第274話 鑑定術士ジルヴァ

 レリィがようやく食事を終えて、冒険者組合本部という名の居酒屋を出ようとしたとき、思い出したかのようにラウリが声をかけてくる。

「そういやお前さんら、昨日は魔石を手に入れたりはしなかったのか? 結構な数の小鬼を狩ったような話を聞いたが」

「魔石……? ああ、魔核結晶のことか。屑石ばかりだったが、一応、拾うには拾ってきたな」

 冒険者の言うところの魔石は、屑石と言っても一つで銀貨数枚の価値はある。魔導回路を転写して刻み込めば、そのまま魔蔵結晶として機能するので、魔導基板としても見逃すには惜しい素材だ。


「だったら是非、ギルドの支部で換金してくれ。そうすれば冒険者ランクも上がるから、今朝みたいに血の気の多い冒険者に絡まれることも少なくなる。もちろん、ギルドからの援助が増える、ってのが主な特典だけどな」

「まあ、自分で抱え込んでいても仕方ないし、今後の活動が楽になるならそれもいいか」

 魔核結晶を魔蔵結晶に作り替えることはできるが、魔獣から出た結晶は魔導回路との相性は必ずしも良いとは言えない。別に悪くもないのだが、詰まるところ平凡な性能に収まるのだ。それよりは宝石の丘ジュエルズヒルズ産の宝石の方が、特定の術式に相性の良い結晶が選びやすいのである。


 だが、広く一般の術士にとっては貴重な素材であるため、常に需要が高く、換金することが容易なのだ。時にはお金の代わりに取引で使われることもある。これだけ価値あるものだからこそ、危険でも魔窟へ潜ろうとする冒険者は後を絶たない。

 昨日は深夜まで面倒な報告があって、今日は昼からの活動だった。初めから出鼻をくじかれてしまったし、もはや急いで魔窟へ向かう必要もないだろうと、ギルド支部にもう一度寄ってから行くことに決めた。



 ギルド支部は昼に顔を出したときよりも賑わっていた。もう昼というよりも夕方に近づいていたので、早朝に出かけていった冒険者が帰ってきたのだろう。魔窟には昼も夜もないのでどんな時間帯に潜ろうと変わらないのだが、人の営みはやはり外の世界にある。大抵の冒険者は朝から魔窟に潜って、夕方頃には戻ってくるのだ。そうでない者達は魔窟の中で休憩を取って夜の時間を過ごす。

「魔核結晶の換金を頼みたいんだが」

「え? ええと、魔核……結晶ですか?」

 先ほど魔窟探索の出立報告をした受付嬢に声をかけるが、彼女は首を傾げて宙に目を泳がせた。


「あぁ、あれだ。魔石のことだ」

「あっ、はい。魔石の換金ですね。それでしたら、隣の建物にある魔石換金所で行えます。他にも魔窟で得られた素材は、併設された素材換金所で鑑定してもらえますよ。換金所にはあちらにある扉からも入れます」

 ギルドの受付ではなく隣の目立たない建物の方で換金できるということだった。外からは中の様子が窺いにくい構造になっていたし、ギルド支部とは中で繋がっている。換金を終えた冒険者を狙った強盗というのもあるだろうから、換金後に一度ギルドへ戻れる構造は防犯上も理にかなっている。


「もし必要であればギルドでお金をお預かりすることもできますので、どうぞご利用ください。冒険者登録証があれば、それに紐づけて管理いたします」

 外に大金を持ち出すのが不安ならギルドに預けることもできる。冒険者登録証で金の管理がきちんとなされているのも信頼性が高い。

「わかった。必要があれば利用させてもらう」

 もっとも、金の管理は自分の金庫で行いたい俺は、一定以上の金は送還術で自前の金庫に送ってしまうので、ギルドに金を預けることはないだろう。



 換金所へと入っていくと、カーテンで隠された窓口らしき場所が十ほどあった。

 半分はカーテンの色が赤で、もう半分は青。どうやら魔石換金所は赤のカーテンで、素材換金所は青のカーテンの奥で鑑定をしているらしい。担当する鑑定術士の名前が書かれた掛札があり、並べて『空き』と『利用中』が切り替わる札がある。

 鑑定術士の名前は見ても判断が付かないので、とりあえず『空き』の部屋に入ると、中には鉄格子で仕切られた窓口があり、向こう側に職員らしき人物がいる。


「ようこそ、いらっしゃいました。魔石換金で間違いございませんね? 冒険者登録証をお貸しください」

 黒いスーツをびしりと着こなし、魔導回路の刻み込まれた片眼鏡モノクルをかけた、いかにも鑑定術士といった雰囲気の老紳士が対応に出てきた。

 俺が冒険者登録証を渡すと、鑑定術士の老紳士は窓口に置かれた四角い水晶体に登録証をかざして、浮かび上がる情報に目を通す。すると、水晶体に浮かびあがった文字に軽く目を通した後、にこりと俺の隣にいるレリィに向かって微笑んだ。

「お連れ様はご一緒に活動されている冒険者の方でしょうか? 魔石の換金額は冒険者レベルの評価に繋がります。お二人で成果を分けるのであれば、お二人の冒険者登録証をお出し頂くことになります」

「そういうことなら……レリィ、お前のも渡せ」

「うん。わかった」

 そう言って胸の辺りに手を突っ込んで冒険者登録証を取り出す。どこに仕舞い込んでいるんだ、こいつは。服の裏ポケットではなく、下着の中から出したように見えた。


 そんなレリィの行動に眉一つ動かさず、微笑んだ表情のまま冒険者登録証を受け取る老紳士。

「クレストフ様とレリィ様、確かに冒険者登録証を確認しました。換金所は初めてのご利用になりますね。私は当換金所の鑑定術士、ジルヴァと申します。以後、お見知りおきを」

 丁寧な挨拶をするジルヴァに釣られてレリィが深々とお辞儀をして、俺は了承の意味を含めて軽く頷いておいた。

「それでは換金したい魔石をご用意頂けますか。必要であれば、この場で召喚術を使って頂いても構いません。一時的にこの場だけ、結界を解除いたしますので」


 鑑定所のように貴重品が多く置かれる場所などでは、外部からの召喚術による物品の持ち出しや持ち込みを阻害する『結界石』が仕掛けられているのが常だ。

 襲撃や盗難防止策としては当然だが、それだと重い物や嵩張るものを鑑定所に持ってくるのに手間がかかる。そこで、冒険者登録証で身元を確認してから、危険がないと判断できれば窓口での召喚術行使を限定的に許可するという仕組みになっている。

「今日は直接持ってきているから召喚術は不要だ。レリィ、持ってきた袋を出してくれ」

「魔石の袋だね。はい、これ」

「ほぉ……これは大した量ですな」

 布袋にぎっちりと詰められた様子を見て、ジルヴァが感心したような声を漏らす。


「第一階層の影小鬼を倒して得た屑石だけどな」

「ははは、確かに下級種の影小鬼であれば魔石も小粒なものになるでしょう。ですが、これだけの量があれば相当の金額になります。こちらにお渡し頂けますか、すぐに鑑定をいたします」

 鉄格子の下方に魔石を受け渡せる車輪付きの容器がせり出してくる。そこへ魔石の袋を入れると、鉄格子の向こう側に袋が引っ込んで、ジルヴァがすぐ背後にあった大きな机の上で魔石を十個ずつに選り分けていく。鉄格子ごしでも、魔石の数が分かるように並べられている。冒険者と鑑定術士とのいざこざを避けるための配慮だろう。鑑定は全て、目の前で作業が行われるのだ。


 最後に大きさごとにわけた魔石をまとめて天秤にかけて重量を計る。魔石の種類によっては同じ大きさでも密度が異なる場合があるらしい。魔石は重いほど価値が上がるので、これも価格査定の一環である。

 今度は魔石を手に入れたら、幾つか手元に残してじっくり分析してみようと俺は考えていた。結晶構造など、天然の宝石とどのような違いがあるのか興味が湧く。

「極小魔石が七五個、微小魔石が一七個。換金は銀貨二一八枚になります。金貨八枚と銀貨一八枚にも替えられますが、どちらがよろしいですか」

「金貨で頼む」

「かしこまりました。少々、お待ちを」


 ジルヴァが一旦、席を外したところで、隣にいたレリィが俺の服の袖をちょいちょいと引っ張ってくる。

「ね、ね! 金貨八枚って本当!? すごい稼ぎじゃないの、これ? 小鬼を狩っただけなのに」

「百匹近く狩ったし、小鬼といっても魔窟に棲む影小鬼だからな。外で小鬼を狩っても討伐依頼でなければ固定報酬がないのに比べて、影小鬼は魔核結晶を直接に売却できるから利益も出やすいんだ。討伐報酬抜きで考えたら、拾得物の売却益では五倍から十倍にはなるんじゃないか?」

「十倍!? 十倍は大きいよー! あたしなんか、村に居たときは現物支給ばかりで、ほとんどタダ働き同然だったから……」

「一般人の感覚からすれば魔窟での稼ぎが、いかに大きいかわかっただろう? 安全に稼げる保証はないが、実力のある術士や騎士が魔窟に出稼ぎに来ることがあるくらい、短期間でかなりの収入が見込まれるんだ」


「はーっ……。これぐらい稼げるなら、魔窟の収入だけで一財産を築けるよね」

「単純に、そうはいかないんだけどな。魔核結晶にもその時々の相場があって、需要より多く供給があると安く買い叩かれる。特に短期間で量が出すぎると価格はすぐに下がる。今の相場はたぶん、需要過多の状態にあると俺は見た。しばらくは冒険者にとって稼ぎ時になるはずだが、いつ価格が落ちるかはわからない。それに俺達だからあっさり小鬼の群れも駆逐できたが、新人冒険者には一人あたり一日で二、三匹を狩るのが精一杯だから、命を懸ける対価として十分かどうかは微妙なところだ」

「そんなものかー」


 なんだかんだで供給不足になるのは、それだけ冒険者の数が抑えられているからだ。冒険者になる人間が増える一方で、怪我したり死亡したりでいなくなる冒険者もまた多い。だが、魔核結晶は術士全般が欲するものなので、長期的に見ても需要は尽きることがない。

「それに術士や騎士は金だけではなく、地位や名声、人脈作りの意味でも他の仕事がある。魔窟にだけ潜っていられるわけじゃない。中には金だけ手に入ればいいって言う、魔窟専門の奴らもいるが、そいつらはもう術士とか騎士ではなく、明確に冒険者と区別されてしまうな」

「クレスはそうはならないの?」

「ないな。研究用の素材集めか、特別な理由があれば魔窟に潜ることはあるが、金目当てではもう潜ることはない」


 俺とレリィが冒険者の稼ぎについて話をしていると、ジルヴァが小さな布袋を持って戻ってきた。

「お待たせしました。こちらが今回の換金分になります。冒険者ランクも上がっていると思いますので、一度、ギルド支部の受付にも顔をお出しください。冒険者登録証の更新がされますので」

「冒険者ランクが上がるのか? レベルだけでなく」

「Dランクに上がるには十分な量かと思われます」

 鑑定術士としての経験が長そうなジルヴァが言うのだからその通りなのだろう。ラウリにも言われたし、早々にランクアップの確認はしておいた方がよさそうだ。

「世話になった」

「またのご利用をお待ちしております」

 ジルヴァに綺麗なお辞儀をして見送られた俺は、レリィと一緒に再びギルド支部へと戻っていった。



 ギルド支部に戻り受付へ向かうと、先ほど対応したのと同じ受付嬢がこちらを見て、びくり、と身を竦ませていた。また喧嘩にでも巻き込まれたら堪らないといった様子の顔だ。

「魔石を換金してきた。鑑定術士の話だとランクが上がっているかもしれない、ということだから確認してもらえるか。俺とこいつの二人分だ」

「ランクアップ……ですか? レベルアップの間違いでは……一応、確認させてください」

 受付嬢は半信半疑の態度を隠さず、渋々ながら俺とレリィの冒険者登録証の確認作業を行う。

 受付の裏手にある複雑な魔導回路の刻み込まれた四角い水晶体の上へ登録証を置くと、浮かび上がる文字を細かく確認している。あの水晶体はギルドと換金所の双方で情報を共有しているのだろうか。あるいは情報記録用の媒体は別の場所にあって、それと交信するための端末なのか。魔導技術連盟で利用されている情報管理用の魔導具とは少し形が異なるが、機能は似たようなものかもしれない。


「あれ? 本当に、ランクアップに必要な魔石換金が行われている……けど、レベル1から一日でいきなりこの量はやっぱりおかしいし……」

 受付嬢はなにやら独り言をぶつぶつと言って納得のいかない様子だ。どうでもいいが、早いところ済ませて欲しい。これ以上、時間がかかると魔窟へ潜る時間もなくなってしまう。

「ちょ、ちょっと待っていてくださいねっ……! 今、確認を取ってきますので!」

「あぁん? 確認は、ここでするんじゃ……」

 言うが早いか換金所の方に走って向かってしまう受付嬢。本来なら、受付の裏手までの範囲で仕事が完結するのだと思うが、ここの窓口は空にしていいのだろうか? 

「行っちゃったねぇ……」

「あぁ……俺達はいつまでここで待っていればいいんだろうな」

 俺とレリィは無人の窓口の前に佇み、訝し気な顔で見てくる冒険者の視線を感じながら受付嬢が戻ってくるのを待つことになった。


 しばらくして、首を傾げながら受付嬢が戻ってくる。

「お、お待たせしました。ええと、確かに換金額を確認いたしました。お二人とも冒険者レベル11にレベルアップ、EランクからDランクへランクアップとなります。おめでとうございます……」

 いまだに信じがたいのか微妙な顔をしたまま祝いの言葉を述べる。これまでに、実力はあっても冒険者稼業は初めて、とかそういう新人はいなかったのだろうか。飛び級のようなことは魔導技術連盟でもよくあることだ。受付嬢はまだ若いようだし、彼女こそが新人で経験が少ないのかもしれない。


「……受付の新人教育がなっていないな。この辺りは連盟の後塵を拝している感じか……」

「ちょっと、クレス……その言い方はないでしょ……」

 待たされて苛ついていたこともあって、聞こえよがしに文句を口にしてしまう。若い受付嬢は「うっ……」と唸って、自覚もあるのか目を伏せている。

「ふん……。今日はもう日が傾き始めた。魔窟には明日の早朝から潜ることにする。今のうちに出立報告は済ませておくぞ」

「……承りました。明日、早朝からの魔窟探索ですね。時間が少し開きますので、出立直前にギルドで新しい情報だけ出ていないか確認をお勧めします」

「ああ、わかったわかった」

 手引書通りの対応で一々、確認が細かい。宿からは魔窟へ向かう通り道に支部はあるので、顔を出すくらいはしてもいいだろう。どうしても面倒くさければ無視して行ってしまうのもありだ。


「今日は魔窟に行かないとすると、どうするの?」

「行かないと言っても明日は早朝から動くんだ。軽い訓練や準備をして、今日は早く休む」

「どうせ訓練するくらいなら、ちょこっとだけでも魔窟に行ってくるとか」

「中途半端なことはするな。報告するのが面倒だろ」

 短時間であっても俺達なら二階層までは苦も無く到達してしまう。だが、半端に二階層を探索して帰ってくるより、一気に踏破してから報告する方が楽だ。俺は不満顔のレリィを連れて、まだ日の高い時間から宿への帰路へとつくのだった。

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