第273話 冒険者の洗礼

 次の日の昼、俺とレリィは魔窟への出立報告をギルド支部で行っていた。面倒くさいが冒険者の生存確認の為にも必要な手続きで、帰還時にも報告の義務がある。

(……一々、面倒くさいな。いっそのこと魔窟の中で野営するか……しかし、それも長期間だと騒ぎになるかもしれない。未踏破階層に行きつくまではこんな調子でやっていくしかないのか……)

 魔窟深層に潜れば必然的に長居することになる。未踏破の階層まで行きつければ、独自の拠点を魔窟内に造ってみてもいい。他の冒険者に利用されないように隠蔽した陣地を構築するのだ。そうしておけばムンディ教授や『風来の才媛』が合流した後の魔窟攻略が楽になる。大幅な時間短縮になるだろう。


「本日はどちらの階層まで活動予定ですか?」

 昨晩とは別の比較的若い受付嬢が今日の魔窟探索の予定を尋ねてくる。俺は少し考えた後、結局は昨日の目標と同じ階層を目指すことにした。

「五階層まで行ければ一旦、戻ってくる予定だ。日をまたぐかもしれない」

「えっ!? 五階層ですか?」

 受付嬢が素っ頓狂な声を上げる。その驚きようはレリィが一瞬、びくりとするほどで、受付嬢のやけに甲高い声がギルド内に響いた。

「その……失礼ですが、Eランク・レベル1の冒険者であれば無理せず第一階層で経験を積んでからの方が安全だと思います。昨日は第一階層の途中で引き返して来たということですし、今日も同じくらいの場所までで引き返すことをお勧めします」


 確かに本当の駆け出し冒険者なら第一階層で経験を積んだ方がいいのだろうが、昨日の影小鬼との戦闘内容を考えたら俺とレリィならば先へ進んでもまず問題はないだろう。そもそも昨日はクランツ達四人を救出するという予定外のことがあっただけで、本来なら五階層まで探索する予定だった。

「昨日は様子見で入っただけだ。影小鬼の脅威度もわかったし、最低でも第一階層は抜けるぞ」

「新人の方は皆さん、初めはそう言うんです。一回、魔窟に潜って大丈夫だったからと、急に深い階層に潜ってそのまま帰ってこない場合が多くて。考え直してください。これであなた方が帰ってこないと、私の注意が足りなかったなんて言われてしまいますから」


 どうも馬鹿正直に予定階層を話してしまったのがまずかったようだ。

 彼女としては職務上、冒険者ランクに不釣り合いな魔窟探索は止める義務があるのだろう。まだ実績がない俺とレリィでは、無謀な挑戦をしようとしている風に見られても仕方ない。冒険者への応対の手引書通りにしか受け答えができなさそうな若い受付嬢では、俺が何を言っても返答は同じだろう。


 ここは適当に第一階層で経験を積むとかでまかせを言っておいて、さっさと出発するに限る。そう思って口を開こうとしたとき、横手から見知らぬ男が割り込んできて突然、大きな声で話を始めた。

「おいお~い、あんまり受付の嬢ちゃんを困らせるもんじゃないぜー、新人さんよぉ」

 誰だこいつは。

 体格のがっちりとした、大柄な男。背中には無駄にでかい戦斧を背負っていて、体中に古傷の痕が残されている。この男も俺達の名前を知っているわけではないようなので、無関係な冒険者のはずだ。


「なんだあんたは。余計な口を挟むな」

「余計だって? ああ、そりゃぁ余計なお節介かもしれねぇなー。だけどよぉ、冒険者の先輩としては、新人の餓鬼がむざむざ魔窟へ殺されに行くのを黙って見過ごすわけにはいかねぇな。聞けば、ギルドが掴んでる最高到達階層までの魔窟の情報を初日に全部、買い上げたって話じゃねえか。無謀な挑戦しようと考えているのが丸わかりだっての」

「あはっ、この人、親切な人だね。クレス、一応、お話は聞いてみたら?」

 何故かレリィは笑って男のお節介を受け入れようとしている。こいつが口を挟んでこなければ、受付嬢に適当なことを言ってすぐに魔窟へ向かえたのだが。


「へぇ、お嬢ちゃんの方は聞き分けがいいみたいだな。おい、お坊ちゃんよぉ。俺は知ってんだぜ、昨晩に新人冒険者六人のチームがボロボロになって担ぎ込まれて来たって話は」

「何の話だ?」

「とぼけんなよ。第一階層でぼこぼこにされて泣き帰ってきたんだろうが。仲間の女は小鬼に犯されでもしたのか? そりゃぁもう、冒険者としては再起不能だろうな。だっていうのにてめえは、一日も経たずに今度はたった二人で魔窟へ行こうって神経が信じられねぇ」


 四人の悪餓鬼を救出してギルドに運び込んだのは俺とレリィだが、六人組の新人冒険者と見て取られたのか。ギルドが細かい話をよその冒険者に説明することはないから、状況と噂で適当な話を組み立てたのだろう。とんだ勘違いだ。

「思い違いをしているようだが、昨晩に運び込まれた四人は冒険者じゃないぞ。当然、俺の仲間でもない」

「はっ! 使い物にならなくなった奴は仲間じゃないってか! 何様のつもりだ? そんなこっちゃ新しい仲間もできねぇだろうなぁ! そうだろう? ここにいる連中は皆、わかっているぜ。誰もお前に手を貸さない。そこの可愛いお嬢ちゃんと二人きりで、果たしてどこまで魔窟を進めるもんかねぇ?」


 男は大声でギルド内にいる他の冒険者を見回す。興味のなさそうな冒険者が大半だったが、幾人かは何が面白いのか下卑た顔で笑い、軽く頷きながら成り行きを見守っている。

「なあ、お嬢ちゃんよぉ。悪いことは言わねぇ。こんなやつとは別れて、俺らのチームに加わらねえか? 俺はCランク・レベル31の冒険者だ。俺の仲間も間もなくCランクに上がろうって連中が揃っている。今、一番の伸びを見せている冒険者チームだからな。手取り足取り、冒険のいろはを教えてやるぜ?」


 Cランク以下って雑魚集団か。俺は呆れ果てて何を言ってやればいいのか、わからなくなった。

 もはや相手にするだけ時間の無駄だ。何故、レリィはこんなやつらの話を聞いてやれなどと言い出したのか。そう思ってレリィを見ると、彼女はへらへらと笑いながら自分に手を伸ばして来た男の腕を軽く払いのけ――。

「や、お構いなく。君達みたいな足手まとい連れていけないから」

 いきなり喧嘩を売っていた。本気で何を考えているんだ、こいつも。


「んん~? まあ、Eランク・レベル1のお嬢ちゃんじゃ俺達の足手まといになるだろうが、気にしないぜ? その分、他のことで貢献してくれればよ。へっへっへっ……」

 どうやら馬鹿すぎて自分が煽られたことに気が付いてないらしい。レリィは驚いた顔で俺の方を見る。「この人、馬鹿なの?」という声が聞こえてきそうなレリィの表情に、俺は何とも言えない顔をして溜め息を吐いた。レリィに知能を疑われたら人として終わりだろう。

 だが、馬鹿にされたことに気が付いたらしい男の仲間が四人、談話用のテーブルから立ち上がり、威圧するように腕を組みながら俺達の前に並び立つ。


「あんまり舐めた口きいてると、冒険者稼業をやっていけなくなるぜ? 冒険者は信用が第一なんだ。虚勢を張った上、仲間を犠牲にしているような奴は孤立するからな。覚えておけよ?」

 新人冒険者への苦言としては割とまともなことを言っているのだが、俺とレリィに対してはまったく意味をなさない忠告だった。

「ご忠告ありがとう。でも、完全に的外れで息臭いから、それ以上は喋らないでね」

 これに対してレリィは笑顔で辛辣な台詞を吐いた。男達の顔が真っ赤に染まり、額に青筋が浮かび上がる。いや、待て。何でまた煽った。こいつも何がしたいんだ。この茶番劇はどこまで続くんだ?


「この女っ! ちっとばかし可愛いからって調子乗りやがって!!」

 激昂した男達の一人がレリィに詰め寄る。最初に声をかけて来た男は、「息が臭い」と言われたところでようやく自分が馬鹿にされていることに気が付いていた。残念過ぎる頭だ。

 受付嬢が頭を抱えて「あわわ……」と狼狽し、掴みかかろうとする男に対してレリィが楽しそうに身構え、あわや乱闘になるかという寸前に別の方向から声がかかる。

「おぅい、お前ら! 何、もめてやがる! 冒険者同士の喧嘩は外でやりやがれ!!」

 声の主はギルドマスターのラウリだった。ドスの利いた声がギルド支部に響き渡り、男達がぴたりと動きを止める。


「ら、ラウリさん……。いや、喧嘩じゃないんだ。新人冒険者にちょっと教育をしてやっていただけで……」

「新人冒険者への小言や教育は俺の仕事だ! てめえらは自分のランク上げることだけ考えて、すっこんでろ!」

「へ、へい!」

 ラウリに怒鳴られると、すごすごとギルドを出ていく五人の男達。さすがにギルドマスターの一喝は冒険者にとって重たいようだ。


「あー、それで兄ちゃんと姉ちゃんは少し、本部に来てくれねぇか。昨日の話を聞かせてほしくてよ」

「それなら既に、ヴィオラとかいう受付嬢に説明をしたが?」

「いや、クランツ達が迷惑かけたことについて、個人的に礼を言っておきたくてな。あと、あいつらが背負った借金についても話がしたい。できれば、俺がその債権を買い取れねえかと思ってる……」

 本当は昨日、出遅れた分を取り戻すため、今すぐにも魔窟へ向かいたかったのだが、クランツ達の借金返済に関してのことなら無視はできない。大して儲かるわけでもなく、面倒くさい債権なので処分できるなら早めによそへ売り渡したいと思っていたところだ。

「手短に頼むぞ……本当は魔窟探索を進めたいんだからな」

 そう言いながらも俺は、今日もろくに魔窟探索が進まないのではという予感がしていた。



 冒険者組合本部という名の酒場は、昼の時間帯ではあまり飲みに来る人間もいないのか、中に客は一人もいなかった。

 ラウリのおごりで冷たい飲み物と軽食を出されるが俺は手を付けなかった。朝食兼昼飯を宿で済ませてきたからだ。代わりにレリィが俺の分まで飲み食いしている。彼女も昼飯は俺と一緒に食べていたはずだが、今日初めて食事をするかの如くモリモリと出されたサンドイッチを頬張っていた。

「それじゃあ、クランツとネリダが交わした借金の返済契約は、あんたに債権を売ることにする。取り立てもあんたの責任になるから、あとは任せたぞ」

「おう。譲ってくれてありがとうよ。あいつらの借金返済については俺がきっちり管理する」

「ネリダとサラが魔導技術連盟に登録したいのなら、手続きに協力してやれ。登録できないことはないだろうが、推薦人がいれば多少の優遇はされる」

「あぁ、わかった。後で本人達にも確認してみるぜ」

 手早く債権譲渡の話をまとめた後、レリィが食事を終えたら魔窟へ向かうことにする。だが、その前に一つレリィには確認しておきたいことがあった。


「レリィ、お前さっきは何だって、あの冒険者達に喧嘩を売るような発言をしていたんだ? 俺はてっきりお前が事を穏便に済ませようとしているのかと思ったのに、意味がわからなかったぞ」

 俺の質問にレリィは口の中のものをごくりと飲み下してから、楽しそうに答える。


「なんでって……。あれってよくある、新人冒険者に絡んでくるガラの悪い冒険者、っていう類の話だよね? あたし、初めて見たからおかしくって。どういう絡みになるのか最後まで見届けたかったんだよ。あれこそ冒険者の洗礼、ってやつだよね!」

 どうやらあれも、レリィにとっては冒険者ロマンの一つだったらしい。あまりにも馬鹿らしくてそれ以上は俺も問い質すことはしなかった。


 お決まりの冒険者の洗礼、あとは何があるのだろうか。

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