第278話 たかが小鬼

結晶弾クリスタル・グランデ!!』

 透き通った水晶の塊が高速で次々に撃ち出され、迫り来る小鬼の群れを正面から貫通して蹴散らす。撃ち漏らした影小鬼はレリィが振り回す水晶棍で地面へと叩き伏せられ、黒い煙となって蒸発し、後には小さな魔核結晶だけを残して消滅した。転がった魔核結晶は運搬人ポーターのヨモサが慌てて拾い上げていた。

 倒しても、倒しても、わらわらと奥から小鬼戦士ゴブリンファイターが湧いて出てくる。いったいどれだけの数が魔窟の奥に潜んでいるのか。冒険者達だけで戦力が足りるのか怪しいところだ。

 後続の冒険者達も第一階層の各所で戦闘を始めたのか、あちこちで剣戟の音や、術式の衝撃音が鳴り響いている。


「どうやら本当に第一階層いっぱいに小鬼共が溢れかえっているようだな」

「もうあっちこっちで乱戦状態だよ! ヨモサ、無事!? 巻き込まれてない?」

「心配するくらいなら、進行速度を抑えてください!」

「その要望は却下だ。さっさと奥へ進むぞ。他の冒険者共に合わせていたら、いつまで経っても小鬼の駆除が終わらない」

「なっ……!? 正気ですか!? クレスさん達、Dランク冒険者でしょう? 下級種を一掃して、後詰めの冒険者の露払いをするのが仕事なはずです。奥に行ったら上級種とかち合いますよ!? そんな危険なことする意味ないでしょう!?」

 どうやら俺達がDランク冒険者として動いていると、ヨモサはまだ勘違いしているようだ。最初からそんなつもりは毛頭ない。徹頭徹尾、俺達の目的は魔窟最下層までの道のりを確認すること。障害があるなら速やかに排除するまでだ。


 洞窟の角を曲がった瞬間に飛び掛かってくる小鬼戦士。それをレリィが殴り飛ばして、俺が『結晶弾』で離れた位置にいる小鬼弓兵ゴブリンアーチャーを撃ち抜く。

 道の曲がり角、部屋の入口出口、要所で足を止めて様子を窺ってから飛び込み、レリィが先行して俺が追撃する。ただひたすら影小鬼を倒す単純作業を繰り返して、半刻ほどが経過したころ、俺は段々と集中力が切れてくるのを感じていた。


「あ~……ん~……」

「…………えっと。クレス、急にどうしたの? 悩ましそうに唸ったりして……」

「面倒くさくなってきた」

「え?」

「雑魚を相手に慎重に立ち回っているのが、面倒くさくなってきた」

「クレスさん、それ、本気で言っていますか?」

 拾い集めた魔石を持ち運びしやすいように袋から背籠せかごに移し替えていたヨモサが戦慄した様子で目を見開いている。この少女は俺達の戦闘を見ていながら、まだDランク冒険者のはったりとでも思っているのだろうか。

 いや、それも仕方ないのかもしれない。彼女は地面に散らばった魔石を拾い集めるのに必死で、俺達の戦闘など細かく見ている余裕はなかったはずだ。魔石集めに熱を上げるより、安全上もう少し周囲に気を配って欲しいのだが、ヨモサはどうしても魔石を回収し損ねるのが許せないらしい。今も小さい身体を丸めて地面に這いつくばりながら必死に魔石を拾い集めている。律儀に屑石まで拾う、妥協のできない難儀な性格である。


「でも、久しぶりの魔窟だから慎重にって、クレスが言い出したんだよ?」

「お姉さんも本気ですか……? これで慎重にって……」

 ヨモサの感想は相変わらず俺達の基準とはずれているが、冒険者と違って戦闘の手段を持たない運搬人では理解できないのも道理か。

「考えてみたら昔の俺は魔窟探索でこんなに慎重に動いたことはない。もっと大胆に進んでいたんだ。こんなちまちまやっていたら勘を取り戻すのも遅くなる」

「だからって影小鬼を甘く見るのは危険なんじゃない?」

「たかが小鬼ゴブリンだ」

「されど小鬼ゴブリンって言ってなかったっけ」

「たかが小鬼、されど小鬼、だが所詮は小鬼ゴブリンだ。俺が警戒するような相手じゃない」

 以前の俺の発言を蒸し返してくるレリィに対して、俺は理屈抜きで強引に言い切った。ここまでの戦闘で感じた抑圧感は、詰まるところ俺自身の自己評価に対する不満だ。何故、俺が小鬼ごときに慎重な立ち回りを強いられているのか。慎重な立ち回りを取り続ける意味などないのでは?


 俺の意思が固いと見て取ったレリィは、諦めたように大きく溜め息を吐いた。

「それで、どうしたいのクレスは?」

「第一階層はとっとと通り抜けよう。途中で親玉と遭遇したらぶっ殺す。遭遇しなければ無視して第二階層へ降りる」

「ギルドからは小鬼の討伐依頼が出ていたと思うけど……」

「知ったことか。何か言われたら下の階層にまで小鬼共が進出していないか探っていたと言えばいい」

「だっ、ダメですよ! わたしだってギルドに報告義務があるんですから、勝手なことしないでください!」

 投げやりな発言にヨモサが泡を食った様子で反応する。ヨモサはギルドに雇われているので、冒険者の行動を監視して報告する義務も請け負っていた。


「だったら、むしろ小鬼の巣窟奥深くへ乗り込んで、さっさと小鬼君侯ゴブリンロードを討伐するか。Dランク冒険者に与えられた任務は影小鬼・下級種の討伐だが、別に上位種を倒してしまっても文句を言われることはないんだろう?」

「……笑えない冗談ですよ、クレスさん? 小鬼君侯ゴブリンロードとやりあう? Bランク冒険者の小隊か、Cランク冒険者の中隊規模でようやく五分五分と言われる化け物ですからね? これ以上はわたしも付き合いきれません。自殺願望があるなら勝手にしてください!」

「付いて来ないのは自由だが、帰りの安全は保障しないぞ。一人で入口まで戻れるのか?」

「それは……無理です。卑怯ですよ……。くっ……故郷へ帰る前に、こんなところで他人のわがままに巻き込まれ犬死にするなんて……」

 第一階層とは言え、既に奥深くまで潜ってしまっている。後方で戦闘音が聞こえてくることからして、あちこちの坑道から小鬼が湧いて出ているのだろう。来た道を戻るにしても、影小鬼の新手と遭遇する危険は高い。

 そのことを理解したのか、なんだかんだ言いながらヨモサも覚悟を決めた。既に死んだような虚ろな目をして、歯を食いしばりながら後ろを歩いてきている。


「決まりだな。次の戦闘からは俺も積極的に前へ出る」

「近接戦に切り替えるってこと? あんまり無茶しないでね……」

「俺の近接戦闘能力は知っているだろう。心配されるようなことはない」

「――そう言って結構、危険な戦い方するからなぁ、クレスは……」

 レリィからの信用がないのは何故なのか。これは久々に本気を見せてやるべきかもしれない。

 緊張感なく会話をしながら歩いていると、つい先日も見たばかりの坑道と木造りの扉を見つけた。扉を無視して進めば第二階層へ向かう道のはずだが、俺はあえて扉の向こう側、小鬼の巣窟に乗り込むことを考えていた。


「ふん……ちょうどいい。この先の大部屋に小鬼共が固まっているようだから、そこで俺の実力を見せてやる」

「クレスさん……それ、なんか失敗する前振りみたいな台詞ですけど……。今からでも考え直しませんか?」

「そーそー。クレスは術士なんだから、後ろから援護してくれればいいんだよ」

「言ってろ。レリィ、今回ばかりはサボってもいいぞ。体を慣らすのに、俺一人で小鬼を全滅させるからな。それじゃぁ……突入だ!!」

「えっ!?」

「あっ! 待ちなさいってば、クレス!」

 ボケっとしていたヨモサとレリィを置いて、すぐ脇にあった木の扉を押し開き大広間へと飛び込む。


 扉の向こうから『天の慧眼』で透視してわかっていたことだが、大部屋の中には無数の影小鬼が犇めいていた。

 一見しただけでも多種多様な影小鬼がいる。小鬼戦士ゴブリンファイターが主力のようだが、少なからず小鬼弓兵ゴブリンアーチャーも散見される。

 そして、幾匹かの小鬼戦士に守られるような立ち位置で、一番奥に見慣れない姿の影小鬼がいる。ボロボロに薄汚れた麻のマントを羽織り、獣の骨や目玉で作られた装飾品をジャラジャラと身に着け、手には黒檀の杖を持っている。

(……見覚えのある杖だな。サラとかいう娘が元々は持っていた杖じゃないのか、あれは?)

 他の小鬼達とは明らかに毛色の違う影小鬼。薄っすらと魔導回路の筋が光って見える黒檀の杖を俺達に向け、しゃがれた濁声だみごえで一言叫んだ。


石弾ストォヌ・ブレット!!』

 それは確かに人語の発音であり、共有呪術を扱うときの楔の名キーネームに違いなかった。拳大の石礫が高速で撃ち出される。

 素早く横に跳んだ俺の脇を通り過ぎて、石弾が壁にぶち当たり砕け散った。

小鬼呪術師ゴブリンシャーマンか! 盗んだ杖で人間様の魔導を使うかよ! 小鬼の分際でっ!」

 たかが小鬼、されど小鬼。そして、小鬼の種類もピンからキリまで。小鬼呪術師ゴブリンシャーマンは影小鬼のなかでも知能が高い種類で、冒険者から奪った魔導具さえ使いこなしてしまう。それが魔獣化した小鬼の恐ろしさ。知恵ある獣の脅威である。


「だが、術式の威力は大したことがないな!」

 俺は斧石アキシナイトの魔蔵結晶を取り出し、武器を形成する術式を発動した。

(――組み成せ――)

褐石断頭斧かっせきだんとうふ!!』

 茶褐色の透き通った結晶塊を斧刃とした巨大な戦斧が、焦げ茶色の光を放ちながら俺の手中に出現する。

「吹き飛べっ、雑魚がぁ!!」

 形成と同時に振り下ろした結晶の戦斧が地面に突き刺さると、洞窟の硬い地面を砕き散らしながら地を走るように褐色の光が迸った。


「ギャギャッ――!?」

 地を走りぬけた褐色の光が何匹もの小鬼戦士を吹き飛ばし、一本の道筋を開く。俺は影小鬼の群れが吹き飛んで開けた道を一直線に突き進み、その先にいた小鬼呪術師ゴブリンシャーマンを結晶戦斧で頭頂から股下にかけて真っ二つに切り裂く。

 いきなり集団を統率する頭が潰されて影小鬼達は混乱に陥った。小鬼弓兵がまとまりなく散発的に矢を撃ってくるので適当に避けながら、手近にいた小鬼戦士を結晶戦斧で鎧ごと横薙ぎに斬り払った。狙った一匹と、ついでに周囲にいた数匹の小鬼が巻き込まれて、奴らは上半身と下半身を二つに分かたれて転がる。

 戦斧を振るった余波で、俺に向けて飛んできていた矢も吹き散らされる。この程度の矢に当たるとは思わないが、万が一に当たって高価な防衛術式を消耗するのは少し勿体ない気がした。


「……ここは装甲型の防衛術式を予め使っておくか……」

 自動迎撃の防衛術式は不意打ちに対しても有効な分、魔導回路の価格コストは高い。しばらく真正面からやり合うことを考えれば安くて丈夫な、対費用効果コストパフォーマンスのいい装甲型の防衛術式で身を守る方が利口だ。そうすれば無駄に自動迎撃の防衛術式を消耗することもない。

 手の平で包み込める大きさに磨き上げられた赤鉄鉱ヘマタイトを外套の内ポケットから取り出し、刻まれた魔導回路へと意識制御で防衛術式の命令を送り込む。


(――組み成せ――)

 思い描くのは全身を覆い尽くす鉄の鎧。関節部は自由に、強度と重量を計算して、動きながら戦える鉄の鎧を想像する。

鉄砂てっさの鎧!!』

 術式発動の楔の名キーネームを発すれば、白い光を放ちながら周囲の岩肌が削り取られ、原子構造を組み直された黒い砂鉄が全身にまとわりつき、瞬時に手足や顔面まで含めた肌を鉄の粒が覆い尽くす。形の定まった鋼鉄の甲冑とは違う、常にざわざわと蠢く砂鉄の鎧は関節の自由を保ちつつ、外力に対して瞬間的に凝集して強度を高める原理になっている。

 術式を発動してしまえば真っ黒な砂鉄の化け物となってしまうため、日常生活では常時発動しておくわけにはいかない。戦場でのみ使える防衛術式である。

 それにしても、魔窟の岩石は高濃度の魔導因子を含有するためか、組成の元素転換をするにも負荷が小さくてやりやすい。魔導因子に満ちた魔窟は、俺のような術士が能力を発揮するのに最高の環境である。


 小鬼弓兵が矢を射ってくるが今度はあえて弾き返すことをしないで無視した。俺の首のあたりに当たった矢は鉄砂の鎧に阻まれ、火花を散らしながら鏃を欠けさせて弾かれる。鏃には動物の骨でも使っているのかと思っていたが、生意気にも鉄の鏃を使っているようだった。どこかで手に入れたのか、それとも影小鬼共に鉄を加工する技術があるのかは知らないが、革鎧ぐらいなら容易に貫く鉄の矢は、並みの冒険者にとっては脅威かもしれない。

 しかし、全身を鉄の鎧に包まれた俺には全く効果がない。これでひとまず小鬼弓兵は無視して、小鬼戦士を集中して潰すことができる。

 前からも後ろからも武器を手に飛び掛かってくる小鬼戦士達。それらを結晶戦斧で殴り飛ばし、怯んで距離を取り始めた小鬼達めがけて衝撃波を伴う一撃を放った。


 地面に振り下ろした戦斧の一撃は耳をつんざく轟音と共に、武骨な刃から焦げ茶色の光をほとばしらせ、突き抜ける波動が真正面にいた影小鬼の群れを引き裂く。近くにいた小鬼戦士が全滅した後は、逃げ惑う小鬼弓兵を追い詰めながら次々に結晶戦斧で撫で斬りにしていく。

 常に術式制御で俺の体の周囲を浮遊している・・・・・・鉄砂の鎧は重量を感じることがなく、普段通りの機敏な動きが可能だ。

 この大部屋において入口をレリィが塞いでいる以上、逃げ場は奥にある出口一つ。そこに向かって逃げ出せば俺が放つ衝撃波の格好の的だ。詰まるところ、どこにも逃げ場のない状況で、普段通りの動きで迫る完全武装の俺から逃げるすべなど影小鬼共にありはしないのだ。


 大した時間もかからずに、大部屋にいた影小鬼達は全滅した。影小鬼の死体からは黒い霧が発生して、微小魔石だけを残して灰と化し、蒸発する。

 この場において唯一、小鬼呪術師ゴブリンシャーマンが残した魔石だけは、他のものより少しだけ大きかった。色合いも影小鬼が落とした魔石は石炭か何かのように真っ黒であったが、小鬼呪術師の魔石は薄っすらと透けていて濃い焦げ茶色の煙水晶スモーキークォーツのような外観をしている。帰ったら、換金所へ渡す前に結晶構造くらいは調べてみようかと思う。


「はぁ~あ、本当にあたしの出番がなかった。クレスの専属騎士としては、お仕事がないと困るんだけど?」

「魔窟での戦闘の感覚は段々と思い出してきた。俺の準備運動はもういい。次からはお前も参戦していいぞ」

 俺は鉄砂の鎧の術式は維持したまま、レリィに次の戦闘許可を出す。たぶん、この大部屋の先にはまだたくさんの影小鬼が潜んでいるはずだ。ここからは敵の大将がいる本陣奥深くを目指した突入戦となる。体を慣らすには十分すぎる数の敵が出てくるだろう。レリィにも働いてもらう必要がある。

「はいはい、お仕事がんばらせてもらいますっ! ……ところで、クレスはずっとその格好なの? 全身真っ黒な……鎧?」

「あぁ……これか。いつでも解除できるが、また術式を使って再構築するのは面倒だから、今日はしばらくこのままで戦う予定だ」


 『鉄砂の鎧』は、禁呪である『金剛黒化こんごうこっか』の呪術やその簡易版である『鮮血紅化せんけつこうか』と比べて、防御性能はやや劣るが融通の利く防衛術式となっている。術式効果中にも他の術式の併用行使が可能だ。苦労して編み出した新術式だが……。

「まるで悪の暗黒騎士って感じだね!」

 レリィの一言でひどく陳腐なものに成り下がってしまったような気がする。

「お前、もう少しまともな表現はなかったのか……?」

「漆黒騎士の方が良かった? それとも黒鉄騎士とか……悪の……」

「とりあえず『悪』と『騎士』からは離れろ。なんだか恥ずかしくなってくる」

「え~……格好いいと思うけど……」

「俺の格好の評価はどうでもいいから、次の戦いの準備をしておけ」

「はーい。うーん……くろがねの錬金術士とか……鋼の武闘術士とかもありかな……」


 俺とレリィが小鬼の巣窟の奥深くへ突入する準備をしている傍らでは、運搬人ポーターのヨモサが魔石を拾い集めながらぶつぶつと文句を呟いていた。

「なんですか……なんなんですか……この人達は……」

 見た感じでは小鬼に恐れをなしている様子はない。これならば一緒に行動させても、大した邪魔にはならないだろう。


「でも、この人達ならあるいは――」

 意味深な言葉を呟いていたのは気になるが、今は気にすべきことでもないと割り切って俺は小鬼の巣窟へと足を踏み入れていった。

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