第267話 懐かしき精霊
一定距離に近づいた動物を蔓で締め殺して土壌の養分とする、攻撃性植物の
かつて魔獣化した
底なしの洞窟へと通じる一本道を外れた途端に絞殺菩提樹の餌食となるのは変わらぬことだが、以前はかなりの頻度で道の脇から飛び出してきた
「生息しているのは
「不自然な感じの森だね。なんだか酷く釣りあいの悪い、偏った印象を受けるよ。う~ん、何と言うか森にそれまであったものがごっそり抜け落ちた感じ?」
「以前からまともな森とは言い難かったが、これまでとはまた違った生態系になっているな。魔窟の影響かもしれない。緑豊かな土地であるのは間違いないから、数年もすれば草食獣も増えて、一般人が狩りをするのに都合がいい森に変化するかもしれん」
「これくらいの森なら、新人の冒険者でも平気かな?」
「絞殺菩提樹にだけ気を付けていれば問題はないな。ただ、この樹海で狩れるのは普通の獣だ。魔核結晶は手に入らないし、大した稼ぎにはならないだろう」
冒険者達が求めてやまないのは魔獣を倒して得られる魔核結晶や希少素材だ。それらを手に入れるためには、どうしても魔窟に潜らねばならない。だが、野の獣に比べて魔獣の危険度は一気に引き上がる。
冒険者の死亡原因で多いのは魔獣との初遭遇時だという。それまでの常識で通用するだろうと考えていた攻撃手段が効かない、いざ逃げようと思っても逃げられずに追撃を受ける。とにかく野の獣と比べて、強靭さ、素早さ、賢さ全てで上回り、そして何より呪詛を行使する獣までいるのが魔獣というものである。生半可な腕と装備では太刀打ちできないのだ。
(……アカデメイアで大量発生した魔獣は比較的弱かったが、あれは強制的に下級の幻想種を憑依・融合させたものだったからな……今回は異界現出した魔窟に現れる魔獣。小鬼一匹取ってみても手強さは格段に上のはず。気を引き締めていかなければ……)
改めて警戒を厳にする俺の隣では、
「魔獣がいないからって、あまり気を抜きすぎるなよ」
「えー? 大丈夫だよ。辺りには嫌な気配とかないし。ちょっと不自然な樹海ってだけで、注意するのは首吊りしてくる蔓性の植物だけでしょ?」
「……周囲を警戒できているならいい」
どうやら気が抜けているように見えて、警戒は怠っていなかったようだ。自然と周囲の気配を探れるようになったのは大きな成長かもしれない。
そうこうしているうちに、何事もなく底なしの洞窟まで辿り着いてしまった。
その静けさが、逆にここから先の道程を不安にさせる。
「クレス! 洞窟の入口に何かいる!」
レリィが俺の前に出て水晶棍を構える。順調だったのはここまでということか。早速、魔獣でも現れたか。レリィの肩越しに洞窟の入口付近を観察すると、そこには十体ほどの小さな毛玉が蠢いていた。
「あれは……」
――
「小さいけど魔獣かな。それとも幻想種? 妙な気配を漂わせている……」
「待て、レリィ。あれは精霊、
「精霊?」
「ああ、幻想種の一種ではあるが、人間に対しても好意的な行動を取ることの多い部類だ」
「じゃあ、あんまり喧嘩腰で近づかない方がいいの?」
「そういうことだ。精霊との意思疎通は難しいが、とりあえず魔窟の前にいる以上は避けて通れない。刺激しないようにゆっくり近づいてみよう」
距離を詰めていくと次第に見えてきたのが、茶色と灰色の毛玉がそれぞれ五体ずつ、魔窟の入口でぴょんぴょんと飛び跳ねたり、体を左右に揺らしたり、全く意味のなさそうな背伸びをしてみたり、どうやら魔窟の中の様子を窺っているようだ。
(……相変わらずあいつらの考えていることはわからんな……)
とりあえず彼らの背後まで近づいてみたが、ノームが逃げ出す気配はない。
そのうち、俺達の存在に気が付いたノームの一匹が振り返り、物言いたげにこちらをじっと見上げてくる。こいつらに目があるのか、長い毛に覆われていてわからないが、何かを訴えかけようとしているのは間違いなさそうだ。
俺とレリィに気が付いたノームは次々と振り返り、俺達の周りを跳ねて回ったり、軽く背中や足を押して魔窟に招き入れようとする。
「ちょ、ちょっと! なになに!? なんでこの毛玉達、あたし達を魔窟に連れ込もうとしているの!?」
「なんだろうな……。また洞窟の異変をどうにか解決したいが、魔窟に現れた小鬼共に追い出されたってところか?」
適当な予想を口にした俺に、ノーム達は一斉に頷く仕草を見せる。
「とりあえず適当に相槌を打っているだけじゃなかろうな……?」
俺は疑惑のまなざしでノーム達を睨むが、彼らはふるふると首(体?)を横に振る仕草を見せて否定する。
「すごい! クレス、精霊と話ができるの? 精霊術士ってやつだよね!?」
「いや、そういうわけでもないんだが……。本当に意思が通じているのか?」
こっちは全くノームの考えていることがわからないんだが。
「まあ、お前らのことだ。どうせ底なしの洞窟が魔窟化したことに対して、均衡と循環がー、とか言い出すんだろ? 元凶を取り除くことが使命とか」
投げやりな感じで口にした俺の言葉に、ノーム達は我が意を得たりとばかりに激しく首(体?)を上下に動かす。
「本当かよ……」
「わー! クレス、やっぱりこの毛玉達と会話してるよ! あたしの言葉もわかるかな?」
近くで飛び跳ねていたノームを一匹、レリィが摘まみ上げて胸元に抱く。抱え上げられたノームはレリィの胴着の隙間から潜り込み、服の下に入ってしまった。
「うひゃっ、くすぐった……。クレス、これどういうことかな?」
「さあな、さっさと魔窟に潜れという意思表示じゃないか」
我が意を得たりとばかりに激しく首(体?)を上下に動かすノーム達。
(……こいつら、適当な反応を返しているだけじゃないのか……?)
どうにもノーム達に誘導されている気もするが、やることは結局変わらない。俺とレリィはノームを引き連れて底なしの洞窟へと潜っていった。
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