第279話 黒い魔人
網の目のように広がる小鬼の巣窟。
かつて宝石採掘で長大な坑道を掘っていた小鬼達が、魔獣となってからも坑道を掘り続けている答えが巣の拡張にあった。
まるで蟻の巣のように分岐した坑道と、小鬼独特の思考で掘られた空洞と抜け道。迷い込めば探索系術式なしには脱出困難である。
(――見通せ――)
『光路誘導!!』
小鬼の巣窟内部の情報が次々と俺の目に飛び込んでくる。おおよその巣の構造と小鬼共の集まっている位置は把握できたが、上位種の存在までは細かく確認できなかった。
「さて、ここからどうしたものかな」
「小鬼達を率いているボスは見つからなかったの?」
「ああ、だめだ。奴らの数が多すぎて、上位種の姿が埋もれている。ギルドでは二個大隊規模の小鬼の軍勢と言っていたが、待機している後詰めまで含めたら倍以上……連隊規模と考えた方がよさそうだ。これだけの数がいると奴らの司令塔を探し出して潰すのも一苦労になるぞ」
巣の中を走り回り、階層主を探し出して倒すのは手間になるかもしれない。倒すよりも、探すことが大変なのだ。
俺がさらりと口にした事実を聞いて、運搬人ヨモサの顔色が青ざめる。
「れ、連隊規模って……。そんなの冒険者の討伐隊でも手に負えませんよ……」
「小鬼ごときがどれだけ数を増やしても、俺からすれば脅威度に大差はない。群れを率いている頭を優先して潰せば、小鬼達の軍勢は統率が取れずに瓦解する。問題はその司令塔を探し出せるか、ってところなんだがなぁ」
こういった探索系の術式は『風来の才媛』が得意とするところだ。あの女は常に多忙なので、今回の旅路も出発のギリギリまで姿を現さないだろうことが予想された。場合によっては送還の門の手前で落ち合うことになるかもしれない、などと事前の打ち合わせでも言っていたくらいだ。
(……まあ、あの女のことだ。突然ふらりとやってきて合流するだろ……)
ないものねだりをしても仕方がない。ここは俺とレリィでやれることをやるしかない。
「こうなったら、片っ端から行くぞ。大きな群れには、統率する上位種が必ずいるはずだ。小鬼どもが集まっている場所を急襲する!」
「いいね、単純で! とにかく目の前の敵を倒していけばいいんでしょ!」
「……信じられません。それって無策で突っ込むってことじゃないんですか!?」
文句を言うヨモサのことは無視して、俺は小鬼が集まる手近な大部屋へと向かって駆ける。
坑道を走りぬけて大部屋の前まで来た俺は、一度、褐石断頭斧を地面に突き刺して捨て置き、外套の内ポケットから何種類か魔蔵結晶を取り出した。
「部屋に飛び込んだら広範囲攻勢術式を一発、ぶち込む! レリィ、お前は四秒遅れで飛び込んで来い!」
「了解!」
レリィに指示を出しながら、俺は小鬼の群れがいる大部屋へ飛び込む。
大部屋の中は、すり鉢状に広く掘り下げられた空間になっていた。レリィが部屋の入口脇にぴったりと背中を押し付けて「四!」と数えたのが聞こえる。
飛び込んだ瞬間にすぐ脇から小鬼戦士が斧を振るってくるが、俺は鉄砂の鎧をまとった右腕でこれを弾き返し、構わずに術式を発動する。
(――
左手に握り込んでいた銀の棒状魔蔵結晶、そこに刻み込まれた魔導回路へ制御の意思を送り込みながら、術式発動の
『
目を閉じて左手を前に突き出し、銀の棒状魔蔵結晶を大部屋の中心に向けて投げ放つ。「三!」とレリィの数える声。
宙を舞う銀の棒は、俺の手から離れて正確に一秒後、
「二……」と口にしたレリィの声が途中で轟音に呑まれてかき消された。
俺に斧で襲い掛かってきた小鬼戦士が吹き飛び、矢を放とうとしていた前方の小鬼弓兵が目と耳を抑えてひっくり返る。他にも呪術を放とうと集中していたらしい
無数の小鬼達の悲鳴が上がるなか、俺は至近距離で爆風を浴びながらも鉄砂の鎧に守られ無傷で立っていた。瞼も耳も砂鉄に覆われている。
「……一!!」
轟音の過ぎ去った大部屋にレリィが最後の秒読みを終えて突撃してきた。
閃光と轟音に目と耳を潰された小鬼達に、レリィの振るう水晶棍が容赦なく打ち下ろされる。一匹の小鬼の頭を潰したら、水晶棍を振り上げる勢いで別の一匹を横殴りにして、再び振り抜く一撃で数匹の小鬼をまとめて殴り飛ばす。武装した小鬼戦士をものともせずに一撃で屠り、殴り飛ばした小鬼の体は小鬼呪術師に激突して、奴らをまとめて戦闘不能に追い込んだ。
俺は鉄砂の鎧の防御を解かず、そのまま次の術式を発動する。
(――見透かせ――)
『虎の観察眼!!』
黄土と金に輝く
ちょっと化け物じみた格好になってしまうが、これも不慮の事故を防ぐための手段だ。偶然でもなんでも防護の薄い目をめがけて小鬼の矢が飛んでくれば、自動的に高価な防衛術式が働いてしまう。無駄な消耗を避けるために編み出した、俺なりの対策である。
大部屋の奥は大きく拡張された坑道になっていて、ずっと先の方から小鬼の援軍と思われる群れの押し寄せる光景が見て取れた。
「あれは……? レリィ! 奴らの援軍が来るぞ!
拡張された坑道を走ってくるのは、灰色狼にまたがってソリを引かせる
ソリには新たな援軍として小鬼戦士、小鬼弓兵、小鬼呪術師、そして一際大きな体躯の
「大物も混じっているぞ!
「わかった! おっきいのは、あたしが相手する!!」
ソリから続々と降りてくる小鬼の軍勢を前に、レリィは迷わず頭抜けた体格の小鬼隊長だけを目標に据えて突進していく。
小鬼隊長に辿り着くまでの途中、邪魔な小鬼達を水晶棍で殴り飛ばしながら前進するレリィ。
明らかに自分を目指して突っ込んでくるレリィの姿を視認して、小鬼隊長が棍棒を振りかざし吠え猛る。
「うるさいよっ!!」
走り寄りながら加速したレリィが、小鬼隊長の頭頂部に水晶棍を打ち込んだ。棍棒で迎え撃とうとした小鬼隊長に、防御も反撃も許さず、水晶棍の一撃で頭蓋骨を砕き割り絶命させる。
ずんっ、と頭から脳漿を漏らしながら倒れ伏す小鬼隊長にその場の視線が集中する。
一瞬の沈黙の後、影小鬼達に大混乱が起きた。
本来、その場の司令塔となるはずだった小鬼隊長が一撃で潰されてしまったことで、乗り込んできた影小鬼の一群は統率を失ってしまったのだ。右往左往して、元来た通路を逆走する影小鬼まで出る始末だ。
「今更どこに逃げようっていうんだ……お前らはっ!」
(――貫け――)
『血塗れの棘!!』
魔窟の地面から鋭く尖った赤い針状結晶が飛び出して、影小鬼達を執拗に串刺しにした。一本の針状結晶が影小鬼の身を貫けば、そこから分岐して生え出した小さな棘が身の内から肉を貫き、臓腑に達して更に細かい棘を生え散らかす。
魔獣であっても痛覚は存在するのか、苦しみ悶えながら激しく身をよじり怨嗟の声を上げて次々と灰になっていく影小鬼達。
狼に騎乗した
「その程度の機動力で避けられるものかよ」
所詮は無駄な足掻き、ほどなくして狼が結晶の棘に足を貫かれ、動きの止まったところに次々と棘が襲い掛かって小鬼騎兵を滅多刺しにした。
びくびくと幾度か体を痙攣させてから小鬼騎兵は灰と化して消えた。後には、串刺しにされた狼の死骸だけが残っている。狼の死骸は灰となって消えることもなく、確かな存在感としてそこにあった。
(……この狼は魔獣ではないな。元々、底なしの洞窟にいた狼が魔窟に取り込まれ、影小鬼に飼われるようになったわけか……)
魔窟に人間の冒険者が潜るように、動物が迷い込むことも普通にある。それが元から棲みついていた獣であれば、魔窟化したとき逃げ出せずに定着してしまったというのはよくある話だ。
まあ、だからどうだということもない。
敵として立ちはだかるならば、倒して前へ進むまでだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
死屍累々と倒れ伏す影小鬼達は、時間の経過と共に灰となって崩れ、黒っぽい魔石を残して消滅していった。
また一匹、魔石へと変化した影小鬼を見ながら、運搬人のヨモサは独り言を呟く。
「わ、わたしは……夢でも見ているのでしょうか……。影小鬼が死んでいく、まるで羽虫の群れのように……」
地面に落ちた沢山の微小魔石を、ヨモサは震える手で一つ一つ拾いあげた。時々、影小鬼が落としたと思われる武器や防具が転がっているが、それらの回収はしなくてよいとクレストフから言われている。新人冒険者であれば貴重な収入源になるであろうそれらを捨て置くのは、やはり彼らがランク通りの実力ではないことを示している。
たぶん、必要ないのだろう。古びた武器防具を売ってまでお金を稼ぐ必要性が。
それにしても、この二人がDランク? まったく笑えない冗談だ。むしろ詐欺と言っていい。冒険者組合の制度上の問題なのだろうが、二人とも新人冒険者と同列に並べてよい人材ではない。
(……おそらく実力的にはBランク以上……Aランクもありうる……?)
小鬼隊長を一撃で屠る剛腕のレリィ。一瞬で多数の影小鬼を殲滅する術式を操るクレストフ。二人ともヨモサの常識を超える冒険者だ。
なにより恐ろしげなのはクレストフの現在の姿だ。防衛術式の一種と彼は言っていたが、真っ黒な砂鉄の鎧に身を包み、体に貼り付けた複数の虎目石を介して周囲の様子を探っている。時々、ぎょろりと動く虎目石は気味の悪い生き物の瞳を想像させた。
……子供の頃に、あんな姿の化け物を見たような気がする。その日は一晩、悪夢にうなされて過ごした記憶がある。あれはいつのことだったか。今は帰ることのできない故郷の小さな集落で、救世主と崇められていた魔人の像が、どことなく今のクレストフの姿と重なって見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます