第268話 第一階層『小鬼の楽園』

 魔窟の内部へ入ると、所々に青い光を放つ魔導ランプと思しき照明が灯されていた。

「魔窟の中は随分と明るいんだねぇ」

「先に調査に訪れた冒険者が設置したものかもしれないな。魔窟内部は魔導因子に満ち溢れているから、うまく大気中の魔導因子を取り込む回路を作ってやれば、回路が焼き切れるまで半永久的に照明として使えるはずだ」

 俺も一応、明かりを確保するための魔導回路は持ってきているが、この様子なら道中はしばらく暗がりに悩まされることはなさそうだ。

「じゃ、早速、魔窟ダンジョン探索と行きましょーか!」

「待て、レリィ。まずは俺が魔窟の内部を軽く探る」

 妙に浮ついた足取りのレリィを引き留め、俺は探査術式の行使のため意識を集中する。


「あ、いつものあれ? 天の慧眼とかいう」

 いい加減、レリィも慣れたものだ。初めて訪れた場所で警戒の必要があるとき、必ず俺が使う探査術式『天の慧眼』のことを察してか一歩後ろに下がる。

「ささ、どうぞ~。気の済むまで調べてちょーだい」

 俺が術式を使っている時はレリィもやることがない。精々が俺の死角を補う程度に警戒をするだけだ。術式による透視を行っている間は、レリィよりも俺の方が危険を察知する能力は高くなる。何かあった時に直ちに動けることがレリィに求められることで、今だけは周囲への警戒をほとんど俺に委ねている。


 左耳の耳飾り、天眼石アイズアゲートの魔導回路へ、脳内で練り上げた魔導因子を指先の導通経路パスから送り込む。

(――見透かせ――)

『天の慧眼!!』

 術式発動の楔の名キーネームを発声すれば、途端に目の前の視界が全て半透明に透けて見えるようになる。ただ、目の前の岩肌は……。


「ちっ……やっぱりか。相変わらず魔窟ってのは面倒だな」

「ん~、何か見えた?」

「何も見えない。ここの岩肌は高濃度の魔導因子で形成されているためか、俺の術式でも透過することができないようだ」

 魔導因子の濃淡で世界を透かして見る『天の慧眼』の術式では、真っ黒に塗りつぶされた世界が広がるばかりだ。過去に別の魔窟に潜った時も透視が効かなかったが、どうやらここも同じようだ。

「へぇ。それって、この岩壁も魔石ってこと?」

 珍しくレリィが意味の重い指摘をする。だが、その疑問は既に過去の先人や、俺自身も答えを出していた。


「魔核結晶な……。魔窟の岩壁は採取して調べたことがある。残念ながら通常の魔核結晶とは違って、魔窟の外に出た瞬間に魔力を失って、ただの岩に成り果ててしまったよ。魔窟から持ち出せる魔核結晶は、魔獣を倒して得られた魔核結晶か、岩壁や地面の中で結晶化した一部に限られる。他にも持ち帰ることが可能な鉱物や植物なんかもあるが、そういうのは明らかに他と異なる魔導因子の固有波動を発している。魔獣を倒した後に消滅せずに残る特殊な部位素材もあるから、何か変わったものがあれば俺に教えてくれ。透視はできなかったが、天の慧眼を使えば持ち帰られるものかどうか鑑定できる」

「魔窟で得られるものって、クレスでも欲しいと思うくらいに希少なんだ」

「まあな。全てが全てじゃないが、金では手に入らない物もある」

「わかった! 妙なもの見つけたら教えるね!」


 注意深く魔窟を探索していれば、そこかしこに低品質の素材が転がっていることには気が付く。外の世界でも手に入るような鉱物資源であれば、魔窟の中でも広範囲に存在するため、割と簡単に採掘することはできた。そういった中に、稀に希少素材が混じってくることもある。


「さて、お喋りはここまでだ。透視が駄目なら別の方法を試すまで。俺が術を使っている間は周囲の警戒を任せる」

 俺は外套の内ポケットから、白い半透明の曹灰硼石ウレキサイトを取り出す。繊維状の結晶が整然と並ぶことで、一方向にのみ光が透過する性質を持った鉱物結晶だ。これに魔導回路を刻むことで、特殊な術式を行使することができる。


(――見通せ――)

『光路誘導!!』

 魔窟を照らす魔導ランプの青い光を強制的に掻き集め、光に照らされたもの全て、隅々まで余すことなく視覚情報として捉える。


「わっ、わっ……いつもと違う! クレスの両目、青く輝いているけど大丈夫?」

「……うるさい。話しかけるな。今、情報を整理しているんだ……」

「説明してくれてもいいのにねー?」

 隣でノームを抱え上げて、通じもしない会話をしているレリィが気を散らしてくるが、ほどなくして第一階層の様子は把握できた。


「ギルドの事前情報通り、影小鬼シャドウゴブリンの巣窟だな。色んな種類がいやがる。奴ら、何をしているんだ? ツルハシを持って岩壁を掘っているのか……。魔窟の壁なんて掘っても大したものは出てこないし、時間経過と共に自然と埋まるはずだから意図が見えないな……」

「そんな細かいことまでわかるの!?」

「最近になって開発した術式だ。明るい場所しか探れないのは難点だが直接的に視覚情報を集められる。ほぅ、他の冒険者集団もいるな。それなりに善戦しているようだが、いつまで保つか……ん?」

 第一階層の情報を集めるなかで、俺は本来ならそこに見つけるはずのない人間を見つけてしまった。


 若い少年少女の四人組。冒険者組合本部で組合長のラウリと揉めていた連中だ。確か冒険者登録は断られていたはず。ラウリが許可するとは思えないので、黙って魔窟に挑戦しに来てしまったのかもしれない。

「しかし、どういうことだ? 時間的に俺達の後から来ることになったはず……先にいるというのは――」

 もっと詳しく魔窟内を探査すると、出入口が複数あることがわかった。それも、俺達が入ってきた出入口より広く、もっとしっかり整備されている。

「そうか、俺達の入ってきた出入口とは別に、一般的な冒険者用の出入口があったんだな。そういえばギルドの魔窟講座で出入口の場所も地図で説明していたか」

 俺は以前から自分が使っていた底なしの洞窟の出入口を目指して来たのだが、今は他にもっと近道の出入口があるのだ。この辺りの情報は俺には不要と思って聞き流していたが、意外なところで出遅れてしまったようだ。

 彼らは地元の人間であるし、山歩きと魔窟の入口の情報ぐらいはギルドを通さずとも入手できていたのだろう。


「ねー、一人でぶつくさ言ってないでさー。あたしにも状況教えてよ」

「そうだな、一つ面倒ごとがあるとすれば、冒険者登録の済んでない餓鬼共が魔窟に潜り込んでやがる」

「それって……まずいんじゃない? どうするの、連れ戻す? 早くしないと魔獣の餌だよ」

「放っておけ、自己責任だ。通りがかりに見かけたら注意だけしてやればいい」

 無知による危機意識のなさというのは、こうまでも人間に愚かな行動を取らせるものなのか。

 ギルドマスターのラウリがあれだけ説教していたのも、俺が親切に助言してやったのも全て無意味だった。結局のところ、言ってわからない馬鹿は経験して知るしかないのだ。もっとも、その初体験で命を失ってしまえば、せっかくの経験も活かされる機会はない。


「冷たいね~。ま、自己責任っていうのは確かにその通りだけど。あたし達も時間はないわけだし、クレスの判断に従うよ」

「よし、ギルドの情報との整合性は取れた。先へ進むぞ」

「うん! ようやくだね! 魔窟ダンジョン攻略とかワクワクするよ、なんだか冒険者みたいだね、あたし達!」

「いや、今は俺達も冒険者組合に所属しているからな? 自覚しておけよ?」

 自分のことを未だに田舎の村娘とでも思っているのだろうか。既に正規の騎士であるレリィが冒険者に憧れを抱くというのもおかしな話だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ラウリの説教から逃げ出して、まずは魔窟の下見をしてやろうとクランツほか三名の少年少女達は、冒険者登録をしないままに底なしの洞窟へと潜り込んでいた。

「はぅわわゎ……悪いことじゃないかなぁ……勝手に魔窟に入り込んじゃって……」

「別に魔窟で本格的に稼ごうってわけじゃないんだ。下見だよ、下見。俺達が冒険者になったとき、最速で攻略するときのためのさ!」

「どうせ魔石を手に入れても、売り捌く伝手がないんじゃなー。まあ、冒険者になったとき改めて換金するのもありか。小鬼の一匹くらいは狩って帰ろうぜ」

「そうよ! 見返してやりましょう! 私達へ偉そうに説教してきた新人冒険者よりも先に小鬼を倒して、実力を認めさせてやるのよ!」

 クランツ達はとにかく腕試しをしてみたくて仕方がなかったのだ。ラウリと某新人冒険者の説教は逆効果で、彼らの挑戦心に火をつけてしまった。


「作戦はこうだ。剣士の俺達二人が前衛で、敵の注意を惹きつける。その間に後衛の二人が魔法で強力な一撃をくらわせる!」

「前衛だけで押し切れるならそのまま倒してしまうし、万が一こっちが不利になったら、防御魔法で時間を稼いで逃げる。それぐらいは考えておいた方が安心か」

「ま、逃げる必要もなく、私の攻撃魔法で一撃でしょうけどね!」

「そ、そんなにうまくいくかなぁ?」

 クランツの作戦案にもう一人の少年が頷きながら捕捉する。眼鏡の少女は自身満々で胸を張り、気弱な少女は心配そうに杖を握りしめていた。


「それにしても小鬼ゴブリンと遭遇しないな。うじゃうじゃいるのかと思っていたけど」

「他の冒険者も結構な数、潜っているから、そんなに数は増えないんじゃないか?」

「あ、あのっ……。魔窟の中では静かにした方が……。小鬼に聞こえちゃうかも……」

「臆病ねぇ。いいから早く来なさいよ。一人だけ遅れているわよ」

 気弱な少女は周囲の暗がりを不安げに見回しながら、先行する三人の後を追っていた。しかし、よそ見をしている間に、前を行く三人は洞窟の分かれ道を進んで暗がりへと消えてしまっていた。


「あ、あれ……? 皆、どこ……?」

 先を見れば洞窟は枝分かれしていて、曲がりくねった道は先を見通すこともままならない。

 慌てて走り出して三人を追いかけるが、洞窟を進んだ先には更に枝分かれした道があり、三人の姿も見えない。

「こっちの道じゃなかったのかな……。一旦、引き返して別の道を――」

『ゴギャ』

 少女が振り返ると、目の前には一匹の小鬼がいた。一般によく知られる小鬼は緑がかった肌の色をしているものだが、その小鬼は灰色の肌をしていた。そして、真っ赤に染まった双眸で気弱な少女をじっと見つめている。影小鬼シャドウゴブリンだ。

「ひっ――!? ス……『石弾ストォヌ・ブレット!!』」

 咄嗟に杖を構えて、共有呪術シャレ・マギカの『石弾』を撃ち放ったのは、戦う者としてはなかなかに早い反応だった。祖父から譲り受けた質の良い黒檀の杖も、魔導回路の円滑な起動と魔力発生を手助けしてくれた。


『グギャッ!?』

 空中に生み出された拳大の石礫が高速で影小鬼の額へぶち当たり、小柄な影小鬼の身体を仰け反らせる。

『ギッゲェ~……』

 影小鬼は額の肉を削ぎ落とされ、ふらふらと頭を揺らしていたが、数秒の内に気を持ち直して攻撃を仕掛けてきた気弱な少女を鋭く睨みつけた。

「はひぃ……っ。な、なんで直撃したのに倒れないの……?」

 初撃こそ素晴らしい反応を見せた先制攻撃だったが、影小鬼が怯んだすきに追撃するなり逃げるなりすべきだった。しかし、経験の浅い少女はそこまで気が回らず、相手が致命傷を負ったかどうかを、その場で観察し続けるという愚を犯してしまった。


『ギシャーッ!! ゲギガーッ!!』

 興奮したようにその場で地団駄を踏む影小鬼。どうしていいかわからずにうろたえる気弱な少女は、怒り狂う影小鬼に戦いを挑むのも、背を向けて逃げるのも恐ろしく、ただただその場に立ち尽くしていた。

 そして、その判断は最悪の状況を招いてしまった。

『ガギガ?』

『ゲギガ? ゲギ?』

『ゲギ、ゲギッ!』

 周囲の脇道からぞろぞろと影小鬼が姿を現したのだ。


「う、嘘!? どこからこんなに小鬼が……!?」

 先ほど怒りをあらわにした小鬼の奇声が、他の小鬼を呼び寄せていたのだ。

 運の悪いことに、気弱な少女が攻撃を仕掛けた影小鬼は斥候役の小鬼斥候ゴブリンスカウトであった。小鬼斥候ゴブリンスカウトは縄張りを巡回しており、敵の侵入を察知すると仲間を呼び寄せる。そのような習性があることは、冒険者組合の魔窟講座を受けていれば誰でも知ることのできる情報だ。だが、彼女は正規の冒険者ではなく、魔窟講座も受けてはいない。

 それゆえに小鬼斥候ゴブリンスカウトに見つかった後の展開を予想できなかった。せめて速やかに止めをさすか、仲間を呼ばれる前に逃げ出していれば状況は変わっていただろうが。


『ガゴゲ、ガゴゲッ』

『グガガゲゴッ!』

 うろたえている間に周囲を完全に包囲されていた。

「あ、あ……そんな……。た、助けて……!! 皆! 私、ここ! ここにいるから! 戻って来て! 小鬼に囲まれているの!!」

 これまでは小鬼に気づかれないように声を潜めていたわけだが、こうも囲まれてしまっては意味もない。むしろ、こちらも仲間を呼ばなければ多勢に無勢だ。気弱な少女は精一杯の声を張り上げて助けを求めた。洞窟に少女の声が反響して、響き渡る。これだけ大きな声を出せば、静かな洞窟内であれば声も届くはず。少女はそう思って叫び続けた。

 それが影小鬼達を刺激した。


『ガガガゲゴ!!』

『グガガゲゴ!!』

『ガガゲッ!!』


 少女の叫び声に釣られて、影小鬼達が一斉に騒ぎはじめる。そして包囲を狭めながら、木製の棍棒を持った小鬼が隙を見て背後から少女に飛び掛かる。

 振るわれた棍棒は少女の細い脚を痛烈に打ち据えた。

「ひぎゃぁっ!?」

 突如として右足に走った激痛に、気弱な少女はわけもわからず膝を着く。

 武器を持って戦う攻撃役、小鬼戦士ゴブリンファイターの棍棒による一撃は、少女の足の骨に罅を入れるだけの威力を持っていた。小柄な体と短い腕からは想像もできないほど強い力だ。子供のような体格の影小鬼だが、筋肉質の腕は人間の大人と大差ない腕力を発揮する。


「ひぐっ……ひぐっ……」

 少女はあまりの痛みに涙を流しながら、それでも足を引きずってその場から逃げ出そうとしていた。しかし、既に完全包囲されている状況では、どこへ向かっても影小鬼が前へ立ちはだかる。

「……ストォヌ・ブ――っ!?」

 意識を集中して、前方の小鬼へ『石弾』を放とうとするが、横手から飛び掛かってきた小鬼戦士に邪魔をされる。飛び上がり全体重をかけて、両手で握った棍棒の一撃を少女の左腿に振り下ろしたのだ。ばきん、と嫌な音が少女の全身を駆け巡り、吐き気を催すほどの痛みが襲ってくる。

「ああっ……!! あああぁっ!!」

 言葉にならない悲鳴を上げて、自分の身体を支えきれなくなった少女は地面へと無様に倒れ込む。倒れ込んだ拍子に、手に持っていた杖を取り落としてしまう。地面に転がった杖を一匹の小鬼が拾い上げて、そのまま持ち去ってしまった。


「か、返してっ!! お爺ちゃんの杖! 返してよぉ!」

 気弱な少女は杖を持ち去る小鬼に追いすがろうと必死にもがくが、両足に怪我を負ってしまって立ち上がることさえできない。そんな状態で地面を這いつくばる少女へ、馬乗りになるように小鬼戦士が飛び掛かってきた。

 満足に動かない両足にのしかかられ、別の小鬼には必死に振り回していた腕まで掴まれ、完全に身動きが取れなくなる。


 小鬼に捕まって動けないでいる気弱な少女に、やや警戒をしながら近づく一匹の小鬼がいた。額を怪我した、少女と最初に遭遇した小鬼斥候である。小鬼斥候は少女がまとう象牙色の地味なローブへと手を伸ばすと、力任せに引っ張り奪い取ってしまった。

「あ! なにするの!?」

 小鬼斥候は誇らしげに小躍りしながら、奪い取った象牙色のローブで自分の身を包み、洞窟の奥へと逃げ去った。先ほど杖を奪った小鬼と同様に姿をくらましてしまった。

「私の杖が……ローブがぁ……ぐすっ」


 影小鬼は冒険者を襲って武器や防具を奪う『剥ぎ取り行為』をする習性をもった魔獣だ。小賢しい知恵の回る魔獣ならではの習性であり、奪った物品で自らを武装する。そのため影小鬼の中には、思いもかけない強力な武装をしている個体がいることもあり、魔獣としての脅威度に加えて注意すべき点とされている。


 しかし、気弱な少女に群がった影小鬼の略奪行為はそれだけで終わらなかった。彼女の身からはまだ、剥ぎ取れるものが残っているからだ。

 少女に馬乗りになっていた小鬼が、腰帯ベルトに手をかけて力任せに引っ張る。丈夫な革のベルトは引き千切れるようなことはなかったが、二度、三度と引っ張られるうちにベルトを通していたスカートごと、少女の下半身からすっぽ抜ける。


「い、いやぁ……! ちょ、ちょっと、これ以上はやめてぇ! いや、いやぁ……」

 小鬼達がまだ剥ぎ取り行為に満足していないことは見ての通りである。文字通りに身包み剥がされていくことに恐怖し、気弱な少女は絶望に顔を歪めて、どうにか影小鬼から逃げ出そうと地面を這いずる。影小鬼はそんな少女を逃がすまいと、髪を掴んで上半身を仰け反らせ、襟首を掴んで上着を剥ぎ取った。力任せに引っ張ったのでボタンの幾つかが弾け飛び、袖の縫い付けがぶちぶちと切れた。構わず上下左右に揺さぶりながら引っ張って、影小鬼はついに少女から上着を奪い去ることに成功した。


『ゴーガッ! ギゴッ!』

『ギギゲ! ギギゲーッ!』

 影小鬼達は興奮しながら叫び、奪った衣服をめちゃくちゃに自分の身体に巻き付けて、飛び跳ねながら逃げ去っていく。

「う……うぅう……」

 両足の痛みと激しく揺さぶられた衝撃で意識朦朧となる少女。もう薄手の肌着くらいしかない彼女に、影小鬼達はまだたかっていた。これ以上にいったい何を奪おうと言うのか。


『グゲゲギグガ?』

『ゴグガガ……』

『グゲゲギゴグ!』

 影小鬼達は何やら彼らなりの言葉を交わすと、少女の足を掴んでずるずる引きずり洞窟の奥へ移動しようとする。背中が擦れて、痛みに耐えられず体をよじる。しかし、今度は胸が地面に擦れてしまい、たまらず仰向けの体勢に戻った。体の向きを変えたからといって、擦れる部分が変わるだけで痛みは大差ない。

「痛っ……痛い……。私を引きずり回してどうするつもり……」

 そこまで口にしてみて、少女は自分がこれからどこに連れていかれるのか想像を巡らせた。巡らせてしまった。考えなくてもいいことを、考えても仕方のないことを、考えてしまった。そして、答えにすぐ辿り着いてしまった。


 身包み剥がした少女を、殺しもせずに洞窟の奥へと運ぶ理由。小鬼の習性を知っていれば、それが意味するところは想像に容易い。

「ま、まさか……」

 洞窟の奥には影小鬼の巣でもあるのだろう。そこへ少女を連れて帰ってどうするのか。


 ――小鬼の習性。別種族であろうとも、人型の雌であればとりあえず本能的欲求に従って、犯す。それも同族の雌に対する扱いとはだいぶ異なる。欲求を満たすためだけに犯す。嗜虐性を満たすためだけに暴力を振るい、壊れてしまっても構わないという考えで、愉しみながら犯すのだ。

 中途半端に知恵をつけている小鬼は、なにも同族の雌と他種族の雌の区別がつかずに襲うわけではない。彼らは遊ぶのだ、他の種族の雌を使って。

 小鬼は群れを成す生き物だ。その群れの中で、雌を自由にできるのは強い雄の特権である。いわゆるハーレムを構成するのである。それこそがより強い遺伝子を多く残すことができる、種としての生存戦略。


 では、その生存戦略からあぶれた雄はどうするか。その答えが小鬼の習性、他種族の雌を使って慰める行為である。なまじ強い性欲と、半端な知恵を持つばかりに、そういう行為を考え出してしまい、種として学習し、定着させてしまった。それが小鬼の宿業である。

「や……いや……。やめ、やめてよ……。お願いだから……ぃやぁー……っ!!」

 ずるずると、小鬼に引きずられた気弱な少女は洞窟の奥へと連れ去られていった。

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