第275話 ギルド受付嬢の困惑

 ――胃が痛い。


 冒険者組合の新米受付嬢ティルナは、ようやく去っていった新人冒険者二人組の背を見送りながら、ほっと息を吐きだした。


 あの二人はつい最近、冒険者になったばかりの新人だが、目立つ行動をしては他の冒険者と諍いを起こし、魔窟探索では常識外れの結果を持ち帰って人を混乱させる。

 初日はいきなりギルドの魔窟講座を十階層分全て受講したり、昨晩は魔窟に忍び込んだ少年達を連れて戻ってきたり、挙句の果てに今日は第五階層まで行く予定だとか妄言を吐き、見かねて口出しをした中堅冒険者と衝突していた。

 特に美人の女の子の方は随分と気が強いのか、絡んできた冒険者を挑発するありさまだ。受付の前で揉め事は切実にやめて欲しい。


 今は今で、いつの間に貯めたのか大量の魔石を一度に換金して、一気にEランクからDランクに冒険者ランクを上げてくるとか、何かの間違いではないかと確認作業が必要になるようなことをしてくれる。こんなぶっとんだ新人冒険者の扱い方は手引書にも書いてなかった。


 最後は「教育がなっていない」と、受付業務の不出来を指摘して去っていった。辛辣な言葉がティルナの精神をごりごりと削ってくる。

 自分がまだ新米で至らないのは自覚している。だが、常識知らずの新人冒険者に言われる筋合いはなかった。

(――でも、なんか怖くて言い返せなかった……)


 ギルドマスターのラウリからは、冒険者には丁寧に接しても、へりくだる必要はないと言われている。あまりお客様扱いすると増長するので、逆に威圧してやるくらいで丁度いいのだとか。

 特に新人冒険者は、気が大きくて口ばかりの奴らが多いため、暴走しないようにきっちり抑えてやる必要がある。そうでないと無謀な魔窟探索を強行して命を落としたりするので、新人冒険者が無茶をする気配を感じたら注意して、強く引き留めるのも受付の仕事だと言われた。


 そこでティルナも、まだレベル1の新人冒険者が第五階層まで行くと言い出したのに対して、第一階層で経験を積むように注意をした。それをきっかけにして冒険者同士の喧嘩になりかけてしまったのだが、自分は職務を果たしたのだ、とティルナは心の中で自己弁護をしていた。

 しかし、良かれと思ってした行動について、今日の昼過ぎには自信がなくなってしまった。そのレベル1の冒険者は大量の魔石を換金して、一気にレベル11になりDランク冒険者に昇格したのだから。Dランクはまだ初級冒険者という扱いだが、少なくとも駆け出しは卒業だ。


 普通の新人冒険者は、二、三日かけて影小鬼を数匹狩っては引き返しと、安全に経験と金を蓄えていって、およそ半年くらいかけて装備を整えながらDランクに上がる。それも小鬼狩りの他に採取活動などもやっての話だ。

 のんびりしている者や要領の悪い者ではランクアップに一年かかることもある。その間にあっさり死んでしまう者もいる。

 もちろん、最初から武術の心得があれば一ヶ月くらいでランクアップすることも不可能ではない。それでも、たった一日でランクアップしてしまうのは異常だ。何かの間違いだろう、と疑ってしまうのは仕方のないことだったと思う。

 実際、ティルナは今になってもまだ信じられないでいた。鑑定術士のジルヴァが勘違いをしたとは思えないが、明日の朝にはやっぱり間違いでしたと言われても納得してしまうだろう。それだけ異常な事態だとティルナは思っていた。夕方になって、出勤してきた先輩のヴィオラに話を聞くまでは――。


「ああ、時々いるのよね。冒険者稼業は初めてだけど、他の道では名の知れた腕利きとか。私の見立てではあの男女二人組、かなりのやり手だわ。彼らは新人だけど、駆け出しのひよっこ冒険者とは違う。そりゃあ、レベル1だからって子供相手みたいなことを言ったら機嫌を損ねるわよ」

 そういう大切な情報は早めに教えて欲しかった。ヴィオラは彼らが冒険者組合に来た時から目を付けていたらしい。


「これからあの二人組はすぐに頭角を現すわよ、きっと。冒険者ギルドに新たな風が……いいえ、嵐が吹き荒れるわね」

「でも、まだ小鬼をたくさん狩っただけじゃないですか。本当にそんな逸材なんですか?」

 素人ではないとわかったが、果たしてそこまでのものだろうか。鳴り物入りで冒険者となった、とある筋では有名とされた傭兵が、冒険者になった次の日にあっさり死んだなんて話もティルナは聞いたことがある。

 まだ第一階層で活動を始めたばかりなのに、ヴィオラがそこまで確信を抱く理由がわからない。

 彼女は冒険者組合に勤める前は、傭兵登録所でも受付の仕事をしていたと聞く。その経験からくる目利きなのだろうか。

「ティルナもまだまだね。わかるのよ、明らかに水準レベルの違う強さを持った人間だって。ふふふ、これからどんな結果を出すようになるのか、楽しみだわ」

 勝手なことを言って盛り上がるヴィオラを横目に、ティルナは最近ようやく慣れ始めた受付仕事を黙々とこなしていく。自分もあと十年ぐらいしたらヴィオラのような熟練受付嬢になるのだろうか。


 冒険者の力量を見抜くことに目を光らせるばかりに、男を見る目に厳しくなりすぎて婚期を逃す。そんな受付嬢になってしまうのだろうか。



 ――以上、『冒険者組合支部 受付嬢ティルナの私的な業務日誌(見られたら恥ずか死ぬ)』より抜粋。

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