第281話 惑う戦場
(――貫け――)
双子水晶の魔蔵結晶を地面に突き刺し、術式発動の
『双晶の剣!!』
数十にも及ぶ二本一組の鋭い水晶が地面から生えだし、狼ソリに乗って押し寄せる
遅れて突入してきて運よく生き残った小鬼呪術師の集団がソリから転げ落ちるようにして目前に展開する。
『
『
『
小鬼呪術師の濁声が幾つか重なり、多種類の
俺は放たれる呪詛を一目見て、迫り来る炎と風と水の弾丸に真正面から向かっていった。
炎弾が鉄砂の鎧に直撃してほんのりと赤熱する。鉄は本来、熱を伝えやすい性質を持っているが、意図的に鉄砂の鎧の粒子密度を薄くすることでガラス以上の遮熱性能を発揮させている。直接、鉄砂の鎧が皮膚に接触しないよう調整もしているので、小鬼の炎弾程度ではほとんど熱さを感じることがない。
続けて空弾がぶつかってくるが、鉄砂の鎧に阻まれて衝撃は全く伝わってこなかった。水弾も鉄砂の鎧表面に弾かれて虚しく魔窟の地面の染みとなる。
「
『
至近距離から放たれた爆発のごとき突風が洞窟を揺らし、生き残っていた影小鬼達をまとめて吹き飛ばし岩壁に叩きつける。完全武装した小鬼戦士ですら風圧で宙を舞い、壁に叩きつけられた衝撃で即死している。
小鬼呪術師達への特別講義の対価は、命で支払ってもらう結果となった。
「はぁあああぁぁ……? な、なにをどうやったら、一瞬でこれだけの数の影小鬼が倒せるんですか……」
死屍累々と横たわり、次々に灰と黒い霧になって消滅していく影小鬼の死骸を眺めながら、運搬人のヨモサは魔石拾いの仕事も忘れて呆然としていた。
元から死んだ魚の目のようだったものが、さらに落ち窪んだ様子で目の下に隈ができている。洞窟に潜って二、三刻が経過している。疲れも出始めた頃合いか。
「ねぇ、クレス。こんなに呪術の結晶を使い捨てにしちゃって大丈夫なの? 手持ちの数、足りているの?」
ここまでの戦闘で俺が使用した魔蔵結晶の幾つかは、貯蔵していた魔導因子を使い果たしたり、魔導回路の負荷に耐えられず罅割れて崩壊したりしていた。
少し前までの俺であれば小鬼のような雑魚相手には魔蔵結晶の消耗を嫌って節約を考えているところだけに、レリィも心配になったのだろう。
「問題ない。今は新しく開発した魔導回路の転写技術で、手持ちの魔蔵結晶をいくらでも補給できるようになったからな」
魔導回路の刻まれた結晶を召喚術で手元に呼び寄せることはできないが、魔導因子を蓄積しただけの魔核結晶ならば召喚術でいつでも取り寄せることができる。これに魔導回路の転写術式を使用することで、いくらでも手持ちの魔蔵結晶を補給できるようになったのだ。
新しく開発した転写技術では、転写用の魔蔵結晶が痛んできたら、それ自体を別の新しい魔核結晶に転写することができるようになっている。材料となる魔核結晶は
以前、宝石の丘へ挑戦した時には、そこまでの転写技術がなかった。だから、最後には手持ちの結晶が尽きて帰還せざるを得なくなった。だが、今回の旅で以前と同じ失敗は繰り返さない。
「まー、そういうことならいいんだけど。ところでさぁ……なんだか向こうの方が騒がしくない?」
「俺達がやってきた方向からか? 確かに後に続く冒険者達が騒いでいるようだが……」
もしかすると大物が現れたのかもしれない。
「
「階層主だったら、手間が省けるねー」
「さっさと終わらせたいものだな、この子鬼退治の作業も」
「――あっ!? あっ!! 待って、ちょっと待ってくださいよ、お二人とも! まだ魔石を拾い終わっていませんからぁ!」
のろのろと魔石を拾っていたヨモサを置いて、俺とレリィは騒ぎの起きている方向へと走り出した。
小鬼の巣窟に一人で放置するのは危険だが、この辺りの小鬼は全滅させたし、たぶんヨモサならば大丈夫だろう。根拠はないが勘が告げている。あの娘は見た目通りの幼い年齢ではない。純人ではないはずだ。
でなければ、背籠一杯に魔石を背負って俺達の魔窟攻略について来られるわけがないのだ。ただの子供であったなら。
来た道を戻ってみれば影小鬼の群れと冒険者達が乱戦状態に陥っていた。いや、どちらかと言えば統制が取れていないのは冒険者の方で、影小鬼達の方は連係して冒険者を襲っている。
「ありゃりゃー……見事に戦線崩壊しているねー」
「やれやれ……これじゃあ、どっちが
襲い掛かってきた小鬼の小隊をレリィが蹴散らしている間に、俺は奴らの親玉がどこにいるのか探した。すぐに影小鬼達の中でも一番、体の大きい上位種の個体を発見することができた。
「ちっ……。随分と騒がしいから
ギルドの情報にあった小鬼将軍の特徴と一致している。小鬼将軍は一本角で、小鬼君侯ならば二本角を有するという話だ。小鬼君侯はその姿こそ一度だけ確認されたらしいが、まだ討伐には至っていない第一階層の
「じゃあ、やっぱり小鬼君侯は奥にいるのかな?」
「ああ、おそらく初めから最奥に居座って出て来ていないんだろう。冒険者共が騒いでいるから戻って来てみれば紛らわしい……。奥へ戻るぞ、小鬼君侯を炙り出す」
「ここの小鬼将軍はどうするの?」
「そんなことは決まっているだろう」
俺は青く輝く半透明の柱状結晶、
(――組み成せ――)
『
握りこんだ藍晶石が結晶を成長させて、上下双方向に幅広の刃を持った
長手方向に結晶の筋が輝いて見える藍色に澄んだ刃からは、刃の色と同じ薄淡い藍色の魔力波動が放射されている。
「わざわざ足を運んだ手間賃として、首をもらっていく」
藍晶石の刃を携えながら、俺は小鬼将軍に向かって無造作に距離を詰めていく。小鬼将軍もまた俺の存在に気がついて、油断なく黒鉄大剣を握りしめて俺の方に向き直った。
俺と小鬼将軍が睨み合っている間にもレリィが影小鬼の雑魚どもを次から次へと殴り殺していっている。
おかげで周囲にいた冒険者は余裕ができたのか、ようやく俺の存在に気がついて驚きの声を上げていた。
「なんだあいつは? 新手の敵か?」
「あれって全身甲冑……じゃないよな。なんなんだいったい……」
「黒い、怪物……
どうも俺のことを味方の冒険者として認識できていないらしく動揺の気配が伝わってくる。やはり、全身砂鉄で包まれ、虎目石の観察眼を体中に貼り付けた見た目では誤解も生じるか。
だが、小鬼将軍を前にして防衛術式を解くわけにもいかない。余計な混乱が起きる前に小鬼将軍を倒して、さっさとこの場を去るに限る。小鬼君侯は小鬼の巣窟の最奥に潜んでいるのだろうから。
「来いよ、将軍。小鬼とは言え、大層な肩書を背負っているんだ。その名に相応しい武威を示してみろ」
俺の挑発に反応したのか、小鬼将軍の全身から黒い靄が溢れ出てくる。全身が傷だらけで出血しているが、弱っている気配は微塵も感じさせない。
対峙する俺と小鬼将軍の気迫に呑まれた冒険者達が、ごくりと固唾を呑み込んで見守る。
「……しゃべった」
「……しゃべったぞ、あの怪物」
「……
なんだか失礼な発言をしている奴らがいる。そう思って冒険者達の方へちらりと目をやった隙に、小鬼将軍が力強く地を蹴って突撃を仕掛けて来た。
もし、今の視線を逸らした一瞬を隙と捉えたのなら――。
「その程度か」
俺が刹那の間に小鬼将軍の横をすり抜けた後、藍色の残光が小鬼将軍の首元を通過する軌跡を描いて閃いた。
遅れて生じた藍晶刃が放つ衝撃波の威力で小鬼将軍の首が高々と跳ね上がる。
宙に舞う小鬼将軍の首を、まるで白昼夢でも見ているかのような表情で冒険者達が見上げていた。
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