第296話 再戦、人狼亡者
第二階層の
その期間に俺が何をしていたかといえば、人狼との再戦に向けた肉体改造である。
宿泊先の宿の一室で、
人狼との戦闘では、暴れ始めた奴の動きに体が付いてこなかった。動きはきちんと目で捉えられていただけに、対応できなかったのは俺にとって苦々しい事実であった。
(……全盛期に比べて筋力が衰えている。ここのところ、術式頼りになっていたせいかもしれないな。少し鍛え直さなければ……)
筋力の衰えを感じた俺は、
何度も筋肉が隆起して、しばらくは癒しの光と共に休息を取り、また電気的負荷で筋肉を強制運動させる。適度にタンパク源となる栄養剤を飲み下し、筋肉の質を向上させていく。
「また奇妙なことやってるねー」
俺の鍛錬の様子を見に来たらしい暇人のレリィが、赤く枯れた髪をだらしなく下した姿で部屋へ踏み入ってくる。もう半ば回復しかけているのか、根元の方はいつもの深緑色の髪に戻り始めていた。限界まで闘気を搾りつくした後に発現する『魔導因子収奪能力』の効果は既に収まっている。でなければ魔蔵結晶で組んだ陣は、レリィが部屋に踏み入った時点で破壊されていただろう。
「そんな鍛え方したら、筋肉が凝り固まるんじゃない? 健康的だとは思えないんだけど」
「問題ない。負荷と癒しの制御は全て計算されている。武術を身に着け、体力の全盛期だった十代の頃の筋線維配列を再現するように術式を組んであるからな」
「あー……そう……。なんだかすごくクレスらしい鍛錬の方法だね……」
もはや何も指摘する気にならないのか、黙り込んでしまうレリィ。それでも部屋からは出ていかずに、俺の鍛錬の様子を眺めている。
「……暇なのか?」
「うん、とっても暇だよ」
「ヨモサはどうした?」
「この前、魔窟で素材を手に入れたでしょ? 物作り魂に火が付いたとかで、街の貸し工房で自分の装備を作ってる。ノーラもお手伝いとかで付いていったよ」
ヨモサにそんな器用な特技があるとは知らなかった。そういえばドワーフは物作りの得意な種族だと昔からよく聞く。ヨモサもまたその血を受け継いでいるということか。
「お前は付いていかなかったのか?」
好奇心の強いレリィにしては珍しい。それで暇を持て余しているのだから、なお不可解だった。
「う~ん……それだとクレスが一人になるかと思って」
「……? 俺は一日、筋力強化の鍛錬だから問題ないが?」
「まあ、そうみたいだね。ちょっと考えが甘かったかなぁ」
当てが外れた、とでも言いたげな表情でレリィはボリボリと後ろ髪を掻きながら部屋を出て行った。
「なんだったんだ……?」
今日は一日、レリィにはゆっくり休むようにあらかじめ言っておいたはずだ。休養以外にやりたいことでもあったのか。もしかして闘気を使わないで訓練するのに、相手をしてほしかったのだろうか。だとすれば、俺が一人で完結した訓練をし始めたのは、レリィにとって当てが外れたといえるかもしれない。
鍛錬に余念がないのは感心だが、休む時にはしっかり休んでもらいたいものである。
「ただいま戻りました!」
「帰ったのー!」
元気な声が部屋にこもっていた俺の耳まで届く。出かけていたヨモサとノーラが仲良く二人して宿に戻ってきた。ノーラは別の宿に泊まっていたはずだが、なぜか一緒に帰ってきている。
「ヨモサお帰りー。わぁ! なにそれ、もしかして自分で作ったの!?」
「どうです。なかなかのものでしょう?」
珍しくも、何やら自慢げに語るヨモサの声が聞こえてくる。少しばかり気になった俺は、鍛錬を一旦切り上げて部屋から出た。
すると赤い毛皮の籠手を装備したヨモサが、レリィの前で両腕をぶんぶんと振りまわしては、びしっ、びしっとポーズを決めてみせている。レリィが「おぉー」とか声を上げるたびに、ヨモサの隣で座りこんだノーラが尻尾をぶんぶんと振って誇らしげにしている。
「赤毛狼の毛皮で防具を作ったのか」
「あ、クレスさん。見てくださいよ、これ。私が作ったんです」
「ノーラ! ノーラも手伝った!」
「そうそう、ノーラさんにも手伝ってもらいました。力のいる仕事もありましたから」
「ふぅん……どれ、鑑定してやろうか」
俺は宝石鑑定にも使用している
「ほ、本格的ですね。なんだか緊張してしまいます」
籠手のベースは固く縫い合わせられた布で、その上に赤毛狼の毛皮が縫い付けられている。魔窟産であろう蜘蛛系統の魔獣から得られた糸が使われているようだ。頑丈な割にとても軽く、通気性もよさそうだ。ドワーフの仕事というと鍛冶屋のイメージが強かったが、縫い物も得意なのだろうか。何やら魔導回路の一種とみられる紋様も縫い込まれていた。
「うん、大したものだな。しかしこれ、今日一日で作り上げたのか?」
「これくらい一日あれば作れますよ」
「皮の下処理もあっただろう?」
「ふっふっふっ。その辺の製法はドワーフの秘術とだけ言っておきましょうか」
もしかすると加工技術に特化した術式でもあるのかもしれない。ヨモサは術士のように見えないが、魔導具を駆使して加工することも考えられる。俺も武器防具の製作は得意とする方だが、石や金属をベースにすることが多く、この籠手のように布や毛皮を主体とした装備品は一味違って興味深い。
「この魔導回路は見慣れない形式だが、何の術式を刻んでいるんだ?」
「ドワーフ族が開発した『硬化』の魔導回路ですよ。魔力の通しがいい魔獣の素材に刻んで初めて効力を発揮するんです。術士でなくても、魔導因子を流す
つらつらと魔導具製作の知識を披露するヨモサに俺は少し感心した。未熟な
「よし、ヨモサは準備万端だな。明日、もう一日休んでレリィの回復状況を見たら、第二階層へ再挑戦する」
「はい。それはそうとクレスさん。なんか、体が一回り大きくなっていません?」
「あの人狼を相手にするのに、少し肉体改造をした。筋力を十代の頃と同水準まで鍛えなおしたんだ」
「ええ……? 帰ってきて一日で? そんな無茶なことして大丈夫なんですか?」
「あまりやり過ぎると癌細胞の発生を引き起こすから、普段はやらないけどな。年に一回くらいなら多少の無理はできる」
俺の説明を聞いて余計に心配そうな顔になるヨモサとレリィであったが、ノーラは説明を聞いても意味がわからなかったのか首を傾げていた。
「私もこれくらいで満足していては駄目ですね……」
作ったばかりの籠手を見ながら、ヨモサは独り言を呟いていた。
二日休んでその次の朝、レリィの髪色は全て深緑色に戻り完全に回復していた。
第二階層『爪牙の迷宮』への再挑戦。実のところ、階層主『死腐れた人狼』が待ち構える道を通らなくても第三階層へ行けることがギルドからの情報で明らかになっていた。下の階層を目指す他の冒険者たちは皆、『死腐れた人狼』を避けて魔窟を進んでいる。
本来なら先を急ぐ俺達もそちらの道へ行くのが通常なのだが、ここは敢えて『死腐れた人狼』との再戦を決めていた。俺自身がそう決めたというのが一番の理由だが、レリィやノーラ、ヨモサまでもが『死腐れた人狼』との対決を望んでいるようでもあった。
矛盾しているかもしれない。だが、ここで素通りしてしまうのは、何か決定的に重要な鍵を見落としてしまう気がしたのだ。だから、戦うことに決めたのだった。
階層主『死腐れた人狼』の待つ場所へ向かう道中、襲い掛かってきた赤毛狼はことごとく俺とレリィの二人で投げ飛ばして、片づけていった。
「この前はいなかったのに、どうして赤毛狼がまたいるのかな?」
「一度、俺達が駆除したことで数を減らしただけかもな。魔窟にしてみても、間隔なしに魔獣を生み出し続ける力はない。群れで行動できるだけの数が揃うまで、奴らは息を潜めていたんだ」
「魔窟にも都合があるんだねぇ」
「呑気な事を言ってないで戦いに集中しろ」
「んー……集中はしてるつもりなんだけど……」
レリィはまだ闘気を発していないが、余裕をもって赤毛狼に対処している。俺は
筋力を増強する前は大斧を一本、両手で扱うのが精一杯だったが、今は片手でも安定感をもって扱える。ぐっと大斧の柄を握りこめば指先から肩までの筋肉が収縮して、大斧を含めて一繋がりの腕のように細やかな力加減さえできた。
力では敵わないと見た赤毛狼達は早々に素早く翻弄するような動きで包囲攻撃を仕掛けてきたが、今や俺の動きは赤毛狼よりも早い。発達した腿と足先まで強靭化した筋肉は、身のこなしだけ見れば騎士であるレリィと遜色ない動きを実現してくれる。
「クレス……やるね」
「これくらいでなければ、あの人狼の動きについていけないだろ」
心なしかレリィが焦っているような表情に見える。敵は人狼なのに、俺を意識してどうするのか。
「お前と並んで戦うために、ここまで体を調整したんだ。あまり長期間、維持できる肉体でもない。二、三ヶ月もすれば、また元に戻るだろう。それまでに、俺達はビーチェを見つけ出して帰還するんだ。こんなところで時間を潰しているわけにはいかない」
「あたしと一緒に……? ……そうだね。あたし一人で戦っているわけでもなければ、クレス一人に戦わせるようなこともしない。人狼なんて、ぶっ飛ばしちゃおう!」
「のっ! ノーラもいる!」
「あははっ! そうね、ノーラも一緒だね! もちろんヨモサもね!」
「あ、いや、私はあまり数に含めないで貰いたいんですけど……あくまで
遠慮しながらも数に加えられてヨモサも少し嬉しそうにしていた。
ノーラには階層主との戦いに備えて今は体力を温存してもらっている。人狼が現れたその時は、戦力として数えさせてもらおう。
大して時間もかからずに目的の場所へと俺達は到達した。
「やはりまだここにいたか……『死腐れた人狼』」
どこか虚空を見つめるような、仄かに赤く光る真っ黒な瞳。半分ほど腐りかけたボロボロの毛並みだが、体の筋肉はまるで年月を重ねた樹木のように絞り込まれている。
この前は干し肉を与えて無防備に隙を晒しているところへ攻撃を仕掛けた。その結果、予想しなかった大暴れの反撃を受けて撤退することになってしまった。
今回は下手な小細工なしに正面から戦いを挑む。その方が不確定要素は少ないと俺が判断した。こちらの方が戦力は上。冷静に戦闘を運べば勝てる確信があった。
俺は褐石断頭斧を二本とも地面に突き刺して放置し、代わりに
「始めるぞ」
「うん。最初から全力で行くよ」
俺の言葉にレリィが頷き、八つ結いの髪を縛る闘気封じの髪留めを八つ全て外した。最初から全力を発揮する。この前は全力で当たっても互角の戦いだったが今回は俺がいる。結果はこの前と同じにはならない。
ノーラは「ふすっ!」と鼻息を漏らして臨戦態勢を取り、ヨモサは戦闘に巻き込まれないよう離れた位置で他の魔獣が近づいてこないか警戒にあたる。
『死腐れた人狼』がこちらに視線を向けた。
戦闘が始まった。
――フォォオオオオンッ!!
こちらの明らかな戦意を見て取ったか、あるいは前回の不意討ちを思い出して怒りを蘇らせたのか、それまで無反応であった人狼が突然、威嚇の咆哮を撒き散らした。気の弱いものならそれだけで竦み上がってしまうような恐ろしい声だ。
だが、この場にいる者は覚悟を決めてきている。その程度で動きを止めるような者はいなかった。
まずレリィが真っ先に飛び込んだ。正面から水晶棍で打ちかかり、人狼はこれを右腕に装着した三本の鉤爪で受け止めて弾き返した。人狼が腕を振るったとき、強力な烈風が鉤爪から生み出される。
一瞬、鉤爪に刻まれた紋様が赤く光り、魔力の発現が感じ取れた。魔導具のようにも見えるがあれは違う。あれは妖刀の類だ。格は低いが幻想種が宿っている武器。魔獣が妖刀を持つというのは珍しいが、例を聞いたことがないわけでもない。
烈風をまともに受けたレリィであったが、この攻撃は予想していたのか斜め後ろに自分から飛んで、風圧の脅威からうまく逃れていた。
(……いい読みだ。おかげで俺にもわかった。あの妖刀ならぬ妖爪が放つ烈風は指向性が強い。まともに受ければ脅威だが、効果範囲は狭いと見た。軌道から逃れてしまえば威力は激減する!)
レリィが後ろに引いたところへ追撃をかけようとした人狼に対し、今度は俺が仕掛けていく。
「種が知れてしまえば恐れるまでもない!!」
人狼の動きは目で追える。体も付いてくる。ならばあとは腕力と技量が物を言う。
腕力だけで言ったら人狼の方が上だろう。体の強靭さも
迂闊に人狼が踏み込んできたところへ合わせるように、瞬時の踏み込みで間合いを詰める。三斜藍晶刃の藍色の刃が強く発光して、下から掬い上げるように放った斬撃は人狼の右腕を妖爪ごと断ち切った。レリィに意識を向けていた人狼が俺へと注意を移す。
「やった!?」
背後で観戦していたヨモサが思わず声を上げる。
そんな声に俺は構わず、続けて振り下ろす刃で人狼の左腕も肩から切り落とす。こいつは不死者だ。頭を潰しても復活するというのなら、身動きを取れなくしてから魔獣や幻想種を滅ぼすのに特化した術式で完全消滅させる必要がある。
――ケェシャアァアアッ!!
「――っ!?」
「クレス、踏み込み過ぎ!!」
奇怪な叫び声をあげた人狼が、ぐんっと胸を後ろへ仰け反らせる。レリィの注意も間に合わず、俺は人狼が地面から天井に向けて放った蹴りを顎先にかすめるようにくらってしまう。
「かは……っ!?」
かすめた程度といっても闘気全開のレリィを弾き飛ばすほどの威力の蹴りだ。がつん、とした衝撃が俺の顎から頭へと走り抜けて、一瞬だけ意識が飛びかける。膝は地に着いたが、倒れるほどではない。防衛術式が働いて威力を相殺したのだろう。
(――防衛術式が働いていてなお、これだけの威力を通すのか――!?)
しかし人狼の態勢は揺るぎなく、高く掲げた蹴り足を今度は踵から勢いよく俺の頭へと振り下ろしてくる。あれをくらったら、今度頭が潰れるのは俺の方だ。切り札の防衛術式も怯むことのない不死者の人狼には効果が薄い。
即座に別の切り札を発動しようと動くが、それよりも早く横手から飛び込んできたノーラが、全体重を乗せた渾身の両足蹴りで人狼の態勢を崩した。振り下ろされた人狼の踵は俺のすぐ隣の地面に炸裂して、硬い魔窟の岩床を大きく陥没させた。
「でかしたノーラぁっ!!」
俺がこの隙を見逃すはずもなく、低い体勢から人狼の両足を薙ぎ払い切断する。その時にはもう駆け寄ってきていたレリィが、全力の闘気を込めた一撃を人狼の頭へと炸裂させていた。翡翠色の光が衝撃波の如く広がり、光り輝くレリィの髪が風で巻き上がった。
手足と頭を失った人狼の体に、俺は藍晶刃を突き立てて地面に縫い留めた。こうしている間にも人狼の腕や足は再生しようとしている。
(――異界座標、『煉獄』に指定完了――)
『異界より来る理を、異界へと戻せ! ……
まばゆく輝く炎が虚空より吹き出し、人狼の胴体を包み込んで再生を許さずに焼き尽くす。
燃え盛る浄化の炎の中から、やけにはっきりとした声が聞こえてくる。
……アァ……。……辿リツケヨ……タイショウ……。
その言葉に俺は何も語り返すことはできなかった。レリィ達には聞こえていないのか、特に訝ることもなく灰となって燃え尽きる人狼の体を眺めていた。
「……迷い出てきたのか? いや、まさかな……」
無関係ではないだろう。
だが、あり得ないことだ。普通ならば。
(……あるいはこれが、この魔窟の本質に関わるところなのかもしれない。……まだ、わからないことだらけだが……)
人狼の体が燃え尽きた後には、両手でようやく収まるかといった大きさの茶褐色に透き通った巨大魔石が遺されていた。
――後日、冒険者組合支部にて。
『死腐れた人狼』を倒して得られた茶褐色の巨大魔石、鑑定所での買い取り金額は金貨一二〇枚だった。これによって俺とレリィは冒険者レベル48となった。レベル50が一つの境界なので、Bランク冒険者まであと少しといったところか。俺にとっては全くどうでもいいことだが。
なおノーラの取り分は金貨二四枚だが、Cランク冒険者にとってはかなり嬉しい臨時収入である。
今までは冒険者としての稼ぎのほとんどを食費で相殺されていたノーラであったが、『死腐れた人狼』の討伐報酬も二割受け取ったことで、初めて金銭的な余裕を持ったようだ。
ノーラの食費は一般的な冒険者の水準に収まるようになっており、今回の報酬は丸々、ノーラが自由に使える金となった。そのことが心に響いたのか、ノーラは積極的に新しい食生活も受け入れるようになっていた。
「もう『肉だましの呪詛』の効果は切れているんだが、この様子なら大丈夫そうだな」
芋や野菜をバリバリと食べる狼人のノーラを見て、俺達が彼女にしてやれることはひとまず区切りがついたように思った。この先、ノーラがどうするのかは本人が決めることだ。冒険者なら危険な仕事に関わって死ぬこともある。だが責任はその道を選んだ本人にあるのだ。そんな死に様まで含めて、他人がとやかく言うことではない。
もしノーラがこの先も俺達に付いてきたいと言えば、俺は了承するつもりでいた。足手まといということはもうないだろう。ただし、半端な力量では宝石の丘への道は辿れない。付いてくるときは命を懸けてもらうことになるだろう。
そんなことを考えていた矢先に、食事中のノーラへと近づく一団が現れた。
「ノーラ! よかった、まだこの街にいたんだね」
「んの?」
声をかけてきたのは以前にノーラが所属していた冒険者小隊でリーダーをやっていた男だ。その周りには顔を見たことがあるような冒険者の男女が立っている。彼らの冒険者小隊は解散したと聞いていたのだが。
「ノーラ、ごめんね! 私も余裕なくって、あなたのことに構っていられなくて……」
「皆がばらばらになって、俺も他の冒険者達としばらく組んでいたんだが……」
「僕の怪我の具合も随分よくなってね。思っていたより早く復帰できそうだから、またメンバーに声をかけたんだよ」
リーダーが復帰したことで再び冒険者小隊が編成されたらしい。隊に戻って欲しいとお願いされたノーラは、レリィと小隊リーダーの顔を見比べて悩み、最後に俺の方に視線を向けてきた。こっち見んな。
「元々、無理に入り込んできただけで、俺はお前の同行を許したつもりはないぞ。特にこの先はもっと過酷な魔窟攻略が始まる。腹ペコ狼娘は元の居場所に戻れ、戻れ」
元の冒険者小隊が活動再開してそちらに誘われているのなら、戻るのが自然な流れだ。そうなれば何も引き留める理由はない。あとはノーラの心次第である。
「ノーラ、何も難しく考えなくていいよ。元の仲間が誘っているんだから、そっちに戻った方がいいって」
レリィが優しく諭すと、ノーラは何も考えていなさそうな笑顔で尻尾を振りながら、再結成した冒険者小隊に戻っていった。
「ところでノーラ、何を食べていたんだい? これ野菜だろう? 君が肉以外を口にしている姿は初めて見たな」
「の! の! ノーラ、食費節約した。野菜も芋も豆も、安い食べ物、何でも食べる!」
以前とは違って好き嫌いせずに色々なものを食べるノーラに、仲間達は彼女の努力を知って涙した。
「そうか……ノーラも辛かったんだな。あれほど大好きだった肉を絶って……」
「ノーラあんた……。うぅ……ひもじかったでしょ? ごめん、ごめんね本当に。あなたが一人じゃ、満足な食事取れないってわかっていたのに……」
「ほら、ノーラ。俺の肉を分けてやる。しっかり食え。これからはまた、以前と同じように腹いっぱい肉を食えるからな。安心しろ」
「の!? の!?」
さぞかしひもじい思いをしていたのだろうと、皆が必要以上に食べ物を与えようとしていた。ノーラは既に食生活を改善していたので、ただただ困惑するばかりだった。
そんな様子を見ていたヨモサが、いい笑顔でノーラを見送ったレリィに向かってポツリと一言こぼす。
「…………。いい話なんですか、これ?」
「いい話だよ。きっとね」
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