第297話 集う捜索者たち

 底なしの洞窟の最奥に、宝石の丘ジュエルズヒルズへ通じる道、『送還の門』が存在する。ビーチェを救出するにはまずそこまで辿り着き、道中に存在する『異界の狭間』の探索をすることになる。

 必要な人材は、異界に詳しい研究者。そして、異界においても人探しができる探索術士。さらに宝石の丘への道を辿れる秘境遠征の経験者。あとは魔獣や幻想種を倒せるだけの力を持った戦力としての人材。

 ドワーフのヨモサは例外となるが、彼女は途中のドワーフ集落を見つけたらそこに置いていくつもりだ。だいぶ馴染んでしまったが、お互いに目的を見誤っては意味がない。


 そして、第二階層の階層主『死腐れた人狼』を討伐した次の日、ようやく待っていた仲間の一人が姿を現した。


 ちょうど冒険者組合支部で、ここ最近における第三階層の魔獣達の動きについて話を聞いていたときだった。

「あれ? どうしたんでしょうか……」

 新米受付嬢のティルナが話の途中でいきなりギルドの玄関口を見て呟いた。

 振り返ってみれば玄関の扉が既に閉じたところだったが、入口付近に人の姿が見えないにも関わらず、多くの冒険者が立ち上がってそちらへ視線を向けていた。

 今しがたギルドに入ってきたらしい誰かを囲んで騒いでいるようだった。


「すみませんクレストフさん。少し様子を見てきます」

「仕方がないな。誰だ、迷惑を起こしている奴は……」

 受付嬢のティルナが立ち上がって玄関口に向かうのを、俺も後から歩いて追いかけた。レリィとヨモサも興味はあるのか黙って付いてくる。

 果たしてギルドの玄関口にいたのは、レースの付いた黒いボレロを羽織った幼女だった。もっさりとした薄紫色の髪を頭の両端にまとめて可愛らしい赤のリボンで結っている。精巧な彫刻に煌めく宝石が象嵌された銀色の短杖ワンドを手に持っており、杖の先を口元に押し当てながら誰かを探すように大きな瞳をくりくりと動かしている。

 美しく整えられた人形の顔立ちに、ガラス細工の透き通った目。人形のような、といった比喩表現は必要ない。間違いなくあれは人形そのものであろうから。


 ガラスの瞳が俺の姿を捉える。

「あ。いたいた。いるじゃないの。なによもう目立たないわね、あんた。私に気がついていたならさっさと声をかけなさいよ」

 ひょこひょこと、爪先が隠れそうなほど身の丈に比べて長いローブを揺らしながら、幼女人形が俺の目の前まで歩いてきた。

「……久しぶりだな。『傀儡の魔女』ミラ。まさか、あなたが一番に来るとは思わなかった」

「そーねー。ま、暇してたし。同じ一級術士である『結晶』のクレストフからの依頼だもの。無下にはできないでしょ。早々と来てしまったわ」

「その言葉、『風来の才媛』にも聞かせてやりたいよ」

「あら、なぁに。あの娘、また遅刻なの? この前、魔導技術連盟の全体集会でも遅刻していたけど?」

「奴の遅刻癖は治らないのでね……。それに忙しくあちこち飛び回っているのは事実だから、強く批判もできない……」

 俺とミラが話し込みそうになったところで、レリィがくいくいと俺の服の袖を引っ張りながら話に割って入ってくる。


「ねえ、この女の子、クレスの知り合いだったの? どういう関係?」

 レリィの疑問はもっともだ。ヨモサも俺のことを性犯罪者か何かのように軽蔑した目で睨んでいる。ついでに受付嬢のティルナも遠巻きに、冷たい視線を送ってきているのがわかる。あれは関わりになりたくない、といった目だ。ギルドの受付嬢として、玄関口での騒ぎは成り行きを見届けないといけない職務上の責任から様子を窺っているに過ぎないのだろう。

「あぁ、騎士の娘じゃない。相変わらず元気そうね。クレストフとは仲良くやっているのかしら?」

「えっ!? あ、あたしのこと知ってる? ええっと、ごめんなさい。あたし、あなたのこと知らないんだけど……」

 レリィの困惑した反応に、ミラは「しまった」という顔で口を押えて、ちらちらと俺の方を見ている。今更だとは思うのだが、レリィが気付いていない以上、こうしたやり取りになるのは当たり前である。


「レリィ。間接的にではあるが、お前は彼女と会っている。まあ……今も間接的に、というのは変わっていないんだが」

「嘘っ!? あたしこんな可愛い女の子知らないよ!」

「あー、まあそうだろう。なあミラ、言ってもいいのかこれ?」

「……やっぱりあんたは気が付いていたわけね。別に隠すことでもないからいいわよ。説明してあげてちょうだい」

 ミラの許可が出たので、俺はここで種を明かすことにする。


「彼女は、一級術士『傀儡の魔女』ミラ。戦闘用魔導人形を操る優れた傀儡術士だ。そして、以前に俺達と会った時には、もっと小さな縫いぐるみ、妖精人形として振舞っていた。カナリスの都で会ったミランダがそうだ」

「えーっ!? あのお人形のミランダ!? それがどうして、今はこんなに可愛い幼女になってるの!?」

 言いながらミラを抱き寄せるレリィ。そいつお前の何倍も長く生きている婆さんだぞ、ってことは教えてやった方がいいのだろうか。よくないだろうな。ミラは年齢の話題を気にする。常に若くありたいという意思を持っているようなのだ。幸いにもレリィの馴れ馴れしさはミラにとって不快なものではないらしい。嫌ならば手酷く叩いて引き剥がしているだろう。


「レリィ、それは人形だ。本体は別にいて、端末となる人形はいくらでも替えが利く。姿形も大きさもな」

「うへぇ~……ちょっと想像できないかなー」

 ミラを抱きしめながら頭を抱えてしまうレリィ。ミラはやれやれといった様子でされるがままになっていた。

「……ん? あら珍しい。ドワーフじゃないの。この娘も今回の捜索に加わるのかしら?」

「この子は訳ありで、地底にあるドワーフの集落まで送り届ける予定だ。一応、運搬人ポーターとしての役割を与えている」

「あ……えっと、ヨモサです。初めまして、ミラ……さん?」

 見た目とは裏腹に落ち着いた口調のミラに対して、ヨモサはなんとなく敬うべき相手だと感じ取ったようだ。

「そうね、あなたとは初めまして。ああ、それからクレストフ。実はもう一人、私の知り合いを助っ人として連れてきているのだけど……」

「助っ人ねぇ。一級術士の推薦なら間違いはないだろうが、大丈夫なのか?」

 危険ばかりで得るものの少ない旅になる。好き好んで同行したい奴なんていないだろうに。


「あら~ん? お兄さんてば私の実力を疑っているのかしらぁ~?」

 不意に耳元で聞こえてきた甘く囁く声に、俺は一瞬びくりと体を震わせる。背中に柔らかな球状の物体が二つ押し付けられ、細く白い手が俺の顎と首元に伸びてきた。

「ああーっ!? メルヴィ! どうしてここに!?」

「やっほー、レリィお姉さん! また、会えて嬉しいわぁ~」

「……お前か。実力的には悪くないが……」

 かつて二級術士であった女の複製体クローンであるメルヴィが、メルヴィオーサの遺産を正しく引き継いだのなら、実戦経験にやや不安は残るものの術式行使の能力は生前のメルヴィオーサに迫るものがあるだろう。実際に何度かメルヴィが術式を行使するところは見たことがあるが、少なくとも三級術士並みの実力はあると思われた。


 問題があるとすればその素行であろうか。メルヴィの容姿は紫の長髪を腰まで伸ばし、体格は小柄で歳は十代前半と見られるのだが、胸の発育が特に著しく、大人顔負けの色香を振り撒いているのだ。

 大昔の魔法使いが被っていたような三角帽子と胸元の大きく開いた薄紫色のミニドレスに身を包む自称魔法少女で、やたらと馴れ馴れしく、肌と肌の接触行為が激しい傾向にある。

「な、なんですかこの変態少女は? この人もクレスさん達のお知り合いなんですか!?」

 ミラの時よりも過剰な反応を示すヨモサだったが、メルヴィを前にしてその言動はまずい。

「ふふ~ん。クレスお兄さんってば、また可愛い彼女を増やしたのかしらぁ。隅に置けないわぁ」

「おい。またとか言うな。事実無根だぞ。ヨモサ、信じるなよ」

「うふふー。初めましてぇ。あなたヨモサちゃんって言うの? 私はメルヴィ! 世の大きなお兄さん達に愛される超絶時空魔法少女メルヴィよ! 覚えてね?」

 メルヴィは「きらりん」と、最後に自分で効果音を口にしながら、ヨモサほかその場にいた冒険者達に向かって悩殺自己紹介をぶちかます。野郎どもは盛り上がり囃し立てたが、もちろん女性受けは悪い。


「それにしてもなんなんだ、超絶時空魔法少女ってのは……」

「えぇ~、だって異界への旅路なんでしょう? だったらそれはもう時空を超える魔法少女と謳っても過言じゃないわぁ」

 それなりの理由があったりするのが逆に腹立たしい。

「それにしてもヨモサちゃんってばドワーフなのぉ? 珍しいー! 可愛いわぁ~! メルヴィとお友達になりましょう!」

「わわわっ! なんでそんな密着するほど抱き着くんですか!? ど、どこ触って!」

 早速ヨモサがメルヴィの毒牙にかかっている。ここが冒険者組合支部の玄関前であってもお構いなしだ。ヨモサの衣服がはだけかかっていて、メルヴィの興奮も最高潮に達しようというとき――。


「こら、やめなさい。今は落ち着いて魔窟の話を聞きたいんだから」

 ガツン、とかなり痛そうな鈍い音が響く。ミラが手に持った銀の短杖でメルヴィの頭を打ち据えたのだ。三角帽子がぐしゃりと潰れ、メルヴィの頭もがくりと揺れていた。

「あたたぁ~っ! ミ、ミラおばさま酷い……」

 普段の魔法少女らしい動きも出なくなるほど痛かったのか、頭を押さえて床にうずくまるメルヴィ。その間にヨモサはメルヴィの拘束から抜け出し、レリィの背後へと退避していた。



 ミラとメルヴィを新たに加えた俺達五人は、注目を浴びてしまったギルド支部を離れて近くの喫茶店へと移動した。そこで、魔窟化した『底なしの洞窟』の現状について話し合っていた。

「なるほどねぇ。ただの鉱山跡地だったものが、魔窟ダンジョンに変化してしまった、というわけね。ふ~ん」

「何か気になるところがあるか?」

「気になると言えば気になるわね。あんた、私に話していないことがあるでしょ? 隠したいのか、それとも不確かなことを口にしたくないのか」

「後者だ……」

 ミラに指摘されてぎくりとする。さすがに長く生きているだけある。俺の話から違和感を拾い上げて、欠けている情報があると判断したか。

「それならさっさと吐いちゃいなさいな。私ならそこから分析できることもあるかもだし」

「……とは言ってもどう説明したものかな」

 正直なところ自分でも曖昧な感覚の中で考えていることなのだ。うまく伝えられるかどうか。


「魔窟に現れる魔獣……それも特殊個体や階層主が、どうにも俺と関わりのあった存在だと思われるんだが。あとは意味深な言葉を残していったな」

「言葉……?」

「階層主の遺した言葉だが、『ヒメノモトヘ、マスター』『タドリツケヨ、タイショウ』。そんな感じの言葉だな」

「思い当たるところは?」

「第一階層の『小鬼君侯ゴブリンロード』、あれは俺の元眷属だ。第二階層の階層主『死腐れた人狼』は……はっきりしないが、かつて宝石の丘へ同行した狼人、グレミーに似ていた。特徴的な武装もしていたからな。ただ、その武装は人狼の撃破時に灰となって消えてしまった」

 三本の鉤爪。あれはグレミーが装備していた『妖爪鎌鼬ようそうかまいたち』に似ていた。

「あとはもうない?」

「……妙なのは、超硬合金製のツルハシを持った影小鬼と、巨大な銀狼か……」

「ツルハシですって?」

「鉱山開発用に俺が小鬼共に配給したツルハシだ。それを拾っただけの奴かもしれないが、影小鬼の方は好戦的で襲い掛かってきた。倒した後に何故か魔核結晶は残らなかった。巨大銀狼の方は俺達の道案内をしてくれたように思えるな。こちらとは戦闘にならなかった」

「ふーん……」

 話を聞くだけ聞いて、ミラは考え込んでしまった。傍から見ると幼女が睡魔に負けて舟を漕いでいるように見えるが。


「まず一つ言えるのはこの魔窟ダンジョン。クレストフ、明らかにあんたのために創られたとみていいわ」

「そんなことがありうるのか?」

「別に珍しい話ではないわよ。人工的に魔窟を創ってしまう外法術士がいるでしょ。そうして創られた魔窟は、術者の心象風景を強く反映した世界として創られるわ。魔窟を創り出した存在が、あんたに執着する想いを抱えていたなら、そういう魔窟も生み出されるかもしれないわね」

 誰か、俺の関係者が創り出した魔窟。そう考えれば確かに納得がいくことはある。


「それから、特殊な影小鬼の話だけど、そいつはたぶん魔窟で生まれた魔獣じゃないわ」

「魔獣ではない?」

「違うわよ。魔獣だけど、魔窟で生まれた魔獣じゃない。つまり、元から洞窟にいた獣……とは限らないか。死骸や残留思念でも魔獣になることはあるから……。つまり、魔窟の主の意思とは別に、自力で魔獣化した存在だと思うわ。魔窟産の魔獣は必ず魔核結晶を落とすから。それがなかったということは、魔窟外にもいるような野良魔獣ね。それなら魔核結晶が不安定で後に残らないことも多いから」

 なるほど。あの猛り狂った影小鬼は、魔窟の発生とは別に生まれた魔獣だったのだ。そう考えると他にもその手の魔獣は、魔窟内にいるのかもしれない。


「それならばあの巨大銀狼も?」

「可能性はあるけどそうとも限らない。生きた獣が魔窟に取り込まれて、後天的に魔獣化することもよくあるから。それはもう、魔窟の発生時に生まれた純粋培養の魔獣と区別なんてつかないわ。素体となった個体に特徴が残ってでもいない限りはね。ただまあ、死骸なんかを取り込んで魔獣化するよりは、生きたまま魔獣化した方が、素体の意識というのは残りやすいって聞くけどね。魔窟の制約に従わない例外魔獣って、そういうものらしいわよ。そこら辺は私も専門じゃないから、断言できないけども」


 素体の特徴、という点ならやはりあの銀狼は元眷属の狼なのだろう。魔窟の制約、基本的には侵入者を排除するという行動制御に反して、あれは動いていた。小鬼君侯は好戦的であったが、そもそも小鬼達は最終的に眷属の頸木くびきから外している。小鬼の寿命はさほど長くはないし、生死の判断も定かではない。意味のある言葉を遺してくれただけでも奇跡だったのかもしれない。

「少しは整理できたかしら? それとも余計に混乱した?」

「一つ一つのことに理由付けはできそうだ。ただ、複数の要因が絡んでいるせいで全体像が見えにくくなっている」

「そう……。でも、あまり深読みしすぎないことだわね。魔窟を攻略していけば自然と見えてくることもあるし、理性より直感に従った方がうまくいくこともある。今は魔窟の攻略を進めるのが先決に思えるわ。存外、苦労しているのでしょ?」

「思っていた以上に、な……」

 ここまで洗いざらい話してしまったのだ。今更、魔窟攻略の進捗が芳しくないことなど隠しても始まらない。


「だいじょーぶよぉ! なにしろこの! 超絶時空魔法少女メルヴィが仲間に加わったからには、魔窟の攻略も進むこと間違いなし!」

 豊満な胸を張ってメルヴィが得意げに宣言する。

 緩い胸元から胸の先端が零れそうになるのを見て、ヨモサが慌てていた。たぶん、上からのぞいたら見えてしまう状態なのだろう。メルヴィ本人もわかっていてやっている節があるので、俺は絶対にそんな罠には乗ってやらない。

 先ほどからレリィの俺を見る目も厳しくなっているのだ。明らかにメルヴィが登場してから警戒されている。何を警戒されているのか考えるのは甚だ心外である。


「じゃ、次の第三階層の攻略について考えましょうか? 一級術士が二人もそろっていて、他の同行者が来る前に攻略が進んでいないんじゃ馬鹿にされてしまうわ」

 ミラの仕切りもあって、第三階層『虎の穴』の攻略作戦が練られるのだった。

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