第285話 勝利の宴
「まずギルドマスターに報告しましょうか。小鬼君侯討伐の報酬は、魔石の買い取り価格に三割上乗せするということですが、これはギルドから派遣された
「そんな取り決めになっていたのか?」
「はい。冒険者には知らされていません。不正な手続きで魔石を高く買い取らせようとする不届き者がいるかもしれませんから。運搬人が、小鬼君侯が落とした魔石を持って、ギルドマスターに報告することになっています」
「じゃあ、ラウリさんの酒場に行くんだね。ついでだから、そこで食事にしようよ!」
「レリィさん……先に換金だけは済ませてくださいね? 魔石を抱えたまま酒場で食事はちょっと……」
魔石をいっぱいに詰めた籠を背負うヨモサが、不安そうな顔でレリィを見る。空腹が限界にきているであろうレリィが待てるかどうか怪しいところだ。
「別に換金所なら俺一人で用事を済ませてくるが?」
「いえ、運搬人として最後まで付き添います」
「あ、あたしだって、換金するまで待つことくらいできるからっ! そんなに腹ペコじゃないから!」
生真面目に言い切るヨモサと、顔を赤くして自己弁護するレリィ。なんだか大人びた子供と、子供じみた大人の対比を見ているようだった。
普段から遅くまで開いている酒場兼冒険者組合本部は、当然今日も変わりなく開いているだろうと思っていたのだが、いつもと違って店の入り口に近づいても酔った客の喧騒が一切聞こえず、扉には閉店の札がかけられていた。
「閉まっているぞ?」
「ええ~!? 嘘でしょ~、お腹減ったよー」
「待ってください。ギルドマスターは中にいるはずですから」
ヨモサがごん、ごん、ごん、とかなり強めに三回、扉を叩くとすぐに人の動く気配がして、間もなくラウリが扉から強面の顔を出した。
「なんだ? ヨモサか……今日は閉店だぞ」
「小鬼君侯討伐の依頼完了報告に来ました」
ヨモサの言葉にラウリはぐっと身を乗り出して、後ろにいた俺達の顔を見ると「あぁ……」と納得したように頷いて扉を大きく開く。
「……そうか。兄ちゃん達がやったか。入りな。中で話を聞こう」
ラウリに促されて酒場に入ると、客一人いないにも関わらず様々な料理の香りが漂っている。堪らずといった様子で、ぐぅううっとレリィの腹が大きく鳴った。
「はははっ! 先に飯にするかい?」
「いや、報告を先に済ませよう。その方がいいだろう」
レリィが口を半開きにして何か言いたそうにしていたが、ヨモサは既に籠を下ろして小鬼君侯の魔石を取り出していた。
「ギルドマスター、この通り
拳大の黒い大魔石が一つ、握り石ほどの中魔石が四つ、後は小魔石以下の小粒なものが数百個。
「鑑定するまでもねーな。これだけの大きさだ。ヨモサの証言と合わせて、小鬼君侯のものに間違いないだろう。よくやってくれた。換金所には俺が一筆書いてやる。それで通常の買取価格の三割増しになるからな」
どうやら今回の討伐依頼の上乗せ報酬を受け取るには、ギルドマスターの確認が必要な手順だったらしい。
「それにしても戻ってくるのが随分と遅かったな。今日はもう、小鬼君侯の討伐は失敗だと思っていたんだ。他の冒険者共は小鬼君侯が大暴れして手が出せなかったとか言いながら、討伐も中途半端に帰ってきやがったからな」
「すみません。思いのほか魔石の回収に手間取ってしまって……」
「ああいや、お前さんらが謝ることじゃないんだ。ふがいない他の冒険者連中に腹が立ってな。『紅法衣のラダ』が死んだってのは聞いていたから、びびるのも無理はないんだが……。いや、悪い悪い」
小さな背をぺこりと丸めて謝るヨモサの頭を、ラウリは笑いながら撫でると逆に謝罪した。
「まあ、あの状況なら迂闊に様子を見に来る方がどうかしていると思うが? 下手に踏み込めば、火傷じゃすまなかったからな」
「あー、クレスってば相当派手にやらかしたもんね~」
「無茶苦茶でしたよ。毒と炎が撒き散らされて、小鬼一匹とて生き残ってはいないでしょうね」
「おいおい、毒って……こりゃ、小鬼君侯討伐の発表は一晩置いてからにした方がよさそうだな。馬鹿が乗り込んで怪我しても笑えねえ」
そう言いながらラウリは酒場のカウンター裏に回り、作り置いていたらしい料理を運び出してくる。
「そういえば、今日はもう閉店のつもりじゃなかったのか? どうして料理の準備までしてあるんだ?」
「ん? 勘だよ、勘。なんとなく、誰かさんがやってくれそうな予感がして、腰抜けの冒険者共を叩き出しておいたんだ。英雄の帰還に備えてな」
勘を理由にこれだけの料理を用意するだろうか。おそらくは何かしらの情報網で、小鬼君侯の討伐が成功したのを知ったのではないか。
冒険者組合の長ならばそれくらいのことはできるだろう。もっともそれで、俺達にとって別段不利益があるわけでもない。俺はこれ以上、気にしても無駄だと思うことにした。
「腹減っているんだろう? もう、姉ちゃんの方は限界みてぇだし、換金所へ行くのは後にしたらどうだ。どうせ、あそこは一日中開いているからな」
ラウリの親切な食事の勧めにレリィが目を輝かせる。俺とヨモサは一瞬だけ目を合わせ、溜め息を吐きながら軽く頷き合うと先に食事を済ませることにした。
「ギルドマスター、とりあえず魔石はここに置かせてもらっていいですか?」
「おう、全く構わないぜ。今日は非常事態ってことにして、酒場は閉めているからな。他の客が入ってくることもねぇ」
他に客もいないということなら、魔石を一時的に置いておいても問題はないだろう。換金所は夜でも開いているという話だし、魔石の換金を急ぐ必要もなくなった。
「さあ、労いのための食事は準備万端だ。こいつは俺からの奢りだ! ヨモサも一緒に食え!」
どどん、と野菜と芋の盛り合わせが大鉢で出され、冷えても美味い牛肉の蒸し焼きが薄く切り分けられて目の前に並ぶ。サラダドレッシングとソース、肉や野菜を挟むのにちょうどいい大きさのパンも籠一杯に用意された。
黄金色をした麦酒が大きな
「さ、遠慮なくやりな。後で温めたシチューもだしてやるからよ」
それだけ言うとラウリはすぐにカウンター裏の調理場へ移動する。後は三人で好きに飲み食いしろということだろう。
「よし、それなら遠慮なしに――」
「かんぱーいっ!!」
「わわっ! レリィさん、そんなに急がなくても!」
俺がグラスを持った瞬間、かち合わせるようにレリィが乾杯をした。滑るようにヨモサのグラスとも打ち合わせ、勢いに押されて少し麦酒をこぼしたヨモサが慌てている間にも、ぐいぐいと麦酒を飲み干してしまう。
「おいおい、空きっ腹に酒を流し込むと悪酔いするぞ」
「平気、平気! すぐに肉や野菜も食べるから!」
フォークを手に取ったレリィは素早く肉と野菜を串刺しにすると、いつの間にか切り開いたパンに乗せて挟み、がぶがぶと大口を開けて食べる。両手に余るそれを二口か三口ほどで口の中に収め、幸せそうに緩んだ表情をしながら大雑把に噛んで飲み下す。口を動かしている間にも次のパンを切り開き、再び肉と野菜をフォークで串刺しにしている。
あまりの食欲と勢いにヨモサがぽかんとしていた。
「ヨモサ。急ぐことはないが、あまりのんびりしていると全部レリィに食われてしまうぞ」
呆然として手が止まっているヨモサに俺が声をかけると、はっと我に返ったヨモサは今も料理を頬張るレリィと俺の手元を見て、大慌てで自分もパンを掴み肉と野菜を確保する。
ヨモサが食べ始めたのを見届けた俺は、既に自分の分として皿に取り分けていた牛肉の蒸し焼きを、肉汁とワインで作ったソースに絡めてゆっくりと口にしていくのだった。
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