が明かない。新手の魔獣まで出現を始めたからな。ここは特大の儀式呪法で一掃しようと思う」

「新手の魔獣……ですか? いえ、それより特大の儀式呪法って、すごく恐ろし気な感じするのですが……」

「気が付かなかったわ。私としたことが迂闊ね……。ええと、あれかしらね。遠くに見える……ああ、虎の魔獣。また凶悪そうなのがたくさんの群れで来たものだわ」

「ふーん……確かに新手の魔獣みたいだけれどぉ~。あれ、角兎ちゃん達と戦ってないかしらぁ?」

「種類の違う魔獣だ。争うこともあるかもな。そんなことより、俺が儀式呪法の準備を完了させるまで防衛を――」

「いや、クレス!? あれ、おかしいよ! なんかもう総力戦になってる! 兎の群れと、虎の群れが全力で殺し合ってるから!!」

「は? そんな馬鹿な……」

 言われて見れば俺達の周りにいた角兎の魔獣も移動して、新たに出現した剣歯虎の群れに向かって行っている。


 剣歯虎の魔獣は数こそ角兎より少ない小規模の群れであったが、体格は百角大兎の倍以上のものが多数いて、金色の毛並みに混じって薄っすらと褐色の靄が滲み出している。鋭く伸びた二本の牙を真っ白に輝かせて、硬い角魔獣の角を易々と貫き次々に黒い灰と化していく。

「こんなことが魔窟内で起こりうるのか……?」

 本来、種類の違う魔獣が同じ階層にいたからといって、そいつらが互いに全滅するまで争い合うことはまずない。魔窟の魔獣達は侵入者たる外敵生物、主に冒険者などの人間相手にのみ攻撃本能を活性化させる。

 ちょっとした例外で個体間の争いが起こることはあっても、魔獣同士が種族単位で戦うことなど聞いたことがない。もしそんなことになれば、下手をすると魔窟そのものの存在意義が失われてしまう。


「可能性があるのは『蟲毒の呪詛』かしら? 魔獣同士を殺し合わせて、最強の魔獣を生み出す儀式呪法……にも見えないけれど……」

 経験豊富なミラも首を傾げるような事態だ。自分で口にした仮説をすぐさま否定してしまう。

「この場合、あたし達はどっちに加勢すればいいの?」

「勝った方とまた戦うことになるかもしれん。奴らが争っている間に儀式呪法で双方まとめて処理するのがいいだろ」

「クレスさん鬼畜ですね」

「クレスお兄さん、鬼畜だわ~」

「あんた鬼畜ね」

「クレスが鬼畜なのはわかってたから、もう驚かないよ」

「一番、賢い方法だろうが!」

 彼女らも半ば冗談で言っているのだろうが、何も全員が口を揃えて言うことはないと思う。


「まあ、ちょっと冷静になりましょうか。この魔窟が特殊なのはわかっていたこと。それもクレストフ、あんたに関係している。通常の魔窟では起こりえない状況が引き起こされたのも、あんたが関係しているんじゃないのかしら? 争う魔獣を見て何か気付いたことはないの?」

「魔獣についてなら……そうだな。剣歯虎は昔、俺が眷属として使役していたことがある」

 あれほど巨体でもなければ、魔獣でもなかったが、剣歯虎は確かに召喚術で俺が呼び寄せて使役していた。中には特別に眷属として従えた個体もあった。そんなことを考えながら角兎と争う剣歯虎を眺めていると、ひときわ大きい個体に目がいく。

 目を付けた剣歯虎がぐるりと首を捻って、こちらへ視線を向けてくる。その剣歯虎の眼球には、遠目にもわかるほど特徴的な虎目石タイガーズアイの義眼が埋め込まれていた。

「あれは……昔、眷属にした……」

 魔導回路を刻んだ虎目石タイガーズアイを眼球の代わりに移植して、『虎の観察眼』の術式で偵察用に使っていたかつての眷属。


 元眷属の剣歯虎が天に向かって吠え猛り、他の剣歯虎達がそれに呼応する。雪崩の如く列をなして、統率された動きで角魔獣に襲いかかっていく。

「それで? どっちに味方するの?」

 レリィの質問に俺は迷わず答えた。

「とりあえずこのまま様子見だな」

 俺達は離れた場所で、獣同士の殺し合いを観戦することにした。



 半刻ほどの時間をかけて、角兎の群れは駆逐された。生き残った小型の個体は巣穴へと逃げ帰り、第三階層に静けさが取り戻されていた。

 剣歯虎の群れは狩った角兎の肉を咥えて去っていった。角兎の魔獣は、赤い魔石のほかに角と肉を稀に残して消滅していく。剣歯虎の狙いはその肉だったのだろうか。魔窟に生息する魔獣には、それほど食事は必要ないはずなのだが。

 去り際に元眷属の剣歯虎が単独で俺達の近くまでやってきた。剣歯虎は瀕死となった巨大な百角大兎を咥えてきて、俺達の目の前に落とす。百角大兎の体には俺が放った海魔の氷槍も何本か刺さったままだった。地面に落とされた衝撃が最後の止めとなったのか、百角大兎の魔獣は黒い煙を発して灰となり、後には拳大の赤い大魔石と傷のない一本の大角が残された。

 伝わるかどうかわからなかったが俺は剣歯虎に言葉で礼を言って、戦利品となった大角は召喚術で俺の工房へと送還術で飛ばした。

 元眷属の剣歯虎は、虎目石タイガーズアイの義眼で名残惜し気にこちらを見ながら、彼らの群れへと戻っていく。そこには確かに、俺に対する親しみが感じられた。

 彼らはこの先も魔窟で大兎を狩りながら暮らしていくのだろう。存分に野生を満喫しているようなので、俺は剣歯虎の群れには手を出さず放っておくことに決めた。


「この階層は、なんだったんでしょうか……?」

 角兎と剣歯虎の戦闘が終わって、ヨモサが当然の疑問を口にした。だが、その問いにはっきりと答えられる者はいない。

「とりあえず……虎と戦う必要はないんだよね?」

「あーんな従順な態度を見せた猫ちゃんを倒すなんて、そんな鬼畜なことしないわよねぇ~?」

 レリィとメルヴィもこの階層での戦いは終わったものとみている。俺も同じ考えだ。この階層に、これ以上の何かがあるとは思えない。

「ま、ここの魔窟に常識が通用しないのはわかっていたことでしょ。別に魔獣を全て全滅させなきゃいけないってわけじゃなし」

 ミラも納得した様子であったので、俺も頷いて第三階層の奥へと進んだ。途中に剣歯虎の巣穴に続く獣道があったが、これは横道で第四階層に下る道は別にある。この辺りの地形情報はギルドで得ていた事前情報と一致している。


「先に続く道も確認できたことだし、一旦地上に戻るぞ」

「あれ? クレスにしては珍しい。このまま攻略を進めるぞー、って言うのかと思ってたのに」

「だいぶ消耗したからな。それに、気になる手紙が送還術で届けられていた」

 第三階層での戦闘が一息ついたところで、俺は自身の工房にある手紙の受取箱の座標に召喚術をかけて、一通の手紙を受け取っていた。そろそろ他の捜索者から合流の連絡が届くかもしれないと、頻繁に確認をしていたのだが案の定、連絡があった。


「聖霊教会から人材派遣の知らせだ。新しい仲間を迎えに行くぞ」

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