第293話 生きる糧
「ねえ、ノーラ。本当に、一緒に来るの?」
「一緒に行く! お肉くれたお礼に戦う!」
「いや、そこまでしなくていいんだけど……」
「ノーラ、今、仲間いないから。誰かの役に立ちたい!」
ノーラは単純な性格で、冒険者仲間とは群れであり、そこに加わって食べ物にありつけさえすれば文句はないようだった。純粋過ぎるがゆえに、レリィもノーラに対して強い拒絶はできなかった。
「クレス……なんていうか、ごめん。断り切れなかった」
狼娘のノーラに餌を与えて手懐けてしまったレリィは、結局ノーラの申し出というか押しかけに対して断り切れず、彼女が次の仲間を見つけられるまで面倒を見ることになってしまった。
「もういい。ただし、ノーラが一緒に来るからといって魔窟攻略を遅らせはしないぞ。役に立たなければ置いていくだけだ」
「うぅぅっ……わかってるよー。あたしが責任もって面倒見るから、そんなこと言わないで」
「……私もこんなふうに見られていたのかと思うと、ちょっと複雑ですね……」
ついこの間まで似たような境遇だった押しかけ
新たにノーラを加えて、俺とレリィそしてヨモサも含めた四人組は、魔窟『底なしの洞窟』へとやってきた。相変わらず第一階層は不気味なほどの静寂に包まれて、影小鬼の姿は見えない。
「ノーラ! とりあえず第二階層で戦闘を少し観察させてもらうぞ。連係するのはそのあとだ。まずは一人でどれだけできるか、やってみせろ」
「わかった! 頑張る!」
レリィが面倒を見ると言ったが、想定外の事態を避けるため、俺としてもノーラの能力は正確に把握しておきたい。一度戦ったことのある第二階層の赤毛狼。俺とレリィの戦っている姿は見ていたはずだ。それで赤毛狼の倒し方が理解できていないようなら、足手まとい決定である。非情だろうとなんだろうと、レリィにきっぱりと決別させる。
「ノーラが危なくなったら、手を貸してやれ。判断はお前に任せる」
「うん。じゃあ、怪我しそうになったら、その前には助けに入るね」
様子を見ながら、いつでも戦闘参加できるようにレリィはノーラの後ろに回った。
ほどなくして、ノーラが耳をぴんと立てて警戒態勢に入る。
「敵! 来る!」
索敵に関してはかなり反応がいい。探査術式を使っていなければ、俺では気が付かない距離での感知だ。
そしてノーラは敵に向かって飛び出していった。
「おいおい……鉄砲玉かよ。レリィ、頼むぞ」
「はいはい! ちゃんと追いかけるから!」
先行するノーラに付かず離れずの距離を保って走るレリィ、そのあとを見失わない程度に離れて追う俺とヨモサ。
ノーラはすぐに敵と接触した。相変わらず第二階層に現れるのは赤毛狼一種類だけだった。他の狼共は本当に駆逐されてしまったのだろうか。
赤毛狼とノーラの戦闘は、互いに警戒しながら一撃必殺を狙うやり取りだった。
赤毛狼の群れに飛び込んで素早く撹乱しながら、鉄製の長爪で赤毛狼の喉笛を掻き切る。ノーラは一撃離脱で逃げ去り、赤毛狼の血を被るより速く退避している。
動きは悪くない。だが、この戦い方では危なくて助けに入れない。辺りに赤毛狼の沸騰血液が撒き散らされているのだ。
今のところ危ない場面はないが、レリィが位置取りに困ったように立ち位置を頻繁に変えているのが目に映る。
ノーラは個としての戦闘能力は申し分ないが、連係には難ありといったところか。
(そういえば前の冒険者小隊で戦っていた時も、連係の拙いところが目立っていたな)
ノーラは身体能力が高く、冒険者活動は単独でも十分にこなせるだろう。話を聞いた限りでも、前の冒険者小隊では斥候と先制攻撃の役目を常に受け持ち、戦闘時は俊敏な体捌きと細腕に似合わない怪力で遊撃手として動いていたようだ。
本能的に、戦闘に関する最適解へ辿り着く直観には優れている。連係に関しては的確な指導があれば身に付くと俺には思えた。なまじ同等の立場の仲間ではノーラに対する厳しい指示が徹底されない。犬に調教するがごとく、体にしっかり覚えこませればノーラは理想通りの動きを取れるはずだ。重要なのは明確な指示と、それを確実に実行させる強制力である。
――だが、本当の問題点は戦闘能力とは別のところにあることを俺は思い知らされることになった。
それは戦闘が複数回発生して、魔窟攻略が一刻ほど経過した頃に表面化した。
ぐごごごごっ!!
「今の音はなんだ?」
「地の底から鳴り響くような音でしたね」
「え? でも、今の音って……」
俺とヨモサが顔を見合わせていると、レリィは音の発生源に気が付いたのかノーラの方を見ている。
赤毛狼との連戦を終えたノーラはその場にうずくまっていた。
「のー……。お腹、減ったのー……」
ぐごぉごごぉごっ!!
再び先ほどと同じような地鳴り音が聞こえてくる。ノーラの腹から。
「は? まさか、腹の音だったのか?」
「ノーラお腹減ったの?」
「のー……減った、の……」
しょぼくれた様子でノーラが空腹を訴えた。
「朝飯を食ってからまだ一刻しか経ってないぞ!」
「ノーラ、戦うとお腹減る! すごくすごく、お腹すく!」
戦闘能力を確かめるためノーラ一人に任せていたのが、負担になったということか。それにしても赤毛狼との戦闘は小規模の群れと三回遭遇した程度だ。いくらなんでも体力の消耗が激しくはないか。
「仕方のない奴だな。干し肉でも食べれば動けるようになるか?」
俺は召喚用に製造した魔蔵結晶を取り出し、非常食を呼び寄せることにした。
(――世界座標、『ベルヌウェレ結晶工房』、『黒猫の陣』に指定完了――)
『彼方より此方へ、来たれ、目録番号二九!』
立方体の形状をした魔蔵結晶が仄かな白い光を放ち、ノーラの目の前に一抱えもある木箱を出現させる。ノーラは木箱の中身をいち早く匂いで察知したのか、鼻をすんっと鳴らして、だらしなくも涎を口から垂らし始めた。
木箱の蓋を開けると、中には乾燥牛肉がぎっしりと詰め込まれている。そのうちの数切れを取り出してノーラの鼻先へと持っていく。
「がぅふっ!!」
「こらっ!? 俺の手まで食う気か!?」
完全に飢えた野獣と化して、俺が手に持った干し肉めがけて噛みついてくる。
ノーラに手を噛まれないように次々と木箱から干し肉を取り出して与えていく。いっそのこと木箱ごとノーラに与えてはどうかとも思ったが、それはそれで食欲に歯止めが利かずに全てたいらげてしまいそうで危うい。さすがにそこまで食ってしまったら、動き回れる状態にはないだろう。獣と化したノーラには、与えれば与えただけ食べてしまう。調整はこちらでしてやらないとだめだ。
(……しかし想定外だな、この食欲は……)
ノーラの食欲はレリィといい勝負だった。すぐに空腹になる点も挙げれば、燃費の悪さで言えばレリィよりも悪い。空腹になるため長時間は戦い続けることができないうえに、騎士であるレリィには戦闘力で遠く及ばないのだから、これではただの大飯喰らいである。
Cランク冒険者の小隊なら十分な戦力と言えたのだろうが、俺達にとってはいなくても困らない程度の戦力だ。その割に面倒を見るのが大変なら、はっきり言えばいない方がいいのだろう。
(だがなぁ……レリィが一度餌付けしてしまった以上、野生に返す……もとい独り立ちか、新しい仲間ができるまでは面倒を見てやらねばならないか……)
本来そんな義理はないのだから切り捨ててしまってもいいはずだ。それなのに、そうする気になれないのはなぜだろう。
「ノーラ……ちょっと食べ過ぎだよ。動けなくなるでしょ?」
「けぷっ。お腹いっぱい。これで戦える!」
「お腹が飛び出していますけど、これで本当に動けるんですか?」
ノーラを中心にして和む三人を眺めながら、ふと昔この洞窟で過ごした時間を思い出した。
お調子者の精霊ジュエルがいて、物静かな少女ビーチェがいて、二人を見守るように俺もそこにいた。
毎日毎日、鉱山にこもって坑道を掘り続けていた。
大して代わり映えのしない日常が続いて、金策のために獣達や
たまに宝石や金銀の鉱脈を見つけて騒ぎ立てるくらいで、当時はそれを退屈な日常だと感じていた。
それはもう、今は失われてしまった――。……なんだ?
……これは、つまり、そういうことなのか。
俺が失ったものは。取り戻そうとしているものは――。
「のー……。お腹いっぱいで幸せなのー。眠い……」
「こぉらぁっ! こんなところで寝ないの!」
「はぁ……。どうするんですか、これ。こんなんじゃ先へ進めないですよ、ねえクレスさん……あれ?」
俺は三人に背を向けて一人、奥深く続く魔窟の闇に向き合っていた。
「レリィさん。クレスさん、どうしたんでしょうか?」
「ん? 探査術式とかいうの使っているんじゃない? ぼーっとして見えるけど、あの様子だとたぶん……」
レリィの声が途中で途切れる。
気付かれただろうか。俺が術式も何も使わず、本当にただ突っ立っているだけなことに。
「ヨモサ。クレス、集中しているみたいだから、静かに待とうか」
「はい……。でも私、別に騒いではいなかったんですが……。むしろ、レリィさんが……」
「のぉー……けっぷぅ」
なんでもないはずの風景が、過去の情景と重なって泣けてくる。悲しみに暮れている暇などないのに、魔窟を進めば進むほどに胸を締め付ける苦しみは強くなる。
結末を見るのが怖い。あるいはどこにも辿り着けないかもしれない、と真っ暗な未来を想像するのも。
それでも今は考えずに進むしかない。
このまま足踏みしていても、ビーチェは戻ってこないのだから。
ほんのわずかな希望を糧に、進むしかない。
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